第34話:必殺の刀閃
微睡。
とても嫌な夢を見た。
クオンを失い、ノエルを失い、ジョシュアの為に……なんだっけ?
もそ、と体を動かせば感触が寝着と全然違う、わたくしとしたことが制服のまま眠ってしまいましたのねとのそのそ寝床を這い出す。
この着ている制服は洗濯か最悪の場合棄ててしまおう、思ったより寝汗が酷かったみたいだとヴァネッサは思う。
――悪夢は見た、と思うのだけれど……。
それも中断を挟んでまで続いていた、それは何となく覚えている。
一回目は普通に起きた、二回目はおバカちゃんが耳元で歌い始めた、三回目はモーストおバカちゃんズが廊下で騒がしい。
不思議なもので意識していなかったこれらの間は確かに夢の内容をハッキリ覚えていた筈なのだ、わたくしがおバカだから?命は一つしかないと言いますけれど本当かしら、試してみましょうか?
(……下着も替えましょう……あら?)
黒いレースの下着にガーターベルトストッキングという実にセクシーな姿になった所でふと視界の隅に"銃"が入ってくる。
窓辺に立てかけられた其れ、ヴァネッサはノワールの≪銃≫の魔統を継承している、父リチャードのような『≪魔砲≫侯爵うぉーもん☆リッちゃん』などという怪奇現象は起こせないが。
生まれてこの方火薬の香りこそ実家"黒耀城"の香りだと感じる程度に銃火器と慣れ親しんでいる、だから理解る、これは銃だと。
起きたら部屋に銃がいるなんて"魔法王国"でも珍妙奇妙なんとも『おわかりいただけただろうか』の怪奇な現象だ。
とても武骨な子だ……そうだ、二丁並んでいるのに最初に受けた印象は"この子"だ……一対、それは銃身側面に着けられた箱型弾倉の位置が左右、内側に持つか外側に持つか……外側だろう。
周囲にあるマチェットや小型盾などはオプションパーツなのだろう、ずらり並べ立てられたシェル薬莢が目を引く。
(西部ノワールでもまだ少ないと伺っておりましたけれども、この子……薬莢弾丸ですのね、それもシェル式……まあわたくしには関係がない事ですけれども……あら!レバーアクションコッキングですのね!優雅ですわ!)
下着姿のまま右のと思われるその銃を手に取り、握りや構造を手早く慣れた手つきで確かめる、『装填』不要で連射も可能なヴァネッサの≪魔弾≫にとっては弾倉など内部に砂塵が入らないようにつけるフタと一緒だ、それでもガンプレイで『装填』を意識するし弾倉や空薬莢も撃鉄も外さない。
(外してしまうなんて情緒風情に欠けますもの、実弾装備でも撃ってみたくなる子ですわね)
レバーアクションの独特なトリガーガードにソードオフされていると思われる銃身は総身金属製、側面の箱型弾倉とかなりバランスは悪いのだがヴァネッサは実に器用に片手でくるんくるんと玩ぶ、得意なのだガンプレイは、それにしても気に入った。
(『上下二連式散弾銃イキシアカスタムRe.』……レプリカですの?結構でしてよ、可愛い子……ふふふ、うちの子におなりなさい、貴女は今日から"特改・弐型"よ……あら?わたくしどうしてこの子の事……)
なぜ、正式名称が分るのか?特改とは?弐型とは?いつの間にここに?純度百パーセントの生怪奇現象に今更背筋に寒いものを感じたヴァネッサだったが、ふいに黒耀の髪を靡かせ、金色の瞳も鋭くその疑問を中断して反射的に振り返り"特改・弐型"を戸口に向けて半身で構える。
「ヴァ」
「部屋に入って良いと許した覚えはございませんわよ?」
ヴァネッサの魔法発動シークエンスは実に単純だ、希少魔統の持ち主である彼女にとって魔力『発揚』とは呼吸するに等しいモノ、『銃器を手にした』時点で魔力が『発揚』して銃器に魔力が『装填』される……装填というよりはもはや『接続』といった方がイメージしやすいだろう。
『準備』など意識したことすらない、照準を正確に合わせるなど無意識レベル、銃の手入れが唯一『準備』といえばそうなるか……実際に撃鉄を起こすのは余興に過ぎない、しっかり狙いどんな≪魔弾≫か我が儘に『発動』するだけ。
事前に『発揚』と『準備』が逆の順番で済んでいるから常時発動準備状態、即『発動』できる、ヴァネッサは銃士<ガンナー>だが"最速"の攻性魔術師<アタッカー・ウィザード>とも言えた。
