第148話:齟齬
小一時間後、説教から解放された二人は、それぞれのベッドに大の字に横たわりながら会話を続ける、もう指一本動かせる気がしない……少し上級生を甘く見ていた。一年以上積み上げた基礎が違う、関節技研究会の前に……《ディランの封印》は初使用で完全敗北であった。
借りる魔法ゆえ、上昇する能力は現在のディラン本人に依存するところがあるようだ、ザコめ。――どうせなら、クオンリィの封印が欲しくなってきた、あるのか知らんけど。
フィオナの双眸に宿っていた薄緑の光が消える、どっと疲労感が身体にのしかかる。魔力の消費が大きい、そりゃ本来の《封印》は一七歳の冬に覚醒するものだ……一六歳の誕生日を控えた身体にはまだキツイ……。
しかしなるほど、攻撃範囲可視化の意外な弱点に気付かされた、関節技相手にはどこに攻撃が来るのかが見えても、既に組み付かれているため回避のしようがない。魔王や魔王軍四天王と関節技対決をする気は無いけれど気には留めておこう。
「オーケー……冷静になった……それはタブン、アタシの知ってるフロウで間違いないわ……」
「……ああ、うん、元気そうだったよ、元気って言える状態なのかはわからないけれどね…………」
多分彼女は【ハッピーエンド】を迎えたのだろう、そんな気がする。ただ……あそこがフィオナの夢、精神世界のような場所と考えると生きている状態とは思えない。
「で、フィオナはフロウに会ったのに……今のって《ディランの封印》? よね? 確か[剛力]って《勇者》の固有……」
疑問に思っていた事の一つが、聞く前から不意に解決して、フィオナは苦笑いを浮かべ眼差しを平らにしながら天井を見上げる。そうか、ジェシカの知っている《封印》も小分けだったようである。「小分けだっけ?」「そんなわけないじゃーん」「HAHAHA! DA-YO-NE!」の流れだと思っていたから溜息も出ると言うもの。
女子寮の部屋に設置された照明魔導具は、直接光源を見る事がなく、それでいて室内を快適に明るく照らす計算された間接照明である。照らし出された天井の壁紙も華美ではないが品を損なわない上品さがある。
「チョイ待って、音を断つから」ぷるぷる震えながらもなんとか肘を使って上体を起こし、ベッドの上に膝立ちになると魔力の余裕を確認してからゆっくりと『発揚』『準備』を組み立てる……時間をかけて練る事で、魔力の消費を抑える。断つとは言ったけれども、いつもの〝斬る〟イメージは使わない。
折角使えるようになったのだから、魔統に頼った。フワッと薄い緑の優しい光が室内に溶けるように広がっていく。
「封ッ!!」
しゅ……室内の音が収束してゆく、部屋の音を《封印》したのだ、《ディランの封印[音声遮断]》が無事発動してほっと一息、またベッドに背中をぽすっと預けた。
「前の[音声遮断]とはまた違う[音声遮断]……」
転がったまま顔だけフィオナの方に向け、少しは驚いているのか目を丸くして呟く。フローレンスも自分がいなくなった後[音声遮断]くらいは使えるようになったのだろうか? バカだから無理だろなあ、なんて親友を想いながら、同じ姿を持つルームメイトに声をかける。
「あんたホント器用っていうか……術士の才能あるよね……《ディランの封印》魔統目覚めたばっかなんでしょ?」
「〝才能〟って括られンの、ちょっとムカつくんだけど?」
不服そうに半目で唇を尖らせたフィオナ、けれどもジェシカにとっては、その反応もなつかしい。
「あははッ、フロウと同じ事言ってるし」
自分よりもこの年齢の【ヒロイン】を知っているジェシカの返しに、フィオナはぷすー、とむくれるしかない、まあフローレンスも言ったのだろう、『術士』か『剣士』かの違いで。
「だいたい、ジェシカも魔統持ちなんでしょう? 自分の魔統の扱い方って誰に習うとかでなく理解るもの……なんでショ? あんた中期試験大丈夫ぅ?」
