第147話:ルーム・オブ・バカ
放課後、何とも激動の一日を乗り切って寮の自室に戻ったフィオナは、ふらふらとした歩みで先に戻って課題を解いていたジェシカの後ろを素通りし、ただいまぁ~と気の抜けた声を発しながらベッドに身体を投げ出す。
「……えっと、おかえり? どうかしたの?」
「ど~もこ~も……【イベント】起こりまくるんだけど初見ばっかだわ、気が付いたらヴァネッサ様が激おこだわ、流石に死んだと思ったー」
「ええっ!? ヴァネッサ怒らせて生き残ったの!?」
背凭れに肘をかけて勢いよく上体ごと振り返るジェシカ、転生者同士だから通じる会話だ。
「まさか! ジョシュアが怒らせたのよ……」
「うっそでしょ!? その【イベント】あたしも知らないんだけど!? マジなのそれ!! ジョシュア死んだの!?」
「死んでは無いわよ……………………まだ……タブン」
ベッドに跳び込んだうつ伏せ状態からごろりとジェシカのほうへ体を向ける。
――いやぁ……今頃どうなってんだろ……。
結局あの場は「ヴァニィちゃん、放課後に場を設けます。私もノエルも同席しますから……ね?」三限始まっちゃいますから、と促すクオンの言葉にぷくと頬を膨らませてぶんむくれたヴァネッサはあっさりと『保留』にした。
「ジョシュアはお一人ですわよ? 同席は許しません」
誰を同席させるなとは言わず、右手の姉短銃の撃鉄をわざわざ男どもに見えるように戻し、スリットの奥のガンベルトに差した。ダメ押しにディランに向けては、侯爵家令嬢の溢れる魔力を込めた、怒りの眼差しをギロリと向ける。うっすら金色の光が曳光するそれ、ディランにはとても直視できない。
「クオン、ノエル、行きますわよ」
ヴァネッサがそう言うとノエルが《伽藍洞の足音[空間転移]》を開き、クオンから入っていく。当然自分も送って貰えると思っていたのか、ジョシュアが一歩入ろうとした瞬間に閉じてしまった。おこ継続中、「歩け」との言外であった……。
フィオナ達が三人でとこてけ歩いて一組の教室に戻った時のクオンリィの疲れ方から見て、三限の二組の空気は想像に難くない……。
歩いてる最中に学友についてさらっとジョシュアから説明があって、フィオナはそれはヤベェ奴だと慄いたのに対し、ディランはそーでもなかった。歩きながら話しているうちに自然と口調が砕けていく、ずっるいなあ【攻略対象】同士って……いや、それだけじゃないのかもしれない。
ジョシュアにとっては初めての平民男子との交流でも、ディランにとってはただの同世代男子との交流だ、不敬に頭が回るならそれはディランではない。
今頃はどこでかは知らないけれど四人で面談中なのだろう。第二王子が正座させられて銃殺か、斬殺か、転落死か選ばされているはずだ……。
「あー、ジェシカに聞けばいいかと思ったけど、そういえば《封印》が実際どういうもんだったか、なんて、アンタに聞いてもわからんもんねえ……」
「まあねえ、【ヒロイン】は《封印》の魔統持ちってくらいしかわかんない。具体的に聞いてないってか、フロウが覚醒してすぐに、わたしヴァネッサに呼び出されてるし…………」
それはつまり、一度目のジェシカ・レイモンド死亡であり、少々ややこしいけれど、ジェシカが【原作知識】を思い出したタイミングという事である。故に『実際に見て来た』というジェシカ特有のアドバンテージがない。
「あ、話変わるけどフローレンス元気そうだったよ」
瞬間、室内の時間が止まったかのようだった。
何気なくぶち込まれた言葉、ジェシカは最初完全なノーリアクションを見せ、それからぱちくりと黄色い瞳を二度瞬かせる。たっぷり数秒かけてゆっくり瞠目したジェシカは、唇を戦慄かせて。
「えっ………………いや、なになになになに? 待って待って待って待って? フローレンス? フローレンス・カノン? フロウ?? 元気そうって何? ナニソレ?」
「今日ちょっと遭遇してきた……剣士系の【オーギュストルート】っぽいわたしで、ジェシカの事ジェシーって呼んでた。彼女の所があたしの所に来る前にジェシカがいた世界なんでしょ?」
ジェシカが立ち上がろうとして、足がもつれて絨毯に転ぶ「ちょっ!? 大丈夫!?」とベッドに寝転がったままのフィオナが心配の声を上げるけれど、それに答えるよりもジェシカは、目ん玉かっぴらいて手足をめちゃくちゃに使ってフィオナの傍に行き、フィオナの顔をがっしと掴む。頭ではない、顔、顔面である、ふぎゃっとか声が上がった。