属性兆候も見えない、それもその筈である、ヴァネッサの≪魔弾≫は"無属性"なのだから。
話を戻そう。
軽く[デコピン]を撃っただけのつもりだったけれど、思ったより……"特式・弐型"ちゃんは散弾銃なのだから当たり前だがそれにしても薬量も多いらしい、撃たれたノエルは呆然愕然とした顔でぺたりと尻もちまでついてしまった、短めのスカートから下着が見えてしまっている。
(言わんこっちゃありませんわ、だからわたくしたちのようにロングになさいと言ったのに……はしたない)
黒い下着姿で連装式散弾銃をくるんくるんと回しながらヴァネッサはそんなことを思う。ホントどの口が仰いますか。
「ノエル、着替えますわ」
それだけ言ってキュッと上がった形の良いお尻をノエルに向けて左の"特式・弐型"ちゃんを迎えに窓辺に向かう。
「――っは、はいっ!只今!!」
「それとこの子をファミリーに、『上下二連式散弾銃イキシアカスタムRe.』略して"特改・弐型"、りっかちゃんですわ」
カスタムが特改としても弐型はどこから?どこも略していない不可思議な名称、意味不明の曲折をもって現時点でアルファン王国どころか大陸最強の銃はそのオプションパーツ群共々こうしてこの時点で【悪役令嬢】ヴァネッサ・ノワールの手中に収まったのであった。
「後で彫金士を呼んでおいてちょうだい、綺麗に可愛く飾って差し上げなければいけませんわ」
そしてさっそくデコられそうである。
後でわかる事だが魔鋼と名付けられたその金属は軽くしなやかなうえに頑強で、彫金士を大いに悩ませることになるのだがそれはまた別のお話。
「ところで、クオンの姿が見えませんわね」
慣れた手つきで下着を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になりながらヴァネッサは周囲を見回す、いそいそとヴァネッサが脱ぎ散らかした黒い制服や下着、"特改・弐型"を伽藍洞の中に回収しながら、ノエルはぎくりとした。
「そ、そそそそ、それは……」
抜け駆けしました、とはとても言えない。
「だってクオンがアタシの事売ろうとするから!」
なんて言っても、抜け駆けでイーブン、瑠璃色の瞳を踊らせながらノエルは必死に言い訳を考える……。
「っか……買い出しに……行き……ました、ヴァネッサ様がお腹ペコちゃんだろうからって……」
「そっ」
ノエルとしてはもはや売る事を諦め必死の弁解であったけれど、衣装棚から再び黒のレースを取り出して身を包んでゆきながらのヴァネッサから軽いリアクションが返って来た事にノエルは意外と思案した。
(あれ?そんなに怒ってなくない?)
新しい黒い制服を手に取ると、改造制服らしくめんどくさい構造をしている上に金細工の装飾やらも合わせると非常に手間がかかるけれど、早い着替えは軍人の嗜みである。
ささっとシャツを纏い新入生を示す『藍色』のタイをキュッと締め、少しだけ短めにしたスカートの上にお尻の上あたりで二丁収まるガンベルトを巻き、深いスリットがいくつか入ったオーバードのロングスカートをガンベルトを隠すようにぐるり巻いてサイドで止める。
あとは襟ぐりの深いボレロジャケットに袖を通して国宝級のお胸を持ち上げる様にしてボタンを留めれば、はい侯爵令嬢ヴァネッサちゃんベーススタイルの出来上がり。
ボレロジャケットの襟ぐりが深いのはこのため、深かったはずの襟ぐりはデカブツを格納して立体的にぴったり両サイドとアンダーを服の下の下着と共に保持している。
窮屈そうなお胸とのせめぎあいは絶妙なバランスで保たれていて、負荷が高いであろうシャツのボタンとジャケットの第一ボタンはヴァネッサ様がハッと裂帛の気合を入れれば超高速発射され石壁くらいなら余裕でめり込む最終兵装である。
嘘です。
威力は。
「髪」
「はいっ!」
しゃらしゃらと極細の金糸や金鎖、金細工のタイピンなどを手にベッドに腰かけると、ノエルも靴を脱いでベッドに上がって艶やかな黒耀に櫛を通す。
ひと櫛ごとにキラキラさらさらと極上の黒糸が滑らかになってゆくのは、使っている櫛が高魔力の[浄化]魔法を付与された高級魔導具である事だけが理由ではない天与を感じさせる。
