第47話:こんなの知らない!
それから……最初の休息日を迎える為にジェシカは動き始めた。
(私とフィオナにまずはフェルディナンドが加入すれば序盤からグイグイ無茶ができる)
他意はない。
本当に?
他意はない、フェルディナンドの魔統≪燦然≫は流石の王族という高い魔力と[回復][治癒][状態異常予防][防御向上][速度向上]などなど揃え、ありとあらゆると言っていい光属性回復補助のエキスパートなのだから。
しかも二年生だから新入生のフィオナ達より知識量も多く一行の知恵袋としても活躍してくれる。
ただ学年が違うので『クラス対抗』のイベントにはほぼ参加しないし、そもそも今回フィオナは一組だから何気にクラス対抗イベントではジェシカvsフィオナという前世ならありえない組み合わせが起こる可能性があった。
これはもう確信していい、ジェシカの知っている彼女とフィオナは別のルートにいる。
言うなればこれは『フィオナ主人公ルート』だ。
……そのはず、だ。
「やぁ、きみは?」
「新入生のジェシカ・レイモンドといいます!王都民です!はじめまして……フェルディナンド……センパイッ!」
(センパイと呼ぶのなんて、いつぶりだろう?)
寂寥を全身で感じながら、窓枠に腰かけて春風を心地よさそうに受けて揺れる銀の髪、甘いかんばせ、高い身長から流し目の様に向けられる赤銅を受けながら、ジェシカの胸は再びの初恋にトゥンクとトキメキの鐘を鳴らした。
彼は覚えていないのだ、そして『フィオナ主人公ルート』に来てしまった今、そっくりそのままをなぞる事なんかできないし、正直細かいとこまで覚えてない、だから問題ない。
明らかに前世と違う出会い、やっぱり彼はモテる。
「かわいー、後輩ちゃん、よろぴくぅ~、アタシ北部~」
「よろしくねぇ~、わたしは東部」
「は、はい!センパイっ!」
今更の余談かも知れないけれど、王立魔法学院にはアルファン王国の国内全域から生徒が集まる。
王国は四侯爵の各方面軍が実質前線で支えている、こういっては不謹慎だけれども花形であり、各地方は地元への帰属意識が強く育つことになる。
その為学内で初対面の時はだいたい出身地方を名乗り、学内では出身地方派閥が形成されるというのはヴァネッサ様の個人派閥の時に話した通り。
それは小さな揉め事や喧嘩などでも同様で。
「ああン?何だコラ!」
「ンだおい、テメードコ地だコラ!」
「西部だコラ!文句あっか!」
「あ、オレも西部」
「「ウェーーイ!!」」
簡単に言えば『オマエ!どこ中だよ!?』的な使われ方をする。
と言っても四地方に王領と王都の六種類、この学内派閥がトラブル回避を非常に円滑に進めるので学院運営側も歓迎すらしている。
……結果稀に派閥同士が深夜の学内庭園や開放されている練武場を舞台に武力衝突は起こすけれど、学内にいる限りは息抜きの域は出ないので黙殺される、というか講師や教職員がもみ消す、なぜなら皆派閥のOB・OGだから。
なので同じ出身地の生徒が自然と集まるのが普通だけれど……。
フェルディナンドにはそれがない、女性なら誰でもウェルカム!王子様だからね!!
西部派閥内ヴァネッサ派閥親衛隊も、使えそうなら誰でも来なさいだけれど実質こちらも女性ばかり、近似集団に見えて大きな違いは『西部派閥のヴァネッサ』と『王領派閥の』ではなく完全に『フェルディナンド個人』の集団というところ。
いわば"フェルディナンド'sハーレム"と呼ぶべきものが今ジェシカの目の前に広がっていた。
前世以上に派手な女生徒に囲まれているフェルディナンドの姿に、ジェシカはちょっとムカッと来てしまう。
ただ、腹立たしい事に自分も人の事は言えない。
彼女に紹介されて課外活動に一緒に行くようになったのがきっかけだった。
ジェシカの主武装であるクロスボウは東部製、この時点での最新モデルの機械式連装型で、西部の銃のような威力こそ無いけれど、静音性と速射性に優れていた。
それでも『カートリッジの再装填』が必要で、その為にジェシカは盾の内側に備え付けたラッチに予備をマウントしているのだけれど、リロード中はどうしても防御一辺倒になる。
そんなジェシカにはフェルディナンドの回復補助が文字通り燦然と輝いて見えたのだ。
背中を任せるうちに、あれよあれよと、気付けば"フェルディナンド'sハーレム"の一員になっていた。
(いや、私だけだった筈だよね……?ハーレムまで作るような人じゃなかったけど……)
そうして迎えた休息日当日……。
「ジェシカくん、すごいね、なんだか歴戦の風格を感じるよ!じゃあキミ先頭でいいね、頼らせてもらうよ?」
「は、はいっ!」
(……誰だこいつは?いえ、フェルディナンドよ!フェルよ!!素直に頼ってくれる!!)
