第4話:悪役令嬢の取り巻きその2
クオンリィはレオナードが魔力の[発揚]ではなく、単純に魔力を高めただけだと悟った。先程のフィオナとのやり取りで『静電気を纏いはじめた』自分自身の状態と同じである。
貴族同士の諍いとは基本的に『挑発に乗ったほうが負け』という口喧嘩、煽りあいの域を超えてはいけないという不文律がある。
もしもレオナードが《龍炎》を本当に[発揚]させていたのなら、その時点で『ヴァーミリオン側からノワールに喧嘩を売った』事が成立していた。わかりやすく銃で説明すると[発揚]はハンマーコック、つまり撃鉄を起こした状態に相当する。もしも目の前に激昂しながらコッキング動作をする奴がいたらそいつは間違いなく危険だ、即時対処するべきだろう。
更にはレオナードの《龍炎》を実際に見た事があるクオンリィにしてみれば、主君ヴァネッサがその射線上にいたなら『まず間に立ち、次に備えた』事は側近として至極正しい。
本当に[発揚]していたのならば、という条件付きで。
……前述の通り今回レオナードがとった行動は先程クオンリィ自身が行った、殺気を当てる『気当て』と実質同じだった。
レオナードは《龍炎》を[発揚]させていない。『単純に魔力を高めただけ』、王国内では『魔当て』と呼ばれる主に術士同士が互いを推し量る、或いは挑発するものである。また銃の例にしてしまえば弾倉に弾を込めたくらいの意味合いであろう……十分アブナイ? 王国じゃ茶飯事よ。
『魔法にはある程度固有の属性があり、特に強力な魔統の能動型魔法はこの準備段階でその兆候現象が出る事がある、それに対し適切な[属性防御]を使う事で効果を上げる方法がとれる』
と、いうのは王立魔法学院の一年生でこれから習う内容だ、けれど、希少魔統を持つ貴族にとっては幼少から習い続ける常識である、何よりクオンリィは自分の能動型魔法に兆候現象が出ているのに『魔当て』に反応してしまった、大失態である。
この状況は『現実にゲームを持ち込む《前世の記憶》』があるフィオナからしてみれば、捉え方の違うアングルでより顕著であった。
まず先程のクオンリィとの緊張状態の後は一度たりとも【戦闘BGM】が流れていない。レオナードにさりげなく巻き込まれているものの当事者ではないから流れていないと考えることもできるけれど、むしろ半分でも当事者なら十分流れていておかしくないのだ。
つまり誰も戦闘状態に入っていないという事。
何しろ【戦闘BGM】は闘技場の武術大会などの観戦でも多様様々聞こえてくるのだ。バトルばっかり凝りやがって、そういうとこだぞ制作。
これは娯楽の少ないこの世界で非常に気分が盛り上がるものなので、フィオナは小さい頃から闘技場の武術大会観戦が大好きなのだ。
話が逸れた……。
次に【攻撃範囲】である。
フィオナの《前世の記憶》は攻撃意思のある存在の【攻撃範囲】すら視覚化する。
クオンリィが『気当て』ではなく鯉口を切った瞬間に素早く間合いの外へ離れることができてしまったカラクリがこれだ。
そして今回は『レオナードの攻撃範囲は出ていないのにクオンリィが動いてしまった』事にフィオナは反応した。
結果生じたクオンリィの行動は『侯爵嫡男が本当に魔法を使うとでも思ったのか?』と言われて何も言い返すことができない、拙速に過ぎたものである、更には『たかが魔当てと[発揚]の区別もつかない未熟な護衛を連れている』とヴァネッサに恥をかかせることになる。
クオンリィにとってなぐさめになるかはわからないけれども、実際の所レオナードの『魔当て』は流石の侯爵家というすさまじい出力で、平民は勿論貴族ですら失態に気付いているものはこの場で数名だけだ。少なくともレオナードの後ろの銀朱戦隊は素手ながら皆身構えてしまっている。
しかし、あとはレオナードがクオンリィに「おいおいどうした?」とでも行動の理由を質す言葉を発すればそれで確定だ、ヴァネッサに部下の質と躾を指摘し大いにそれを嘲笑う事になろう。
何よりその証拠に、むきになっていた筈のレオナードはその朱の瞳にこそ獰猛さを感じさせる光を宿してクオンリィを見上げているけれど……ぎぃと口の片側を吊り上げて笑みを作ってドヤっている。
――ハメられた……ああ、ヴァニィちゃん様、ノエるん――涅槃で待つ。
クオンリィがこの場で腹を切る覚悟をしたその時である、救いの声が上がった。
「待ってくださいッ!!」
「そこまでですわ」
同時ではあったけれど全く内容がかみ合っていない、ただ意味は同じ二つの声。
その事に驚いたのは外でもなく声を上げた二人、フィオナとヴァネッサだった。
