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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第二章
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第26話:わんわんスタイル

 

 後方で「鼻血が!」「蹴られたのか!?」「大丈夫?」なんて声が聞こえる。


(そんなドジしませんよ?そうでしょう?大方私のおパンツでも目の前で見て興奮しやがったんだろ?スケベが……ハンッまぁ[微弱電光]ってトコか?うっかりぶち込んじまった詫びのサービスです、とっとけスケベ野郎ども)


 どうにも魔法は面倒だ、純粋魔力で[雷光]を放つのはわりとメジャーな能動型攻撃魔法なのだけれど、希少魔統≪雷迅≫と属性がカブるせいかクオンは≪雷迅≫の[雷光]しか使えない……むしろ≪雷迅≫ベースの雷属性魔法しか使えない、希少魔統だけあってわりと汎用性はあるのだけれど……。


 自身の希少魔統≪雷迅(らいじん)≫はザイツのものではない、クラリッサママの生家エイヴェルト伯爵家の魔統だ。

 何しろ抜刀伯は元々子爵家三男の生まれ、≪風燕刃(ふうえんじん)≫という[刀投射]というしょっぼい魔法しか使えない魔統だ――しょっぼいとか言ったら武稽古が真刃になるので絶対言わないけれど。

 そのせい、とクオンはあまり言いたくはないけれど、クラリッサママは元西部方面軍騎士団の火力支援魔法隊大隊長、階級は少佐……またの名を"雷神"クラリッサ、≪落雷≫の使い手で魔法の達人だった。


(私が印を結ばないとろくに制御できないのは絶対親父殿のせいです、そうでしょう?なんかママが次期エイヴェルト女伯爵になる予定だったのを、親父殿がリチャード侯爵――つまりヴァネッサ様の父上と一緒になってなんやかんややって"抜刀伯"の伯爵位を賜わって求婚、まさかの嫁入りとかいうなんかクソなげぇ昔話を毎度聞かされますが耳にタコちゃんですよぉ……絶対フカシ入ってんだろクソ親父)


 話がまた逸れた、幾人もの生徒を跳び越えた先に購買部が見えてくる。


(ああノエるん、無様な負け犬ちゃん、私の靴を舐めるかほっぺに"敗けドッグ"って書かせてくれたら買って行ったお弁当食べさせてあげますよ?いいですね?)



 浮かれた気持ちで購買前に飛び込んだクオン、しかし、彼女の想定外が其処に在った。



 ――……なん……だと……。



 昼休みの購買、あなたは覚えがないだろうか?

 見渡す限りの人!人!人ッッ!!カウンター前の長蛇の列は下手すれば午後の授業中もぐもぐタイムも覚悟せねばならないッッ!!

 王国全土から貴族平民問わず集うアルファン王立魔法学院はエリート校である、エリート校であるが次世代の国家運営を担う人材がそんな少数のわけがない。

 アルファン王立魔法学院は全寮制のいわゆるマンモス校なのである。


 故に。


「はい、ブタカツ弁当ねー」「ちょっと!並んでんですけど!」「ハァ?商品見てたら並んでるとは言わないんだよ二年!」


 戦場だ、戦場がここにある、クオンは戦慄した。


(……ッ!気圧されるな!私は西部方面軍騎士団ヴァネッサ隊の副長!方面軍副指令"抜刀伯"ライゼン中将の娘だぞ!――私は中尉ですがね)


 ――もはや問答無用、≪雷迅≫の能動型魔法[雷光]で行列全員地に臥せるがいいですよ!!


(体はそのまま、意識だけには死んでもらうッッ!!)


 ここにフィオナがいれば――いた、黒の制服に長身なんていう目立つ格好のクオンを見かけ、そこでカウンター前に一列に並ぶ生徒たちを背後から真っ直ぐに貫こうとしている攻撃範囲が見えて「こいつぁ巻き込まれたら大事故だ」とそそくさこそこそと逃げていこうとしているピンク頭が揺れていた。

 何しろ【戦闘BGM】は昼休みに入ったあたりで激しいビートの【クオンリィ戦のテーマ4】に変わっている、まだ戦闘中だ、終わっていない。くわばらくわばら。



「――そこまで、()()()()()クオンリィ・ファン・ザイツ中尉」



 クオンに声を投げたのはカウンターの奥。

 そんな?どうして?死んだんじゃ?魔法発動の『起こり』を抜いたその声はクオンの体に電流が奔ったような衝撃を与えた。


 西部方面軍で長く新兵の教導を行っていた鬼の教官、実際の階級とは違うが"心が男の鬼軍曹"と呼ばれていた。

 現役時代のあだ名は"風神"、元西部方面軍騎士団火力支援魔法隊大隊副長……"雷神クラリッサ"の相棒だった女傑。

 最後に会ったのは前夜にチャップマンが昏い目で決行を決めていた新兵教導訓練卒業式だった、彼女は防御系魔法の達人だが『それでも』とクオンは思っていたけれど――仕損じていたか"にやけデブ"。


(生きて……いた)


 左眼に無骨な眼帯をした亜麻色の髪という露骨なキャラ被りでそこにいる。

 しかもかつての女傑の面影はあるけれど、随分と恰幅がよくなって、エプロン姿が妙に似合っている。


 はい、叔母です。


 ターエ・ファン・ザイツ元子爵令嬢、教導官になる前に結婚して前線を退き、平民ジャクソン家に嫁入りした"心が男の鬼軍曹"……本来の階級は……大尉。

 上官であり教導担当であり父方の叔母。

 クオンが絶対に逆らえない、感動の再会とはいかないクソババァである。

 ちなみにヴァネッサとノエルの教導官も彼女なので、実質【黒い三連星】の天敵と言える。


「デイム!ターエ・ジャクソン大尉殿ッ!ご無沙汰しておりますッ!デイム!」


 デイムとはサーの女性騎士への形、全ての思考と全ての行動を強制キャンセルし、全身を強張らせて腹から声を出し西部式の敬礼をする、姿勢は大丈夫か?腕の角度は?服装に乱れは……ある!やっべぇ戦場(いつも)の調子で 履 い て ね ぇ!

