第160話:黒耀城防衛戦・慟哭
窓すらない石造りの回廊にたった一人で現れた少年銃士に急襲され、戸惑いを見せる魔族であったけれど、その名乗りを受けて色めき立つ。
「ノワール! 侯爵家に連なるガキが一人でのこのこ出て来るとはなァ」
「構うこたねえ! 数で押せ!!」
かかって来いと言うのなら、かかってやるのが世の情け、ヒャアッハァ! 襲い掛かる魔王軍。
片膝立ちの屈射体勢、碧玉の瞳を鋭く細めて襲い来る波涛を睨みつける。幼き銃士は一歩も引かない。
魔統の恩恵で装填の手間が無いからか、それとも単に付き合いの長さか、姉は古式の銃である〝短銃姉妹〟と〝単装長銃〟を良く使う。
文句なしの最新型であるにもかかわらず、〝銃剣付突撃銃〟はガンラックの飾りとなっている事が多く、生まれもってヴァネッサの私室へのフリーパスを保有しているヴァルターにとっては「多分好きに使っていい玩具」的な、親しみのある存在だった。
まあ、銃口に粘土詰められたりと悪戯もされたわけだけれど。
「いくぞ! ふらんそわ!!」
迫り来る魔族達に対し、片膝を着いた射撃姿勢のまま素早くボルトを開閉すれば、熱を帯びた空薬莢がキンと甲高い音を立てて排出され、姉の〝特改・二式〟の機構を参考に新開発されたばかりの〝マガジン〟から次弾が薬室に送られた。試射や先程連射した時も感じたけれど、これまでの銃火器では考えられない連射機構にはヴァルター自身も正直舌を巻いていた。
しかし、マガジン内の残弾はあと二発、弾は腰のポーチがパンパンになるまで持って来たものの、気が逸っていたせいかスペアマガジンを用意する事を忘れてしまった事が悔やまれる。もっとも、こんな新機構の運用に慣れていないのだから忘れても仕方が無い事でもある。
兎角、撃ち切ったならば今装着しているマガジンへの再装填が必要になる……流石に足を止めたまま再装填など無防備もいい所、複雑な構造の西回廊をどのルートで逃げ回りながら戦うか考える。
――敵に来いと言ったそばから締まらない、天国のクオ姉に笑われる。なんて小さな自嘲。まあ、そのクオンの残滓は嫁ぎ先に憑いてるのだけれどヴァルターは知る由もない。
「このガキっ! 威勢がいいのは口だけか! ちょろちょろと逃げ回りやがって!!」
怒号を発しながら追う魔族、しかしそれだけだ。
黒耀城の西回廊は侯爵一家の私室や西部方面軍騎士団の高官が滞在する為の客室に繋がる区画であり、窓すらなく魔導灯のみが照らす石造りの九十九折になっており、更には分かれ道や階段も多く迷うと数時間出られない迷宮である。
角の向こうに姿を消したヴァルターを追うと銃を構えた彼が待ち受けており、《索敵[捕捉]》の銃弾が魔族の部隊に襲い掛かる。
追う側の魔族にとっては魔法や弓で応戦し辛く、装填とコッキングさえ終わっていれば即応できるヴァルターに圧倒的に有利な環境であった。
「ハアッ、ハッ、ハッ、ハアッ……!!!!」
とはいえ、無理はしている。《索敵》魔統で[捕捉]などという攻性魔法は過去に例を見ない稀有なものだ。
おそらくヴァルターがノワール家に連なるが故、《銃》の魔統を片鱗でも引き出したことで使えるようになったのだろう……。
しかし一人の人間に二つの魔統が宿るなど本来在り得ない、それに消費される魔力量は一体どれほどであろうか。
頭が痛い、視界も真っ赤だ、鼻頭も熱くて頬や唇を濡らす血潮を感じる。気を抜いたら意識もどこかに飛んで行ってしまいそうで、ぐっと奥歯を噛み締めながら想う。
亜麻の髪、紫の独眼、柔和な笑顔とラフな口調、実姉には劣るけれどおっきいおっぱい。もう、その全てが掌から零れ落ちてしまった……零したのはこいつらだ。
姉から訃報を聞いた時には、悲しすぎて、苦しすぎて、頭が真っ白になってしまって、今日までまともに流せなかった涙の代わりに、[捕捉]を発動するたびに瞳から真っ赤な血が溢れる。
