第33話:バカップル
大・爆・笑。
あの後のマイクパフォーマンス――マイクはないが、拡声魔導具はある、使っていなかったけれど……閑話休題。
あの瞬間、場内大爆笑の場面かと思えば噴いたのはフィオナだけ、すっごい目でクオンに睨まれてしまった。
(残弾も減ったし……まずい、初期値を片手で5、バカ呼ばわりにクオンがオマケしてくれて6とするとここを割り込むのは何とも不安よね……それにしてもあの顔!睨んでるけど耳までチョー真っ赤!!)
購買部から離れ、あまり人通りのない芝生に覆われた土塁のようなものが並ぶ中庭の一角、土塁の一つの斜面に寝転び足をばたつかせて文字通り笑い転げるフィオナがいた。
なぜこんな地形が?といえば、勿論『敵歩兵や騎馬が真っ直ぐ次にの門に向かうのを邪魔する為』である、そのまんま防衛用の土塁。
王立魔法学院は現在の王城"瑪瑙城"の落成……と言っても当時は本丸――現在は第二本丸となっている。だけだったというけれど、それまではここが王都サードニクスの心臓部、王城だったのだ。
まだ当時は内乱も多かったそうで、ここ王都サードニクスが戦場になる事も多かったという。
その平定と北部山脈遺跡群への魔王封印からなる魔族の消失を記念して、という名目で築城されたのが現在の王居でもある王城"瑪瑙城"、城門など防衛設備はあるが堅牢さより勇壮美麗に重きを置いたいわゆる見せ城というわけである。
実際は荒れた国内で雇用を作り出して王都の復興や諸外国への国威発揚というものもあり、王都の住人の大半は現在も何らかの形で"瑪瑙城"に関わる仕事をしていたり、当時の築城事業に携わった建築職人たちの末裔だったりという具合で、王都サードニクス一番街から十番街はそういった人々が多く住んでいる市街となっている。
フィオナの実家のパン屋"ベーカリーカノン"も三番街にあり、当時は職人に安価で栄養が付くものをと料理店を開いていたそうだ、今はパン屋、看板犬のラスクは今日も常連客に餌付けされて丸くてこんがり茶色で可愛い。
まーた話がそれた。
現在の学院が開校されるにあたって当然増改築が進められ、軍事施設の大半は取り壊されたり撤去されたと言うけれど、美しくサイの目のように並んだ土塁の一部はそのまま残され、植樹されたり芝生が敷かれたりして学院生憩いの庭園となっている。
人目を盗んでアレコレするにはもってこいなのか、『先客がいたら別のエリアを使う』という気を利かせてるんだか野暮なんだかわからない、校則では無い『学院生の伝統』があるので期せずしてフィオナとディランは二人きりの状況というわけ……にはいかず今ディランは正門の所に来ている屋台で串物を買って来ています。
この辺は王領王都出身新入生のマメ知識、他地方出身者はそれはそれは厳格な『完全に閉ざされた世界』を想像するかもしれないがそれは情報とか大きな外出とかの話。
実際には平日昼の正門前は王都の商魂逞しい料理人たちが学生向けの回転が速い串物などを売る屋台で駆け付けるのだ、守衛達も学生には門から出るなとは言いつつも手には串焼肉がある「ま、視界からは出るなよ?」程度。
ここならば地方出身の新入生はほぼいない、二年と三年は当然いるが購買より断然早く買える。
何せ守衛の数も一人や二人ではない学生ごとき見逃がす筈もない……お気づきの通り本職の隠密の皆様はココをメインの外部とのつなぎにしているので、屋台に並ぶ生徒の中には先程『期せずして女子寮侵入してドギマギ』していた西部侯ノワールの隠密"ガランの影の"男子生徒もいる、ノエルはまだ指示していないが同僚にも感づかれていたのか外部の繋ぎに回されたらしい。
そんな串焼き屋台は昼休みが終わると残った食材を売り切る為に値下げをする、そこを王都の子供たちが狙っているのだ、今も市街と隔てる巨大な石橋の市街側の欄干で「あんま買切るなよ!」「売れ残れ!売れ残れ!」と声援を送る、料理人には期待されて嬉しいやら学院生相手の売り上げはバカにできないやら複雑なものだった。
でも子供は可愛い。
(オレらも昔はよくああしてたなぁ……今じゃオレもフィオナも念願かなって学院生か……いや、念願かなって、はフィオナのほうか……オレは……アイツの近くにいる為に……そういう意味じゃオレも念願かなってはいるのか?)
