第20話:可愛いって言ったのに
無事にアルファン王立魔法学院の入学式を終えた転生者ヒロインフィオナ。
しかし転生したのは悪役令嬢ものの世界だった。
転生者ではないただの悪役令嬢であるヴァネッサに魅せられたフィオナは、彼女の命を救う道を模索する事を決意するに至る。
束縛系闇眼鏡、横恋慕俺様ちびっこ、勘違い能天気、迷子剣士、そして幼馴染のエロ魔人、世界の流れに変貌した攻略対象者たち。
果たしてフィオナは眼帯帯刀女を利用して恋する乙女脳で地雷に突っ込む純粋悪役令嬢(と自分)を守れるのか?
伽藍洞の影から見つめる視線は嗤い、世界の流れは這い寄る。
そして現れる第二の転生者。
恋の魔法にかかるは誰、愛に呪われるは誰、かけるのか、呪うのか。
【DEAD END】は覆せるのか。
第二章の幕が上がります。
アルファン王立魔法学院が春の朝日を迎える、女子寮の一室でもそ……とカーテン越しの光に目を覚まして身じろぎ、うすボンヤリと睫毛を開くと、聞こえてくる鳥の鳴き声と光の加減からまだ心地よさを味わっていていい時間だと判断。
微睡の中体を横向きにすると、背の高い彼女の白い肩と横顔、亜麻色の長い髪が目に入る。――と。
「……おはようございますヴァネッサ様、お目覚めですか?もうひと眠りですか?」
ぐりん!とその横顔を急にこちらを向けて、もう一人の同衾者に気を使ってか囁くような声音でクオンが言うものだから、ヴァネッサはぴくと全身で反応してしまった、音量に気を配るならそのムーヴを先ず何とかして欲かった。
「……おはようございます、ヴァネッサ様」
やはり起こしてしまった、しかもまだ不機嫌ですわね。とヴァネッサは心の中で嘆息する。季節は桜の頃を迎えているとはいえ朝はまだ寒くて、ヴァネッサは愛用している毛布を薄目で睨む、もう起きだしては三人川の字になっている意味が薄れてしまわないだろうか?もっと暖かく優しいこのまどろ
――寝た。
すぅ、すぅ、と再び寝息を立て始める主君、目を覚ました二人の同衾者は二人同時に左右からヴァネッサを柔らかく、ゆっくり、羽毛を扱う様な優しい手つきで抱き締めた、再び瞼を閉じるのだった。
ヴァネッサ・ノワール、一五歳。侯爵家の令嬢であり、二年前の十三歳の時には西部方面騎士団に従軍して実戦も経験している、軍人、それも士官だ。
もちろん父であるリチャード・アルフ・ノワールが司令官を務める軍だから士官になれただけであり、日々の厳しい訓練や男所帯になる宿営に放り込まれる事もなく、戦場の荒野を専用の馬車に乗って移動し、手練れの衛士が複数名、"姫"の護衛を賊の誅滅以上に優先度の高い任務として常に付き従う。
そんな何の苦労もなく手に入れた勲章なんてヴァネッサにとって軍装を飾るアクセサリに過ぎない。
――普通のご令嬢に比べれば十分砂と埃にまみれ、硝煙の臭い漂う軍人基準の何の苦労もない、なのだけれどそれは別の話。
――そこの先だって軍属を持っていた伯爵令嬢は、男所帯にフツーに放り込まれてすっかり馴染んで汚い口調を覚えてしまったのだけれどそれもまた別の話。
そんな彼女にも苦手なものはある、朝だ。
従軍遠征中は普通に野営をし、テントが張れそうもない場所なら軍装のまま毛布だけを羽織って岩を枕にする事さえあるけれど、
その分ご令嬢モードではすやすやとほぼ必ず二度寝する、このヴァニィちゃん何なら三度寝も辞さぬ所存でしてよ?