「ナニソレナニソレナニソレナニソレナニソレどこどこどこどこどこどこ!!?? 何処で会ったの!? どうやってッッ!?」
まさに鬼気迫る勢い、話題の選択を間違えたフィオナはジェシカの指の隙間から血走る眼に見据えられ、もがくけれど、当然鼻息の荒いジェシカが逃がしてくれるはずがない。
「痛い痛い!! どこっていうか、私の夢? 精神世界? 《封印》世界? そういうトコ、だから――」
痛いと言ってもクオンリィの狼牙程ではない、長身の彼女は指も長く、小顔のフィオナちゃんヘッド程度なら、耳の辺りまで指が余裕で届く。あと吊り上げられる。頸椎引き抜かれるかと思う程痛い、ふぇいたーりてぃ。
多少の余裕をもってフィオナが答える、ジェシカの反応はといえば……。フィオナの顔面をロックしたまま、上体を思い切り仰け反らせていた……。
「……えっ」まさか。
さん、はい。
「フウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……ンンンンッッッッッッッッ!!!!!!!!」
かなりの強度を誇るフィオナデコに、その中に入るべく振り下ろされるジェシカヘッドバッド。なかなか武術訓練場でも聞かないような重い打撃音が女子寮の一室に響く、流石のフィオナも声すら上げられずに頭骨粉砕すら覚悟する衝撃! 鼻水飛び出たわ。
「――――!!!!????」
「入れないか……!!!! でも……もう一回…………!!!!」
「待て待てまってまってまって待てええええええええ!!!!」
フィオナはコイツのバカを正直甘く見ていた、ジェシカの考え無しは本物だ。
「何? 何してんの? まさか物理接触であたしの頭ン中入ろうとしてる? ははぁん! さてはあんたヴァカね!?」
「やってみる価値はあるわ!!」
「無いよ!? どっちかの頭が砕けるわ!!」
死んじゃう! そう続けようとして……ハッと気づく…………コイツの能力に。
「《セーブ》してあるから大丈夫!」
「あと何回死ねるかもわかんないって、こないだ話したばかりで思い切った賭けに出たねぇ!?」
ぎょっとして本気で抵抗するフィオナと、そのままブリッジするかの如く再びヘッドを振りかぶるジェシカ。物理的に入れるわけがないだろうが。
まずい、このままでは最悪の場合《死に戻り》が発動せず、ダブル頭部破壊で横たわる美少女とバカの変死体が二つ生産され、女子寮の怖い話として後輩を楽しませることになる。
「まだ慣らしも済んでないってのに……ッ!」
魔力『発揚』――。
『準備』構成――顔を掴まれ、ベッドに半身横たえたままだけれど……いける!
「借りるよ! 《勇者》!!」
能動型魔法|《ディランの封印[剛力]》『発動』――!!
フィオナの水色の瞳に、重なる様に薄い緑色の輝きが宿る。[身体強化]の能動型発動だ。通常の[身体強化]は能動型ではなく常動型なので、『発動シークエンス』を経ずとも魔力を『割当』るだけで発動する。[剛力]はパワー・防御系に更なる強化を与える能動型魔法だ、本来は希少魔統|《勇者》の固有である。
「――なにィッ!?」
腕を掴んでいるフィオナの手に途端篭る力に、頭を振りかぶった姿勢のまま驚愕の声を上げるジェシカ、顔面にかかっていたジェシカの手首を掴んで強引に引き剥がすと、指の掛かっていた頬やこめかみを爪で抉られたのか若干の痛みが走るけれど、流石はタンクの固有魔法だ、強化された身体には文字通りのかすり傷だ。
「落ち着いて! ちゃんと説明するからっ!!」
そのまま小手返し、ジェシカが受け身をとってくれなければ関節を強かに痛めただろう、素直に投げられて絨毯に勢いよく腕を叩きつけるジェシカを見ながら思う。なお、受け身は魔法学院の必修科目である、入学試験の実技でもやらされる。
そう、《ディランの封印》とは、ディランの能力を借り受ける事も出来る魔統であった、とはいえ完全なものではなく効果は三割ほどで持続も短い、しかしディラン自身が未だ覚醒していない《勇者》の固有さえも知っていれば借り受けられる。つまり《前世の記憶》持ちのフィオナとは相性抜群だ。
「話せばちょっと長くなるんだけれど、先に結論言うとわたし魔統に覚醒したの!」
軽はずみな告白は、再びジェシカの大騒ぎを招き泥沼化……ドタバタ騒いでいると連絡を受けた寮母さんや、上級生たちに鎮圧されました――。
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