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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第三章
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第65話:傲慢

 覚悟は決まった、頭の中に流れるのは【ヴァネッサ戦のテーマ1】、ヴァネッサをイメージしていると前奏から嫌という程フィオナに伝わってくる、優雅でそして……鮮烈な旋律。


 プレイヤーを鼓舞し、主人公側を盛り上げてくれるハズの【戦闘BGM】だけれども、時として『トラウマ曲』なんて不名誉なあだ名を付けられてしまう曲がある。

 シチュエーションを盛り上げるのがBGMであり、聞く人の感情を揺さぶって然るべきものなのだから『トラウマ曲』というあだ名は作曲者には名誉な事なのかもしれないけれども、それはともかく。


(現実に持ち込まれると、威圧感半端ないわ……)


 存在力とでも言うとしっくりくるような、そんな思考を得ながら、フィオナは休息日の雨上がりにノワール侯爵家の紋章が入った大型の馬車に決死の想いで近づいてゆく。

 王都三番街の表通りは目抜き通りである"王城通り"に比べて幅が狭いけれど、仮にも王都サードニクスの三番街である、貴族が街中を往来する馬車がすれ違える幅が十分にある……あるのだけれど。


 今は、別の通りに迂回する必要がありそうだ。

 大きさも装飾もまるで動く宮殿である、何しろ街中で北部馬四頭立ての車体はとにかく第一印象が黒塗り。

 イメージしやすい例とすれば明らかに長さがおかしい黒塗りのリムジン、しかもエングレーブ彫刻入りと絶対にお近づきになりたくないヤツである。


 道行く人々の反応は様々だけれど、どこか誇らしげに御者席の黒い軍装の衛士に会釈を送りながら通りを往くのはほぼ間違いなく西部出身者なのだろう。


 そんな中、王立魔法学院の制服を着た桜色の髪の美少女が近付いてくるのは西部方面騎士団で前線を離れ衛士となって久しい老衛士にもなかなかに目立つ光景として目に入った。

 少女の目的地はここだろう、真っ直ぐ近付いてくる、しっかりと目を付け乍ら周辺にも気を配る。


 姫の我が儘にも慣れたものだ、最小限の護衛で良いと、そうヴァネッサが言葉にしたならばそれを実現するのが栄えあるノワール家の衛士というもの。

 もっとも己のようなロートルよりも、銃の姫と左右を固める側近二人のほうが余程ヤルというもの。


 今朝がたノワール家王都別邸に遣わされた馬車の用意の指示とどうやら我らが姫一行は王国最強を退けたらしかった。


「退ける以前になにゆえ"剣聖"殿と一戦交える事に!?」

「またザイツの娘が爆ぜたか!?」

「な、何にせよお怪我が無くて何よりだ……」

「それが……クオンリィ様が軽く斬り刻まれておりまして」


 恐る恐ると王城から遣わされた侍女が差し出したのはザイツ令嬢の私服だったボロボロになった衣服、意味は分かる、同じものを急いでご用意しなければヴァネッサ様の撃鉄が起こるという事だ。

 軽く斬り刻まれるというワードが聴き慣れたものなのはいかがなものか。


 話を戻そう、そんな西部の無法者に"三惨華(さざんか)"などと揶揄され震え上がらせる三姫と老衛士、世話役の侍女(カゲ)が一人。


 十二分な戦力だ、何ならこのまま王領周りの"賊"誅滅にだって出られる。


 そこに、遂に少女は辿り着いた。


「何用か?」

「ひぇ……い、いえそのあの、あたしはクオンリィ・ファン・ザイツ様の学友をやらせてもらっている者で……」


 老衛士とは言ってもそこは元騎士、黒衣の軍装に身を包んでいても明らかにスケールが違う。

 先程まで裏口の掃除をさせていた半裸の若造にはない圧倒的なバルク、纏う雰囲気はやはり大人の元軍人、面識があると言えばディランのお母さんと十三番街の裏路地でディランを鍛えている師匠などに近いけれども。


(質が違う……)


