第19話:まるで【悪役令嬢】
一方、残弾数をいつの間にか減らされていた事に気付き『あっるぇぇぇぇえぇぇえぇえ!?』と思い、
タイミング的にちょろい扱いした事が原因じゃないかと思い当たったフィオナは必死になってクオンを内心でよいしょし続けていたけれど、
今のところ全く上がる気配がない。
『クオンって結構優しいところあるよね!!よっ!姐御!あとあと、強い!かっこいい!ヴァネッサ様の剣!……だめかー、7に減ったままだ……。バカ呼ばわりの貸しで4だと思ってたのが6だったときは、ははぁ、こいつぁ頭まで筋肉で数が数えられない系?と思ったけれど教室でもなんか知らんけど増えて加算してくれてたんだ、優しいなあって思ったのに』
ぴょこっ
残弾数:6
『あっるぇぇぇぇえぇぇえぇえ!?今超褒めたのに!!駄目よフィオナ!あきらめちゃダメ!!
そう、ヴァネッサ様を絡めればいける!!クオンは、背がすらっと高くて、足が長くて、ヴァネッサ様と並ぶと本当にお似合いで!髪はヴァネッサ様の方が長いのかな~?クオンも顔半分隠すくらい前髪伸ばしていたからかな、結構長いよね!黒と亜麻色で素敵!あ、ヴァネッサ様もおっきいけどクオンも結構……ある……よね、お胸』
フィオナの水色の双眸がだんだんと清流からドブ川のそれへと濁っていく、ここに来て話題を誤る痛恨のミスであった。
『鍛えてるからだろうけどおなかも引き締まっ……て』
無意識に伸びた指が自身の腹をつまむ、フィオナだって別に太ってやしない、じっとしてれば基本的には美少女、≪前世の記憶≫さんのせいか生来の性格か奇行が多いだけなんだから。
だが、指二本分は軽くつまめてしまった。
持てる者
持たざる者
持たざる者
持てる者
次の瞬間フィオナは血走った両目をカッ開いて、一人叫んだ。
「もげろおおおおぉおぉおおぉおぉおぉおおああぁ!!!!」
ぴょこっ
残弾数:5
「ああああぁああぁあぁぁあぁああっぁぁぁぁああぁああぁぁぁあぁあああああああぁ!!!!」
いまのは完全な自爆だった、ベッドの上でフィオナは頭を抱えてのたうち回る、相部屋の生徒が不在で本当によかった。
そもそもクオンに読心術やそういう魔法が使えているならともかく、別に常時受信状態ではない上、残弾数は誉めれば上がるというわけでもない、他愛のない事で簡単に上がり、上等キメるとそれを察知されて下がる、
つまりクオンは着替え中のこの短時間に三回もピキったということになる。
明日が楽しみである。
『だめだ、下手に考えるとまずい……それよりも』
ヴァネッサ様を死の運命から救い、自らも生き残る道の続きだ、≪封印≫覚醒の為にジョシュアに近づいてもヴァネッサ様が絡まない限りはクオンが助けてくれそう、
『利用するみたいで心苦しいけれど……いーや、利用させてもらうわ、これはヴァネッサ様の為、みんなの為だもの』
だけれど一度でもヴァネッサ様が絡んだらクオンは敵に回ってしまう……本当に?
