第155話:オカエリナサイ
クオンリィ・ファン・ザイツ……クオンリィ・アルフ・ヴァーミリオンでもどちらでもよいが、彼女は剣士、侍には珍しく無銘数打ちの刀を愛用していた。ある程度の技量を手にした剣士は〝刀身をダメにしない〟し、〝一点物の高価な業物〟を求める傾向がある。
けれども……。彼女は〝刀身をダメにする〟前提で扱う。扱いが雑なのかといえばそうではない、むしろ刀を抜く時に内鞘は勿論鯉口にすら刀身を触れさせない卓越した技巧がある。だったらどうしてと言えば、魔統のせいである。彼女の操る雷は当たり前のように瞬間的ではあるけれど熱を発する為、必殺と位置付けている《雷迅[春雷]》《雷迅[万雷]》は勿論、《雷迅[雷刀]》《雷迅[雷撃]》でも連発するとあっという間に焼身になってしまう。
再刃修理は手間、よってダメになったらすぐ交換する為に数打ちを使う。しかし替えは実家かノエルの《伽藍洞の足音[収納空間]》の中である。
銀朱城に赴いている間は、当然の如く交換できない為、さぞ苦労した事だろう……ヴァネッサもまた〝抜刀パパ〟に剣の手解きを受けてはいる身、手慣れた所作で刀をその場で抜き、鞘の内が焼身になって朽ち尽きてしまっていることを確認して、つい――。
「ノエル、」
そう口走って、しまったという顔をした。「……?」それを見て訝しむ様に眉根を寄せるレオナード。そういえば……そもそも姿がない事が不自然……もっとも、彼女は隠密なのだから姿を消していても不思議ではない、最悪いつでも己の首をかっ切れるように察知できない所に潜んでいてもおかしくはない、しかし、それでもクオンリィが不在ならば……侍従としてココにいるべき姿が見えない……。もし居たなら、クオンのこの帰還にもっと大騒ぎさえしていようものなのに……。、けれど。ヴァネッサに呼ばれても出てこないとは……。
「? ヴァネッサ? ……ノエルは?」
「…………居りませんわ」
抜いた刀をテーブルに雑に放りながら座っているソファの背凭れに身を預け、いつもの胸抱き……実はこの女、でかい胸が邪魔で、むぎゅっと潰さないとうまく腕が組めないからこうしていたりする。この真実を知ったらフィオナあたりは生きたまま怨霊化するだろう。
――乳ヨ!! モゲロ!!
雑音が混ざった。話を戻そう。
「……え?」
「ぇ? じゃございませんわ、ノエるんならクオるん探しに出て行ってしまいましたわよ!!」
「そうなのか!? って……そこでオレ様にキレられても……」
「はあ!? 銀朱にクオるんが居るなら居ると連絡だけでもできたでしょう!? 何ぁんでしませんでしたの?!」
「い、いや、それは――」
「報告! 連絡! 忖度! ホウレンソも御存じ御座いませんの?」
「相談な!?」
元々やや吊り気味の目尻を不快げに吊り上げ、怒りも露わに金色の瞳をギラギラと輝かせる。若干瞳孔が窄まって、やや縦長になっているように見えるのは幼い訣別の日以来かもしれない。
「だって……『連絡すンな』って……クオちゃんが……」
「ク オ ち ゃ ん?」
気圧されながら、連絡しなかったのはクオンの要望だと言い逃れようとしたところ、口が滑ったようだ。そこを『だってじゃねーゾ』とばかりにヴァネッサがすかさずレシーブした。はっと両手で口元を隠すレオナードの視線はアッチにコッチに泳ぐ。
……一方思わずレシーブはした、けれど、あまりの事に一発で剣呑な気勢を殺がれてしまった……頬がめちゃくちゃヒクヒク震えている、言うまでもない、笑いを堪えて居るのだ。ヴァネッサは手元の魔鞘を見つめ、そしてククッと片眉と唇の片端を吊り上げた。悪い笑みだ。
「クオちゃんって呼ばせておりましたの?」
ねっとりとした声色で、モノ言わぬ鞘にほーん? と問うヴァネッサ、なあんとなく口を滑らせたレオナードを顔を真っ赤にしながら睨みつけている持ち主の気配を感じる気がするのは、彼女が存命であればそうだっただろうなって思いが強いからだろう。
「い、いいいいいいやいやいや、ちが、ソイツが呼ばせたって言うか、その、小さい頃みたいに呼び合おうかって……はっ」
「呼 び 合 う……ふゥん?」
いっそ殺せ。もう死んでるけれど。生きていたら殺せと叫んだ案件であろう。
草葉の陰で泣かせる辱めを重ねながら、わたわたと髪と目の色も朱いのに顔に耳まで朱くしている、暫くの事顔を見る事も無かった幼馴染を見つめる。
それにしてもあらあらまあまあ、こっちはこっちですっかり骨抜きですわね、延髄ブッコ抜きですわ、FINISH HIM !! FATALITY ですわ。
――まあ、すかさずフォローに入るのは伴侶ポイント一点加点ですわね。クオンも趣味悪いですわねぇ……知ってましたけれど。
何せヴァルターが「クーねーとけっこんするー!」 なんてオネダリ言うものですから(当時ヴァルターは三歳になったばかり)、レオナの裏切りをこれ幸いと絶対に許さないことにしたのですわ。そうすればクオるんとレオナには物理的に距離が出来ますでしょう?
