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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第一章
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第18話:伽藍洞


クオンが隻眼になった話をクオン視点でたっぷりと、それはもうたっぷりと、ほぼ八割方ヴァネッサ様がいかに素晴らしいかの賛美で、結局……。


「凶手からヴァネッサ様を護って護って隻眼になりました。この眼帯のチェーンは少しでも女の子らしくあるようにとヴァネッサ様に八歳の誕生日に贈られたのです、ただ、まぁいろいろあって恥ずかしくて隠してしまった私に、ヴァネッサ様はいつか日の目を見る日が来ると信じていると仰ったのですよ、お優しいでしょう?」


というだけの話を寮への移動に遅れかけ、ノエルさんが呆れた目でクオンさんを迎えに来るまで聞かされた。


『でもちゃんとチェーンのこととかも教えてくれるんだ……』


フィオナとしてはすっかり流れたと思っていた話をちゃんとしてくれたことが何だか嬉しかった。てっきり「どーでもいいだろそんな事ォ」と流されると思っていたのに、フィオナは意外を感じていた。


夕日に照らされた寮の室内で、フィオナ実家から送ってもらった生活用品や私物を自身の生活スペースへと配置してゆく。


アルファン王立魔法学院の女子寮は二人部屋で基本的に一年生は一年生同士が相部屋となる。女子寮の周りは一周ぐるりと見上げるような壁に囲まれ、その内側には水路まで廻らされている。更にその内側に高めの生垣、生垣の中には隠れるように石壁が入っており、何と言うか……。

堅牢なのだけれど、先輩たちの青春のメモリーとその積み重ね感があった。


≪大結界≫さんは学院内と王都を隔絶するいわゆる魔法的ファイアウォールとでもいう様なものなので、つまり学院内にある女子寮と男子寮は、ファイアウォールの例に倣って言えば同一ネットワーク、同じローカルエリアにある。

そう、プライベートな音声通話やヒミツの手紙のやり取りも自由!さらには侵入さえも不可能ではないのだ。


『学内恋愛大いに結構、ほどほどにな』


元々が次代の国家運営を支える世代人材の育成を掲げており、魔法という摂理を覆す異能が発展している国内では男女の区別こそあれ身分的な男尊女卑傾向はあっても差別問題はさほどない。

むしろ優秀な学生同士が恋愛して結婚し子を成せば次世代の財産となり国家の糧となる、更に平民と貴族の婚姻で結果的に貴族が増えすぎる事の抑止にもつながると王国的には大歓迎なのだ。

平民は豊かな生活の貴族に憧れる者もいるし、貴族にも『生まれついての軍属と階級』がほぼ決まる爵位を捨てたい者もいる、基本的に家の断絶や酷い罪でも侵さない限り平民と婚姻でもしなければ爵位は一生ついて回る。

男爵家の次男一家など平民と変わらないのに準男爵位を持つため軍属しなければいけない上に階級はせいぜい尉官どまり、これは平民と一緒だ。


さて、とはいえ『ほどほどに』である、つまり……ほどほどにしなかった先輩たちの歴史がこの女子寮という要塞を作り上げているのだ。


そう、ここは要塞、例え外堀を突破しようと代々の女子先輩方が練り上げた数々の魔法的結界も随所に張り巡らされている。しかしそれを組んだのは年頃の恋に恋する乙女たち、抜け道やほころびも随所にあり『来れるものなら来てみなさいよね!私の所に……』という甘い乙女心と『覗きは私刑でいいって先輩から受け継ぎました!!』という鋼の乙女心が同居した心の要塞なのだ。


『ま、【乙女ゲーム】だしね、一応』


自分の荷物に≪認証≫の魔法でロックをかけながら、フィオナは肩を竦め、備え付けのベッドにぼふんと仰向けに体を投げる、実家のベッドより上等だ


さてさて一息ついたところでフィオナはそっと目を閉じ、激動の入学式となった今日一日を思い返し、そして、ようやく落ち着いて【悪役令嬢】ヴァネッサを死の運命から救い、自らも生き残る道を考え始める。


まず、ヴァネッサ様を死なせないというなら、ここはおそらく【乙女ゲームかつ悪役令嬢もの】の世界なので、【ヒロイン】のフィオナとしては『関わらない』という選択肢もあるけれど……。


『実際問題これは無い、無い筈だ……【ヒロイン】が≪封印≫の希少魔統に覚醒しなければ【BAD END】直行、死なせない事もできないし私もパパもママも死ぬ。覚醒の為には【攻略対象】や【悪役令嬢】と関わらなきゃいけない……』