命を懸けて試す気にはなれないし、これは年中闘技場に足を運んで勝ち券握りしめて応援している勘だけれど、分が悪い。
『だったらジョシュアは後回し』
覚醒までの期限は二年もあるのだから、
ジョシュアの個別ルートでも狙うならともかく計画的に攻略していこう。
とりあえずフィオナには実は幼馴染の男子学院生がおり、彼は【攻略対象】なのだ、しかも【乙女ゲーム】のままなら【悪役令嬢】ヴァネッサに妨害を受けている段階以上に攻略は進んでいる、と思う。
言い切れないのは彼にこれまで【好感度センサー】を使ったことがないから。
ゲームでは結構ウザキャラで、直情径行で軽率で失敗ばかりしてるけれど、絶対に女の子には手を上げなくて、泣いてる子には絶対手を差し伸べてたはずで、一度だって諦めた事だけは無い。
そんな幼馴染、【攻略対象】ディラン・フェリを【好感度センサー】で見る事はフィオナには十五年ついぞできなかった。
『あのバカッ何他人のふりしてんのよ……』
ディラン・フェリは一年一組だった、だが眼帯帯刀女番長に絡まれたフィオナをスルーしたのである。
フィオナちゃん審問会全会一致で『ギルティ!!』であった。――連れションのせいとは考えない。
一旦置いておこう、ポイントはディランとの【イベント】をこなして攻略を進めているのに【悪役令嬢】が来なかった事、ひいてはディランがヴァネッサ様を入学まで知らなかった事だと思われる。
ディランは小さい頃に瑪瑙城へ登城しようとしている黒い三連星が乗った馬車に轢かれそうになって、ヴァネッサ様に激怒され天下の往来で土下座させられて頭まで踏みつけられるって屈辱を味わされる【ヒロイン抜きのイベント】があったけど、
まぁ≪前世の記憶≫回避させたというか……時系列で整理すると……クオンが目をやられる前、ヴァネッサ様の八歳の誕生日のことになるかな。
瑪瑙城前広場で告示があるからと急いでいた私たちはちょっと道を間違えたのでディランは馬車の前に飛び出しかける子犬を見かけなかっただけだ。
ちゃんとあの子犬の生存は確認してある、というか拾ってきて実家で飼っている、≪前世の記憶≫さんがパンには注意と言ってたけれどそもそも犬といっても、実際は犬っぽい雑食の魔獣の一種だからか玉ねぎとかも丸ごとバリバリ食べてケロッとしている。でも食うな、つぶらな瞳で見上げてなに?じゃない、それ商品の材料だからね?
私がいなくて寂しがってるかな?休みには帰るからね、ラスク。
今も全然元気で、パンばっか食べてるから若干?肥えてる。超頭がいい私のかわいい弟分である。
脱線脱線……。
後から知ったけれども、そもそもヴァネッサ様はジョシュアに招かれ半月も前から瑪瑙城にいたらしい、馬車は通らず、道に迷う必要すらなかった。
そして入学を控えた私とディランがデッデデデデデデデ……買い物してるところで、一度は私もヴァネッサ様とお会いする筈だったけどそれもなかった。
それはどういうことか、
『犬を助けようとして無礼打ちされかけ、幼馴染との買い物中に水を差されヴァネッサに敵愾心を抱く【乙女ゲーム】のディラン』
はいないという事にならないだろうか?いや実際そんなディランはいないのだけれど、おそらくこれは【悪役令嬢もの】の流れだ。
ってか実際入学式中鼻の下伸ばしてずーっと高位貴族席見てたし!
エロ魔人め……ヴァネッサ様に見惚れてやがったな……
きっとディランから見たヴァネッサ様の好感度は高い、携行キャノンには若干引いてたけど、ってか何アレ、嵐の中で輝くの?
原作には無かった……うん、原作に無いんだ、
きっと【悪役令嬢もの】の流れだからだ……
【悪役令嬢もの】の流れの中で【攻略対象】を逆攻略しても、【乙女ゲーム】の【悪役令嬢】通りにヴァネッサ様や【黒い三連星】は出撃しない可能性が高いかもしれないという事、
そしておそらく【悪役令嬢もの】なのに【転生者】ではない【悪役令嬢】ヴァネッサ様は【乙女ゲーム】の枠から抜け出すことができず【悪役令嬢もの】の流れに入っていないのではなかろうか。
そして、幸か不幸か束縛系病みキャラに変貌したジョシュアは他の【攻略対象】とヴァネッサ様が接触、あるいは特別視するのを妨げようとする筈……。
つまり他のキャラを攻略している場合は逆にジョシュアが足かせになって【悪役令嬢】ヴァネッサ様の動きを妨げる。
ヴァネッサ様の八歳の誕生日がいい例だと思う、ヴァネッサ様はジョシュアに招かれて事前に入城していたため、当日の登城となって王都の大路に慌てて馬車を走らせる事もなかった。
――ジョシュア転生者説?無いとも言えないけど、他の転生者なんか疑ったらキリがない、【悪役令嬢もの】の流れに入った仮説の方が多分自然。
それなら少なくともヴァネッサ様に楯突く事にはならない筈だから、何かあってもクオンの残弾が使える、多分、きっとクオンは助けてくれる。
ジョシュアとヴァネッサ様の幼馴染で抜刀術の達人、いざとなっても実際強いのは良く知っている。
若干ジョシュアのお兄様のフェルディナンド第一王子もヴァネッサ様が出てくる心配はあるから後回しで。
忘れてはいけないのは、ヴァネッサ様が【悪役令嬢もの】の流れに入っていないのなら、ヴァネッサ様のトリガーが顕在だという事。
威風堂々カッコ良いしクオンの話ではかなり愛情深い人だけど、他人は石ころ以下に思ってそうだし、逆立つ者には一切容赦しない。
『よしよし、絞れてきた……』
フィオナはばっと起き上がると机に向かい、日記に現状を整理したものをまとめていく。
【現在のヴァネッサ様死亡フラグ】
私が覚醒しない【BAD END】
闇ジョシュアとの……メリバ?