寝る子は育つ、十五歳にして大変ご立派なお胸なのはそういう事なのかはわからないけれど、さっきまで起きていた筈のクオンも二度寝に入ったのをノエルは感じていた。クオンもなかなかのご立派様だ……"まだ"持たざる者ノエルの伽藍洞が深くなる……ノエルは二度寝できそうもなかった。
二人と比べて、二人と比べなくてもぶっちゃけノエルは幼児体系に近い、背も低く体も細い、隠密活動中もさらしがたまに落ちそうになる。たまに、たまにだからね。
顔立ちも五年位前からあんま変わらないとクオンに言われた事がある。脛を蹴飛ばしてやった。
◇◆
昨日のクラス分けで、教師が来ても頑としてヴァネッサ様の右は私の席だと言わんばかりに二組に居座り続け、埒が明かぬとヴァネッサ様が一番廊下側の席に移動し、――この教室に右の席は無い。と言外にクオンに示し、退出を命じられて漸く。
ぎりと苦渋を噛み締め二組の教室を出て行ったときは、職員室にでも殴り込みにいくんじゃないか?行くならアタシも加勢するよ?とノエルは思ったけれど、どうやら大人しく一組に入ってった模様。
そして数刻、たった数刻だ、寮に向かう段となり、てっきり二組のドアを開けたら直立不動で待っているくらいの事を予想していたのだけれど、黒の制服に白銀のサッシュを腰に巻き、左手には抜刀パパからくすねてきた業物を携えた亜麻色の髪の長身の姿はなくて残念。
代わりに通常制服ではあるが一見して誂えの格が違うそれを着た灰髪黒目のイケメン眼鏡が立っていて、ヴァニィちゃんが歩いている姿と振る舞いで気品を崩さぬままそそと寄り添われる。
ふわり靡く長い黒耀は窓から差し込む夕日に輝きと麗しい華の残香をヴェールのようにふわりと舞わせ、周囲の同級生たちの足を縫い付ける。
目尻の少し上がった金色の瞳は他にはない恋慕の光を湛えて真っ直ぐとジョシュアに向けられているけれど、男子は勿論女子にもその視線が欲しいと欲をそそらせる。
大胆にも「ジョッシュ!迎えに来てくれましたのね」と、言外にこの男は私のものだと誇るようにくだけた言葉を紡ぎ両腕をジョシュアの左腕に絡めそのたおやかな身体を密着させれば――
お待たせしました!!スゥゥゥゥーパーエロ検定のお時間でーす!!!!
もにゅん、と黒い制服の中で更に窮屈そうに押し付けられると、あれ?ここにあった俺のメロンどこ行った?
あ、そこかって、ああああ潰れてるぅ!歪んじゃってるぅ!!とばかりに男子生徒の目が釘付けになる。
――はあい、≪念写≫はダメだー、ガランの影を使うよー。ガン見は形振り後で自分に返ってくるだけだよー。
さてここに至ってヤツが来ない、といまだ見えぬ相棒にノエルは不可解を得て小さく唇を尖らせ小首を傾げる。
いつもならスーパーエロ検定を通過したご褒美に人を殺したことがあるような、いや、実際誅滅作戦に参加したこともあるクオンは間違いなく人斬り、そんな目で戦場帰りの本物の気当てを大盤振る舞いしている筈なのに。
「ヴァニィちゃん、アタシクオるん呼んでくるねー」
従姉妹で幼馴染だからこそ許されている抜群の気安さで呼びかければヴァネッサはジョシュアの腕に身を預けたまま「確かにおかしいですわね」と軽く周囲を見回して。
「わかりましたわ、どこかで一戦交えているようなら夕食前には戻りなさいと伝えて頂戴、壮行会があるのですから。戦果報告は着替えながらで十分でしょう」
ジョッシュの腕に抱き着いているからそれはうっそりとした微笑を浮かべて言うものだから、"クオるん"とはまたとんでもない阿婆擦れと周囲に誤解されかねない。
とんでもない猛犬(西部産・血統書付き)です。
実際の所クオンリィは挙動と言動こそアレだがヴァネッサの側近を自認自覚しており、周囲が思っているほど考えなしの脳筋でもなかったりするけれど、それはどっかに置いておいて。
ヴァネッサの元から離れたノエルはぬるり人波をすりぬけて廊下を駆け出す一組と二組は当然隣のクラスだけれど、王立魔法学園は座学授業でも魔法を発動させる事も当たり前にあるので、暴発、暴走の対策の為、クラスとクラスの間は分厚い壁と、生徒各自の魔導具などをしまっておくロッカールームに隔てられており、そこそこ足を使う。
ジョシュアがあんなに早かったのは「ヴァニィを迎えに行くのでね」という一言で教師ミュリアを黙らせたジョシュアが一足早く教室を出たからだろうかと思っているうちに、浅葱の髪を揺らすノエルの耳に、クオンが"ヴァネッサ様ゲージ"をもりもり溜めてる音が一組の教室から漏れ聞こえてきた。
このままクラス分けを決めた責任者がいると考えられる職員室まで駆けつける必要があるなら一旦身を隠して≪伽藍洞の足音≫を使った方が早いかと思っていたけれど、教室にいるのならば話が早い。
「おっそいよー!クオるん!!」
瑠璃色の瞳を輝かせ、扉を開けた笑顔は弾けて消えた。
貌の左半分を隠すように垂らされた前髪は、右眼まで隠していたわけではないがクオンの見た目だけは柔和な顔立ちを目立たなくさせるには十分だったが。
