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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第五章
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第156話:イトマゴイ

 レオナード曰く――。


「魔族軍……〝魔王軍〟の奴らが我が銀朱を攻めた理由、正直それはオレにはわからん」

「脳筋ですものね」

「水を注すな……」

「あら、失礼」

「今は王領騎士団の宮廷魔法師団や魔法学研究所の研究者と、我が南部方面軍騎士団が調査中だ……」

「そのリソースで散った魔王軍の残党を徹底的に狩る方が、余程手っ取り早いとわたくしは思いますけれど」

「だから、水を注すな……」

「あら、ごめんあそばせ」


 とは言いながらも、ヴァネッサにまったく悪びれた様子はない。変わらんなあとは思うけれど、それに乗っかると話は明後日どころか数年先までスッ飛ぶだろう。


 咳払い一つ。


「アルファン王国守護の要である四侯爵、各方面軍の一角を崩す……その理由ならば、口惜しいが成されたと言って良い。今の南部は脆弱と言わざるを得ない」


 ヴァネッサは無言だ、もっとも、自重したのではなく「元々雑魚でしてよ」と言おうとして、流石にそれは、故ギルバート侯爵に失礼かと呑み込んだだけである。


「しかし奴らは先程お前が言った通り、散った、退いた。今はどこにいるのかもわからぬ…………ありえないと思わないか? おかしいとは思わぬか?」

「所詮魔物と魔族の寄せ集め、と言ってしまう事もできますでしょうけれど……不可解と言えば不可解ですわね……確か、竜騎士団は戦闘に参加させなかったのですわよね??」

「ああ、リントが……凶化してしまってな」

「リントが!?」

「……言って……なかったか?」

「伺っておりませんわねェ……!?」


 ヴァーミリオンの飛竜騎士団が住人の避難輸送など後方支援に充てられた事は聞いたけれども、〝空の王〟こと〝どうぶつアスレチック〟リントが既に亡いとは聞いていない、ヴァネッサはゆうっくりと〝妹短銃〟(しゃーりぃ)も抜いた。〝姉短銃〟(ろざりぃ)は前回ぷちギレた時に抜いたまま、右手でくるっくる回している。


「いや、すまぬ……」

「謝罪なんざ要りませんから説明なさい、リントが凶化!? とても信じられませんわ!」

「お、オレも直接は……だが、母上に襲い掛かり、腕を咬み千切ったと聞いている……」

「マリアおばさまが……何て事を……!!」


 クオンリィは、〝策謀〟周りの事はレオナードには極力伏せた。そら勿論である、お前のカーチャン魔族に殺されて死体を操られてたぞなんて、息子に詳細に言えるわけがない。

 結果として〝策謀〟という魔王軍四天王はいたけれど、クオンリィとギルバート侯爵が異変に気付いてマリア夫人に憑依した〝策謀〟を撃破、現場を急襲した〝暴虐〟に敗れかけたクオンを庇ったが為に侯爵は討たれたと……まあそれだけ伝えていた。

 おかげでリントの件は随分と不自然な話になった。

 仲間の騎竜、家族たちの行く末を優先し、狂った竜を演じる事で竜騎士団を前線に出すことの危険性を説き……討伐されることを選んび、甘んじて《雷迅[弔雷](とむらい)》に命を預けた英雄は、ただの()()()()()()()としてクオンに処分された事になった。

 クオンリィはリントの笄についてもレオナードに伝えていなかったのだけれど、バカでも魔力に関しては聡かった、クオンの頭にある髪留めがリントの亡骸であることは言われずとも感知していた。


「……クオ……ン……が……」

「そう、聞いている……それと、おそらくリントの角から彫り出したであろう笄で髪を留めていたのだが…………オレがクオンを送った時には既に無かった……」


 竜肉は肉の締まりも良く、脂もしっかりのっており、上質なものは北部牛を超える美味だという。餓えたクオンが生でも齧り付くのは想像に難くない。


 ――あいつ……喰ったな。


「喰いましたわね」

「ああ、恐らく」

「冗談はさておき「ぇっ?」……竜騎士団を出撃()さなかったのは、あの子の判断かしら…………リントでさえ凶化したとなれば妥当な判断ですわ」


 〝妹短銃〟(しゃーりぃ)をホルスターにぶち込み、黒鞘を揃えた膝の上にそっと置いたヴァネッサは、乳の間から扇子を取り出して閉じたまま口元に先を添える。


「――お待ちになって? 竜騎士団は今()()()で支援にあたっているのでは? 大事御座いませんの?」


 はっと金色を瞬かせて、自らの〝愛刀〟がリントを斬って迄成した飛竜の撤退はどうなったと視線にて問うヴァネッサ、大丈夫だと小さく顎を引くレオナード。


「〝凶化〟の元凶は、魔族でもより強い魔力を持つ四天王、つまり銀朱に現れた〝策謀〟と〝暴虐〟だったようだ……考えてもみればそれが自然なのだがな。なぜ我が銀朱に近づくと凶化しなければならぬ……クオンが両方落とした以降は、凶化も一気に沈静化してな……」

