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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第一章
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第2話:悪役令嬢の取り巻きその1

 悪役令嬢ヴァネッサを庇うかのようにフィオナとの間に割って入ってきたのは、すらりとした長身の亜麻色の髪をした少女だった。


「ヴァネッサ様が()()()()と仰いましたが? ――聞こえませんでしたか?」


 声をかけられているというのに、こやつも持てる者か、などとフィオナは一瞬ちらりとその胸元に恨めし気な視線をやったのだけれども、今はそれどころではない。

 ヴァネッサと同じように高級感のある生地を使い、黒に白銀を差し色に合わせた改造制服に身を包んだその少女は、長い前髪で顔の左側半分を隠しており、顔立ちがはっきりとしないのだけれど、隙間から覗く目尻の下がった紫の右目が剣呑とした光を宿してフィオナを射抜いている。


「――なァら、いらねェな? ……その耳よ?」


 そして帯刀していた。


 ガラリと口調まで剣呑なものに変わり、亜麻色の少女の左手元で鍔と鞘をロックしていた金具を外した金属音がキンッと甲高く鳴った、そしてゆっくりと右手を柄に添えつつ腰を落とす、鯉口こそ切られていないが今にも抜き打ちを放たないばかりの抜刀術(クイックドロー)の構え。

 左手に握られている白地の鞘には鯉口から返角(かえりづの)辺りまでどこか幾何学的な金細工の装飾で飾られていて、いかにも業物! という風格がある。


 彼女は記憶にある人物だ、勿論前世の記憶のほう。


 【悪役令嬢の取り巻きその1】

 クオンリィ・ファン・ザイツ。


 そっかー、原作じゃあんまりナレ死には絡んでこなかったけれど、ヴァネッサ様のトリガーが軽くても実行犯が本人とは限らないよね~。

 フィオナは亜麻色の少女を涙目で改めて見やる、間違いない、クオンリィと言ったら暴力担当……こいつぁ()られる。


 剣と魔法のファンタジー世界を舞台にした『乙女ゲーム【まじっくアドベンチャーwithラブ】』には無駄に凝ったバトルパートが存在していた。

 一部にコアな人気があったのはそのおかげと言えるだろう。なんだ乙女ゲームのダウンロードコンテンツで「オンライン対戦を実装しました」って。


 しかも多くのユーザーが待ち望んでいたキャラはついにプレイアブルにならなかった、誰だミュリアって?


 兎も角、クオンリィはヴァネッサに忠誠を誓う文字通りの懐刀で、戦闘時のボイスも「ザコが!」だとか「踏み込みが甘えンだよ!!」だとかいうエキセントリックなものが多い。いわゆる中ボス。武器は御覧の通り刀。


 勿論悪役令嬢であるヴァネッサ一派とは校内の各種イベントやそれ以外でも幾度となく戦闘になる、というか普通に闘技試験がある……乙女ゲーム。そして、最も多く直接戦闘するのがこのクオンリィ……ナレ死でなくダイレクト死である、闘技試験の戦闘ボイスで「死ね!」とかこいつ学内イベントで何言ってんだ、と笑っていると、負けたら本当に死ぬ。


 これは終わった、そんな諦観を抱えたフィオナの耳に、この世界では絶対に耳にしないであろうシンセサイザーやエレキギター、ドラムセットの軽快なイントロが聞こえてきた。


 フィオナは、はっと我に返る。そうだ! ここは乙女ゲームの世界だとしても現実だ。少なくともナレ死なんてものはありえない。

 一五年このファンタジー世界でフィオナ・カノンとして生きてきた、前世にいた時よりは精神的にタフになったと思う。

 パック肉しか見た事も無かった女子高生は、今や牛や豚も鼻歌交じりに肉きり包丁でドカドカ余裕でさばける、流石にシメるのは経験がないけれど、おいしい料理を作るのは得意技だ。選択肢を選んでボタン一つで加工品は手に入らない、ここには「経緯」が存在する。なればこそ糸口はある!


 経緯のある現実だというのなら……その現実にゲームを持ち込む転生特典が、わたしには《前世の記憶》がある!!


 フィオナの耳にだけ【クオンリィ戦の戦闘BGM1】が高らかに鳴り響いていた。


 対するはクオンリィ、相手は見るからに丸腰の平民少女、ヴァネッサ様のする事に是非は無い……しかし、入学式が終わっていない以上はそれではいけない。それがクオンリィ・ファン・ザイツがここで前に出た理由だ。

 別に速攻たたっ斬るつもりは無かったのだ。

 ノワール家は大貴族、それも軍閥貴族だ。軍人とは無条件で平民を護るものである。

 西部方面騎士団を束ねる黒耀が入学式前に平民相手にブッぱなすのはちょいとよろしくない、だからこそ最側近たる右腕のクオンリィが前に出たのだ。しかし――。


 ちょいと構えて気を当ててやればそれでハイ御仕舞。


 あとは逃げ出そうが腰を抜かそうが構わない、そこを退きさえすればいいと考えていた、けれども……「何だ? 気配が……変わった?」小声で呟いて柄に添えた指でトントンと叩くクオンリィ、様子見だ。


