第3話:必ず出会える攻略対象
フィオナを捨て置き高位貴族専用の入り口の方へと移動し始めるヴァネッサ一行、なんでわざわざ一般入り口である正面に回ってきた!? と思わなくもないけれど……推測するに本来出会う筈だった攻略対象を探していたのだろうか? だって彼は彼女の……いや、今ここにいない人物についてはいい。
とりあえず今は……。
――セーーフッ!!
フィオナは【クオンリィ戦の戦闘BGM1】もいつのまにかフェードアウトして聞こえなくなっていることを確認すると、流石に高々と拳を突き上げて勝ち鬨は上げないものの拳をぐっと握ってその感触を確かめる。
残念ながら【戦闘BGM】は流れないけれどもフィオナの脳内ではカッコカワイイフィオナちゃんのテーマ曲が高らかに響き、ゴングがガンガン打ち鳴らされる。
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〇【パン屋の子】フィオナ・カノン
[1分15秒・タオル投入]
●【トリマキーズ1号】クオンリィ・ザイツ
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これは勝利! 連打されるゴングやリザルトは《前世の記憶》さんのせいでは断じてない、フィオナ自身が勝手に空想していることだ。当然心の中で自身の勝利演出とインタビューまでを脳内再生している、『いやぁ、正直ヤバイ相手でしたけど、やってやる!ってネ、やってやりました!』などと、サイコーにイイ気持ちになっていたのだけれど……。
二度目の予想外の声が差し込まれた。
「凡人どもの入り口で何の騒ぎかと思い、もしやと思い来てみれば……やはりキサマらか、相変わらず西部は野蛮よなァ? ……ノワールよ」
背中から聞こえてきた男子の声にフィオナは我に返りぎょっと水色の目を剥いて薄桃の髪を振り乱して振り返る。確かに【攻略対象】召喚の儀式はした、したのだけれど、どうしてこのタイミングで来る! どうしてお前が来る! と半開きの口が戦慄いて、サイドの髪ががはらりと耳から零れた。
視線の先にいるのは、今度は『銀朱』
鮮やかな朱色は桜吹雪の中にあって鮮烈に色濃く、両サイドを後ろに流しただけでもサマになっている髪型は色合いと合わさって少年の高貴さと秘めた強い意志すら感じさせる。
キリリとつり上がった眉に、まだまだ幼いが不敵さを隠そうともしない同色の瞳で自信に満ちた笑みを浮かべる顔立ちは、このくらいの年齢の女子にいかにもモテそうだ。
制服はヴァネッサ達とは違い無改造の男子制服、タイは新入生を示す藍色、『銀朱』に染め縁取りは豪華な金刺繍のロングマントを羽織り首元で煌びやかな金細工の飾緒で留め、胸を堂々と張って立つ。
背後にはやはりというかヴァネッサが二人引き連れているのと同じように『銀朱』に染めたショートマントを揃いで身に着けた四人の少年を従えていた。
五人組だ、思わず銀朱戦隊ヴァーミリオン!! という単語が浮かんだけれど、全員同じ色だ、ヴァーミリオンレッドしかいない。コントか。
この銀朱軍団が黒耀軍団と対峙するものだから再び大講堂の一般入口は左右に分かれて対峙する五対三の構図で通行止めとなってしまった。フィオナを中央に挟んでだ、勘弁しろし。
背中に不躾にかけられた声にヴァネッサの表情からスーッと感情が抜け落ちていき、ゆっくりと睫毛を伏せる、そして主に代わり「ぁあン?」とクオンリィがゆ~っくりと獰猛な光を宿した右眼を肩越しに背後に流した。
どう見てもいきなり険悪なムード、フィオナとしてみれば折角落ち着きかけた空気が完全に台無しである。
――だが!
