第46話:お助けキャラ
入学式後の女子寮の廊下で呆然とへたり込んでいると、魔王復活で攻め落とされた南部出身の女生徒が「大丈夫?」と心配そうにジェシカに話しかけてくれた、ジェシカは応答しない。
(あなたもあの未来で死んじゃう……)
なんて惨い世界なんだろう。
【乙女ゲーム】って言われてはいそうですかとは全く思えなかった、ジェシカ・レイモンドとして十七年生きた記憶が鮮明にある、むしろヴァネッサに殺される前まで忘れていた前世なんてへーそーなんだーってなもんだ。
ジェシカ・レイモンドが前世のジェシカ・レイモンドと言ってもいい。
(これからまた彼女に会って……彼女を手伝って……フェルディナンドに逢って……)
好きな人を親友と言える彼女に差し出す、そんな事が許されるのか、いいや、でもそれをしないと魔王の再封印ができない、まさか≪封印の聖女≫覚醒の条件が……。
呆然と扉を見る、ネームプレートがある、彼女の名前が……。
――ない。
(はぁっ!?フィオナ……カノン??)
ジェシカは困惑した、前世の記憶だの≪セーブ≫だの本当に情報量が多すぎて頭がおかしくなりそうだった、カノンというのは一緒だけれども、前世の記憶と現実が食い違って意味が解らなかった。
(どう……なって?)
思わずとかちゃと扉を開いて室内に足を進めると、見慣れた桜色の髪に水色の瞳の少女が勢いよく振り返ったのが目に入る、肩口で切り揃えた髪、愛嬌のあるコケティッシュな顔立ち、驚かせてしまったようだ。
「脅かしちゃったー?ゴメンゴメン、そっか、二人部屋だもんね。私今まで家で一人部屋だったからノックするの忘れちゃった」
ああ、懐かしい。
(初めて会ったその日も驚かせてしまったっけ……そのあと私が逆に驚かされたんだけれど)
表情豊かにちろっと舌を出して片目を閉じ、軽い謝罪を向けながら「またやっちゃうと思うけど許してネ」なんて軽口を述べ後ろ手に戸を閉めて軽い足取りで自分のベッドの方へ向かう……。
(フェルディナンド……フェル……嗚呼……!!)
「ううんぜんぜん!あたしも一人部屋だったし、むしろ犬飼ってたから戸締り忘れたらゴメンねー」
「戸締りはやばいよー!気を付けてよねー、って言っても女子寮だしそのへんはちょっと気楽だよね、わんちゃん飼ってるんだ?お名前は?男の子?女の子?大きいの?」
(知ってるよ、ラスク……私の手で……)
「大きいよー、ちょっと太っちょの男の子、ラスクっていうの、あ、なんでラスクかって言うと」
「フィオナのおうちパン屋さんだもんね?」
「ぇ……っ」
しまった、ベッドにいたらフェルディナンドの事を考えすぎて余計な情報を与えてしまったか?
不審がられて彼女から距離を置かれてしまったら、彼女の剣の腕では……自分が助けてあげないと彼女には未来がない、ディラン君は付き合ってくれるかもしれないけれど……ジェシカがそんな保護者的な視点になってしまうのはやはり彼女……フィオナ?の保護欲をそそる雰囲気なのだろう。
(夕暮れのいつもの机で……日記?ふうん、フィオナはマメだねぇ、丁度いい、意趣返しさせて貰っちゃお)
水色をまん丸に驚いている様子のフィオナに黄色の目をイタズラ心に輝かせて、ニコニコと笑いながらベッドに座ったまま閉まった入り口の扉をちょいちょいと指さしていた。
「あ!ネームプレート!!」
「あははは!引っかかったー!寮が二人部屋って聞いた時から計画してたんだよねー、ノックは忘れちゃったケド」
(あの時のおかえし!……あれ?前と同じじゃないとダメかな?まぁフィオナは同じようで違うしいいよね!あの時すごくびっくりしたんだから!)