あの子がレオナちゃんの事が好きなのは大変不愉快でしたけれど見りゃ分かりましたもの。
それにヴァルターを選んでくだされば唯一縁戚ではなかったクオるんも無事に義妹になりますものね?
最終的にはご自分で選びなさいなとは思っておりましたけれど。随分と仲の宜しい事で……まあ、本意な形ではございませんけれどこうしてクオンが戻ったのですから……ノエルも耳に入ればすぐ戻って来るでしょう……。
「……弔いは貴男が?」
「……ああ、我が《龍焔》にて、確かに」
「…………ちょっと『発揚』して魔力を見せて下さる?」
「エッ」
「どうしましたの?」
いや出て来よるの。
その鞘の持ち主そっくりの、竜人の姿をした炎精が、真っ裸で出て来よる……。発揚しろと言ってる女の大親友が、裸のお人形サイズで出て来よるのだ。
レオナードの視線が鞘とヴァネッサと手元を行ったり来たりしている間にも、ヴァネッサは桐箱で鞘を包んでいたのが、所々焼け焦げた部分もある、彼女愛用の白銀のサッシュであったことに気付いて、それを手にして「まあ」と感極まっている様子であった。これは『発揚』できないと言ったらとんでもなく詰められること請け合いである。オレ様死ぬかも。
――ええいっ! ママよ! 引き留めてくれ! 出て来させないでくれよッ?
困った時のお母上頼み、ババッと右手を一度強く突き出してから素早く顔の高さに引き戻して魔力を『発揚』する。
《龍焔》の、ヴァーミリオン侯爵家の強大な魔力に周辺の空気が一気に温められ、熱気となってヴァネッサの頬にまで伝う……。
ちょっと、の感覚でこれほどかとヴァネッサの片頬がひくついた。確かに己はノワール侯爵家、家格に差はない……どころか、ヴァネッサは守ってばかりのヴァーミリオン侯爵家自体を、王国最凶ノワール侯爵家の下にさえ見ていた。
とんでもない、《銃》と《龍》、[無]と[火]、魔力の性質が違おうと……その〝格〟に差はないとビリビリと感じる。
――そして、確かに認識できる……その中に揺蕩う、《雷》の魔力。クオンだ、クオンリィがそこにいる。そこで、いいの? こちらに……いえ…………そうね、貴女情の深い女ですものね……。
なお、レオナードが危惧していたヤツを見ての感想ではない。本当にマリア・ヴァーミリオンに引き留められたのか知らないけれど、ぱっと見はいない。
攻性魔法で亡骸を処理するという行為は、戦場では日常的に行われる。敵兵は勿論だが、当然味方を優先的に処理する、魔素を魔物に変化させない、アンデッドの元にしないためだ。その際、
アルファン王国でも最強の火属性《龍焔》に、〝龍の妻〟として送られた。 〝雷神〟クラリッサと〝抜刀伯〟ライゼンの娘にして、《雷神》クオンリィ・アルフ・ヴァーミリオンの魔力は、弔った《龍焔》の魔力の中に、確かに存在していた。
「《雷》と《炎》……炎じゃなくて龍だとか野暮な事は仰らないでね? やっぱり、あなた達って相性はいいのですわね……」相性だけと滲ませて。
「……エッ、クオちゃん!?」
焦ったように周囲を見回すレオナード、出ちゃったか!? と思ったけれどぱっと見には幸いにも炎精は浮いていない。
「なんですの……ご自身の魔力でしょう?」
「いやッ!!!!」
「クオンリィ・ファン・ザイツは〝黒耀〟ノワールの次代を担う剣客……手放すつもりは本当はございませんでしたのよ?」
「待て待て待て待てッ!!!! クオンはもうアルフだ! 俺の妻だ! クオンリィ・アルフ・ヴァーミリオン!! ヴァーミリオン侯爵家の細君だ」
「死んでいるからあの子は母にはなれませんわよ?」
ドライというかなんというか、現実として確かに腹心の死は受け入れる……引き摺っては黒耀の姫として、彼女が剣を捧げた主君として恥ずかしい。とはいえあまりにバッサリと「子を産めぬ細君などアルフには不適格」と言外に告げられてしまえば、レオナードとしては苦々しいと表情を歪めた。
「……そういう事ではなくな、あいつは、いや、己は……」
「…………まさかッ!? あ、あなたたち……もうッ??」
「ん? ……いやッ! いやいやいやいや! 無いッ!! 大体出奔前からの関係でないと計算が合わないであろう!!」
驚愕に瞼を無くすヴァネッサ、直接的な言葉は無いにしても、要は既に子を生していたのか!? 「前からずっとデキてましたの!?」という事を疑っていた。
「無いわ!」としか言えない。改めて視線をヴァネッサに向けたレオナードは――
息が、止まった……。
居た……居よる……ヴァネッサの後ろにふよっふよクオンが浮いておる。……デキてたのかとか疑われたからって、ぶんむくれている様子だ。小さくなって精神まで幼くなったか?