フィオナは現時点で幸い当事者ではない、よってここはさっさと退散するべきだろう……。くわばらくわばら。
《前世の記憶》にある情報の限り『黒耀』vs『銀朱』に初対面ド平民が巻き込まれるとかちょっと冗談ではない……。
この攻略対象の彼の名前は。
レオナード・アルフ・ヴァーミリオン。
ミドルのアルフが示す通り悪役令嬢ヴァネッサと家格が並ぶ、南部ヴァーミリオン侯爵家の嫡子、後継ぎ。つまるところ西部ノワールの姫と言っても継承権がないヴァネッサよりも格上の存在である。
そして嫡子かつ一人っ子じゃなかったらヴァネッサに数回お仕置きされているほど嫌われている……。
攻略対象召喚はしたけれど、よりにもよってここで来るのがレオナードとかマジで冗談ではないのだ、もめ事が加速する予感しかしないし流れ弾の危険もある……フィオナとしては、別にここは引き下がっても実家のパン屋の売り上げに関係がないし、召喚に応じたこの攻略対象とはまた出会える確信がある。
レオナードの原作プレイヤーからつけられた異名は――。
『必ず出会える攻略対象』である。
何しろ、隙あらば他の攻略対象に喧嘩を売る。本当に『お前じゃない、帰れ』な子であり、『黒耀』こと悪役令嬢ヴァネッサにも当然のように絡む、特に自分のルートではヒロインを巻き込んで悪役令嬢に絡みに行くお邪魔キャラのようなムーヴをする。
それでも一部には結構人気があったし、フィオナも嫌いなわけではない。
嫌いではないけれど……大変めんどくさい子なのだ。もちろんそれには理由があってちょっと同情もしてしまう、ヒロインとの出会いと交流、そして様々な困難を乗り越えて彼が成長していくのがレオナードルート。
まあ【出会いイベント】でルートに入っているハズがない、とりあえずここは巻き込まれる前にさっさとずらかるとしよう。
「大事ないか? 可憐な乙女、汝は不幸であり、そして幸運である! そこの濡れ鴉どもに害されんばかりのところをこの“次期魔龍候"ドラグ・レオナード・アルフ・ヴァーミリオンが手ずから掬い上げてやるのだからな!」
しかし巻き込まれてしまった。こんな時は自分のきゃわゆさとヒロイン属性が憎いとフィオナは思う。
なお先程レオナードが名乗った"次期魔龍候"やドラグというのは完全に自称である。
魔龍候というのは確かに彼の父親で南部侯爵ギルバート・アルフ・ヴァーミリオン卿の異名ではある、けれども異名は世襲ではない、本人が襲名を目指して頑張っておる! という意思表示だろうか?
もっと謎のドラグ、というのは多分ドラゴンとかドラグーンからもじった『それっぽい何か』でそれ以上には多分神様でも説明ができないので本人に聞くしかない。
聞いても確実にめんどくさい事にしかならないので誰も聞かない。男の子にはそういう時期があるらしい、フィオナの幼馴染にも怪我もしてないくせにやたら包帯を巻いてた時期があった。
「なんだ? どうしたどうしたノワール、怖気づいて黙りこくってないで鴉らしく哭いたらどうだ? そこな太刀持ちでも構わんぞ? オレ様が特別に発言を許してやろう」
太刀持ち、の一言で自分の事だと把握したクオンリィ、「太刀じゃねぇって言ってンだろォが……」貴族令嬢のマナーとしては褒められたものではないなっがい溜息を吐いた後……マナーに関してはもう色々手遅れ感のほうが強いけれど。ヴァネッサと一言二言とひそひそ話をしてから一つ頷いて。
改めて、一歩前に出てからレオナードに対し制服姿ながら今更貴族令嬢らしく洗練されたカーテシーで一礼する、その仕草からはついさっきフィオナ相手にビキッっていた暴力装置の面影は腰に差した白鞘の業物にしか残っていない。
そして一言――。
「……声変わりも済んでいないくせに」
「ぶふぅ!!」
クオンリィの口から飛び出した応えに反応して思わずフィオナが噴き出してしまった、侯爵家嫡男に対して当然大変な不敬である。
けれども、レオナードが見えていないだけでぶっちゃけ側近であろう銀朱の集団達も一人を除いて肩を激しく震わせているし、周囲で成り行きを見守っている新入生達も顔を隠して笑いをこらえている者が多い。
「なっ……クオん……き、きさまァ……」
「レオ様、乗せられてはいけません。顔が真っ赤になってぷるっぷる震えております」
「ぶっふぉ!!」
「お前はどっちの味方だッッ!?」