 クオンの軍装は下が袴履きである。


「うむ!貴官も息災なようで何よりだ!オトコの一人や二人作ったか?リッサは息災か?」

「オト……ッ!?デイム!まだであります!母上はザイツ屋敷にて息災の模様!デイム!」

「模様……?キサマ報告ははっきり確かめてから言えと私は教えた筈だぞ、キサマの頭は北部馬のクソでも詰まっているのか!?」

「デイム!ノー!デイム!」

「私の言葉にはデイム!イエス!デイム!以外許さんとも教えたぞ!コヨーテとヤリ過ぎて性病にかかって脳が溶けたかキサマ!腹から声を出さんか!!」

「デイム!ノー!デイム!」


 周囲の西部出身以外の生徒の反応は、なんだこれ……である。本当なんだコレ。

 いつもニコニコ購買部のターエおばちゃんが同じ亜麻色眼帯のキャラ被り相手にめちゃくちゃ怖い、そして超下品だ、黒い制服の一年生と思われる女子は羞恥に顔を真っ赤にして手が震えている「娘さん?」「違うみたい」なんて声もちらほらと。

 西部出身者は、西部じゃ軍騎士団の市中訓練とかでわりとよく見る光景なので驚かない。


 なお北部馬とは名前の通り王国北部牧草地帯産の馬の事で、体が大きく力も強く足も速い名馬であり、王国北部方面軍騎士団の中核を成す重装騎兵隊をはじめ、王国各地の上級騎士――つまり佐官クラスが賜る事もある馬なのだけれど、体が大きい為とにかくよく食べる、よって大量に出す、しかも臭い。


 さて先程の"心が男の鬼軍曹"の言葉、訳せばこうだ。


「あら元気そうね、彼氏はできた?お母さん元気?」


 叔母ちゃんの初手「彼氏できた?」質問率の高さは何処も一緒である。


「まあよい、それよりもクオンリィ中尉!いや、昔のように"わんわんスタイル大好きっ娘"と呼ぶか!?それとも確か今は猛犬中尉(もうけんちゅうい)だったか?」


「ぶっふぉ」


 えらい遠巻きながらやっぱり見物する事にしたピンク髪の方からそんな噴き出す音が聞こえ、ちらと紫の瞳はそれを捉えた。


(……"上等(ジョートー)"だゾ……覚えとけ……いや、忘れろ!"わんわんスタイル大好きっ娘"も"猛犬中尉"も記憶の彼方へ消し去れ!忘れろ!いいですね!?)


 ぴょこっ

 残弾数:4


 残弾数の減少でクオンに笑ったのを感づかれたことを察知し、フィオナは今度こそわたわたと逃げていく、逃げて、おなかを抱えて笑い転げるのだろう――残弾平気か?


(ああもう、なんでこんな恥ずかしい目に私が!?あ、逃げやがった――なンだ?オトコと一緒に居やがる……アイツは確かうちのクラスのフェ……フェ……リ?……だったか?盛ってやがんのか淫乱ピンク)


 とんでもない貰い事故である激しいダンスである、"わんわんスタイル大好きっ娘"とはクオンの訓練を見学に来ていたヴァネッサに犬のようについて回っているのでターエが。


「キサマ犬のようだな!貴様の事は"わんわんスタイル大好きっ娘"と呼ぶ!わかったな!」


 と教導訓練で着けられた超絶不名誉なあだ名であって、それを人でごった返す購買で大声で叔母に暴露されて、クオンは正直前髪で顔を全部隠して逃げ出したいほど恥ずかしかった。

 恥じらいなんか残ってたんだなこの下水、品がない事は本当に人の事が言えないけれど、自分が言うのと人に言われるのは違うと言う奴であろう。


(……クッソババァ……オトコだのヤルだの性病だのわんわんスタイルだの、姪っ子に言う言葉ですか?いつか佐官に戻して貰ったら覚えておきなさい?いいですね?)


 どの口が言う。


 なお、ターエ元大尉は既に退役しているので左官に戻っても何の意味もない。

 むしろ叔母は叔母で元教導官であることに変わりはないので()()()()()()()()上下が変わる事はない。


「話を聞くときはこっちを見んか!」

「デイム!イエス!デイム!」

「キサマ先程そこで何をしようとした!」

「デイム![雷光]で列を蹴散らそうとしておりました!デイム!」

「ヴァネッサ様の為か!」

「デイム!イエス!デイム!」

「ならばよし!」


 ――いいのかよ!?


 並んでいた学生たちが一斉にターエおばちゃんを見ると、にっこりといつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。


「などと言うわけがあるか!――()()な!」

「デイム!イエス!デイム!」


 よしと言われてじゃあ早速とクオンはいそいそ右手で印を結んで≪雷迅≫発動準備に入って電光パリッていたので、並んでいる生徒たちは気が気ではない。


「この購買の法は私だ!!並べ!割り込むな!極力釣りを出さぬように買え!以上!!」

「デイム!イエス!デイム!」

「よし!解散!」

「デイム!イエス!デイム!」


 最後のはターエおばちゃんが楽したいだけだろうけれど、何となく生徒全員が商品の値段と小銭を確認するのだった。



クオン「ずっと私のターン!」


次回、ノエルのターン。

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