「ぶっふ!?」
――え? 何してんのお前、天井近くに移動してヴァニィちゃんの髪をプラズマ球出して持ち上げるのやめろ、ちょっとでも焦げたらどうする。気付かれるまでのチキンレースとかマジでシャレにならねぇからやめろ。っていうか何? 制御離れてるんですけれど、仕様?
おかげで頭頂部の長い黒髪が立ち上がってゆーらゆーら揺れているのだ。噴くわこんなん。
「まあ、そんな様子はございませんでしたわね……どうなさいましたの? 先程から」
「いや……」
「……?」
ヴァネッサが視線を左右に振る、親友の魔力は先程よりも強くなっている気さえした、まあそりゃな。ヴァネッサとしては膝にある〝魔鞘・雷斬〟にもしっかり心を遺しているのかしら、程度である。
「ナンデモナイ……も、もう魔力はいいよな?」
「ええ、結構ですわ」
魔力を納めれば、当然炎精クオンも不満そうに消えるだろう、と左大胸筋に込めていた力を抜く。なぜ左大胸筋かって? 今朝仕上がりが良かったからだ。
…………消えねぇし。
天井近くで腕組直立しておる……え? 何で消えないのこれ。しかも悪戯も継続中だ。アホか、バレるわ、はよ消えろ。《龍焔》に進化覚醒してから自身の魔力にやや雷属性が混ざり気味なのは感じていたけれど。
――まさか、確かに《龍焔》に覚醒して初めに使った魔法が[送火]ではあった、というかアイツの死が覚醒の引き金ではあった。クオンを送ったから魔力に本人が宿ったのか?
それなら、少し嬉しいとさえレオナードは感じたけれど、違う違う、今考えるべきはそこじゃない。
何だ? 制御が効かないのはヴァネッサの近くにいるからか?
いや効かなくなって堪るものかよ。
いくら何でも、己はヴァーミリオン侯爵、魔力の制御で後れを取ってよい筈がない。
――貴方が侯爵を名乗るなら、私は侯爵夫人ですけれど?と言われそうである。
ははーんと嘲笑うような炎精の表情、言外に告げる言葉が音ではなく伝わる。ふざけんな、要するに好きにするって事じゃねえか、制御効けよ嫁だろお前。
「何力んでますの? まったく……『制御』も禄にできませんの? 情けない、ギルバート侯もさぞお嘆きでしょうね」
ヴァネッサが見下す姿勢をとらんと背を逸らし顎を上げようと……オウやべえぞ、変な髪とクオンに気付かれる。
レオナードの自称優秀な頭脳が導き出した予想はこうだ。
変な髪。
↓
なんか|《炎雷》《プラズマ》の魔法……。
↓
やったなレオナ。
↓
《魔弾》どーん。
もしくは……。
クオンがおりますわ?
↓
なんで裸なんですの?
↓
何してくれてますの変態。
↓
《魔弾》どーん。
阻止しなければ殺される。
実際の所静電気や磁力でいたずらする事は……クオンは結構やっていた。主にノエルが被害者だったけれど、ヴァネッサともじゃれる事があったのでレオナードがビビる程の事態ではないし、もしヴァネッサが静電気で髪が大変な事になっている事に気付いたとしたら、泣き出しかねない状況だったりする。……炎精の方は知らん。
「待って! ヴァニィちゃん待って!! ヴァニィこっち見て!!」
即撃発。「ぁあ?」バチコーン! と額に撃ち込まれた[ヴァニィちゃん裏拳]、〝姉短銃〟を右手に抜いて、愛称呼び捨てに対するプチギレである。どんだけデストラップ満載なんだ……。
「レオナード侯……次は御座いませんわよ? 何ですの?」
「……ぐぉ……あ……ぇえと、ああ、そうそう、伝えておくべきだろうと思っていた事があってな」
「許可します、続けなさいな」
「ああ……魔族についてなのだが……」
そうして、レオナードの口から語られたのは……。
実戦と、戦後処理を経験した、攻性魔術士としての銀朱城防衛戦における所見だった。
※いつもお読みいただきありがとうございます。
《雷迅[春雷]》※遠近感無視斬り。(間合いは普通)
《雷迅[万雷]》※中空に雷閃を固定した持続斬撃。
《雷迅[雷刀]》※触れたら痺れるスタンエンチャント。
《雷迅[雷撃]》※電磁加速抜刀。




