第25話:私に夢中
――ワタシより汚い下水は……オマエだ!
夢の中からごめんあそばせ?バニースーツ姿のヴァニィちゃんですわ!
わたくしに媚びる!ただそれだけだとご飯を買ってくる事で媚び、ついでにノエルを嵌めようと画策するクオン。
自身の希少魔統≪伽藍洞の足音≫の音の範囲に跳べるという特性を生かし、いち早く閉め出された室内へ自分だけ帰って完全優位を取ったうえでクオンのクズっぷりを密告しようと目論むノエル。
女子寮の廊下を舞台にはじまった超くっだらない心理戦風味、果たして下水道にスケキヨするのは――!?
下水顔してるでしょう…………伯爵令嬢と子爵令嬢なのよ?この子たち。
それではごゆっくりお愉しみあそばせ。
●〇●〇
静まり返った廊下、軽く左隣に顔を向けて口火を切った。
先手:クオンリィ・ファン・ザイツ。
後手:ノエル・ファン・ガラン。
「……なぁ、買い物行かねぇか?」
「……二人で?」
「バカですか?バカですね?二人してここを離れてどうする、無制限おにごっこfeat.短銃姉妹のお時間が始まンぞ」
説明しよう!『おにごっこ』とは、
『無制限なのは時間とヴァネッサ様の装弾数とウサギです。
撃たれたからオニが変わる?おバカさんね、ONI-GOD-CALLのルールも知りませんの?神サマにおねだりしながらせいぜい逃げ回りなさい?』というおなじみ修羅の花園こと西部発祥のエクストリームスポーツである――!!
「わかってるよそんな事ー」
ぷうと唇を尖らせ、浅葱の前髪の隙間から上目遣いに瑠璃を紫玉へと向ける。
「――でも、売るんでしょ?」
「応」
即座の答にノエルは深く長い溜息を吐いた、学舎の方からカラーンカラーンと鐘の音が響く、これで何回目だっただろう?にわかに窓の外から生徒たちの歓談が遠く聞こえてくるから、休み時間になった事だけは間違いないと思われた。
即座の答はクオンの楔、相手を売るという行為を改めて印象付ける。
王立魔法学院の一日の基本スケジュールは以下のようになっている。
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登校
始業ホームルーム
朝食
一限目
休み時間
二限目
昼食&昼休み
三限目
終業ホームルーム
自由時間(課外活動・帰寮)
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三限制だ。
イベント事やクラス合同で一限と二限を通しで行う授業もあるので、一概には言えないけれども、休み時間ならともかく、昼休みとなっているとタイムリミットが近い。
ヴァニィちゃんが目覚める、その前に……。
((コイツを嵌める!))
「ほーらやっぱり」
「冗談に決まっているでしょう?売ったりなんてしませんよ?」
「……クオるん、うちのおばあちゃんみたいな顔してるよ……?」
三度の飯より嘘が大好きなイタズラババアである、御年?淑女に年齢を尋ねるものではありません。今日も元気にガランの里山を≪伽藍洞の本音≫の[空間転移]でギュンギュン飛び回っている事だろう。
そう、ガラン一族の[空間転移]魔法保有者はなんと全員主家のノワール家から[空間転移]制限の呪具を免除されている。王家の許可?たぶん黙認?
「そんなにおなか減ってるなら行って来ればー?」
「……売りますね?そうですね?」
「売らないよー?そんかわし三人分買って来てよ」
「ヴァネッサ様の分ですね?……なるほど?確かにおなかペコちゃんでしょうからね」
((かかったな!アホが!))
