第6話:DEAD OR ALIVE
ヴァネッサの演説?の途中でフィオナもまた魅了されたようにノエルへの恐怖から立ち直り、人の動き始めた中でも未だに呆然としていた。
はじめは論戦でも始まるのかと思ったけれども、これはそんなものではない。
これは言葉の暴力、蹂躙だ……。
「……私……これからアレをやられる側になるの?……あの人を倒せるの?――…………倒すの?」
各【攻略対象】との【HAPPY END】で順当に【断罪イベント】へ持ち込んでしまえば【悪役令嬢】はざまぁされ様々な破滅が待っている。
十五歳の今も【エンディング】を迎える十八歳の未来もめっちゃくちゃ美人だ、特殊ムーヴ可能な見事なものもお持ちだけれども、フィオナは≪前世の記憶≫があっても絶対にヴァネッサにだけは転生したくない。悪役令嬢ものの転生先でも結構なハードモードに分類されるハズ。
まず大抵は戦地送りで戦死する、クッコロ死から転倒死までバリエーションは実に豊富、【断罪イベント】前に死ぬチャンスまである。
そして【ヒロイン】の【BAD END】ですら死ぬ。
【ヒロイン】の【DEAD END】以外で多分助かる道はないかもしれない。
……この【悪役令嬢】ドットの段差でも死ぬんじゃなかろうか?
「アレをやられるのはキッツイなーとは思う、思うけどさー……正直、ホント…………クソゲ……ッ」
フィオナは愛らしい顔立ちを露骨に歪めて、一人吐き捨てる。
そうだ、もうダメかもしれない。思ってしまうのだ、あの人に死んでほしくないと思ってしまう。
思ってしまうに至ってしまった。
もう、【攻略対象】との【HAPPY END】は選択肢から消したい、なんかないのかな?と≪前世の記憶≫を探ってもいい案がさーっぱり出てこない。
何だこのクソチート、本当に欲しいと思うものには役に立ちやしない。
転生特典のくせに【ゲーム】のレールの上に私を立たせるばっかりのだ。
こっちはこっちで現実なんだ、何事にだって『経緯』があって『結果』が着いてくる。
さっきのヴァネッサ様派閥だってそうだ、【ゲーム】のヴァネッサ様は【黒い三連星】だけで行動していたわけじゃない、【黒い三連星】そしてヴァネッサ様を頂点とした一大女子派閥、東部派閥でも南部派閥でも北部派閥でも王都派閥でもない、西部派閥内という括りではあったけれど、実質その頂点に位置したヴァネッサ派閥。
加入を許された女子学生の腕には黒耀の色に白銀の縁、赤銅の刺繍の入った揃いの腕章があった。出身地は王国各地、きっとさっきみたいな事が重なって、彼女達は取り巻きになっていくんだ、モブだけど。
そして彼女達は死亡イベント以外のバトルパートでヴァネッサ様の盾となりその敵の足かせになる。「よくやりましたわ」のセリフで使い捨てられる。スキル扱いで。
(――…………ヴァネッサ様やっぱ【悪役令嬢】、しっかり外道ではあるんだよねえ……)
と、とりあえず唯一【逆HAREM END】は直接的な表現は無いというか、後半完全に空気になるので多分ご無事?まずは元々目指していたし大枠はこれを目指すとして……。
あ、【戦闘BGM】と【攻撃範囲】は神です、ごめんなさい言い過ぎました≪前世の記憶≫さん。
アレ結構やばいね、今日分かった。無敵のセンサーだ。一旦クールになったフィオナは自分の能力をざっと分析する。
(とりあえずは【攻撃範囲】から、これ、少なくとも近接系からは無敵になれる。クオンリィさんは私に絶対届かない。カウンターは手を出さなければ食らわないし、構える前に足を止めるから絶対逃げ切れる、私が魔法使えば完封できちゃう)
ニンマリ笑って、ふんすっとドヤ顔決めた。
…………
大講堂内、高位貴族が並ぶ席で隣同士に座っているヴァネッサとクオンリィ、不意にクオンリィの眉間に皺が"ビキッ!?"と深く刻まれた。
「いつもの事ですけれども、どうしましたの?」
「いえ……急に上等キメられたような気がしまして……ノエル?ノエルですね?」