再び弾を撃ち尽くし、逃げながら〝銃剣付突撃銃〟をスリングベルトで肩にかけて弾丸をマガジンに装弾する。
走りながらだからか、時折弾を取りこぼしてチャリチャリと落としてしまう。ポーチいっぱいに詰め込んで来たとはいえ、姉と違い限りのある弾だから拾いたい気持ちもあるけれど、そんな事をしていれば足の速い魔族に追い付かれてしまう。
「くっそ、限りがあるって言うのに……ッ! 落ち着けっ」
「何なんだあのガキの銃はッッ! まさか魔弾はもう一人いたのか!?」
幸いというか、魔王軍の部隊には普通の銃士にはありえない速射と避けても追ってくる弾によって大きな動揺と警戒が広がっている。この調子であれば、スッ転んでポーチの弾丸をばら撒いたりしなければ弾数も十分足りる。
問題は……早鐘のように、はっきりと感じるほどに脈打つ鼓動と、指先から凍えるほどに恐ろしく冷えて来ている身体、明らかに過剰に消費している魔力の影響が肉体に限界を訴えている事だ――。
――構うものか、[ロックオン]だなんて、彼女の名を冠したボクだけの魔法だ……! すべて出し切ってでも……!
奮戦が続く……。
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うーん……これ、どういう事なのかな……?
――ま、いっか。
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――
# interference
......SUCCESS
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世界の意思を知るといいよ。
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こんなに息を乱して走るなんて、一体いつぶりだろう……日頃の運動不足を恨みながらも、普通なら走り難いであろうヒールを上げた軍靴で城内を必死で走るヴァネッサ。背には〝特改・二式〟をスリングベルトで二丁背負い、バランスを崩した時の為に両手を空けている。
ノエルとはあそこで一旦別れた、敵本隊と思しき方面への救援に自身の直轄銃士隊と共に向かって貰ったのだ。
――抜刀パパに抜刀ママもいるのなら……きっと大丈夫だとは思いますけれども……イヤな予感が致しますわ。
そっと一度だけ左腰に佩いた〝魔鞘・雷斬〟に触れる、ノエルに預けて抜刀パパに届けてもらおうかとも思ったけれど、弟のピンチに自身の心の支えとし手放したくは無かった。「ヴァルターを護って、クオン」言葉に出さずに亡き愛刀に願う。
その時回廊の先の方から連続して発射される銃声が聞こえた。普通の先込め火薬でも紙薬莢でもない事は、ヴァネッサには音を聞けば理解る。
「〝銃剣付突撃銃〟ッ!? ヴァルターの所に居りますのね?」
少し安心する、ノワールの姫の為にカスタムされた最新式の〝銃剣付突撃銃〟なら、少々ストックの長さが肩に添えた時にヴァルターでは狙い難いかもしれないけれど、速射性で弟を護ってくれるはずだ。
走れば走るほど硝煙の匂いに、魔族の怒号或いは悲鳴も混じるようになった、方向は合っている、もうすぐ、もうすぐだ……しかし――。
「速射が……止んだ?」
再装填だろうか、それにしては魔族の騒ぎ声も止んでいる。自分の靴音に交じって遠くの雷鳴が聞こえる程。急に訪れた静けさに不安が煽られ、逸る気持ちを何とか抑えながら走る速度を上げた、あの角を曲がればその先にきっと――。
ヴァネッサが静けさを感じる少し前、ヴァルターの前の魔族に動きがあった。
「攻撃中止、攻撃中止よ!」
「!?」
魔族の群れの奥から、柔らかな声が聞こえた。しかし、ヴァルターの眼は既にまともに視えていない……聞き覚えがある声だという事はわかる……でも、何故? どうして魔王軍の部隊の中から聞き覚えのある声が聞こえる?