「私はジェシカ・レイモンドだよ、ジェシカって呼んで、王都出身、レイモンド商店って知ってる?」
「知ってる!王城通りの大きいお店!!すごい!ジェシカってお嬢様!?」
「いやいや、それほどでもなくってよぉー?なんてね」
それにしても本当に彼女は彼女だと、弾む声色に思う。
(あの後どうなったって……カタキ、討ってくれたんだよね)
自分の『前世』がどのルートだったのかまではわからない、なにしろ【個別ルート】への分岐は魔王再封印隊の旅の中で起こるものなのだから。
でも、願わくは彼女の選択したものがフェルディナンド以外のルートであって欲しい、ジェシカはこのフィオナと彼女の齟齬に、死に戻ったのではなく別のルートに来ただけなのではないかと仮説を立てていた。
ならば。
「ご飯いこ!お近づきのしるしに今夜はオゴっちゃう、あ、でも食べ過ぎないでよね?」
「イタズラのお詫びにおかず二品はどぉ?」
「うーん……」
「今度うちのパン御馳走するからさ!おいしいって評判なんだよ、知らない?三番街の」
そこまで言ったところで、フィオナの表情に気付きが芽生えた事をジェシカは悟る。
(彼女よりは智い?)
「知ってるよ?ベーカリーカノン。ねえフィオナ……変なこと言ってるって思うかもしれないけど……私実は【転生者】なの!あなたを助けてあげるからね!!」
(さぁ、どうする?フィオナ)
身体は一五歳だけれど、中身?は少なくとも十七歳、ジェシカじゃない前世を入れたら……おいやめろ計算するな。
兎も角これにどう出てくるか、鬼が出るか、蛇が出るか、それとも龍でも出るのだろうか?
「……?」
出てきたのはアホ顔でした、なんで口半開きなの?そんな顔初めて見るよ!?ジェシカの記憶する彼女とフィオナの違いをまざまざと見せつけられた気分だった。
(ダメだあ攻め過ぎた……ここは一旦引き下がろう、チャンスはこれから沢山ある)
「あ、あはは、ごめんごめん混乱させちゃったよねこの話は」
しかし、フィオナが食いついてくる、この反応にはジェシカも意外を得た。
「ううん、その"転生"って生まれ変わりの事だよね?……うちのお婆ちゃん『次は貴族令嬢に転生してワシのテクでブイブイ言わせるんじゃ』って絶叫しながら死んでいったけれど……」
ジェシカはその言葉に意外と同時に驚いた、これは確実だ、フィオナはフィオナだ、でも彼女でもない。
あのお婆ちゃんがお亡くなりになっている、ここは前世じゃない?『戻ったわけではない?』
(≪セーブ≫)
次善に備える、学院生活二年を経てジェシカもそれなりの死線を潜り抜けてきたつもりだった、ヴァネッサにはまさかの一撃だったのはあの女の"早撃ち"が想像以上だったから。
(殺されたのに冷静だなー……なんで、だろ……)
ヴァネッサへの怨念が全くない、なんだろうかこの違和感。
「転生する前の事覚えていられないんじゃないの?覚えてられたら自分の子供とかの様子見にきたりしてもっと騒がれてるよね」
「ヤバイねフィオナのおばあちゃんキレッキレじゃん。でもまぁ、その転生。……で、私は転生する前の記憶があるんだなぁこれが」
「うっそ!!え?わたしを助けるって……まさかわたしが生まれる前に死んじゃったお爺ちゃん!?女の子だよねぇ!?」
何を言ってるのよこの子は、呆れ二割、親しみ八割、そんな風に感じるのはジェシカ・レイモンドが【お助けキャラ】だからだろうか?あくまで自分の感覚だと思いたい。
部屋の鍵をかけながら思う、そういえば彼女の鍵をフェルディナンドに預けたままだった、なんだか恥ずかしい、ジェシカは自分がいなくなった後鍵が合わなくて部屋に入れなくなっている彼女の事も思い出してはそっと笑みを浮かべた。
ヴァネッサの事などいつも通り……あの女を信用してはいけない、それだけだった。
その事に、ジェシカは何の疑問も感じなかった。
――感じさせなかった。
第19話:まるで【悪役令嬢】
第30話:絶対変な娘だと思われた!




