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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第二章
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第22話:施錠だけはちゃんとする

 

 ノエルを巻き込んで廊下の向かいの壁までしたたかに押し飛ばされたクオンは、跳んできた扉を背中にのっけたままイテテ……と小さく呻いている。


 正面から抱き合い、庇われる様に押し倒されたような格好になっている事に気付いたノエルは咄嗟に手にした苦無に血が付いていないかを確認しようと視線を巡らせた、良かった、大丈夫だ。

 口喧嘩の末にうっかり刺しましたなんて流石に笑えない冗談だ。


「――くぅ……、だから言ったンですよ声がデケェって――……ノエルはどこか捻ってませんか?大丈夫ですか?」


 優しげな顔立ちに心配の色を浮かべて紫色の単眼がまっすぐに瑠璃色を映す。


「ぅん」

「応」


 身長差があるクオンとにこんな至近距離で顔を寄せる事などあんまりないから、ノエルは少しだけ恥ずかしくて頬に熱を持ってくるままに返すといつもの返事、不思議なほどに安心する。


「今退けますね、手を挟まないように?」

「そんな間抜けじゃないよーだ」


 よっこいしょ、なんて声を出しながら肘膝手の順で無理くり身を起こし、軽く体をよじって背中から扉を押し退ける。扉と一口に言っても女子寮のそれは十分に立派で、絨毯敷きの廊下にのけられて響かせる音も重たい。

 身を起こしたクオンが右手を未だ倒れたままのノエルに差し出し、二人は改めて廊下に並んで立った。


「貫通してたら扉はスッ飛んで来ませんでしたが私がスッ飛んだでしょうねぇ」


 暢気な感想にノエルも視線を向けてみれば、扉の真ん中にやはりと言うか≪魔弾≫の炸裂痕がある。


 この威力からすると≪魔弾≫[ヴァニィちゃんどろっぷキック]というところだろうか。

 ヴァネッサの希少魔統≪魔弾≫で放たれる魔力弾はヴァネッサが[装填]した魔力で弾の性質がコロコロ変わる、故に魔法名は実に適当なのだ。


 クオンの言う通りヴァネッサ様を起こしてしまったのだろう、うるさくして眠りを妨げたおバカさん達には一瞥もくれず部屋の中を移動している気配がある、自室に戻って軽く湯あみを済ませるのだろう。


 とっくに登校時間は過ぎてますがそれが何か問題でも?



「ったく、朝っぱらからヴァニィちゃん怒らせやがって、いいですか?私は止めたんですからね?一人で怒られなさい、いいですね?」


「ぐぅ……」


 ぐうの音は出た。


「でも……!元はと言えばクオるんが……!」


 苦無をさっさと格納しながら唇を尖らせて言い縋ると、クオンは眉根を寄せて目を閉じた。


「またはじまった……ったく……いいですか?私にも考えがあるのです。いいですね?」

「……ホントに?」


 クオンはやれやれこれだからと嘆息を漏らして頭を振る。

 ノエルはぷっくりと頬を膨らませて唇を尖らせた、やはり『心配』だ。


「だいたい隣の席とは超賢い私にも全く予想が付きませんでした、警戒しように目の前に居られてはそれも不自然でしょう?」

「それはそうかもしれないけれど、クオるんが不機嫌そうな感じで腕でも組んでれば誰も近付いてこないよ?」

「ノエるんは私のスクールライフを灰色に彩りたいのですか?私だってそれなりに学院生活に憧れてはいたのですよ?」


 初耳です。

 入学前やたら上機嫌で刀の手入れなどしているものだからてっきりこれから始まる他派閥との血で血を洗う抗争の日々でも想像してウキウキしてるもんだと思ってました。


「ヴァネッサ様と別のクラスになってしまったのは大変残念、大変不満ですが、それはともかく、いっそ近付いてしまった方が万が一にもヴァネッサ様に害が及ぶ事はない……そう判断したまでです」


「つまり、クオるんが見張るって事?できるのそんな器用な事」

「……私を誰だと思っているんですか?」


 すっと左手の業物をノエルに見せつけるように掲げると、ギラリと紫の単眼が獰猛さを宿す。――見切って離れるなら踏み込むまで、間合いの内で"巻き藁"一つ仕損じるとでも?と言外に告げてくる。


 クオンにそう言われてしまってはノエルとしてはまだ心中に『心配』はあるものの二の句は継げなかった、唇を尖らせたまま小さく顎を引く。


「わかった」

「応」


 やはりいつもの返事でにこりと微笑むクオるんの表情はただでさえ柔和な顔立ちのせいで大変甘いものを感じさせた。


 甘いのだクオるんは、もしフィオナ(あのおんな)がクオるんの眼鏡にかなってしまったら?

 アイツがもし、他心あってクオるんに近づいていたら……?そうしたらこのバカで考え無しな幼馴染で親友で相棒は言葉通りに間合いの内の"巻き藁"を斬り捨てる、斬り捨ててそして傷つく。


 ノエルはそれが堪らなく嫌なのだ……心配で仕方がない。


 そんな相棒の思いは知ってか知らずか、クオンは話は済んだと視線を足元にやって軽く溜息を吐いている。


「コレ……寮母さんに言えばいいんですかね?」

「伽藍洞にしまっとく?」

「随分風通しがいい部屋ですね、隠蔽したいわけではありませんよ?」

「っていっても……立てかけても廊下側に倒れてくるだけだよ?蝶番も完全にイっちゃってるし」


 どうしたものか、二人は顔を見合わせる。


「昨夜話したみたいにとりあえず応接室以外の外扉は全部塞ぐって事で、ココは一旦釘で打ち付けてしまいますか?」


 そもそも三部屋だからと三つ入口があるのは大問題なのではないか?