【DEAD END】
ヴァネッサ様トリガー:健在、要注意。
逆ざまぁ:何が来るかわからないけれどクオンを利用させてもらう。残弾式。
【BAD END回避・覚醒の為の課外授業パーティ集め】
標的1:多分攻略済み、ディラン・フェリ
標的2:【攻略対象】面識皆無なモブもどき、オーギュスト・ギラン
標的3:【攻略対象】好感度がおかしい、レオナード・ヴァーミリオン
『ここまでにクオンの残弾をありったけ稼ぐ!具体的には……わかんないけどクラスメイトとして仲良く学院生活を送る!!!!』
標的4:【攻略対象】フェルディナンド・サードニクス
『残クオンさえ溜まってりゃ多分楽勝よ!!』
そして……
標的5:【攻略したくないです】ジョシュア・サードニクス
『残クオン全部潰す勢いで、行くしかない……恋愛はご法度、というか私が嫌。ごめんねクオン、あなたを全力で利用させてもらうっ!!たった数時間同じ教室にいただけだけれど、ひょっとして友達になれるかもって思ってたけれど……。違う、これからなるんだ、ヴァネッサ様を死の運命から救いクオンやノエルさんの哀しみを防いで、私は【黒い三連星】の四番目の星になるんだ』
オマエ数も数えらんねェのか?
フィオナはかちゃりとペン立てに羽を戻す、見落としはあるかもしれない、それに言ったらおしまいだけれど全部仮説。
まずはディランが本当に悪役令嬢ものの流れに乗っているのかを確認するのが今のところ一番簡単だろう、インクが乾くのを待って一旦日記を閉じ、椅子の背凭れに体重を預けると軽くキシと部屋備え付けで使い込まれた椅子が鳴いた。
……
「もうすぐ夕食の時間かぁ……西部派閥壮行会、来ンなって言われたけど……照れちゃってぇ、参加自由みたいだし行こうかな?ほかのみんなも行くだろうし……取り敢えず明日はディランに会ってちゃんと話聞いて流れに入ってるかチェックしなくちゃ……あんた あ ん な 女 の 事」
フィオナは慌てて口を押えた、何だ今の……私は今何を言おうとした?
どうして?
――あんた あ ん な 女 の 事鼻の下伸ばして見てたでしょ?あいつは悪名高き大貴族も大貴族ノワールのご令嬢サマよ、あんたとつり合いなんかとれるわけないんだから諦めなさいよ。
フィオナはそう言おうとしていた自分に身震いする、そんな、そんな嫉妬丸出しなんてまるで……まるで【悪役令嬢】じゃないか。――まさか悪役令嬢ものの流れに呑まれかけた?