「ヴァルちゃんも、撃つのはやめて? おばさん悲しくなっちゃいます」
名まで呼ばれ、ぼんやりと、赤く染まった目を凝らして見れば、其処には見覚えがある女性の姿。
――あれ、どうして黒耀に……?
しかし、この人に銃口を向けるなんて考えられなくて、構えていた銃を下すヴァルター。
「大きくなりましたね、立派な銃士になって……」
女性が近づいて来ると、暈けた視界でもその姿がいよいよとはっきりわかる。
「おば……さ、ま? ……いつ、黒耀、に……?」
「ふふ、いつでもいいでしょう、さあ、その銃をこちらに渡して? 危ないわ――」
目の前の女性が柔らかく笑って手を差し出す、何かおかしいとはうすらぼんやり感じるけれど、朦朧とした頭が正常な思考を阻害する。
だが――――!
「ヴァルタアアァァァァァァァァッッ!!!!
しっかりなさい! マリアおばさまはもう亡くなっておりますわ!!!!」
腹から振り絞った姉の怒声がヴァルターの背をブッ叩く! ハッと意識に芯がピンと通った。
「横!」
続いた指示に差し出しかけた〝銃剣付突撃銃〟を引き戻して横に体を投げるヴァルター。
背後から撃たれた《魔弾》が袖をかすめる程のギリギリを抜けて、ヴァーミリオン侯爵夫人マリア・ヴァーミリオンの姿の差し出していた腕を吹き飛ばした。
「ぎいああっ! おのれえっ、ようやく身体を取り戻したというのに!!」
優しく、高貴なマリア・ヴァーミリオン夫人が決して浮かべる事が無かった――と、ノワール姉弟は認識している、荒々しい表情で絶叫する夫人。
実の所親世代にとっては若い頃は良く見た表情だったりもするのだけれど……。
それはさておき。
ヴァネッサの心中はもうぐちゃぐちゃであった。
ヴァルターの危機に間一髪駆け付ける事が出来た、良かった。
愛する弟の満身創痍の姿が心配で。
目の前の存在が何より理解できない。
レオナードから聞いていた……銀朱城に現れた、クオンが文字通り命を賭してレオの焔に道連れとした、マリアおばさまの皮を被った外道。魔王軍四天王〝策謀〟。いるはずがない、いてはいけない存在。
斃したのではなかったのか? 斃せていないという事は……!?
クオンとレオのあの日の決意を無碍にするように、片腕を失ったマリア・ヴァーミリオンが下卑た笑みを浮かべる。
「この……ッ。んン? その刀……きっひっひっひひひひひひ、そうかいそうかい……じゃあ……こちらの姿のほうが良かったかねえ??」
そう言った〝策謀〟の姿が黒い靄に包まれて……。
「そん……な」
朧な視界でもヴァルターは見間違えるわけがない。
「嘘……ですわよね」
声が震える、そしてレオナードからの言葉を思い出す。
『〝策謀〟は、殺した相手の姿と記憶を奪う』
「ヴァニィ……? 猛犬中尉らしく、負け犬は犬死でしたよぉ……?」
べろぉと舌を出し、愉悦に隻眼を細め、頬を吊り上げるクオンリィ・ザイツが其処にいた。
「――――――――ッッッッ!!!!!!!!」
言語にすらならない、喉がぶっ壊れてしまうような絶叫をヴァネッサが上げた、ずっと、ずっと嗚咽で堪えていた慟哭が胸から溢れた。
――ユルサナイ……ゼッタイニ。
――つづく。
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interference = 干渉