クオンは寄りかかっていた壁から身を離し、即土下座る為に右手に持っていた業物を腰に巻いた白銀のサッシュに差し、走る準備をしている。
長身の為脚が長くてストロークが大きく、日々の訓練のたまものかノエル程ではないが結構足は速いし体力もある。
ヴァネッサ様を絡めれば必ず動く、あまりの親友の単純さにもはや憐れみすら感じてしまったノエルだけれども、さっさと行かせたがっている事を悟られ変に蒸し返されても厄介。
なによりクオンはノエルの≪伽藍洞の足音≫が音の範囲の魔法であることを知っている、バカだから忘れているだけだ、でもバカの癖に勘は利く。
行かせたがっているという事に気が付けば、そこからたちどころにノエルの糸を手繰り寄せてしまうだろう。
だからそっと瞼を閉じて肩を竦めて見せ、追い打つ。
「ご飯用意して二人で土下座すればヴァニィちゃんもきっと許してくれるよー」
「メシ買って来ます、お目覚めに間に合わなかったらヴァネッサ様にはちゃんとご飯を三人分買いに行ったと言――……!」
語尾の方はよく聞き取れないほど音が小さくなっていた、【黒い三連星】随一のスピードスターであるノエルから見ても相変わらず惚れ惚れとする速さである、部屋の近くは足音がヴァネッサ様に聞こえるかもしれないからと加減してこの迅速。
クオンがその希少魔統≪雷迅≫の[加速]魔法を発動した気配を感じると、少しして結構離れている購買部のある方角からさいごのガラスをぶち破った音も微かに聞こえてきた。
修繕場所増やすなと思うがそれ以前に死んだんじゃない?ココ四階だよ?
――((勝ったッッ!!))
[加速]魔法を使った勢いのまま女子寮の窓をぶち破って空中に身を躍らせた黒衣の亜麻色は、スカートの裾と白銀のサッシュを靡かせてその勢いと高さで大きく距離を伸ばし、生垣も水路も越えて二階の高さ程の外壁の上に着地して膝を使ってしゃがみ込むように落下の衝撃を殺しつつ、直後には前転するように外側へと落ちた。
四階からストレートに地面に落ちれば流石のクオンも身がもたぬ、だが二階程度なら余裕だ。
後方で侵入者撃退用の罠だろう、塀の上にガシャン!と無数の短槍が飛び出しているが長い亜麻色を真横に曳く姿は既に見えぬ程遠い。
(抜け駆けェ?締め出しィ?そんな事ァな!百も千も、那由他の果てまで承知なんですよォッ!!)
クオンはノエルがヴァネッサを引き合いに出した時、千載一遇の機が訪れたと思った。
この勝負は買って戻ったもの勝ち、しかしクオンがしゃーねぇ私が行ってきますとは言えない、売られると解っているのに行きたがっている、と察知されてしまえば相手は間諜を専門にする忍だ、この勝ち筋に気付かせる切っ掛けになる。
気付かれて一か八かのスピード勝負に持ち込まれたら確実に負ける。
ヴァネッサを引き合いに出されたならば、ごく自然に行く事ができる、このチャンスを待っていたのだ。
――そして。
妙を感じたのだ、三人分でヴァネッサ様の事を意識させ、二人で謝ればヴァニィちゃんも許してくれると甘い甘い未来を想像させた。
クオンは気付いた、そして勝利を確信した。
ノエルは二人で謝るつもりはない、いいぞ!その方法で私を売れ!!
一人で謝るつもりと気付いた、だから急いで走った。
(なるほど≪伽藍洞の足音≫は名前の通り音属性!扉をうまーく蹴りャあ部屋の中にだって跳べるッッ!だがアイツはそれをしなかった!小さな音で少しづつ響きを確認する時間が必要だったからでしょう?そうでしょう?私の前で一度も音の響き具合を少しでも試せば、私が一人で抜け駆けしようとしている事に気付くと狙ってますね?私を締め出したいのですね!?)
うまくいったとげっすい笑みに口元を歪めているが深読みのし過ぎである!
確かにノエルはさっさと一人になって部屋への侵入を果たしたかった、だが別に時間が欲しいわけではなかった。
――何せノエルはこの時点で既に室内への転移を終えている。
甘ェンだよ、とクオンは校舎に飛び込み生徒の波を稲妻が縫うかのごとき速さでジグザグに疾駆する、一つ、二つと角を曲がれば後は直線だ、前に身を沈め倒れる勢いも加えて更なる速度を得る。
クオンは伽藍洞をすっかり失念していた、失念していたがもはや失念は失策にならない、噛み合ってないのだ、その為に改めて相手を売る事を意識させるというカードをただ切ったのだ。
――嵌めさせる、それが私の罠ですよ!嵌りましたね!