――あんたヴァネッサ様の事鼻の下伸ばして見てたでしょ?クオンに言いつけちゃおっかなー?ていうか昨日あたしの事見捨てたでしょ?ランチおごりね。
思った通りのことが思えて、フィオナはほっとする。
『もしかして今の……【強制力】ッ!?こっちのベクトルに働くの!?』
その時、部屋の扉が静かではあるけれどノックも無しに開かれて、真っ白な少女が入ってきたので反射的にフィオナは椅子に座ったまま勢いよく驚いた顔を向け、そして更に驚きを深める。
『あ、そうだ、忘れてた……でも……悪役令嬢ものの流れだと彼女ってどうなるの?』
瞠目した薄い桜髪の少女、フィオナを見て、入ってきた少女は黄色い若干目尻の下がった双眸を細めにっこりと人懐こい快活な笑みを浮かべた。
純白の髪はふんわりと肩にかかり、ぴょいんとアホ毛が二本立っている、癖っ毛というよりはまるでパーマを当てているかのようなボリュームに波打っていて、前髪の中央一房だけに赤いメッシュが入っていた。
「脅かしちゃったー?ゴメンゴメン、そっか、二人部屋だもんね。私今まで家で一人部屋だったからノックするの忘れちゃった」
表情豊かにちろっと舌を出して片目を閉じ、軽い謝罪を向けながら「またやっちゃうと思うけど許してネ」なんて軽口を述べ後ろ手に戸を閉めて軽い足取りで自分のベッドの方へ向かう。
「ううんぜんぜん!あたしも一人部屋だったし、むしろ犬飼ってたから戸締り忘れたらゴメンねー」
「戸締りはやばいよー!気を付けてよねー、って言っても女子寮だしそのへんはちょっと気楽だよね、わんちゃん飼ってるんだ?お名前は?男の子?女の子?大きいの?」
「大きいよー、ちょっと太っちょの男の子、ラスクっていうの、あ、なんでラスクかって言うと」
「フィオナのおうちパン屋さんだもんね?」
「ぇ……っ」
あれ?名乗ったっけ私とフィオナは水色の瞳をまん丸にする。見れば黄色の目をイタズラ心に輝かせてニコニコと笑いながらベッドに座った白い少女は閉まった入り口の扉をちょいちょいと指さしていた。寮の各部屋の扉には住人の生徒の名前入ったプレートがかかっている、入ってくる前に同室の人間の名前を確認していれば名乗る必要もないのだけれど、フィオナはそれどころじゃなかったので確認しなかった、というか、確認するまでもなく知っている。
この白い少女の名前は……ド忘れした。
【乙女ゲーム】における【お助けキャラ】で、【ヒロイン】の初期パーティメンバー。
お助けキャラらしいというか初期値が高くて無茶苦茶強いのだけれど成長率が悪い為、だんだんいろいろ手助けしているルームメイトに放課後の課外活動に連れて行って貰えなくなるという……いわゆるレベル上げパートを課外活動って名付けた制作は悪魔。
しかも後半で退場するので下手に情けをかけて育てていると攻略対象が育たず詰む。
途中退場の理由?もちろん【悪役令嬢】ヴァネッサ様です。
「あ!ネームプレート!!」
「あははは!引っかかったー!寮が二人部屋って聞いた時から計画してたんだよねー、ノックは忘れちゃったケド、私はジェシカ・レイモンドだよ、ジェシカって呼んで、王都出身、レイモンド商店って知ってる?」
「知ってる!王城通りの大きいお店!!すごい!ジェシカってお嬢様!?」
「いやいや、それほどでもなくってよぉー?なんてね」
そのお店の商品をいろいろ融通してくれるのがジェシカというわけである。
パーティドレスやら魔導具やら武器やらアクセサリー、果ては惚れ薬まで用立ててくれる……合法?さぁ?そのあたりを突かれて途中退場するのかもしれない、休日にも買い物ができなくなるのはそういう事だったのかなと「お嬢様?」なんてしらばっくれながらフィオナはぼんやり考える。
「ご飯いこ!お近づきのしるしに今夜はオゴっちゃう、あ、でも食べ過ぎないでよね?」
「イタズラのお詫びにおかず二品はどぉ?」
「うーん……」
「今度うちのパン御馳走するからさ!おいしいって評判なんだよ、知らない?三番街の」
ジワリと違和感がフィオナの脳裏を過ぎる。名乗っていない、でもネームプレートに出身地域も生家の稼業も書いてあるわけがない。どうして気づけなかった。
――フィオナのおうちパン屋さんだもんね?
「知ってるよ?ベーカリーカノン。ねえフィオナ……変なこと言ってるって思うかもしれないけど……私実は【転生者】なの!あなたを助けてあげるからね!!」
――まじで????
『恋は魔法で愛は呪い』
第一章 END
つづく