「クオるんはいつからどこまで買いに行っておりますの?時計を見る限りもう結構な時間ですけれど……?」
「さー……購買部の方の窓からぶち割ってすっ飛んでたんでー、多分……落ちたカモ?」
「……入学初日から何をしてますの……」
ヴァネッサの口から幼少のみぎりからの愛称が紡がれて、ノエルはやっぱりヴァニィ怒ってない!と確信を胸に声を弾ませヴァネッサの髪を手入れする、髪の手入れは背の高いクオンの役目になる事が多いから久々のチャンスにたっぷりとヴァネッサ様のサラサラストレートの感触を思いきり楽しんだ。
自慢の髪を手入れさせながらヴァネッサはてきぱきと装身具を身に着ける、三人の色、『金』『白銀』『赤銅』を裾飾りに彩ったレイヤードのオーバースカート以外さり気ない金刺繍はあってもほぼ黒一色だった喪服のごとき改造制服が装飾で『黒地に金の改造制服』と印象付けるものへと変わるのだからその数は多い、多いのだけれどもどれも繊細で美麗な細工が成されてゴッテゴテという印象は与えない。
「ヴァニィちゃんの髪、好きー」
「ふふ、当然ですわ、ノエるんの髪も綺麗よ」
「えへへー」
「すっかり機嫌は戻ったようですわね」
「ン……うん」
一通り手入れが終われば仕上げは自分でする、前髪の毛先を軽く内向きに向けるながらベッドから立ち上がり、壁面の専用ガンラックから二丁の双子短銃右のろざりぃ左のしゃーりぃをそれぞれ手に取り、しゅるるっとガンプレイに回すとスリットの隙間からガンベルトに一発で納める、うふふ今日もいい感じ。
"西部侯爵令嬢ヴァネッサ・ノワール『学院制服ヴァニィカスタム』仕様、完全装備"の完成だ。
ノエルがヴァネッサが怒っていないと感じたのも当然の事、ヴァネッサとしてはちゃんと鍵を閉めた時点で「ハイ御仕舞」なのだから。
そんな事よりも従姉妹の機嫌が戻ったほうが嬉しいに決まっている、それに。
(ぶすくれノエるんは見失いがちになるから困ってしまいますもの……)
浅葱の髪を跳ねさせる様に全身で感情を表現する小柄な従姉妹が笑っていて可愛くない訳がないのだから。
「それにしても遅いですわね」
「えへへーさっきヴァニィちゃんちょっとお腹鳴ってたもんね?」
一瞬で抜いた右の姉短銃から≪魔弾≫を撃ってぺちっと靴を履きなおしているノエルのおでこを軽くはたく。
「淑女たるもの聞こえてても聞こえないふりをするものでしてよ?」
「はーい……でもほんとクオるん遅いね、もうお昼休み終わっちゃうよ」
その時ノエルはハッとして瑠璃色の目を見開いた。
「……」
「……」
「……心当たりが、ござますのね?」
「……その……は……はい」
(――やられたッ!下水の底から!コレがヤツの必殺の刀閃!)
ノエルがそそ……と先導すると短銃を片手にいつもの胸を抱く特殊ムーヴを決めたままヴァネッサもそれに続く。
応接室の扉の前に着くと、ノエルは「どうぞ……」と鍵が掛かったままの扉を恭しく頭を垂れながら示した。
ハァ……と深い溜息一つ、緩く左右に黒耀を揺らしてヴァネッサが扉を開けばそこには。
「申し訳ございませんヴァネッサ様ッ!購買のクソババァがクソババァで……おや?説明になってませんか?そうでもないですか?クソババァ遅参いたしました!」
「大丈夫、いつも通り意味不明ですわ」
予想通り買ってきたと思しき紙袋を左に、刃を内に向けた白鞘の業物を右に置き、女子寮の絨毯敷きの廊下でぺったーと見事な土下座をキメているクオンリィがいた。
「……ノエル」
「……」
「わたくしのごはん、閉め出してくださいましたわね?」
「……」
呆れたように半眼になって"げっすい従姉妹"にゆーっくり金色を流す従姉妹にノエルは瑠璃色を合わせる事ができない。
――土下座る亜麻色の影、一番下水があざ笑うように口端だけを吊り上げていた。
りっかちゃんこと"特改・弐型"こと『上下二連式散弾銃イキシアカスタムRe.』は
「亡霊の旅路~流れ行く蜉蝣~」https://ncode.syosetu.com/n1908fn/
との公認コラボ銃です、ありがとうございます!!