フィオナはそこまで考えてから、新たに≪前世の記憶≫に追加された【残弾数】を確認する。


残弾数:8


また増えていて、「……なんだかんだ優しいなあ」と呟いてくすっと笑ってしまう。

先程の連れション隊遠征から帰還して少しすると不意に≪前世の記憶≫の中に能動型魔法としてフィオナとクオンそれぞれの認識の中にしか存在していない筈の【残弾数】がぴょこっと視界の隅に表示されるようになった、どちらの認識している残弾数なのかわからくて最初不安だったけれど、フィオナの認識している以上に勝手に増えたり減ったりするので、クオンの認識と繋がっているのと思われた。後から確認できるので数え間違いも安心……おおむね増えている、大丈夫。


きっとこれから覚醒の為に【悪役令嬢】と関わるならこの数字は減っていくことになるんだろうけれど、減らしたくないというのが本音。

覚醒するのがフィオナではなくヴァネッサに代わっていたとしたら、この数字を積極的に減らしにかからないでいいのかもしれないけれど望みは薄い……。


『ヴァネッサ様は≪魔弾≫の希少魔統、希少魔統は血の魔法、覚醒していないだけでココに≪封印≫は眠っている』


とフィオナは自分の心臓あたりを手で軽く抑えた、とくん、とくんと規則正しく刻まれる鼓動を感じはすれど、その内に眠るという≪封印≫というのは特に感じないし、そもそも現実で覚醒するとどんな感じなのかもわからない。転生特典でもらった≪前世の記憶≫みたいにいくつかの魔法を包括してるのかな、と思うけれどまあいいやと思考を切り替える。


覚醒の為に関わっていく事は確定だ。紫の単眼を細めた笑顔が脳裏をよぎるが彼女の為でもあるのだから。

覚醒条件は二年生の終了時までに【攻略対象】全員との課外活動パーティ結成。

【逆ハーレムエンド】狙い気味に全員と仲良くなっておく必要がある。


『きぃっつぅ……』


何がきついって【乙女ゲーム】の時点でも相思相愛の【攻略対象】ジョシュアがいる事だけれど、勿論虎の尾を踏む。【悪役令嬢】降臨カーニバルの始まりだー……攻略を進めても恋愛関係には発展しないので「そんなつもりじゃないんです」は完全に本気で行かせてもらう。

の、だけれど。

なぜかいきなり束縛系の闇が溢れていた。

通常ではたぶんヴァネッサ様達の死をきっかけに破滅願望、後追い願望系の闇が溢れていたと思うのでこれも【悪役令嬢もの】化の影響だと思われる。


という事は、ジョシュアに近づくとヴァネッサ様関係なく「ボクにはヴァネッサがいればいいんだよ、邪魔だ」と【逆ざまぁ】される可能性が非常に高いという事で、慎重に事を運ばなければ……。


―― あ。



「ヴァネッサ様に楯突かぬ限り」


「残弾式だ、数え間違えンなよクラスメイト」


「その分貴女は私の敵ではありません」



いた、あった、繋がった。

しかもクオンはジョシュアとも幼馴染、かなり親密と言うか不遜なタメ口を繰り返していた、これはジョシュア単独での【逆ざまぁ】にはかなりの高確率で敵ではない立場に立ってくれそうじゃない。

クオンは……私の敵にならないでくれる。敵ではないなんて言い方はしてるが装弾数の溜まり方から考えたってあの子実はめっちゃちょろい!!



…………



女子寮の別の一室、そこは明らかに他の部屋とは一線を画した豪華な家具や装飾の煌めく調度がしつらえられている。

ここは【黒い三連星】ことヴァネッサとクオンリィとノエル三人の部屋、厳密には今三人がいるのはクオンリィとノエルの相部屋で、続きの二つ隣がヴァネッサの部屋になる、二人部屋三部屋の壁を改装して続き部屋にし、中央は応接室に、一つは一人部屋に改装したのである。

学院内で身分は問われない、でも権力というものはしっかりと届くという典型的な特別扱いだった。


寮母の説明を受け、上級生という名の西部出身二年生代表少女から歓迎の挨拶をされ、今三人娘はこの後に控える西部派閥壮行会の準備の為、自分の式典用軍装に着替えているところだった。