それにしても[空間転移]とは、ノエるんは相変わらず私が大好きですねと冗句、自分で笑ってしまう。
(お忘れですね?忘れていませんか?――私に夢中になって忘れましたね?肝心を忘れましたね!?――私達はヴァネッサ様に締め出しの罰を受けている最中だという事をッ!テメェの魔力に溺れたテメェの自爆だ!怒られちまえ!!起きたヴァニィ様はきっとお腹がペコちゃんです!そして……。
――締め出しであって其処に居ろとは一言も仰っていないッッ!
ご飯を買って来る!それだけでいいんだよォッ!せめてもの情けです!ノエるんの分も買って行ってやンよ!)
情けでも何でもなく無論ヴァネッサ様に「なんで二人分ですの?」と問われたときに『ノエルに言われた』というカードでは『勝手に相棒を置いて部屋に戻ったノエル』というカードに逆に嵌められてしまうからという打算である。
三人分買って『自発的に三人分買いに行きました――ノエル?勝手に部屋に戻ったんですか……!?!?』これだ。
しかしクオンは同時に焦りも感じていた、勿論時間的問題、周囲の状況を見るに今は昼休み――やはり出て来てよかった、正午前から始まるの昼食の長い休憩時間。
ヴァネッサ様が起きるまで大した時間は残っていないだろう、ヴァネッサ様をお待たせすればするほどヴァネッサ様の不機嫌ゲージはギュンギュンと溜まり続ける。
――勝負とかもう関係ねぇんだよ!破綻してんだこの二重猜疑は!!
周囲にはお弁当を手にする他の生徒の姿も増えてきたが関係ない、避けるなんてまどろっこしい事はナシだ!全力で疾駆する黒と白銀の姿、勢いに靡く亜麻の髪は優し気な顔立ちと眼帯を衆目に晒して注目の的だ。
そこに紫の瞳を殺気に輝かせ、右手の親指人差し指中指をまっすぐそれぞれが垂直になるように立てて印を結び魔力を高める。
("気当て"と"魔当て"!ダブルだッッ!)
パッ!と一瞬の雷光と炸裂音が直線に奔る、制御に失敗して"魔当て"じゃ効かずにちょっと魔法漏れちゃった模様、おっとと軽く瞠目するも丁度いい。
――何人かの生徒が尻もちを着いている、男子も何人かいますね?ハッ、腰抜けが……、それを次々ハードル跳びのように超えて最短をなぞる。
……
男子生徒は故郷の街で主に魔物退治などを行う民間の自警団に参加しており、剣の腕にはそこそこの覚えがあった、一対一ならゴブリンどころかオークとだって戦える戦士だ。だが戦士であったがゆえに不覚を取った、昼食を買おうと購買に向かっていると、ふ――と気配が変わるのを感じて振り返りながら歩みを止める……止めてしまった。
刹那。
一瞬のちりっと感じる程度の雷光と、それに乗った尋常でなく凄まじい殺気が迸って、ぺたん……その場に尻餅を着いてしまった。
咄嗟に周囲を見れば少なくない生徒が直線状に同じように尻餅を着いてしまったり、恐怖に怯えて身を抱えて震えている者さえいる。
男子生徒も気づけば手が僅か震えていた――男子生徒はこんなバカなと思った、故郷の街では師に認められ学院入学の推挙まで受けたのに。
愕然の視界に影が落ちる、ここは屋内だ、何が光を遮った?即座の反射に顎を上げる事ができたのは師も褒めてくれるだろうか。
――はい、超突発性エロ検定のお時間です。
鼻血を垂らして失神した男子生徒は、すわ蹴られたのかと周囲を大変心配させたけれど、蹴られた跡はなく、その場にいた何があったかを感じ取った女子によって『称号"ラッキーパンチ"を与えられた。
見せられた?
上見んなドスケベ!
下水道に決着はまだついてません……つけたかったんですが……おかしいな




