第38話:最強装備
西部大峡谷、長い年月で水と風によって形成されたむき出しの地層が描く紋様は枯山水にも通じた風情があろう……実際に枯れた山水なのだからというのは野暮というもの。
砂塵と岩、どこまで見渡しても岩々、たまに水場と草。
さりとて武骨でなく美しく壮大な景観を誇る自然の大迷宮である。
地元の者でも全容はわからないというけれど、それでも一部のある程度の広さがある谷底は街道のように西部の民に利用されている。
その曲がり角になっている谷の一つを塞ぐように黒い軍装の西部方面軍騎士団の兵たちが陣容を整え忙しなく配置に移動している、銃兵中心の西部方面軍騎士団が最も得意とする待ち伏せの布陣だ。
陣を見下ろす大きな岩の上に立つ亜麻色の髪を雑にポニーテールでまとめた黒い軍装に軍刀を携えた壮年の男、稀代の剣豪"抜刀伯"に全身漆黒のスーツ・喪服のごとき軍装に身を包んだやはり壮年の男が数名の装備の整った兵士を従えて近づいてくる。
"抜刀伯"はその姿を認めるとは居住まいを正すけれど、それを漆黒の男は気安い様子で窘める。
「ああ、いい、いい、楽にしてくれよライちゃん」
「……っは、どうしたんですリッちゃん、こんなドサ場まで……支援砲撃ならやめてくださいよ?崖が崩れちまう」
「いやいや、聞いたんだがリッサが講師ってマジか?陛下は校舎ぶっ壊す気か?ぶっ壊すなら俺にやらせてほしいものだな!学生時代の苦い思いをドーン!ってな」
"抜刀伯"ライゼンを"ライちゃん"と砕けて呼ぶこの軽いオッサンこそ、"戦争侯"リチャード。
≪魔砲≫の魔統で西部の荒野に死と硝煙を撒き散らす"絶対報復ウォーモンガー"・"≪魔砲≫侯爵うぉーもん☆リッちゃん"などの異名で知られるちょっとした狂人である。
「まあ……あの子らも学業に身が入る事でしょう……おお、校舎か……あの落とし穴まだあるのかなぁ?確か仕掛けてたでしょう――しかし、知らなかったんですかい?ジョッシュ殿下からうちのカミさんに依頼が来たって話だからてっきりリッちゃんも一枚咬んでンだと思ってましたが」
「殿下が?知らんなぁ……??」
ジョシュア、渾身の自爆技であった。
当然自分もやりづらい相手ではあるけれど、クオンリィに対する最強の嫌がらせ。
身動きとれまい!逆らえまい!ボクの闇は完璧だって言ってるだろうッ!?
「ところでライちゃん、佩きモノが違うようだがどした?」
「……うちのバカ娘が自分のぶっ壊したからってオレのガッコに持って行っちまったんですよ……カミさんにゃ回収しておくよう言っといたんで今だけです」
今回の布陣もいつも通り騎士団が向いているのは東の方向。
つまりこの先にある金鉱から盗る物盗って撤退してくる賊をここで一人残らず誅滅する。
大峡谷はまたの名を"黄金峡谷"と言い、その地下には数代かけても掘りつくせぬ大金脈が横たわっている、どういう魔力の働きか金が湧いてくるのだ。
その為王国全土でも最も多く"賊"の出現する盗掘の絶えない無法地帯であったけれど、"戦争候"の代からは盗掘は激減した。
何しろ捕虜の輸送や拿捕を全く考えていないから西部方面軍騎士団の移動は速く、管理された採掘以外は全て"賊"だから仮設の盗掘拠点ごと一切合切砂塵と瓦礫に沈めてしまえと言う具合だからたまったものではない。
とはいえ"賊"だって生きている、金が欲しい。
他国に持ち出してしまえば金塊などいくらでも捌ける、全てを賭けた最期の闘いと今は『管理されている金鉱』が手薄な時を狙って略奪・逃走のスタイルが"黄金峡谷"賊たちのトレンドである。
――そこで今回も事前にローザ夫人とガランの影が入手した情報を元に襲撃計画を察知、金鉱の労働者達は近くの街へ撤退させ、リチャード達本隊がさっさと崖上を使って賊の後方に回り込んだというわけだった。
