第29話:間違いないッ!
フィオナは、春の陽気に包まれた暖かな窓の外の光景をぼっさーと暢気な顔で机に頬杖着いて眺めながら、考えに耽る。
いつもはノリノリで聞いてる≪前世の記憶≫さんが提供してくれている軽快な【戦闘BGM】も流石に朝からヘビロテとなるともう聞いてるんだか聞いてないんだか聞き流す段階に入っていた。
考えているのは勿論『ヴァネッサ様を死の運命から救う』事だ。
少なくとも昨夜の時点で『ジョシュアの個別ルートは一番危険』かつ『世界の流れ』(仮)フィオナ命名……のせいか知らないけれどジョシュアが相当厄いメンズ、略して"ヤクメン"に豹変している模様なのでフィオナからの攻略意思が無くなった時点で実質攻略不可。
ということはこれで『ジョシュア個別ルートヴァネッサ様【DEAD END】』は覆せたんじゃないかとは思う。
――まぁ……ヤクメンはメリバに至る可能性がある危険物なので結局段差が残ってる状態だけれども……。
(しっかしジョシュア個別ルートでヴァネッサ様は『復活した魔王軍四天王を迎撃し四天王を三柱撃破したが最後は魔力尽きて無念を得た』……【黒い三連星】ではなく本当に単独、残りの二人とそのあと戦闘になるんだから間違いない、再現イベントの見てるだけバトルシーンつきだ……しかし一体何があったらあんなワンマンアーミーのごときストロングな強さを得たのやら……ゲームのバトルパートだったせいかろくに会話もなく四天王二人瞬殺……一番偉そうなのもかなり半殺しにした末の魔力切れダウン。超強い……でも運命にはすぐ殺される)
何しろ、前世の【攻略掲示板】では『黒い三連星とジェシカたんと剣聖wとレオ様組ませりゃ≪封印の聖女≫要らないんじゃね?』なんて話題でどの攻略対象を入れるかで喧嘩してた記憶がフィオナにはある。
(なんか喧嘩しちゃう人多いよね、まーわたしも勿論参戦したけどね!レオ様火力高いけどその編成だと巻き込みで特にクオンリィとノエルが危ないからディランにしとけっつってんのに「前衛五人w」「ディランw」「ないわーw」と散々煽って来るので、オーケィこれは盾役の重要性について朝までコースかな?と……まぁ、そもそも【黒い三連星】はプレイアブルじゃなかったけどさ)
「次、カノンさん」
「はひっ!?」
不意に飛んできたのは魔法制御の講師からの指名だった、入学して初めての授業中でぼさっとしてるなんてふてぇ奴だと思われたのかもしれない。
慌てて顔を上げれば周囲のクラスメイト達のクスクス笑う声が教室内にさざ波のように広がっていた。
「能動型魔法の制御について、一番大事な事は何ですか?」
がたと膝裏で椅子を押して立ち上がり、フィオナは講師の質問を軽く頭の中で反芻する。
「魔法の制御に大事な事と言えば『発動シークエンス』を正確に行う事です」
「……正解です、では発動シークエンスとは?ちゃんと授業を聞いていたなら答えられるはずですよ?」
すんなりとフィオナが答えて意外だったのか、講師は少し目を丸くしてぱちくりと瞬かせたけれども、そもそも所謂「ちゃんと授業に集中しなさい」と遠回しに伝えるつもりだったので、ここは追い打ちをかけたのだが。
「魔法発動の三段階『発揚』『準備』『発動』です――魔力の『発揚』が不十分もしくは過剰だった場合、意図した結果が得難くなってしまうので、得たい結果に対して『正確な高さに最適な必要魔力を高める』事が重要です。不正確だと過剰に魔力を消耗してしまったり、発動に失敗したり、あるいは最悪暴発してしまいます」
フィオナが落ち着いた様子ですらすらと答え始めるとくすくすと笑っていた笑い声は徐々に鳴りを静めていく。
「次に『準備』基本的には魔力をどの結果に結びつけるのかを『正確にイメージ』します、追加で詠唱や魔導具の使用等『決まったルーティーンを正確に行う』事で制御の向上が見込め、暴発や発動時の暴走を防ぎやすくなりますので危険は大幅に下がります、発動シークエンスの中でも特に制御に影響するので、この『準備の追加ルーティーン』の事だけを差して制御と言ってしまいがちなので注意が必要です」
唖然、呆然と言った顔で桜色の知的な同級生を見つめるクラスメイト達、裏切られたと瞠目しているのはマスクの少女フレイだ……仲間だと思っていたのに!知らんがな。
「最後に魔力が発露状態に入り『発動準備』状態が成立したら『発動』です。この段階では単純に『結果を正確に望み何をしたのかはっきり自覚する』事です、単純ですがこれも曖昧だったり余計な事に気を散らすと発動失敗、最悪暴走する危険があります……以上です。」
「…………素晴らしい、しっかりと予習ができていますね……ああ、カノンさんは王領枠の特待生でしたか、お見事です。皆さん、今カノンさんが答えたように――」
制御の講師はこれ以上フィオナに何か言う事はなかった、実に優秀な子だ。