疑問と、恋慕。
もしかしたらとっくの昔に。
――愛の呪いは成った。
好きにならなければいけないという強迫観念は、昨日のように思い出せるこの人の優しい笑顔の為。
ダメ男に尽くす女……。
課外活動は、ジェシカとしては初めから判っていたことだけれど余裕なんてものではない、チョー余裕。
ボルトを節約して背中の剣を抜き近接戦闘に切り替えればフェルディナンドから[防御向上][攻撃向上][状態異常予防]の光を背中に浴びる事が出来て……。
(嬉しい!私フェルの役に立ってるよ!私をもっと見て!私にもっと頼って!!)
【お助けキャラ】故に実は頼られ過ぎるのも困るのだけれども、せめて今日くらいは大活躍をして……頭空っぽな他のオンナよりも一歩上に行かないと!という焦りがジェシカの心を獅子奮迅の闘いに駆り立てる。
歓喜の戦闘技術は転生前と遜色がないもので、一行は死の砦へと足を踏み入れた。
先客がいるのだろうか少しアンデッドが少ないけれども、彼らは湧いてくるものなので気にせず進む。
(≪セーブ≫で死に戻ったけれど、知識経験はそのまま……【強くてニューゲーム】みたいな?じゃあルートが変わるの?どうなってんのよ一体)
その時、少し先のほうから鮮烈な雷属性の魔力と一瞬の雷鳴が聞こえた……。
(火属性が有効なアンデッドに……わざわざ雷属性?……まさか!?)
何度も何度も何度も何度も刃を交えた、前世の前衛陣の誰から見ても閃撃の好敵手と言ってもいい、いつも隻眼を前髪で隠した"抜刀術"使いが思い浮かぶ。
(たしかザイツは雷属性しか使えないから[属性防御]が有効ってフェルが言ってた!どうしてこんな所に【黒い三連星】が!?)
ヴァネッサが社交界での茶会やパーティに出席するときも【黒い三連星】は当然の如く一緒に行動する。
(という事はこの先にヴァネッサがいる!?)
これは千載一遇かも知れない……【強くてニューゲーム】状態の自分ならば、入学して間もないヴァネッサ相手に盾ごと消し飛ばされるような不覚は得ないハズだ、【黒い三連星】全員が相手でもこの時点の彼女達ならば……。
「≪セーブ≫」
「ジェシカくん?どうしたんだい??ガンガン行こうじゃないか!ははっ!!」
「はい!フェルディナンド先輩!私に補助のかけなおしをお願いします!」
「……え?今かい?さっきしたけど、まーいーよね!ドーンといこう」
≪燦然≫の光がシャワーの様に次々ジェシカに降り注ぐ、効果はどれも前世より薄い、多分≪燦然≫にしかないもの以外は自分で使った方が効果が今時点では高い。
それでも、それでもジェシカには最強の補助だ。
(これで何も怖くない!)
「ジェシカ!行きます!!」
「うん、ついてくよー」
そして、そこに出くわした、ヤンキー座りがサマになるワルカッコイイ私服姿の抜刀女とおパンツが見えそうな……チラチラ縞パンが見えてるエロ可愛い私服姿の忍者。
悪役令嬢の取り巻き二人がラスクと制服姿のフィオナを囲んでいる!!
「フィオナ!!大丈夫!?」
思わず先制射撃をして、それからしまったと思う、相手は私服姿だ……[保護]が無い、しかしその心配は杞憂に終わる。
(そんな座り方のままで!?――そんな!マジ!?"魔鞘・雷斬"!?ザイツも【転生者】なの!?)
見事に"抜刀術"にてボルトを切り払われ、安堵と衝撃を覚えた、その左手にある黒鞘の業物……前世で体験したあの戦いを忘れろという方が難しい、確かにレオナードには敵ではない相手だったけれども、ジェシカ、ディラン、オーギュスト、ジョシュアの前衛全員を相手に最後まで[保護]を抜かれなかったのはジェシカとジョシュアのみという鬼神の如き戦いぶりだった……。
タイが燃やし尽くされて敗北を悟り、"絶望"の狂笑を浮かべながら退かずに戦い続けられていたら正しく文字通りの死闘となったろう。
「――ジェシカ……」
「大丈夫ッ!?何かされなかった!?」
あの狂剣がここにフィオナといる、危険なものしか感じない。
「ソイツはなーんもしてないよー?……ねーえ?アタシら軽く散歩してただけだけれど……いきなりコレは、ナシじゃないかなー?」
「やめなノエル、私らが制服着てねーから"賊"だとでも思ったんでしょう?なぁ?」
(完全にマジギレしてる時の口調!!大丈夫!準備はしてある!!ここは……試す!!)
「……じぇ、ジェシカ、あたしは大丈夫って言うかあたしもその、課外活動に……」
「フィオナ、大丈夫よ!私こう見えてチョー強いんだから!大方無理やり連れてきたんでしょうけれど……こんなところにフィオナ連れ込んで何するつもりだったの!【黒い三連星】ッ!!」
……
「い、一撃!?≪雷迅≫ってあんな魔法だったっけ!?嘘でしょ!!……もしかしてと思ったけれどマジで"魔鞘・雷斬"じゃん!なんで?また?どうなってるの!?私こんなの知らない!!」
快活な声が白い世界に悲痛に木霊していた。
第43話:春雷
第44話:死の砦に散る
第45話:次は必ず