元々の髪の生え方のくせで右眼の上あたりで軽く分かれていたそれを、手でちゃんと分けて額を出し、眼帯も髪の隙間に十分確認できる程度には晒して、ヴァネッサとノエルがせめて令嬢の時だけでも綺麗で可愛い眼帯にしようと贈った金鎖が夕日を受けてきらりとおでこで輝いている。
伽藍洞が開く。
――クオるん、なぁに?ソレ……ヴァネッサ様やアタシが何度そうしていた方が可愛いって言ったのに、言っていたのに。
「応、ノエル――え!?もうこんな時間ですか!?往かねば、そうですね?」
軽く片手を上げて応じたクオンが、遅いと言われ改めて教壇の上に架けられた時計を見やると、ぎょっと紫の単眼を瞠目して慌てて立ち上がり、手荷物をまとめる。
「姐御!お供いたします!」
「いらねェ、私の場です。来ンな」
「はい……」
マスクをした少女が続いて立ちかけて、ヴァネッサにはまだ近づける気は毛頭ないクオンに一刀両断に斬って捨てられた。
「今夜、西部出身の新入生を集めて壮行会があります、リオネッサは知っていますね?そこに来るのは良いでしょう、ギギも連れて来るのでしょう?――あなたたちも」
「「はい!」」
――クオるん、笑ってる。
カツカツカツと軍人らしい規則正しい足音を鳴らして歩きながらクオンリィは背後に声を投げる。生粋の西部民でヴァネッサ様崇拝者のリオネッサは、ヴァネッサ様の最側近であるクオンリィから話しかけられ、今や名実一年一組ヴァネッサ派閥のトップだった。
談笑の輪に悪戯に入り込むことができず、しかし教室に留まって遠巻きにこちらを窺っていた他の一年一組ヴァネッサ派閥志願者の女子達は、クオンに歩きながら鞘を腰のサッシュに差し込む動きと共に声をかけられ、きゃあと黄色い歓声が沸き、「行きます!」「わたしは西部出身なので当然行きますです!」と口々に返事をしながら皆一斉にリオネッサとギギの元に集ってゆく。
「あ、あたしもー」
「おめーの席ねぇから!絶対来ンな」
――気安い軽口、それは今までアタシとジョッシュや西部方面軍騎士団の抜刀隊や同じ小隊、中隊の一部の相手にしか向けられてこなかったもの、大切な大切なアタシの親友が気を許した証……ダレ?減らしたのは誰?持って行ったのはだぁれ?
ノエルは光彩を消した瑠璃の瞳をカッと開いて教室内を凝視する、どうにも焦点がぶれて合わないけれど、一点でぴたりと止まった、薄桜色の髪、水色の瞳、少し幼いけれど歳相応の可愛らしい顔立ち。
――ミツケタ。
「ごめんなさいノエル、迎えに来てくれてありがとうございます……なんだよ?そこまで怒ンなよ」
クオンはノエルの前までたどり着くとすぐに礼を告げたけれど、それに帰ってきたリアクションは大きな瑠璃色の目を瞬き一つせずに開いて教室内を睨んでいたノエルがくりんとまるでフクロウのように首から上だけを向けてクオンを見上げてくるというもので、少し意外を感じながら悪い悪いと気安く声を向けた。
「――さ、急いで参りましょう!……って、ノエるんがここに居るって事はお前ヴァニィちゃんがッ!!ヴァネッサ様をお一人にしたんですか!?バカですか?バカですね!?斬りますよッ!?」
さあとっとと行こうぜとノエルの肩に軽くポンと手を置いたところで、傍仕えが二人ともここに揃って主人がいない事にみるみる表情をあわわと蒼褪めさせて、ノエルの右腕をがっと掴み、引きずる勢い、ノエルが浮くんじゃないかというほどのほどの勢いで猛然と走り出す。
――ねえクオるん、どういうこと?どうしてアイツなの?警戒対象だって、言ったじゃない?……だってアイツはクオるんにあんな悔しそうな顔をさせたんだよ?クオるん自慢の抜刀術を見切られちゃったんだよ?
どうして、警戒対象にそんな笑顔を向けるの?
髪を上げた方が可愛いって。
アタシ達がそう言ったのに上げなかったのに。
ふぅん、そう、アイツなんだ。
◇◆
一足先にベッドから抜け出して、とっとと制服に着替えたノエルは、いまだ眠りこける主と相棒の寝顔を眺める。……相棒よ、その寝言はどうかと思うよ?
「……ふぐっ……!ああ、ああああ、ああああぁあ明日もぁあぁぁあぁぶっこっぁぁぁっぁ仏ぁああ頃ぁぁぁ死あぁあああああぁ!!…………ユニバース」
隣りでこのフィーバー入られてれで起きないヴァネッサ様もどうかしてるのか、絶対起きない我を貫き通してるのか、そこの判断はつかない。
兎も角。
そっと物音を立てず廊下に出たノエルは≪伽藍洞≫から愛用の苦無を取り出してから、無言の符号、ハンドサインを送る。
たちまち、学生服の数名の生徒が廊下に現れた、無論、男女問わず。
「警戒対象を更に徹底的に探れ、ただし……クオるんの、クオンリィ・ザイツ伯爵令嬢に関わるなら……アタシ自ら出る。いいな?クオンのことはアタシ以外は手出し無用だ……」
フィオナ・カノン
アンタは警戒対象じゃない、危険人物だ。
「ガランの影、踏んだよ?」
!?