コソコソ隠れなければいけない賊は大変だ、行軍を確認して撤退でも始めていれば都合がいい、もう手遅れなのだから。
「フッハハ!クオンちゃんは相変わらず愛いな!前から言っているがどうだ?ヴァルターの嫁か婿に!」
「いやームリムリ、アイツに細君ってもんが務まるとは……ちょいと鍛えすぎました」
当人のクオンリィにしてみれば複雑な縁談だろう、敬愛するヴァネッサと義理の姉妹になれる反面、ヴァルターに嫁入りすれば子爵夫人、婿に迎えても伯爵夫人、公爵夫人となるヴァネッサの傍に単身侍り続けるには流石に難がある立場になってしまう。
父親から無理の太鼓判を捺されてると知ったら案外ほっとするかもしれない。
"抜刀伯"としても思いは似たようなもので、兄になるのはいただけないけれど侯爵と義兄弟は悪くない、しかしそれでも娘に姫の"ズッ供"であり続けて欲しいからなかなか頭が縦には下りない。
「しかしヤれんのかぁ?そんな得物で、やはり俺が出るかな」
「オレぁそこまで得物は選びませんよ、クオンじゃあるめぇし……なんなんですかねぇ女の子ってのはすぐ持ち物を飾り付ける、折角拵えた魔鞘を舞踏会にでも持ってく気かね」
「先日の"黒耀城"で開かれたパーティには持ってきていたぞ?いつもの三人でお揃いのドレス姿であったが……クッハ!傑作であった!やっぱどうだライゼン、お前の娘をヴァルターにくれぬか?」
ちなみに"抜刀伯"の白鞘の業物も白地に金装飾と普通に比べて十分華美である。
侯爵自らが出場しようとしている事に指揮官自らwと思われるかもしれないけれども、侯爵とは一個中隊すら容易に凌ぐ個人戦力でもある。
西部方面騎士団最高司令官にして西部最凶火力の銃士、魔法とはそれを可能にしてしまうものなのだから。
「応、リッちゃん……来たみてぇだ……って、オイオイ砲の準備はねぇぞ?」
「何だつまらねぇ、普通の銃でもいいぞ」
「銃身は弾薬みてぇに使い捨てるもんじゃねぇからダメだ、まぁ籠りやがったらちぃと頼むよ」
無人の金鉱に賊が喜んで略奪採掘に励むもよし、危険を感じて慌てて取って返すもよし、街側にも歪路にも兵は既に配置され、あとは開演を待つばかりだ。
退いて居座るようなら坑道諸共岩の下敷きにでもなってもらおう、今回は侯爵自ら現場入りしているので軽くブッ放てば一発だ。
「うむ、良き饗宴を!」
「応、砂塵を紅く染めるまで」
今日の"賊"は本当に運が悪い、『白鞘の業物を見たら"抜刀伯"だから荷物を捨てて逃げろ』という事前の計画は潰え、ただの軍刀で繰り出される電光石火の斬撃に次々斬り捨てられることになったのだから。
……
一方、学園生活を親族に固められつつあるクオンはジョシュアを除いたクラスメイトの誰もが見たことのない大変物静かなスンッとした雰囲気で行儀よく膝を揃えて座っている。
いつもは机に脚を載せんばかりの勢いだ。
フィオナが「くおんちゃんって?知り合い?」というコショコショ話には鞘の鐺で腹をドッスと突いて答えていた。
本人目の前にナイショ話もねーだろバカですか?
「みなさん、すこしごめんなさいね?娘に連絡事項がありますので」
教師エイヴェルトは教室をぐるり見回しながらたおやかに微笑みを浮かべる。
娘というには髪色も違うしあまり似ていない、お胸が?雷落としますよ?――そういえば髪型の傾向と何より紫色の瞳は間違いなくそっくり、なにより柔和な微笑みかたが確かに母娘なのだとクラスメイトの観察眼の注目を集める。
メモを取っても多分試験には出ない。
(ママ上自分から言わないでくださいッ!連絡事項なら後で話は聞きますから!)
