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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第一章
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第17話:隻眼の剣士(2)

 クオンをしっかりホールドしたノエルが顔面ぐりんぐりんする事暫し、彼女は満足したのかそのままベッドに上がり込みクオンの膝を枕にしてすっかり寛いでいる。


 ヴァネッサもベッドのクオンの隣になる位置に座って身を寄せ、こちらはクオンの頭を肩に抱き寄せて亜麻色をゆったりした手つきで撫でていた、はじめは一週間も洗っていなくて汚いからと固辞していたクオンだったけれど「傍に戻った"ご褒美"」だとヴァネッサに言われて固辞するのはやめ、おとなしくヴァネッサの手櫛に身を任せている。


 医師の診察魔法の結果もすぐに出て、経過は良好だということを三人娘に告げると報告の為に出て行った、きっと侯爵や抜刀伯もすぐにクオンリィが目覚めた事と診察の結果を知る事になるだろう。


 しかし当分は三人だけの時間なのだという事は子供心に分かる。


「まったく……こんなになるまでするなんてご褒美の域を逸脱していませんか?」


 涙やら鼻水やらよだれやら擦り付けられ、しわくちゃになってしまった入院着。

 ああもう早く着替えたい……とぼやきながらも、クオンは膝の上のノエルの目元を親指で優しくなぞる。


 こんなものは洗えば落ちる、クオンにとってそれより今はこうしていることが大事なのだ。

 まだまだ赤くなった涙の跡は消えていないが、なぞられるノエルはくすぐったそうに身を捩って笑っていた。


 そんな空気の中、ノエルがついに言葉にした。


「ね……クオるん……気付いてるよね?」


 ノエルが左眼だけを閉じてトントンと瞼を叩く。

 それだけで何を言いたいのかはヴァネッサにも理解できる。


 隻眼となった、それは事実だ、クオンリィの左眼は永久に喪われた、戻って来ないのだ。


「んー……思ったより痛くありませんね?一週間も寝ていたなら回復したのですかね?鍛え方が違うからですかね?」


 左手を左眼を覆う包帯に添えて、うーんと考え込みながら答えたクオンリィの言葉はヴァネッサとノエルの意表を突くには十分な飛躍だった。

 片目が見えない事の話ではなかったのかと。


 確かに抜刀パパの訓練は結構なハードさだ。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけおやつを食べ過ぎてしまい、いろいろと乙女回路が危険信号を発していたので「たまには運動不足も解消しなければ」とヴァネッサも時折参加する事にしたのだけれど、一時間で後悔して……二時間でマジ吐いた。

 主君の娘だからと鍛錬に加減があるようでは"抜刀伯"は務まらない。


 ノエルもたまに参加するが大体途中で逃げる……一人で。


(ねえノエル、わたくしも連れて逃げても良いのよ?)


 そしてクオンはそれに三時間近く付き合っていい汗かいたと爽やかに笑う。


(そういえば明日から倍とか言ってましたわね……明日????冗談ですわよね……)


 あながち冗談じゃない気がするのがザイツ家。


「ク……っクオン?痛くないのは寝ていたからや根性ではなくて医師の方々が[治癒]や[回復]の施術を頑張ってくれたのですわ?」


 困惑したままではあるが一旦クオンの亜麻色を手櫛で梳くのをいったんやめ、名残惜しそうな表情のクオンの目をまっすぐ見ながらヴァネッサは回答を与える。

 ところが、解答を得たクオンはと言えば『ほうほうなかなかやりますねぇ?』なんて薄い?リアクションを返し、そんな事はいいからご褒美延長お願いしますと言わんばかりの期待の目をしている。


 より困惑を深めるヴァネッサとノエルに、クオンはにへらと歯を見せ笑ってみせた。


「どうしましたか?この程度ヴァニィちゃん様が無事なら安いですよ?」


 ついさっき抜刀パパとクオンの処遇を語ったヴァネッサにもこれは……少し病室の天井を見つめてしまった、毒が頭に回ったほうを心配した方がいいのだろうか。

 悩んだのがあほらしいとも思う反面、やはりクオンは終わってなどいないと確信が持てて三人一緒でいられるんだと嬉しくなる。


 だけれどしかし、抜刀パパとの会話で自分の中に踏み切りがついていたヴァネッサはそうでも、ノエルはいきなり起きて片目を失って安いなどとのたまうクオンのお気楽さに憤りに近い思いすら湧いてくる。


 だから詰める。


「だ、だってクオるん……剣士じゃない!片目になっちゃったら……なっちゃったら、もう」


 ノエルは、時折『余興です』と言いながら春には花弁を、夏には果実を、秋には枯葉を、冬には教科書をひょいッと投げて瞬く間に鞘付きの木刀を用いて見事に斬って見せるクオンの剣技を見るのが好きだった。

 木刀で斬るとか人外か。

 冬は勿論後でめちゃくちゃ怒られる。


 しかし片眼では遠近感がつかめない、間合いが大事な抜刀術の使い手にとっては考えたくもないが『致命傷』というものだろう。瑠璃色の瞳は不安でいっぱいだ。


「だから刀士だって言ってるじゃないですか、覚えられませんか?おバカですねー?」


 うりうりとノエルのおでこを人差し指の指先で揉むクオン。


 この頃のクオンはやたらと「剣ではなく刀を使うから刀士です!」と謎のこだわりを見せていた。

 正直どっちでもいいんじゃない?というのがヴァネッサとノエルの共通認識だったけれども、ノワール侯爵や抜刀伯に聞いても「そういう頃はそういうものだ」という回答しか返ってこなかった。


 二人とも身に覚えがあるのだろう。

 戦ったり訓練ばっかりしているとそうなってしまうのだろうか?