 ベッドに入ってから何気なしにクオンが呟いたこの意見に異を発したのは他でもないヴァネッサであった。


 ――もしジョッシュがこっそりわたくしの所に花束とか届けてびっくりさせようとしたとき、あなたたちにナイショというのがとても難しくなりますわ。


 てれてれとはにかみながら言うものだから……封鎖派の二人は頷くしかない、恋する乙女は無敵なのだ。

 何とか施錠だけはちゃんとするという話に落ち着いたけれどクオンとノエルは交代で鍵がちゃんと掛かっているか確認することにした。


「あー、ソレもいいんだけどー、個人的にも確かにちょっと不便っちゃ不便なんだよねー……」


 隠密のノエルとしてはヴァネッサの部屋を廊下から封鎖するのは大いに賛成だったけれど、この二人部屋の廊下への入口はなかなか便利だった、何より出るのが楽だ。窓からってココ四階だよ?早いけど流石に面倒くさい。


「ふぅむ……とりあえず今時点では続きの内扉には鍵がありません。男子がこの女子寮に潜入する事はまずもって無いでしょうが……」


(ゴメン、クオるん、丁度今クオるんが立ってるあたりにさっき男子いた、アタシが召還した)


「一旦、仮止めという事で板かなんかで打ち付けてから大至急修繕を求めましょう、いいですね?」

「りょーかーい」


 結局一番無難と思われる方向で話はまとまった。


「それじゃアタシ寮母さんに言うついでに工具と板借りてくる」


 そう言ってノエルは軽く助走をつけてから、三角跳びの要領で壁を蹴ってタンッと足音をさせ、ひらり宙返りの着地点の空間に伽藍洞を開いて飛び込んでいった。


 しかし数間先の廊下に出てきてしまっている。

 驚くほどのショートジャンプだ、繰り返すか、それとも。


「……」

「いい絨毯は吸音性が違いますね、まったく響きません」


 ニヤニヤと笑いながらクオンは親指で自身の背後、光の差すその方角を示した。窓を使え、という事だ。

 ノエルはしぶしぶ示す方向に身体を向けて走り出す、悔しくて走る勢いのままさいごのガラスをぶち破ってもいいけれど、修繕ヶ所を増やしてどうすると思い直し、鉤縄(かぎなわ)を空間から取り出すのだった。




 ……




 とっくに朝のHRが始まっている時間だけれど、未だにヴァネッサ様は部屋から出てこない。

 流石に湯あみは終えているだろう、とっとと扉を固定してしまわなければ。


 ノエルが借りてきた金槌をクオンが小気味よくトントンと振るい、ノエルは扉が廊下側に自重で倒れてこないように体で押さえている、結構部屋の中には音が響いている感じがあるので二人が何をしているのかは中のヴァネッサにも伝わっている筈だ。


 クオンが作業を続けながらもふと視線を感じて其方を見れば、応接室の扉を少しだけ開けてヴァネッサ様がこちらをこっそりと伺っていた。めっちゃ半眼だ、完全にお怒りモードに入っている。


「おはようございますヴァネッサ様!うるさくして申し訳ありませんッ!今これ片付けてすぐにお傍に伺いますので、どうかいましばらくのご猶予を!」

「おはようございますヴァニィちゃん、アタシ()うるさくしてごめんなさい!」

「おいノエルゥ!?聞き捨てならねぇぞ、『()』じゃなくて『()』だろうが!?」


 トンカントンカン、当然と言うか残念ながらヴァネッサからの回答は沈黙だった。


 作業に集中しなければ、クオンは焦りまくりながら釘をひたすら打つ、ドア自体が意外と硬くて釘がなかなか入らないのだ、かといって力任せにやってドアを破損させてしまえばそれこそ目も当てられない。



「――ヴァニィちゃん?」



 ノエルはふとこちらを窺っている金色の瞳がキラリと妖しく光ったように見えた。

 ヴァネッサが半眼の表情からゆーっくりと愉悦に笑みを形作っていく。――ノエルは、はっとした。


「クオンッ!()()()急いで!!」

「やってンよッッ!」


 これで最後だ!と少し強めに釘を打ち付ける、金槌をいったん足元に放り転がして応接室の扉へと体の向きを変えれば、最後の叩く音と同時に扉は閉められたのか、ヴァネッサの顔は見えなくなっているが扉の前にいる気配はする。


「終わりました!湯上りの御髪の世話もできず重ねて申し訳ありません!朝のアレはですね?このバカが何度言っても落ち着いてくれなくて……!!」

「ちょっ!!頭押さえないでよクオるん!喋ってないで急がないと――!!」




 ―― カチャ。




 応接間の扉から施錠音が聞こえた。

 廊下はあまり音が響かないのだけれど、二人の耳には残響がいつまでも響いていた。



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