目覚めたんだから出来て当たり前と、魔統があっても使いこなせない生徒全員にナチュラルに喧嘩を売りながら、ふふん、と得意げに言うけれど、肝心の覚醒る方法はヴァネッサの御高説頼りであった。フィオナ自身は『魔統無し』のため魔統学はあんまし学が及んでいない……誤高説とか思ったけれどそうじゃなかった……声に出さなくてよかった。
「大丈夫よ、二回目の一年春中期なんてショージキ勉強するまでも無いっての、課題もこなしよ……」
得意げに声色を弾ませている、けれど……こいつ、一回目と違って講師エイヴェルトがいる事を失念してない? とフィオナは遠い目でまた天井を眺める。
「さっき使ったのって《勇者》の[剛力]でしょう? フロウに会ったのに、なんで《勇者》なの? ……まさか……あの子………あの後フラれたの!?」
「うん? 違う違う、なんか勘違いして出て来ちゃったんだって」
「アホでしょ」
「わたしより脳筋」
「あんたも似たようなもんよ」
アレと一緒にされるのは心外なんてものではない……アレは間違いなく強い、クオンリィとの一騎打ちでも勝利を掴める…………そんな気がする。ただし、マキシマム馬鹿だ。
攻略対象、今回はディランの筈だった、何しろ意識を失う前までの記憶はある……ディランと言葉を交わして『課外活動班』への加入を承諾してもらった、と同時に目の前がプツッと真っ暗になった。
その経緯、フィオナの魔統の中に宿っているとしたらフローレンスは当然知っているはずなのだ。
まあいきなり話が通じないファウナの前に放り出されていたら、黒い三連星の参戦前にブッ飛ばされていた可能性もあるのでありがたいけれども。――あるいは故意で出て来た? ……。フローレンスの動きに関しては、今考えても仕方ない、思考の隅にその疑問を留め置く事にする。
「そんでまあ、ファウナっていう……また別のわたしと遭遇してさ、知ってる? 〝人形使い〟」
「ファウナなんて子は知らないわ……でも〝人形使い〟の方は遺失技術ね……彼らの遺した人形が〝魔導人形〟って呼ばれてる…………まさか?」
「そのまさか。ファウナは〝人形使い〟だったのよ」
「…………えっ、それ……そのファウナって何者……? もしかして転生者だったりするの?」
ベッドの上で、のそっと上体を起こしたジェシカの声が戸惑いに揺れる。
「転生者じゃないっぽいんだけれど……えっとね、タブン……あれよ、古代人ってやつ……」
「はっ? ……でも……え? ど、どういう……それ……」
ジェシカの生家であるレイモンド家は、決して一代限りの成り上がり商家などではない。貴族でこそ無いけれど、その分の軽いフットワークで東西南北王領と、王国内の各地に強力な伝手を持ち、おくるみから棺桶迄、『レイモンドに手に入らないモノはない』とさえ称される大商会である。
当然、三〇〇年程度前の〝先代封印の聖女〟の記録なども保管されている。情報と記録は商売の基本だ、レイモンド家には先々代前の聖女一行相手に馬を用意したという記録さえ残っている。
しかし……〝人形使い〟ファウナと言う聖女の記録はない……古い台帳を片っ端からひっくり返せばもしかしたら見つかるかも知れないけれども……。
〝魔導人形〟は確かに存在している記録はある。ただし、製法も伝わっていない先史文明の産物という記録としてある。〝人形使い〟の聖女ファウナの記録もない、彼女の記録があれば〝魔導人形〟の製法は失われていない可能性が高いのだから。
フィオナが言った古代人というのは、そういう技術の遺失が発生するような遥かな過去と言っているのだ。
「――――ッ!」
そしてその可能性が、《ディランの封印》であるファウナにあるという事は…………《オーギュストの封印》であるフローレンスにも古代人だった線が立ってしまう、それはジェシカにとってフローレンスと過ごした時間は、並行世界の同一時間軸ではなく、同一世界の別時間軸だったという事になる。
