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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第三章
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第39話:差出人のない恋文

 差し出された黒鞘の業物と母親を交互におずおず見上げ、左手に持っていた白鞘の業物をおずおずと献上するように両手で掲げ頭を垂れるクオンリィ。

 母クラリッサはそれを小さく頷いてから受け取り、掲げられたままの手に黒鞘の業物……"魔鞘・雷斬(ましょう・らいきり)"を手渡した。


「以上です、ま、忘れている連絡事項もあるかもしれませんがとりあえずヴァニィちゃんとノエるんちゃんには昼休みの内にしっかり伝えておくように……ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()から、迅速に伝えた方がいいですよ?――はい、皆様失礼しましたね、授業に戻ります……――」


 母クラリッサから講師エイヴェルトの顔へと戻り、返却された夫の佩き物にくるくると布を巻きつけながら教壇へと戻ってゆく。


 正しい魔術用語にやたら拘る特別講師だと思ったら女番長を大人しくさせる女傑でした、という驚きもあるけれど西部出身者は少し別の驚きを抱えていた。


 "雷神"クラリッサが現役を退いたのは結婚を機にしたものなので、当然その娘と同学年である生徒達にとっては生まれる前の有名人であった。

 けれども、立身出世を成して"雷神"を射止めた"抜刀伯"の恋物語は様々に脚色されて西部ではそこそこ有名な戯曲にもなっている。

 ……なぜか暴れる"雷神"を"抜刀伯"が調伏する活劇や逆にもなったりしているのだけれど。

 それはさておき。


 そんな戯曲の世界の有名人が目の前に本物として存在している、あれ?見た戯曲、読んだ本よりずいぶんお胸が小さいような……?


 世の中には気付いてはいけないものというものがある……。


 クラリッサは自身と夫の話が戯曲になると聞き、秘密裏に動いた。

 友人としての付き合いもあるガラン一族の頭領に頼み込み、作家に働きかけて『盛った』それはそれは盛大に盛って盛って盛りまくった、それを出版の条件としたのだ。

 何を盛ったって?お胸に決まっているでしょう。


 毎度の事ながら話が逸れた。


 兎も角有名人の登場に生徒たちの視線はその娘に集中した、少し話しかけづらい雰囲気を持っているけれど、クラスの奇行担当である子分A&Bと接する様子はそこまで剣呑とはしていない。

 言葉遣いが汚いだけだ。


(昼休みになったらキミに話しかけようとするクラスメイトは後を絶たないだろうね……ふふ、クオンはそこで有象無象の相手をしているといい……昼休みにヴァニィに『"雷神"が来る』情報を伝えて感謝されるのはボク……親の情報を全く伝えなかったキミの株は下がるというわけだ)


 ジョシュアにとってこの空気は思わぬ収穫、にこやかな微笑の下で思惑にほくそ笑んでいた。


「――さて、ああそうです……カノンさん、クオ……ザイツさん」


 教壇で板書に筆を走らせていた講師エイヴェルト、娘の事は学内ではザイツさんとそう呼ぶつもりのようだけれどつい名前を呼びそうになる、その為に旧姓を名乗っているのだからそこはしっかりしなければ、と小さな嘆息が漏れた。


「「はいっ!」」


(妙に声の揃ったお返事ですね、おしゃべりでもしていましたか?全くこのくらいの子は皆姦しいですね)


 だけれど、おしゃべりしていたと言うのならば好都合だ、優れた魔法の使い手となる可能性を秘めた特待生、そして久しぶりに見る愛娘にこれを贈ろう。


「二人とも、授業終了まで後ろで"馬歩"です」

「ええええっ!何で私が!?」

「……はぁい……へへ、えへへ、一緒に馬歩ぁろう(バッファロー)ね」

「目ェ死んでンぞお前え!バッファローって何ですか?知りませんよそんな謎の用語?講師エイヴェルト!正しくない用語を使ってるこいつはわかりますが何故初授業の私が!!」


 おとなしく"令嬢モード・極"でじっとしていればバカが横からちょっかいをかけてくるし、クオンとすればとんだとばっちりだ。


「ターエに聞きました、[雷光]制御に失敗していたそうですね?」

「アレ……は……『魔当て』しようとして[雷光]っぽいのがちょーっと漏れちゃっただけで……!」

「お漏らしなんてなお悪い!」


 とばっちりじゃありませんでした。


「うふふ、正確な姿勢は正確な準備……正確に……正確ね」

「逆らう無駄を……貴女が一番よく知っているでしょう?」

「……」


 結局二人して"馬歩"りました。


 フィオナとしては悶絶するクオンを見て気を紛らわせようとしてのだけれど……。


「クオン……なんか慣れてない?」

「……アレの娘ですよ?当たり前でしょう?……コツがあるんですよ、頭のてっぺんからお尻までピンと垂直に弦を張るように伸ばすのです」

「こう?」

「とんでもなくキツくなります」

「あだだだだだだ!!!!」


 重心が変わってフィオナの太ももがびっくんびっくんと大爆笑である、クオンはと言えば相当慣れているのか余裕の表情で綺麗な"馬歩"をキメていた。


「つーかこんな事して何の役に立つんだか」

「『準備』の追加ルーティーンを正確に行う為にだって」

「だったら私はとっくに完璧ですよ?形だけぱっと作って大事なのはノリとカンですよ制御なんざ」


 そう言いながらクオンは己が『準備』の追加ルーティーンで行う指運で印を組んでフィオナに見せる、親指・人差し指・中指の三本をそれぞれが垂直になるように、右手の印か左手の印かで本人曰く「用向きが一応違う」らしい。


 ノリとカンとか言っている確実にそういうところが魔法制御下手の原因である、構えの正確さはあっても魔法に対する真摯さが足りないのです。


(才能に恵まれすぎているというのも困ったものですね、親バカですが)


 この子は"雷神(らいじん)"とライゼンの娘で≪雷迅(らいじん)≫の魔統という、"韻"という魔法的な要素で確実に雷の申し子なのだから。

 それにしてもぎゃあぎゃぁと騒がしかったので講師エイヴェルトは無言で[設置結界型音声遮断]……要は[音声遮断]を二人の周りに掛けた、それにしても久しぶりに会ってみれば愛娘には新しい友人ができていた、ヴァニィちゃんとノエるんちゃんがいれば何も要らないくらいの子になりはしないかと密かに心配していたのだ。


(私とターエも学院で初めて打ち解けたんでしたわね、会った時はまさかうちの人の妹とは思わなかったけれど……)


 きっと、この学院生活の中で様々な出会いと別れを、そして恋を経験するのでしょう。


 かつて練武場で剣士系課外活動パーティに片っ端から『腕試し』と称して野仕合を挑んでは次々打ち臥せ、口の片端を吊って凶暴な笑みを浮かべていた夫のワルカッコイイ姿を見た時の衝撃は今も忘れられない、クオンがそっくりに笑うのはちょっとママとしては心配だけれど……。


 今夜は久々に恋文でも書いてみよう。


 あの頃のように差出人のない恋文を、西部の我が家に届けよう。

 それできっとあの人は気付いてくれるから。

親世代も恋に愛に奔走していたというお話でした。

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