「……そうですねえ?少しまだ慣れませんが……――ぉゃ?」


 言いながら右眼に手を翳したり放したりしていたクオンがふと何か思い当たったようにジッとノエルを見つめる。


「なぁに?クオるん」

「いえ、斬れそうだなぁと」

「ちょっとなんでぇ!?」


 病床にあり、また愛用の鞘付き木刀は事件の際に折れてしまっているからクオンは丸腰なのだけれど、なんだかそんな気がしないから不思議だ、やれるもんならやってみろとはノエルにはとても言えた気がしない。


 ぺちこん、とクオンは軽くノエルの額を指ではじいた、大して痛くない様子だけれど、ノエルは大袈裟に頬をぷいーと膨らませる。

 クオンは膨らんだノエルの頬を指でぷしゅーと潰し、またぺちこんとおでこを弾いてノエルが頬をぷいーと膨らませる謎の遊びをしながら、言葉を探す。


「ノエるんの事じゃないです……こう、なんて言うんでしょうね……視界がフラットになったので、なら近くの物も遠くの物も関係なく斬れるようになるかなぁ……と」


 何を言ってるのだろうこの子は本当に。

 確かに遠近感はなくなる、だから間合いが掴めなくなって大変だという話じゃなかったのだろうか?やはり本当に毒が頭に回ってまだ残っているんじゃないだろうか?


「クオン……あなた疲れてるのよ……」

「ノエるんに目配せしながら肩に手を置かないでください!絶対再検査じゃないですか!」

「クオるん……元気になろう?ね?」

「私はもう元気です!さっきより全然元気なんですから!流石に頭に来ました、絶対斬れますッて!そうと決まれば明日から早速訓練です!」

「そういえば……抜刀パパが明日から訓練は倍だって仰っていましたわ」

「…………や、やってみせます」


 数年後、クオンは魔法と魔導具を併用とはいえ結構それに近い事を成し遂げ、ヴァネッサとノエルは揃って驚愕に目と口をめいっぱいにカッ開く事になる。

 そして『隻眼になってかえって良かったまでありますね』なんて言ってのけるのだ。


 ヴァネッサがあんな表情をしたのは後にも先にもその一回だけで、その話をすると結構洒落にならないお仕置きが待っているのでクオンもノエルもそれを記憶の引き出しにそっと大事に仕舞うのだった、時々思い出して個人か二人だけの時に楽しむために。それは別の話。


「とりあえず今はちゃんと寝て……明日からに備えなさい……と、お着替えしないとですわね?」


 一番大事なのは、クオンがこうして目覚めてくれた事なのだ、いまはそれ以上を望むのは贅沢というもの、ヴァネッサがベルを取ろうとサイドボードに手を伸ばすのを目で追っていたクオンがそこにあった鏡を見つける。


 ヴァネッサはふとクオンがジッと鏡を見つめているのを見てハッとした、そしてどうして鏡を伏せておかなかったんだと判断ミスを感じ、きゅっとした唇を噛んでベルを持った手の甲をじっと見つめる。


 クオンだって今年中には八歳になる。王国で貴族の娘は八歳の誕生日に社交デビューするのがならわしで、「この歳まで無事に成長した」とお披露目のパーティを開催するのだ。


 ――無事ではない。


 凶手から主を護り抜いた護衛といえば聞こえはいいけれど、クオンリィ・ファン・ザイツは伯爵令嬢なのだ、ノワール侯爵の威光と"抜刀伯の娘"を表立って嘲笑する者などパーティに招かれてもいないだろうけれど……。


 そういった世間体の話を抜きにしても、顔立ちが柔和な分隻眼は余計に歪な印象を与えるだろう。何しろクオンは同世代の男の子にはすこぶる評判が悪い、太ってるわけではないが背も高く、何より喧嘩では領都の下町の悪ガキ達より圧倒的に強いのだから。

 逆に女の子の人気が高いのもやっかまれる原因だろう。


 『一つ目令嬢』『サイクロプス』といった口さがない謗りを今後受けるかもしれない。

 言った悪ガキどもが本人にボコボコにされるまでがワンセットではあるとは思いたいけれども。


 クオンだって女の子だ、きっとヴァネッサにとってのジョシュアのように好きな男の子がいるかもしれない、そうしたら……傷つく。とても深い心の傷を受けてしまう。


 何とかできないか、ヴァネッサは苦悩と、もし自分の立場だったらと思い、スカートの裾を握りしめ瞳を潤ませる。


 クオンが鏡を見ていることはノエルにもわかったのか、より長くこの病室にいたノエルはヴァネッサよりも鏡を伏せる機会がいくらでもあった分、そこまで頭が回らなかったと唇を戦慄かせ、充血して赤みのさした瑠璃色を悲痛に歪めて潤ませている。


 しかし――。


「ふふふふッ……隻眼の剣士クオン、ヴァニィちゃん様、かっこよくないですか?かっこいいですよね?そうですね?ノエルもそう思いますよね?」


 鏡に向かってキメ顔など浮かべたりしながらにへにへと笑うクオンの姿に、呆気としか言いようのない感情がヴァネッサとノエルに去来して、なんだかどう慰めようかなんて思っていた自分達がバカに思えてくるから、ヴァネッサは目頭を押さえて頭を振り、ノエルはそのまま言葉にすることにした。


「自分で剣士って言っちゃってるじゃん、ばーーーーか!」


 ……本当に頼もしいわたくしの"愛刀"ね、でもご存じ?そうして笑うとこの前抜けた前歯にスキマができていてとってもお間抜けだったの、ノエルと二人でこっそり笑っていたのよ?

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