第161話:黒耀城防衛戦・夢の王者
「ヴァニィ……? 猛犬中尉らしく、負け犬は犬死でしたよぉ……?」
許せない、許さない、許して堪るものか、絶対に許してはいけない。
だけれど――。
『また仕損じましたの!? 貴女の腰の物は飾りかしら』
――おやめなさいな、心にも思っていない嫌味なんか。
『まさかクオン、あなた手加減したのではなくて?』
――そんなわけ無いでしょう?
『次は次は、一体何度目かしら? 貴女に任せたのが間違いだったのかも知れませんわね』
――他の誰にも任せられませんわ。
『もう、結構ですわ――下がりなさい。まったくもう……役立たずっ……無能の顔なんて見たくありませんわ!』
――今はと……そういうつもりでしたのよ……。
それが、今生の別れになるだなんて、想ってもいなかった。
けれども、彼女は彼女として、強く、気高く、一刀に魂を灯と燃やして戦い抜いたのだと……それがせめてもの慰めだった。
それなのに……それなのに。
「どうしました? ヴァニィぃ……私がワタシを倒したとでも、信じていましたかあ? くひっ! きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
ざあんねぇん、ワタシよりほんの少しだけあの小娘が命を手放すのが早かったのさ!」
結果ご覧の通りだよ! 失われた片腕がぐじゅぐじゅと生理的嫌悪感をもよおす肉塊が蠢いて再生していく。
眼前で別人のように哄笑う初恋のヒトの姿、死んでしまったと聞いていたその姿が、亜麻の髪を振り乱してゲラゲラと。最悪だ、こんな再会ならしたくなかった。
その異様にヴァルターはぎゅっと〝銃剣付突撃銃〟を両手で抱き締めて「クオ……姉……」と消え入る力無き声で呟き、ただ震えるばかりだ。縋る視線を未だ後方の姉に向ける。
「――ぅぅああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!」
その姉は、正気ではなかった。
ここが夢だとは理解っている、ジョシュが見せてくれた夢の筈だ……それがどうしてこんな悪夢なのか?
……悪夢でも構わない、二度と会う事の出来ない姿――それを騙る外道が、目の前にいる。撃ち抜く理由にそれ以上のものがあろうか……。
二つ、重なる銃声と共に《魔弾》が放たれ、クオンリィ・ザイツの虚構に絡み合いながら迫る。弾速も十分、トークバトルをすっ飛ばしていきなりぶっ放され一瞬反応の遅れた〝策謀〟は回避のタイミングを完全に失っていた。
「しまっ――!?」
これにて魔王軍四天王〝策謀〟再びの撃破……。
ぺちぃん!!
「……は?」唖然。
上体を仰け反らせた〝策謀〟の口から間の抜けた声が漏れる。赤くなった額、見開かれた隻眼……。ぎぎと体勢を戻せば、信じられないと手元の銃を交互に見るヴァネッサが一歩も動けないまま廊下の先にいた。
愕然とするヴァネッサ、今撃った《魔弾》は間違いなく消失の無属性、必殺の一撃の筈だった。
何故? 何故もクソもない、姿を騙っていると理解していても『クオンを撃つ』事に身体が、魔力が、魂が[非殺傷]を選択してしまったのだ……。
蒼褪めた顔で幾度も、幾度もトリガーを絞るけれど、ヴァネッサの《魔弾》は親友の姿を消し飛ばす事が出来ない。
「どうして! どうしてどうしてどうしてえぇぇぇっ!?」
アレはクオンではない、そんな事はわかっているハズなのに。クオンリィ・ザイツの姿に[消失]を撃てない……撃った事も無い。「消し飛べ」なんて、思える筈が無いのだから。
半狂乱で叫ぶヴァネッサの耳に、更なる状況の変化を報せる母の声が聞こえる。
『ヴァネッサ、ヴァネッサ! 聞こえますか?』
お母様? と思いはすれど声は返せない、けれど母の声は続く。
『ヴァネッサ、ヴァルターと合流したら急ぎ撤退なさい。ライゼンとクラリッサが落ちました』
「――――は?」
『最悪、貴女だけでも落ち延びなさい、貴女はノワールの正統なのです……お父様と母は今から城を自爆させます……わかりますわね?』
母上は何を言っている? あの〝抜刀伯〟と〝雷神〟が敗れた? 一体南門の前線にはどんなバケモノがいるのか。
そして母は、最悪弟を見捨ててでも生き残れと、そう言った、それほどに切羽が詰まっているのだという事は理解が出来る。
それでも、もう見える距離、己の射程の内に護るべき弟も、絶対に許し難い敵の姿もあるというのに……!!
敵が……撃てない。悔しさに歯を食いしばり、駆けてゆくヴァネッサ、撃てないなら斬る、その為の銃剣装なのだから、しかし、撃つには十分でも距離がある。
これは好機だ……〝策謀クオン〟の左手の手首から先が禍々しく青い血管の浮かび上がった肉々しい一振りに変形する、ご丁寧に抜身ではなく鞘と共に在った。
「ヴァル、お迎えですよ?」
柔和な笑顔をヴァルターに向けて左半身、ずいと柄頭を正中に突き付けた構えは、紛れもないクオンリィ・ザイツの〝抜刀術〟のもので、最早間合いの内。
「ヴァルタアアァァァッ! お逃げなさい!!」
姉の叫び、左手首と一体化した柄にそっと右手を添える、それは彼女の構え、奪った記憶が再現させるのか。
ヴァルターは動けない、いや、動かないのかもしれない。〝抜刀術〟を受ける特等席にいる事が、正常な判断を失わせている。
「クオン! やめてえええええええええええええええ!!!!」
ヴァネッサの叫び。
抜き放たれる刀閃。
「所詮猿真似か、アイツより全然遅い」
銀色の三つ編みが揺れ、床に突き刺した槍の柄がヴァルターに届かんとした一閃を凌いだ!
鼻梁に手を添え、眼鏡の位置を直す。
「記憶を奪うのだったか? でもアレは感性優先だからね、どう抜いたかなんざ覚えているわけがない。バカだからね。
こんなつまらん抜刀は〝抜刀術〟と呼ぶのも烏滸がましい」
「あ、ああ!」
ヴァネッサの頬に歓喜の涙が伝う。
「何だいこの夢は……ボクの夢に介入している奴がいるね……」
「な、何者だ!?」
「ジョシュア・アルファン・サードニクス……いや、正しく名乗ろう、世界で一番ヴァネッサを愛する男、参上だよ」
石畳に容易に突き刺した槍を抜き、ヒュンヒュンと旋回させてから、ヴァルターを背負う位置で片足立ちに構える。
「悪いけれど、夢の世界ではボクが王だよ……?」
――つづく。
※いつもお読みいただきありがとうございます。