などと当然言えるわけもない、今のクオンは借りてきた子猫というよりしっぽ丸めて怯える子犬、おどおど上目遣いで母を見上げる。
「いくつかありますが……まず、ヴァニィちゃんをちゃんと起こしなさい」
「ッいきなり難易度が!?」
「常在戦陣、学院は戦場です……貴女は側近、わかりますね?たまには許しますが……ああでも二つ目にもなりますが私の授業は絶対サボるな、私は二組の制御も担当していますからね?意味、わかりましたね?」
穏やかな声音が一瞬だけドスの効いたものになってピリッとした空気が周囲に張り詰めた。
(ん?コレ雰囲気だけじゃない……?)
ふとフィオナは自分の近くにふよふよと浮いてる埃に指を添え。
「ンが!?」
軽く感電した、勿論"雷神"クラリッサが誇る希少魔統、その名も≪落雷≫の『魔力発揚』である……『魔当て』ですらない。
クオン同様雷属性しか使えなくなるハンデを努力と根性で克服した魔法制御の達人、本来女性には継げぬエイヴェルトの女伯爵を望まれた女傑は伊達ではない。
学生時代から密かに想いを寄せていた"抜刀伯"の求婚に愛娘の誕生と順風満帆幸せな日々を送っていたのだけれど、日々ザイツ屋敷に届く『愛娘が斬り壊した物の修理請求』は可愛い娘をお転婆娘に、お転婆娘をバカ娘に進化させた。
"瑪瑙城"の階段支柱三本の請求が来たときは流石に飛んで行って≪落雷≫キメつつ説教したものだ、それは斬っていいモノじゃありません、ステイ。
そして殿下の要請に応えうちの人を西部に置いていくのもと後ろ髪引かれる思いながら、愛娘とその主上と親友の為と面倒な講師を引き受けてみれば……。
初日からサボられた。
"雷神"降臨である。
「入学初日からクオンちゃん、貴女随分とはしゃいでいたそうですね?」
「い、いぇぅ……」
「イエスとはっきり答えなさい……ターエから全部聞いています……昼休み校内にいたそうですね?私の授業をサボって登校ですか?落としますよ?」
(しまった!!あのクソババァ!!)
かつて西部の無法者どもを震え上がらせた"風神"と"雷神"がアルファン王立魔法学園で復活した……老けたけど。
そして生徒諸君は安心して欲しい、震え上がるのは主に三人娘だ。
ターエは以前から働いているのでジョシュアの自爆技ではないし、ジョシュアも叔母さん迄いるなんて思っていなかった、クオンはきっと前世で相当悪いことをしたに違いない。
「そして三つ目、クオンちゃん、パパの佩刀勝手に持って来ちゃダメでしょう?持ってきてあげたからそれ返して自分の使いなさい」
クラリッサはそう言いながら手にしていた"杖"をくるんでいる布を解いていく。
そこから見えたモノにフィオナの目は釘付けだった。
黒壇に金と銀と銅、『三人の色』の組み合わさった美しい装飾に飾られた美術品のようでありながら、クオンの長身に合わせた長さと幅を備えた、クオンの為に拵えられた業物。
"杖"は刀というのは西部じゃ常識なのだろうか?
("魔鞘・雷斬"ッ!?うっそ!一年生だよまだ!!)
クオンリィは度重なる【ヒロイン】への妨害失敗に焦り。
「ヴァネッサ様!どうか私に最後のチャンスを!次こそ!次こそは必ずやヤツを斬り捨てて御覧に入れます!!」
なんて終盤の敵幹部みたいなこと――敵幹部でした。
……を言い出して実家に残していた愛鞘を遂に持ち出し、ガチ襲撃をかけてくる。
課外活動中を狙っての襲撃はまさかの六対一である、しかしこれがヒクほど強い。
とはいえあえなく失敗。
この離脱が例のヴァネッサ修羅道へと繋がってゆき、その後でやってくる、剣鬼と堕ちたクオンリィとノエルペアのイベントバトルに勝利すると【ドロップ】しおる。
剣聖wも装備できない、誰も使えない武器魔導具。
……製作からの嫌がらせとしか思えない後味の悪いトロフィーである。
しかしそれは間違いなくクオンリィの最終、最強装備だった……。
そして、この段階で彼女が最強装備を手に入れている事に、フィオナは言い表せない一抹の不安を感じるのだった。