「まいど、へへ、見ろよダンテ、今日からオレはコッチ側だぜ?」
「おうディラン!制服似合ってんじゃねぇか!かっこいいぞ?」
「へへ、ありがとよ」
「フィーちゃんはどうした?当然入学したんだろあの子、頭良かったからなぁ」
「アイツは中でおっちゃんの串焼き待ってるよ、牛二本ね、入学祝いにいい肉頼むゼ?」
「はいはいフィーちゃんのは最高の北部牛使うから、お前のは一目でわかるよう西部牛にしといてやる」
「ひっでぇな~革靴出すのかこの店は!はははは」
「どっちの分かわからないと困るだろう?遠慮すんなよサービスってやつだ」
すっかり顔なじみの串焼き屋台の料理人に手渡された、注文通りの牛肉串焼き四本が入った葉包みをいつもの値段で買って、おっちゃんの気遣いに「サンキュー!また来るぜー!」と返してフィオナの元へと急ぐ。
なお革靴のくだりは西部民に言えば「オーケー戦争だ、レギュレーションはノーマーシーでいいよな?」ってなもんである。
何せ荒野なもので西部の牛肉は脂が少なく筋が多く硬い、西部の店はそれを雑な厚切りでステーキにして出す、他地方民が初見で「靴底みてぇ……」な奴である。
地元民だって硬くてマズイ事ァ分かっているが同じ西部で育った牛を馬鹿にすんな、それしか無いんだこっちは。
(相変わらず……色気がねぇなぁコイツ)
ディランがフィオナの待ってる土塁の下側に辿り着くと、目に入ったのはとんでもなく可愛い一五歳に成長して念願の王立魔法学園の制服に芝生をいっぱい着けながら、捲り上がってしまったスカートから白い下着を丸出しにして足をばたつかせて笑い転げる幼馴染の姿だった。
もうちょっと足側に移動して見上げていたいが露骨にやると四本全部フィオナの腹に納まる事になる、さっさと笑い転げる隣りに移動して。
「買ってきたぞー」
「ぶはっアンガトうははは」
なんて遣り取りを経由して芝生の上に腰を下ろした。
「お」
葉包みを開けてみれば、一目でわかるいい部位の北部牛肉が使われた串焼きが四本香ばしく素材の味を生かして焼かれて旨そうな匂いを広げた、なるほど確かにサービスってやつだ。
北部の開放的で豊かな広々とした牧草地で育つ北部牛は"貴族の牛"なんて言われる最高牛肉だ。
これはおっちゃんありがとう、早く食べたい、それには。
「おい、フィオナ……そんなに笑い転げてっと……その、お前」
この色気ゼロの貧乳が笑い転げるのをいい加減止めなければ。
オイ今なんつった?
「あははははははは!!あーははははは!!"猛犬中尉"!!あははははははは"わんわんスタイル大好きッ娘"!!!!あーっはっはっはっははははげふぅおげふぉお!!――あ、終わった。」
「は?……ってか!お前パンツ丸出しだぞ!!」
何が終わった?と思ったが一つ噎せたおかげか笑いも一旦止まった、さっさとその可愛らしい白下着をしまいやがれ誰かに見られたらどうすんだ。
(まぁ確かにあの眼帯おっぱいが四つん這いで……い、いかんいかん!これは夜にとっておけ!!)
「――ッ!!ディランのスケベ!エロ魔人!!」
フィオナは丸出しと聞いてハッとし、わたわた上体を起こして身だしなみを整える、今更である。
スカートの裾を掴んで下着を隠しながら水色の瞳を精いっぱい眇めて眉尻を吊り上げ隣りに座っている幼馴染を睨むフィオナ。
言われたタイミング的にちょっとスケベでエロ魔人も大変遺憾ながら否定しがたい、一瞬フィオナに心を覗かれたかと思ったから、ディランはより平静を務める。
「睨むなよ、お前が勝手に見せたんじゃねぇかよ……」
「それでも見ないのが王領護衛騎士ってもんでしょ?あ、ダンテさんとこの屋台だね!おいしそーいただきまーす!」
「コラコラコラ!フィオナっ!何ナチュラルに三本確保してんだよ!」
ディランの膝の上で湯気を上げている葉包みの串焼きに片手を伸ばし指の間に器用に串を三本挟むフィオナの腕をつかむ。
「え~?ディラン歩きながら二本くらい食べてきたでしょ?だからこれはあたしのっ!」
――いた。下水どもと同じ発想をする少女が。
汚く淀んだ下水道、一番下水と二番下水に白い少女の足が二本づつ、一番下水の方は白い鞘は汚したくないのか足の裏で器用に支えてどちらも仲良くスケキヨっている。
下水道でいらん拘りである。
声が聞こえる「お前もこぃよぉ……」と。
声が聞こえる「次はオマエだ……」と、それはまた別の話。
「んなダセー事するか、葉包み開けて歩いたら[維持]魔法解けて冷めちまうだろ、ほら二本づつ」
オラ一本よこせ、とディランは手を差し出す。
串焼きは確かに焼きたて熱々で美味しそうだ、しかも本当にサービスしてくれたのか肉も厚いし一つ一つが大きい、つまりボリュームがある。
ディランの空の手と自分の手にある三本を交互に見詰めうむむむ、と悩むフィオナ。
「はい」
結果一番小さく見える串焼きを選んでディランの手に渡す、ちょっと触れた指の感触に意識が行きそうになるが、ぐっとこらえる。
「おう――ってああぁぁああ!?」
ばくう!ディランが受け取った瞬間、"昼休みの捕食者"フィオナちゃんの顎がガバッと開いて勢いよく飛び掛かり串焼きの一番先端の肉に歯を立てカッさらっていった、指の感触の余韻を犠牲にしているのだ、せめてこの程度は貰ってゆく……ッッ!
「はぁぁああ!?はぁぁああ!?何お前やって、お前何やってんだよ!お前のも俺に一個よこせ!」
「んふーー!!んふふー!!」
「なにがおほーだ!美味いだろうな!人から掻っ攫った肉はさぞ美味いだろうな!」
芝生に再び転がって、もっきゅもっきゅと咀嚼しながら桜色の髪や制服が芝にまみれるのは構わないが絶対に串焼きは汚すまいと死守するフィオナ。
取り戻す為にもお前の一個食わせろと腕を伸ばすディラン。
どちらの顔も楽し気に瞳を輝かせていた。
あまり人目につかぬとは言え通りすがりはいる、通りすがった男子生徒が不快そうに鋭く睨む、通りすがった女子生徒もニコニコしながら胸の奥にどす黒い炎を滾らせる、みな思った。
――このバカップルが……さっさと食えと。
下水道の底とは対極の、幸せに包まれたアルファン魔法学院の青春の一ページ。