白い愛らしい装飾の多いクローゼットの隣には武器棚があり、本日ファミリー入りを果たした対物魔法銃(さんでぃー)が立てかけられている、ヴァネッサの部屋へ彼女が通されるのは今職人に作らせている専用ラック完成後になる予定。


不意にクオンの眉間に皺が"()()()()()"と深く刻まれた。


「いつもの事ですがどうしましたの?」

「いえ……また急に上等(ジョートー)キメられた気がしまして……フィオナだな?弾ァ減らされてぇみたいだな……ったく」

「あら、フィオナって言うのね、切っ掛け。せっかく変に顔を隠さないで前髪を普通に分けるようになったんだから、次はビキるのもおやめなさい」


ころころと上機嫌に笑うヴァネッサ、隻眼となってからしばらくは隻眼の剣士クオンだーとむしろ能天気に笑っていたのだけれど、いつの間にか前髪で常に覆うようになってしまった。

理由を調べさせた所遠征中に立ち寄った領主伯の館で伯爵から『その眼では護衛も務まらないでしょう?ヴァネッサ様に恥をかかせる前に引退されては?』などと言われ、更には子息との縁談まで薦められたという。


『従軍中はビキったりしないけど、クオン……この件はビキってよろしかったのよ、でもよく我慢できたわね、流石わたくしの愛刀』


理由を知ったヴァネッサのほうがこの時は即ビキった。

怒りの報復はジョシュアを通じて王家の権力を使って行われた。今そんな領はどこにも存在していない。

そんなクオンと仕方がない事とは言えクラス分けで離れていたのは数刻だったのに、寮に向かう為に合流したクオンの髪は普通に分けられていてとても嬉しかった半面とても驚いた。

男子寮に行く前にと愛銃達を返して貰う為一緒にいたクオンと同じクラスのジョッシュに聞いても「入学デビュー、らしいよ」と困ったように笑うだけ、本人に聞いても「ちょっと、気分入れ替えですかね?」との事で、下手に突いてまた隠すようになってしまうよりはましと思ってそのままにしていた。


と、いうか。


「……ふぅん……」


従姉妹がクオンを迎えに行ってから様子がおかしいくらい不機嫌だった、クオンが胸ネタで揶揄うのを躊躇うくらいに不機嫌でヴァネッサとしてもどうしたものかと眉尻を下げる、ヴァネッサの自己評価では三人の中で一番沸点が低いのはクオン、次が自分でノエルはかなり沸点が高めだったけれど、ごくたまにこうなる時がある。

こうなると結構長いけれども、大体何日かすればケロっと収まってはくれるのだけれど……ヴァネッサにとって厄介なのは≪伽藍洞の足音≫の自動型魔法である≪認識阻害≫が強くなってしまう事だった。

流石に産まれてから一緒に等しい幼馴染同士なので普段は全く意識しないで問題ないのだけれど、不機嫌モードことヴァニィちゃん命名"ぶすくれノエるん"の時はヴァネッサでさえ一瞬姿を見失うことがある。普段から他の人からノエルを見ると姿を見失いやすいほかに姿の印象が違うとかもあるらしいけれど、それは流石にない。

ヴァネッサとしてはクオンは"ぶすくれノエるん"に多分全く気が付いていないという事が大変不満である。完全に見失っているのではなく、完全に存在を認識しているのでそんな状態になっていることが認識できていない。

もちろん今では左眼側が死角にならない程に剣士として研ぎ澄ませた直感力が人外というのもあるとは思う、思うけれどずるい。


『わたくし従姉妹ですのよ??』


とは言え自動型魔法である≪認識阻害≫は意識してどうにかできるわけではないらしい、ガランの、というよりもガラン一族の女性は希少血統に目覚めると必ずと言ってよいほどこの自動型≪認識阻害≫が発動するという話をヴァネッサは聞いたことがあった、

勝手に発動して勝手に周囲から存在を認識され難くなくなる、今のノエルの様子を見る限り心理的、感情的なものが大いに影響している魔法とヴァネッサは推測する……

「いつか年老いて誰にも完全に認識されなくなってガラン一族の女は伽藍洞に消えていく」と寝物語でローザ夫人(ノエるんママ)が言っていた。

眠れなかった、ノエルを抱きしめて夜明けまでぴいぴい泣いていた気がする。



――そういえば……三人でガランの里に遊びに行くと時々クオンが何もないところをじっと見つめたり手を振っているような……。



ヴァネッサはフルりと身を小さく震わせ、身支度に戻る。知っているガラン一族の女性たちの顔と名前を一致させながら。


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