単純な座学よりも『準備』の追加ルーティーンを向上させる為の修行をするのがいいだろう、何がこの子のルーティーンにあうのかを探すためにも彼女には実践的なカリキュラムを薦めてみよう。
――"馬歩の構え"などいいかもしれません。
『準備』の実践修練"馬歩の構え"とは空気椅子で両手を前に突き出し、膝と腕に水を満たしたカップを載せて零さない様ひたすら耐えるという、既に経験している上級生曰く……。
「制御は筋肉。バルク・カット・ポージング、この三つが神髄だ」
違う、これじゃない、お前よく進級できたな。
「罰ゲーム」「あれは地獄だ」という修練なのだ、ちなみに実際制御の為に『発動シーケンス・準備』で馬歩の構えを取るものは少ない、"馬歩ァー"なんてダジャレめいたあだ名が浸透する程度にはいなくはない。
そして『準備』系の修練を課外活動で行うパーティは筋トレやダンスばかりしている連中が多く実際制御が巧い者が多い……やはり正しい動作と姿勢が制御にキクのだろう。
剣士系もアレだが、術士系もずいぶんなものである、そして術士は筋肉痛を[回復]しない、苦痛に悶絶しながらニヤニヤしている。
肉刺などさっさと[回復]させる剣士系からすれば「アイツら鍛えすぎて性癖おかしくなってんだ」てなもんであった。どの口が言う。
余談だが魔導具を用いないレオナードも『体一つ』で発動するタイプなので実は脱いだらバッキバキの細マッチョだったりする、ちっこいけど。
水着立ち絵の一部で顔以外担当の絵師が体をムッキムキに描き過ぎて「ヴォエ!」「キモイw」「顔と体のサイズ感が明らかにおかしいwwww」と話題になった。
「吐け!何故ガチムチボディを描いた!言え!」
「小生の中では細マッチョであります!」
「嘘を吐くなッ!制服姿より明らかに太い!脚なんかノエルの胴より太いぞ!?」
「レオ様の制服は筋肉拘束具であります!本気になると服をバリィ弾き飛ばすであります!」
「そんな設定はねぇ!ああもう間に合わねぇ!!」
という遣り取りが数ロット後に掟破りのこっそり修正をされた際には『マジアド買うときはロットに気をつけるであります、改悪されているであります、初期ロットはプレミアつきますぞ』というコメントと共にSNS上に晒された、――当然スルーされた。
話を戻そう。
フィオナという【転生者】がすらすらと正確に『発動シーケンス』についての説明できる事には、別に≪前世の記憶≫は関係ない。
この十五年『アルファン王立魔法学院に学費全免除の王領特待生枠で絶対入学する!入学していっちょ逆ハー目指すのよグゥヘヘヘ……』と物心ついた頃からフィオナはひたすら魔法という未知の分野を勉強し続けてきた、単純に全く知らなかった分野で楽しかったというのもあるが、こと魔法の制御については少し自信がある。
その報酬が"馬歩の構え"の刑である事をフィオナはまだ知らない。
(そういえば≪前世の記憶≫さんはなんか良くわからない発動の仕方をするけど本当に魔法なのだろうか?転生チート特典だから血統依存の魔統とも違うし……なんかたまに勝手にできる事増えるし、なんか在るのかな、まだわかっていない事が)
そこまで考えてまたぼぅ……とおそとを眺める、窓から見える景色一杯が全て学院の敷地内だと言うのだから驚き。
愛らしい顔立ちで口を半開きにしながら再び考えに没頭する。
(≪前世の記憶≫……かぁ……やっぱ転生する前の記憶があるって言ってたし、ジェシカにもあるのかな?)
昨晩、ジェシカに【転生者】だと打ち明けられた時の事だ。
「はへぇ?」
フィオナはポッポが豆鉄砲食ったような顔を浮かべるばかりだった、ポッポとはアルファン東部に生息する四肢も胴体もなく頭部のみという文字通り顔だけの魔物で、弱点の豆鉄砲を喰らうと中空を焦点の定まらぬ目で見上げて絶命する。
「あははははっ!何その変顔ー、マジでウケル!まーいきなり言われてもわっかんないよねー、私も何だそれって思うと思う、まあいいや、とにかく、私はあなたを助けに来たのよ!【ヒロイン】ちゃん!」
「あ、う、うん?」
(ヤバイどうしよう、私が【ヒロイン】って事が理解るって事は少なくとも【原作プレイヤー】な事は間違いない……ッッ!でも……私も【転生者】である事には気付いていないっぽい!?――どうするッ?打ち明ける?情報共有して≪前世の記憶≫が二つあればもっと色々な情報が……いや、ダメだッッ!!彼女がお助けキャラのジェシカ・レイモンドに転生した【転生者】だとしたら……彼女は……彼女は識っている!自分がヴァネッサ様に退場させられる事を!!識ッているッッ!!間違いないッ!――ジェシカは敵だ!それもトビキリ危険な!私も【転生者】である事に気付かれるわけにはいかない!)
フィオナの脳裏に警鐘がガンガンと鳴り響いている、【戦闘BGM】でないものが鳴るのは実に久しぶりな気がした。