『ジェシカというレイモンドの令嬢が聖女フローレンスを助け、志半ばで命を落とした』なんていう記録どころか〝剣の聖女〟フローレンスの記録がそもそも存在しない、勿論〝人形使い〟ファウナと言う聖女の記録もない。
「たっ、確かに……先史文明になると、まともな記録は無いからノーとは言いにくいけれど……」
でも、ノーであって欲しい……さらっとぶち込まれた自分も関係ありそうな話に整理がつかない、次の休息日に家に寄って番頭に確認しよう、と眉間を指でもむ。
「レイモンド商会でも、まともに動く〝魔導人形〟なんて手配できないでしょう?」
――眉間をもんでいる様子を見て、フィオナが仕掛ける。ブラフだ。
滅多? そんな事あってたまるか……余程年代物の未踏遺跡でも発見しない限りは皆無、あっても国が管理研究するようなシロモノなのだから。
しかし、もしレイモンド商会が、先史に存在していたなら……? ジェシカは勘違いするかもしれない、そしておそらくジェシカは…………。
「そりゃ、いくらウチでもすぐには用意できないよ、欲しいなら二カ月は欲しいかな……あ、ルームメイト割引は無し」
やっぱそっちか。
ほぼ間違いなく、ジェシカの前世……フローレンス・カノンと生きた時間というのは、先史と呼ばれる時代。
時系列の単純な並びはこうだ。
‥
・ファウナの時代。
〝人形使い〟が存在し、〝魔導人形〟が完全動作していた時代。
・フローレンスの時代。
〝人形使い〟の技術は失われ、完全動作する〝魔導人形〟が、大きいと言っても市井の商会が〝商品〟として扱える時代。
・フィオナの時代。
〝人形使い〟の技術は失われ、満足に稼働する〝魔導人形〟も失われた時代。
「……………………あのさ、ジェシカの記憶と違って、無理だと思うよ……」
「――えっ」――ぎくりと、身を固くする。
「今度の休息日にでも番頭さんに確認してみ~、さっきの〝ブラフ〟だから」
「ちょちょちょちょ! 何!? どゆこと!?」
番頭に確認しようとしていたことまで綺麗に当てられて、もそもそベッドから降りようとするジェシカ。けれど左の掌を突き出し拒絶のフィオナ。
「待った、この話はジェシカが確認するまで保留よ! あんたまた暴走するし」
「はあああ? 暴走? はあああああああ!?」
「何回暴走したと思ってンのよ……」
呆れのクソデカ溜息も出ようというもの、そもそも、そもそもだ、何の仕込みも無く「おっす、アタイ転生者!」とか初対面で言ってくるのがメガトン頭おかしい。フィオナが転生者という情報もない段階で、である。
フィオナは実際に転生者だったから、戸惑いつつも受け容れる事は出来た。しかし、もし、もしもだ……フィオナが転生者で無かったら?
……その時は、とんだサイコなルームメイト爆誕であった、転生者で良かったね。
放課後、学院外壁の《大結界》の綻びがある地点にピンポイントに呼び出し、奇襲気味に機械式クロスボウのボルトをぶち込んで来る時点で既にサイコ極まりないけれども。
「そ、そんな事ないし!」
「あるから。次は腕章破るよ」
腕章にぐっと指をかけると、ジェシカがぐっと息を呑んで身じろぐ。〝ノワール派閥親衛隊白銀章〟の破損、自身の[保護]を捨て、クオン・ザイツを召喚する……相手は死ぬ。くだらない事なら、まあ自分もブッ飛ばされる。今回本当に呼んだら間違いなく後者だけれど、効果はあった。
収穫もあった、ジェシカが本当に番頭に確認すれば、フィオナの予想では「ゴーレムなんか手に入るわけがございませんよお嬢様」なりの結果が帰って来るだろう。また、やはりジェシカの【原作知識】と自分の【原作知識】は、違う……。
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