 抜刀伯(ばっとうはく)と名高い父の薫陶(くんとう)を受け女だてらに剣の道を生きてきた、それは決して平坦な道ではなく、挫折もあった。それでも一〇歳の頃には西部方面軍騎士団の訓練に参加するようになり、十二歳で対人の実戦すら筆おろしをした。


 ――自分は今日から学生だけれど同時に軍人である。つまり平民は護る対象……。けれども、それ以前に武辺のはしくれだ。


 ……気当てを受けて気配を変えるとは。


「お前……やろうっての……?」


 亜麻の前髪の隙間からのぞく紫の右眼が爛爛(らんらん)と光り、つられ空気もチリチリ静電気でも帯びているようなものに変わりだす。


 そう、瞳の奥から光っている、比喩抜きで輝きを増している。

 これは魔法学院の新入生ともなれば誰でもわかる、クオンリィの魔力が高まっている、魔法発動の第一段階[発揚(はつよう)]に入ろうとしている変化だ。


 流石にこの状況は周囲の新入生たちも引率の者達も息を飲み、顔を青褪(あおざ)めさせながら後退った。

 入学式直前の大講堂入り口で刃傷沙汰とは穏やかではない、更にはそれを行っているのがあのノワール侯爵令嬢の側近ともなれば強力な希少魔統を持った貴族であることは想像に(かた)くない。


 アルファン王国は別名を魔法王国と周辺国に知られている、その(いしずえ)と言えるのがアルファン国民だけが血統により継承する特殊な魔法、それが魔統(まとう)である。その中でも貴族血統に伝わる魔統、それは希少魔統と呼ばれる。

 希少でない魔統とそうでないものの大きな違い、それはもう単純に出力の大きさである。


 貴族が多い学院内では希少魔統もそこまで珍しくもないが、かのノワール侯爵家が継ぐ《銃》の魔統や王家の《光》と《闇》など、大変魔力が強い事で知られていた。


 先程の静電気を起こすような[発揚]はクオンリィが雷属性の魔統であり、更には希少魔統クラスの出力だからこそ[発揚]に現象を伴っている事を示唆している。


 表情を変えたクオンリィが更に構えを深くし、長いスカートの奥に鞘を半身で隠した。

 これだけでフィオナはただでさえ初見殺しでもある抜刀術(クイックドロー)に対抗する術を失ったハズだ。


 ところが……対峙の中隠した位置でクオンリィが親指を鍔にかけ鯉口をクンと切った瞬間、途端にフィオナはわたわたとクオンリィの間合いを離れてしまった、しかもこの状況下で何やらほっとした様子すら浮かべている。


「……"上等(ジョートー)"だヨ」


 クオンリィは一瞬、鯉口を切った瞬間に間合いを外す動きを見せたフィオナには思わず口を結んで目を見開いてしまったけれど、ほっとした様子まで見れば口元に片側だけ釣り上げた笑みが浮かび、眉間に皺を寄せると気配も"()()()"()()"()()()"とまさに一触即発のものに変わった。[発揚]が成立し、静電気を越えて僅かにパチッ、パチッと時折電光が弾けている。気が変わった、抜く。


 しかし――。



「クオン」



 起こりに差し込まれたのはヴァネッサの怜悧な声、自らを愛称で呼ぶその声に一瞬でクオンリィの纏う魔力が霧散した。


 気が付けばフィオナは先程間合いから離れた結果、問題としていた「大講堂入り口前のど真ん中」から既に端に避けている。ちらちら「どきましたよ!?」と言わんばかりに此方を上目遣いで窺っている事を確認したヴァネッサが、深い深い溜息と共に激発しかけているクオンリィを呼んだ模様。


 その一言にクオンリィは素早く()(りょう)の鍔を戻し、改めてヴァネッサの傍に戻り深々と(こうべ)を垂れたのだった。


「申し訳ございませんヴァネッサ様。出過ぎた真似をいたしました」


 ヴァネッサはといえば、そんなクオンリィの謝罪に少しばつが悪そうに口をヘの字に結び、少し恥ずかしそうに視線を逸らす。クオンリィが自分から前に出て行った理由が自身の撃鉄が上がりかけていたからだと理解ができるからだ。主として恥ずべき事だ……最近まで前線が長かったせいですわね。今後の学院生活の為にも気を引き締めなくてはとヴァネッサも反省する。


「行きますわよ」


「はい」


 だけれども忠臣に多くは語らない、ただいつも通りにいつもの言葉をかける。


 大人びた美少女ではあるが顔立ちやそんな仕草にはまだ若干一五歳の幼さの面影が残っており、ちらと上目遣いでそれを見上げるクオンリィはにへらと口元を緩ませていたから、チラと横目でそれを見たヴァネッサはちょっと拗ねて唇を尖らせるのだった。


【戦闘BGM】はお好きなノリノリなものを脳内で流してください。



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