レオナードの背後にいた先程唯一笑わなかった身長も高く体格もいい少年がそっと肩に手を置き、すっかり声変わりをした渋い穏やかな声をかけるものだから、周囲で笑いを耐えていた者ももうダメだった。
クオンリィはわざわざあごを少し上げ気味に見下ろすようにしてから、いかにもわざとらしく髪の隙間から覗く紫の瞳を優しく細めた。
中身はともかく目尻の下がったクオンリィの顔立ちだけは優し気なものだから、まるでわんぱくな少年を微笑ましげに見るお姉さんのようだ。
そう、声変わりの済んでいないレオ様は背も低かった。長身のクオンリィとは勿論結構な身長差があるし、もしかしたらフィオナよりも低い。
一応同じ新入生なのでレオナードも一五歳にはなっている筈なのだけれども、男の子としては残酷なことに発育が遅い少年だった。
つまり『ちっちゃくて可愛い生意気な子』枠の攻略対象である。
「ええい! やめろっ! やめろぉ! そんな目で見るなッ!!」
「レオ様、大丈夫です。高さが必要とあらばこのロウリィが『いつものように』肩車して差し上げますとも。――……今、必要ですか?」
「おまっ……ちょっ! 黙ってろッ!!」
自らをロウリィと名乗った身長も高く体格もいいイケボ少年は、窺う様にレオナードの傍へ傅く。
このとんだ暴露には周囲にいる新入生達よりその父兄から一気に和やかな視線がレオナードに集中する、侍従に肩車されてふんぞり返る微笑ましい姿が容易に想像できてしまうのだ、不敬のつもりはない。だが――。
「……ちっちゃくてか~わいい」
跳び込んだ一言にまさしく水を打ったかのように場の空気がシン……と鎮まる。
相手は『"次期魔龍候"』は自称でも『次期ヴァーミリオン侯爵』はよほどのことがない限り間違いがない四大侯爵の後継者。
確かにぷりっぷりとロウリィ相手に抗議の声を上げるやり取りは可愛らしかったけれども、思っていても誰も言わなかったその一声が完全にレオナードに火を着けた、不敬ではないが本人だって気にしているのだ。
誰に言い訳するわけでもないが、言ったのはフィオナでもクオンでもロウリィでも銀朱の取り巻きでも、ましてやヴァネッサでもない。
「っきっきっっっききいいいさまらああああッ!!もはやオレの堪忍袋の……堪忍袋の…………我慢も限界と知れ!!《龍炎》の前に灰になるがいいッ!?」
「レオ様! 『堪忍袋の緒』でございます!」
「ちょこっと抜けただけだ!!」
レオナードの絶叫を引き金に、ごうと熱交じりの空気がレオナードの足元から渦巻いた、ロウリィと名乗った少年も糸のような細い目を焦りに見開き圧される様に引き下がる。
ここは剣と魔法の世界、その上王立魔法学院の入学式、魔法が使えるなど当たり前。
しかし世の中には『規格外』というものがある。
レオナードの希少魔統はヴァーミリオン侯爵家に伝わる《龍》の正統、《龍炎》の文字通り世界最強種である龍族の『炎』を人間の身でありながら意のままに操るというもの、その熱量は一般的な火属性の魔法など足元にも及ばない。
四大侯爵家の魔力の強さを初めて目の当たりにするのであろう新入生やその父兄は先程の『小競り合い』とは比較にならない畏怖を感じてざわめきと共に皆一様に後退った。
朱の双眸は怒りに鋭さを増し、対峙しているクオンリィの亜麻の髪を揺らすようにまるで夏場の荒野のような熱風が届く、それは《龍炎》が[発揚]段階に入っているように見えた。
「……ッ! バカですか!?」
ここで最強の火属性魔法《龍炎》など放たれたら当たり前のように大惨事だ、そして更には、ただでさえヴァネッサとレオナードの関係という火種を抱える西部ノワール家と南部ヴァーミリオン家の本格的な対立に繋がる。
嫡男としては最悪と言ってよい下中の下の一手だ。
『希少魔統』は血統の証でもある、それを行使する事は『貴族が家名を掲げる』事と同義。更に今は儀礼的には王立魔法学院の学院生ではない。
顔を合わせる度にバカだバカだと思ってはいたけれども、ここまでの暴走は流石に看過できない。クオンリィはヴァネッサとレオナードの直線状に入り、腰の物の柄に手を添え身構える、最悪の場合刺し違えてでも……。
「……ぁっ」
そして小さく上がったフィオナの声にハッと自らの不覚を悟った。
――バカはどっちですか……ッ!?
※お読みいただきありがとうございます。
2020.11.21.改稿版に差し替えました。