クオンリィはどちらかと言えばフィオナが声を上げた事が理解できずに困惑の表情を浮かべたけれども、すぐにヴァネッサに己の失態で恥をかかせ、更に手を煩わせる事にきつく表情を引き締める。
「アッ……イエッ……お、お先にどうぞ」
フィオナは腰を低くしてスス…と下がりながら先を譲るけれど、ヴァネッサはそれを一瞥しただけで「っそ」と一声、譲られる事が当然、むしろ譲る気はさらさらないと言わんばかりだった。
そして……。
「ノエル」
改めて前に出たヴァネッサはまずは睫毛を伏せ、軽く顔の高さに左の手を上げ親指と中指の先を合わせてから、
――ぺふっ
と指を鳴らす。腰を低くして下がっていったむかつくピンク髪の方から「ぶふぉぉ!」とか聞こえたので、ヴァネッサの片頬がピクリと撥ねたが無視をする。
ヴァネッサ・ノワール、今日イチの我慢であった。今はそれどころではない、親友の一人がピンチなのだから。
指鳴りに応えるように、甲高い靴音が二つ打ちで鳴り響くと、クオンリィの背後の『空間が割れて』中に引きずり込まれた。空間の割れ目はすぐに消えてしまい、そこには何もない。
消えた、忽然と、唐突に。
そして消えたはずの少女はいつの間にやらヴァネッサの後方にもう一人の黒に赤銅の少女と寄り添って立っていた。
うな垂れるクオンリィと、気遣う様に長身の彼女の顔を下から覗き込むようにしている小柄な少女。
ヴァネッサが発した「ノエル」という声はこの少女の名なのだろう。
一瞬の沈黙の後、一気にざわめきが広がった、しかし何が起こったかわからないというざわめきではない。
今使われた魔法は王国内でも珍しいが大変有名な魔法だからである。空間属性魔法の、更にその中でも珍しい移動系魔法、いわゆる[空間転移]の魔法だった可能性が高い。
存在は知っていても一生お目にかからない事のほうが多いと言われる[空間転移]を目の前で見ることができた、そういうざわめきである。「[空間転移]だ」「誰か出るところは見えたか?」などの声も聞こえる。
[空間転移]の魔法は言わずもがな、大変危険なシロモノである。
術士の魔統や素養で術士側にも大きな制限や著しい消耗、厳しい条件など有るらしいけれど使われる側からすればたまったものではない。
施錠無意味、どこに出てくるかわからない、ついでにどこに跳ばされるかもわからない。
握手をした瞬間「おっと!いしのなか!」など笑い事ではないし……実際そう言った事件が起こったという記録が王家の書庫には残っている。
「クオるん、大丈夫?」
「ノエるん……拙速に過ぎました」
ヴァネッサが「そこまで」と言い、ノエルに自分を回収させたのならば既にここはセーフティゾーン。だからと言ってやらかした事実と自責は無くなるものではなくて、弱弱しくノエルに体重を預けるクオンリィ。ノエルとは見上げるほどの身長差があるので、ノエルの頭にクオンリィのご立派が乗った。
「……重い、自分で立て」
ぶん殴ってやろうかと思った、一票。
もいでやろうかと思った、二票。
何だこの一票……もちろんさりげなく当事者ポジの立ち位置から、驚きに包まれる新入生の群れに混ざっている桜の妖精フィオナちゃんの清き一票です。
周囲の目も自然と注目は術者と思われるノエルに集まっているその中に、濁った水色がノエルの頭に乗っかるご立派を凝視している。しかし、同じようにご立派をガン見している男子生徒もいる……こいつはスケベ確定だ。
乳を凝視している連中はとりあえず置いておいて、注目の中心はノエルだ……けれども、同時に誰もが違和を感じていた。
ヴァネッサの側近であろう黒い制服の少女は確かにクオンリィの他にもう一人いて、ずっとヴァネッサの左隣に控えていた。けれど……。
小柄な身長に、浅葱色の短い髪、瑠璃色の瞳と随分目立つ外見をしている、それに対しこんな色だったか?こんな少女だったか?という疑問が周囲に浮かぶ。
フィオナはと言えばそこまで驚いている様子はない、むしろクオンリィに寄りかかられて倒れないノエルの意外な体幹と……ふむ、持たざる者、仲間だ。……いや、これは……勝 っ た な。
何しろノエルの事も勿論《前世の記憶》で知っている。
【悪役令嬢の取り巻きその2】
ノエル・ファン・ガラン
その希少魔統は《伽藍洞の足音》という空間魔法。
先程の[空間転移]はもちろん彼女の魔法であり、周囲がノエルを見て疑問に思うのもまた彼女の魔法[認識阻害]によるところが大きい。テレポートにステルスなんてまるでシノビみたい! シノビです、現役バリバリの隠密です。
『わぁ、チョー暗殺向きの魔法ですね!!私あなたがソレ使える事知ってましたよぉ?』なんて暗殺者に言うバカがいてたまるか。
――んんッ?