「ふうん……」


 クオンの功績と聞いて上機嫌のヴァネッサが片目を閉じつつ〝姉短銃〟(ろざりぃ)を回転させる速度を上げる。


「でだ、話を戻すと……戦後オレは魔術士団の者と共に被害状況の確認と……死者の葬送を行っていたのだが、少々おかしなことが気になってな」

「おかしなこと?」

「銀朱城全体の魔素が薄くなっていたのだ」


 古戦場というものは一般的に魔素が濃い傾向がある。

 それこそ課外活動で訪れる廃砦など、魔素が濃い上に魔物も〝湧く〟程だ。死後自然に還った魔素が拡散し切れずに滞留している事が原因だとか、様々言われているけれどはっきりした事はわかっていない。


「……時にはあるものではございませんの?」

「古戦場だらけで魔素の安定しない西部と一緒にしないで欲しいものだな」

「ぁ?」

「す、すまぬ……」


 銀朱城は、古戦場でもないのに魔素が豊富で安定している事で有名であった。なお西部は魔素が濃いが全く安定しないので、魔物がわんさか〝湧く〟。ついでに金脈も文字通り〝湧く〟ので賊もわんさかたかる、結果戦場が増える。


「兎も角、銀朱の魔素が減っていたのだ……詳しくは調査の結果待ちであるが……オレの予想では、魔族が奪ったとみている」


「――――ッ!!!!」


 死者の魔力は弔われて、魔素へと還る……それを奪われるとは、つまり。


「……ッッ!!!!」


 魔族め、誰の魔素を奪ってくれた…………憤怒にヴァネッサの表情が強く歪む、平素で在り得ないほどに眼が見開かれて眉間にはハッキリ〝ビキッ!?〟と皺が寄り、瞳孔がくっきりと開いている。【ゲーム】なら最終戦や断罪イベントでしか見られない大激怒の表情である。 


「…………クオンの還った魔素が()()()()かは、正直な所理解(わか)らん…………弔ったオレが言うのもおかしいかもしれないが、あいつの魔力は銀朱城では感じなかった」


 ――まあ、なんかそこにおるけどな。


 アホの炎精は髪をいじるのに飽きるどころか丁寧に緩いハーフアップに誘導していた。ヴァネッサは気付かない、気付けない……いつも自然に最側近が髪を整えるから、それと同じ感触に違和が無かった……。


「当たり前ですわ……結構、結構でしてよ〝魔王軍〟……誰に喧嘩をお売りあそばせたか、骨身の芯の真髄までお教えして差し上げます」


 気勢を上げるヴァネッサは勢いよく立ち上がると〝姉短銃〟(ろざりぃ)を素早くホルスターに納め、白銀のサッシュをドレスの上から腰に手早く巻き、何も納めていない〝魔鞘・雷斬〟(ましょう・らいきり)をぐっと差した。

 桐箱も焼身になった刀もいらない、西部方面軍制式軍刀などいくらでも手に入る、それが彼女の風儀だったのだから。


「有意義な情報でしたわ……ごきげんよう」


 話は終わりだと、うっそりと妖艶さすら漂わせてレオナードに微笑むヴァネッサ……面識のある者は解る、|KILL THEM ALL《キル ゼム オール》(全員始末せよ)の指示を出す時、特にこんな顔をする。


 淑女としてはあまり大股を開いて歩くものではないけれど、完全に軍人モードのスイッチが入った。絨毯の上をツカツカと足早に、レオナードの横を通り抜けて扉に向かう。


 その後ろを炎精がついて行こうとするのではないかとレオナードが視線を忙しなく巡らせてその姿を探すと、先程までヴァネッサが座っていたソファの後ろに静かに佇んでいた。


 そして炎精が、柔和な笑顔を浮かべた、見慣れた……出陣の合図だ。

 でも、着いて()()()()


 ――髪を結わせていただくのは、これで最後です……お暇を頂きます、ヴァネッサ様……………………ごめんねヴァニィ、先を逝くね……………………ノエル、後は頼みましたよ。


 炎精がたおやかな笑みと共に姿が薄れていく。

 意思の残滓(ざんし)を愛鞘や旦那の魔力に遺していたのは、彼女の心残りだったか。一瞬だけ、在りし日の姿を[陽炎]に残して、消えた。


「――そうそう」


 アブナイ……後一瞬消えるのが遅かったら急に振り返ったヴァネッサに目撃されるところだった……。

 とはいえ、レオナードも片手で自らの顔を掴み、俯いて肩を震わせるばかりであった。


「……ザイツ領に行きたいのならご自由になさい……わたくしが許します」

「……いやッ、それはまだ、後の話だ……オレは魔王再封印隊に志願する、帰ったら……〝抜刀伯〟と〝雷神〟に……正式に挨拶しようと考えている……」

「……っそ」



 ヴァネッサが去った部屋には、くぐもった嗚咽がいつまでも続いていた。







※いつもお読みいただきありがとうございます。


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