 王領騎士団が精強でない訳ではないし、王領にだって盗賊団などは現れるのだけれど、やはり他国の正規軍を相手に鎬を削る四方面軍はその圧力が違う。


 気圧されてしまった、これからそれ以上に圧力を感じる事になるのに……。

 フィオナは自分の臆病さが歯がゆく感じる、臆病というものは身を護る上で重要なファクターだけれど。


 ぱちん、弾ける。


 それはまるで≪前世の記憶≫が背中を押しているかのように感じたから……踏み止まる。


「クオンリィ様の?」


 老衛士はと言えば一つの思い至りがあった、王都三番街の"ベーカリーカノン"に用があるとの事で馬を廻したのだけれど、生憎の定休日らしい。

 慌ててクオンリィ様が跳び出していったけれど、程無くしてなぜか犬を連れてダッシュで戻ってきた。

 招待客待遇で馬車の中にお連れしてある。


「は、はい!フィオナ・カノン!王都三番街"ベーカリーカノン"の一人娘です!!」


 フィオナの元気のよい返事が馬車の中に届いたのか、犬の鳴く声がする。

 すると程無くしてがちゃりと馬車の扉が内から開かれ、件のクオンリィと犬が身を乗り出す。


 フィオナとしては少しラスクには跳び出してきてほしかったけれども、間違いなく餌付けされたのだろう、お口の周りに食べかすがついている。


「クオンリィ様、こちらの者が」

「ええ、良いんですよ?控えなさい」


 フィオナが威圧された老衛士に、サラリと命じる姿は無遠慮なもので。

 彼女達の立場の差、そして仮面ドレス帯刀おっぱい自身もまた令嬢なのだと言葉もなくフィオナの頭に語り掛ける。


「やっと来ましたか……何していたんですか?人が呼びに行ってやったというのに?」

「呼ぶも何もドア蹴り開けてダッシュでラスク連れて逃げちゃっただけじゃない……」

「……」


 ぴょこっ

 【残弾数:6】


 ただの一合で斬り払われ、フィオナの残弾が散る……改めてここは緊迫の場なのだと認識を深めてフィオナはこくり生唾を呑んだ。

 王立魔法学院一年一組のクオン・ザイツではない。


(相手は……【黒い三連星】クオンリィ・ファン・ザイツ)


 馬車を降りたクオンリィがゆっくりと近づいてくる、白地に右眼の所だけ開き左眼部分に縦長の目を意匠にした仮面はその表情を隠すけれども……空気はビリビリ伝わってくる。


 こいつは確実に"ビキッ!?"っている……。


(片目しか見えないから……こっわ!何その模様!こっわ!!)


 ゆうっくり体を傾け、フィオナの左頬に仮面が降れる感触がする距離までクオンの顔が近付いてくる、相変わらずの華の芳香に一度二度そこに集中力を持って行かれそうになるけれど、ぐっと我慢した。


「……いいですか?お前は私に呼ばれて慌てて準備して来た、私は逃げていない、いいですね?」

「……はい」


 えっらいドスの効いた低音でぼそぼそと囁くクオンリィの声が耳朶に響く、頬に触れた仮面が低く震えてくぐもっているけれども、同じ状況になって聞き逃すやつはいないだろう。


 別にフィオナに非は無いけれど、是非も無い。


「……下手は打つんじゃねぇぞ」


 離れ際にぽつりと零れた小声が、そこにいるのがクオン・ザイツなのだとフィオナに教えてくれる。

 最初の退場者、ヴァネッサが暴走するトリガー。


「まぁいい、入れ……お前にお話があるそうです」


 クオンリィが「お話があるそうです」などと言うのはヴァネッサ唯一人。

 馬車の中に彼女がいる、おそらくはノエルも……先日のクオンの友達ではなく【黒い三連星】の一人として。


(クオンからどうこうじゃなくて……直接!?)

「は、はい」


 先に入るクオンリィに続いて馬車の中に足を踏み入れる、ラスクが少し体を足元に寄せてくれてとても頼もしい……。

 別世界だった、贅を尽くした調度品、美しい華が活けられた器、ちょっとした部屋くらいの広さ。

 立ったまま乗れる高さもある車内、対面して座れるようにコの字に並ぶソファの上座にその女はいた。


 ほの昏い、壁面と中央のテーブルに置かれた燭台の自然光が唯一の光源だけれど決して暗すぎる事は無い。

 其処に在ったのは黒い玉石に他ならなかった。

 美しく着こなした優美なドレスに皺がつくのもお構いなしに当たり前のようにソファで横に身を寛がせ、右肘で軽く顎に拳を添えている。


 サラリとした黒耀の長い髪がソファの上に作る紋様は薄い闇の中で一層濃い暗黒を描いて、大人びた表情と黄金の双眸はまるでモノを見るような眼差しでしげしげ不躾にフィオナの体を頭の先からつま先まで舐める。

 不躾などと、両者の立場の違いは問う事すら許さない。


「結構、名乗りなさいな」


 横になったまま緩く左手で手招きしながら微笑む、しかしその微笑はフィオナに向けられたものではない、もうフィオナの事など見ていないからだ。


 くぅん、と一度フィオナの方を向いてから、ラスクがソファに横になる彼女に侍れば、大きなブツをラスクの頭の上に乗せ、身体を優しく撫でる。

 あれ?飼い主……これがNTRであろうか。


 愛犬を寝取り、飼い主をイヌ以下の扱いに名乗りを促す。

 初対面ではない、けれどもはや記憶の片隅にもない、そういえば妙にむかつくピンク頭がいましたわね?程度の認識だ。

『世界の流れ』が大量の【DEAD END】を運んで来ようとしている事などどこ吹く風か、傲慢は彼女の前で悪ではなくなる、では何か?香水か何かだろう。


『死の運命に迫られる華』

『それを救い、救われようとする者』


【悪役令嬢】ヴァネッサ・アルフ・ノワール

【ヒロイン】フィオナ・カノン



 ここに来て、二度目の直接対峙であった。

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