フィオナはたらりと冷や汗を一つ頬に流しながら周囲をくるりと見回した、みんな驚いて、みんな不思議がって、みんなああだこうだと議論を交わし考察していた、王国の次世代を担う若者達は勤勉なのだ。……フィオナ以外。
途端に水色の瞳をカッ開いて顔を思い切り強張らせる、変顔になるまではしない。ノエルの瑠璃色がフィオナを捉えていなければいいのだけれど、とフィオナは別の事を考えて周囲に合わせる事にした。
ちなみに、[空間転移]は上位貴族の使用許可が無いと使用できない制限呪具を身に着ける決まりとなっている、とはいえヴァネッサが移動手段や戦闘中にサクサク許可を出すものだからきっと王宮の監視員もまたガランか、という反応をしているかもしれない。
ふと、フィオナの中に一つの違和が生まれ、やがて意識して目をカッ開くまでもなくガタガタと小刻みに全身を震わせ顔面を蒼白にしてノエルを凝視し、そして首が折れんばかりに顔を背けて視線を外した。
――ノエル呪具着けてない。
今は制服姿だから見えないボディピアスなのかもとかではない、水着スチルでもイカ腹にピアスが確認できなかったからとかでもない。
ルートによっては後半でノエルとの戦闘があるのだけれど、ノエルはその戦闘中もガンガン[空間転移]して来る。
問題はその戦闘はヴァネッサが不在と言うか……死亡した後で発生する……。ええ、死にますよ? だって悪役令嬢ですから。
許可不要な[空間転移]だと理解した瞬間、気付いてはいけないものに気付いてしまった恐怖がフィオナを襲っていた。ちなみに[認識阻害]の方は有効なカウンター魔法なども研究が進んでおり別に制限される魔法ではない。
[空間転移]と[認識阻害]を組み合わせて使ってくる忍ってだけでとんでもない。お胸もない。
普通に国法を犯しており通報だってできる案件だけれど一体どこへ?
相手は『西部軍閥を束ねるノワール家の令嬢を許可相手として登録しているハズの側近』である、もしかしたら呪具を着けていない事が軍事機密とかの可能性だってある。
そして、ノエルが呪具を着けていない事にフィオナが気付いたのは未来で起こる可能性の一つを知っているからというトンデモ話だ。
《予知》なんてのも王家が秘中の秘としている秘儀であり、これも実在すると知ってるのがマズイ奴。
通報の結果『ちょっと王宮の地下で詳しくお話を聞かせてもらえないかな?』となってしまう可能性の方が高い。
貴重な魔法を見てこんな顔面蒼白になってガタガタ恐怖に震えているというのは逆に不自然。とはいえ未だに周囲のざわめきは収まらず、誰もがノエルに視線を送っている中で明らかにノエルから顔を背けているのも不自然。だからってノエルのほうを見て恐怖を感じるなと言うのも無理! 顔に出すな? フィオナちゃんにそんな器用な真似ができるものか。
過去最大級のピンチにぎゅっと水色の双眸を瞑ってただただ祈るフィオナであった。
そして、幸運にもその祈りが届いたかそれとも「そんな事知った事じゃない」のか、それはわからないけれども、少なくとも愉快は感じていなかった。ヴァネッサが。
――だって、そうでしょう?
クオンリィは実に残念だった、レオナードが[発揚]してようがしてまいが知らんふりしてちょっとうっかり斬捨ててしまえば良かったのだ。とはいえ交代、このわたくしヴァネッサ・アルフ・ノワールの登場に皆の注目は……。
おかしいですわね、ノエルに集中してますわ。……不愉快ですわ。
「ノエル、銃」
「えっ!? ヴァネッサ様マジですか!?」
振り返りもせずに右腕を大きく開き、ノエルに指示をする、是非を問う声には少しだけ声に重さを増してもう一度。
「銃」
返事の代わりに《伽藍洞の足音[空間転移][空間収納]》がヴァネッサの右手元に空間がパキキ……と割れて、威風堂々たるその銃身がゆっくり現れる。
手にすると、少し[荷重補助]を追加しないととても保持できない、全長はノエルの身長よりゆうに大きく、口径も拳一つが入ってしまいそうだ。これぞ正式名称『西部東部合同開発第一号試作対物魔法銃』装甲馬車を使った賊を馬車ごと大人しくさせる西部方面軍の新兵器、魔力をバカ食いするために普通は数人がかりで撃つのがやっとというシロモノである。……銃?
「これは携行キャノン砲でしてよー!!!!」
叫んだままの勢いで真上に向かって《魔弾[景気付け]》を文字通りの号砲一発ぶっ放した!
響く重低音、上空の《大結界》にぶち当たりでもしたのか爆裂する魔力弾。
オーディエンスの注目は今やヴァネッサただ一人のものであった。
※お読みいただきありがとうございます。
2020.11.21 加筆修正差し替え。