「ノエルはまだ帰っていませんわ、あなた前線疲れよ?気を引き締めなさい?」
…………
(【戦闘BGM】は娯楽装置ってだけじゃない、私の知覚している範囲で『戦闘行動』が起これば流れる……少し不確かなのはさっきのヴァネッサ様とレオ様の対峙ね……)
そこまで考えて、口元をうずうずとさせながら頬を赤く染める。
――【ヴァネッサ戦のテーマ3】……ッきたぁ……いきなり3ってのが良かったわ……聞き直せないかな?ギャラリーモードとか今夜にでも探してみよッ。
――……ぁ、でもこれ。
――ヴァネッサ様死亡のイベント戦闘でも使われて……。
思い至ればまたフィオナの水色が曇る、思い出して泣きそうになる。ゲーム中はホント酷い【悪役令嬢】だった、実家のパン屋燃えるし、パパママは無事だったけど。
だからプレイ中はあまり感情を揺さぶられなかったのにな、と指で目元を拭った。
最期は【ヒロイン】や【攻略対象】の為に孤軍奮闘し、二丁の短銃を華麗に使い『希少魔統』≪魔弾≫で次々と押し寄せる敵を撃ち抜くも、遂には魔力が尽きて力及ばずの無念を抱えて逝ってしまう。
(ホント……クソゲ……ッそりゃ……クオンリィさんとノエルさんもああなるよ……)
【黒い三連星】には確かな絆があった、現実でこの目で見たのだ、デフォルメされたミニキャラやスチルで見るのとは情報量が違う、もし三人の一人でも欠けたなら、それがよりにもよって一番先を逝くのがヴァネッサ様なら……。
(描写不足で伝わってこなかったよ制作、バグか知らないけど【戦闘BGM】が超POPなオープニング曲だったんですけど!?現実見ちゃうと超サイコで怖いわ!何が『マジアドきゅんきゅんっ』だ!!あんな修羅道を乙女ゲームに仕込まないでよ……危うく辿り着きかねないとこだったじゃん)
まともに伝わっていたら制作大炎上だったと思われるので、それはそれはようございましたね、なのだけれども……転生済みのフィオナにとってはそうもいかない。
未来にあの修羅がいる――じゃない、あの三人がああなるのは、もう耐えられない。
これで一つルートは消えた、入っちゃいけないルートだ。
こうやって少しづつ【ゲーム】を潰しつつ【逆HAREM END】だけを目指す……。
【逆HAREM END】縛りは諸刃の剣だ、まかり間違って個別に入ってしまえば経緯はどうあれ最終的にヴァネッサ様はたぶん……死ぬ。
少しでも【悪役令嬢】のトリガーを踏めば【ヒロイン】は死ぬ、そうでなければ【悪役令嬢】は死ぬ。
DEAD OR ALIVE
【ヒロイン】と【悪役令嬢】はそういう関係だ。ゆさゆさ揺れるのは【悪役令嬢】だけだけれどね!?
視界が滲む、嗚呼ほんと……。
(ずるいじゃん、現実で見たらあんなにかっこいいなんて)
状況は≪前世の記憶≫に無いイレギュラー、先鋒は罠にかかり、もはや後がない。
その状況から魅せられた蹂躙劇はフィオナの目にはそれこそ転生前からも含めて初めて見る、嫉妬すら覚える程強く美しい姿に映った。
【逆HAREM END】だって多分死なないってだけだ、少なくとも婚約破棄はされる。
(――生き残る、その為にヴァネッサ様を…………不幸にする。殺したくない、その為に私は……死ぬ?)
そのどちらかしかないのか私と彼女は。
(――いいや!まだだ!!)
まだ終幕ってない……!!
ゲームが現実だというのなら、
『現実に【ゲーム】を持ち込める≪前世の記憶≫』が私にはある。
私はフィオナ・カノン!【転生者】で【ヒロイン】!現実に【ゲーム】を持ち込んで……覆してやる!!
水色の瞳が決意に輝く。
フィオナの目的が一つ追加された、
目的1:【悪役令嬢を死の運命から救う】new!!
目的2:【闘技大会勝ち券全勝利】
目的3:【逆HAREM END】
――【DEAD END】を覆して見せる!!
……それはそれとして、あそこで泣きそうになって佇んでる【攻略対象】……どうしよ?