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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第五章
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第142話:自我の目覚め・1

 手応えあり。


 フィオナも今の投げには手応えを感じていた、これで魔導人形も動かなくなると、一息吐こうとした、その時……。


「クオン、ノエル」


 鈴の鳴るような、凡そこんなところには似つかわしくない、しかし、戦場にあってよく通る声。

 即座にクオンリィとノエルは戦闘を中止、最後に戦っていた魔導人形にノエルが[空間転移]で他の魔導人形をぶつけ、ヴァネッサの左右に素早く侍る。

 魔導人形たちはフィオナの予測に反して動いてはいた、しかしその動きは緩慢で、いつかの砦廃墟にいたアンデッドタイプの魔物のようなものになっていた。


 現在見つかる半壊の魔導人形も勝手に動くのだから、術者がいなくても動くのだろう……魔導人形の技術危険じゃないか? 色々大丈夫か? まあ話が逸れた。


「…………興が醒めましたわね……こんな木偶人形では遊びにもなりませんわ……?」


「ヴァネッサ様、お気を付けください。こいつらそこそこ強いです」


「一人で鉄屑にしたクオンが仰る事ではなくてよ?」


「ノエルと二人でも、これ以上は少々……」


「ええ、ええ、お二人で楽しそうでしたわねー?」


 ヴァネッサのどこか険のある声色に、クオンリィも居住まいを正す。

 こういう時、ノエルは直接問われない限りは黙っている、藪パイソンの達人も流石に学習しているのだ、そっと気配を殺して、《伽藍洞[認識阻害強化]》を発動するのみ。つまり逃げた。

 クオンリィとノエルの二人には、ヴァネッサがどうして若干不機嫌なのかはわかっている、これは一緒に遊べなくて単純に拗ねているパターンだ。

 出遅れたのは自分が何か思いついてごそごそやってたからだろうって? その通りでも知った事ではない。


「あのぅ「不躾ですよ?」


 ブリッジしたままのすっとこどっこいが、ヴァネッサへ声をかけるその言葉尻にぴしゃりと被せるクオンリィ。続ける――。


「いいですか? ヴァネッサ様にしっかり傅いて、その上でヴァネッサ様に直接ではなく私を通しなさい、言いませんでしたか? 今言いました。 いいですね?」


 軽く頭を振って戦闘で乱れた亜麻色を整えるクオンリィは側近モードではあるけれど、フィオナへの気遣いが言の葉の端から見えた。

 なにせご機嫌対空射角(ナナメ)のヴァネッサにダイレクト不敬ならば、最悪「斬りなさい(GOクオン)」すら有り得るからだ……。


 白銀のサッシュに黒鞘を差しなおす。実の所、先程ヴァネッサに進言した通りクオンリィは継戦に不安があった。

 ()()()()()の果てに覚醒した《雷神》ではあったけれども、冷静に考えずとも強かった記憶はある。ところが悪夢の記憶はハッキリしているが、起きたら使い方だけ忘れてしまっていたのだ。

 今回、フィオナの夢の中という事はもしかしたら? 程度には思っていたけれど、アタリだった、理解(ワカ)る。そしてより鮮明に悪夢を思い出してしまう。

 そんな《雷神》は、他ならぬヴァネッサによって《神雷(じんらい)》の名を許された。こんなに嬉しいことは無い。

 つまり――、サイコーにハイになってちょいと《神雷[雷撃]》を大盤振る舞いし過ぎた、ヴァネッサに侍りながらフラつくようなブザマは晒さないけれど、魔力の使い過ぎである。しかし、かと言って魔法を乗せない斬撃で魔導人形に本当に刃が立ったかと問われると、試していないけれども首を捻らざるをえない、加減などしていられる相手ではないという事だ。


 ――それより、フィオナである。


「うん……や、ハイ、いえ、その、まず今わたしも動けないのでこの格好で失礼します? で、いいの?」


 まずは傅けと言われたフィオナだけれども、一応上半身の重量で押えているだけにしても、ファウナをホールドしている状態だ。ごろっと転がしてもう一発、とも思うけれど、三人が舞台に上って来たのにそんな事が出来るわけがない。

 とりあえず格好はこのままで、とフィオナが説明すれば、クオンリィは軽く顎を引きながら単眼を伏せて「続けろ」と肯定する。


「……いやその、コレ(ファウナ)、ホールド解いちゃうとクビが楽になって起きちゃうかもって……だから今のうちに拘束しておきたいなって……」


「応、じゃあ頭落としとくか?」


 トントンとリズミカルに差した刀の柄頭を指で叩くクオンリィの表情は、頸を落す行為がまるで何でもない事のよう。実際彼女にとっては、()の斬首など至極当たり前の事なのだと、肌で感じたフィオナがぴゃっと身を固くした。


「何ビビってンだァ? クックック、冗談(ジョーダン)ですよ。ソイツに聞かなきゃならない事があるから捕縛すると、そういう事ですね?」


 嘲る様な言い様は完全にチンピラのそれ、フィオナに言い終えてからちらと己の左側のヴァネッサを伺うように顔を向けるクオンリィ。ちなみに彼女の左眼は眼帯に覆われているため、こういう主を伺うような場面で彼女は結構しっかりとヴァネッサの方に顔を向けていたりする。立ち位置逆のがスマートじゃないか? という話は〝右腕〟に禁句である。立場も見た目も右がいいのだ。

 そんな感じに顔を向けるものだからヴァネッサもすぐに気づく、少し唇が平らに結ばれているけれども、睫毛をゆっくりと伏せる瞬き一つ、行動に移る許可をクオンリィに与え、それを受け取って「ノエル」とクオンリィは相棒を呼ぶ。


「……今アタシ、ケッコー本気(マジ)めに[認識阻害強化]かけてたんだけど……」


 相変わらず相棒に伽藍洞になれない事は嬉しいのだけれど、フィオナの夢の中とやらに来たことで《伽藍洞の足音》が限定解除状態にもなってそれでは、若干ガランの影として複雑な思いもある。ボヤキながらも《伽藍洞[収納空間]》から縄を取り出すのだった……。


 ヴァネッサ達は軍人である、しかし、フィオナから見ても明らかに拘束の手際が悪い、何せ西部方面軍は捕虜を基本とらない、よって捕縛が苦手なのだ。


「ありゃ? どうやるんだっけー、引っ張ったらほどけちった」とはノエル。


「ノエるん貴女、明日にでもババァ大尉の所に習いに行きなさいな? ガランの影がロープワークもできないとか、ローザおば様の耳に入ったら流石にまずいですわよ……?」


 と、ヴァネッサが思わずという勢いで声をかける。

 なお、ババァ大尉とは三人娘の教導官で学院購買部のターエ・ジャクソンというクソババアのこと、ビコースおっかねー。

 ローザおば様とは〝ガランの影〟頭領にして幼い三人娘の世話役を務めていたノエるんママ、ローザ・ファン・ガラン夫人の事である。ビコース怒らせたらアルティメイタムおっかねー。幼き日の破壊活動の度に、尻に刻まれた激しい痛みの記憶が甦る……何なら実母より(ノエルの場合はまさに実母だが)共に在りそして厳しくも優しく見守ってくれた。


 つまりは言いつけられる前に流石に復習して来いと従姉妹からのダメ出しであった。なお、ヴァネッサもクオンリィもロープワークは駄目である。


 その後も「ここにこう回すだろ?」「それ首絞まっちゃわない?」「ホントに亀の甲羅のようになんてなるんですの?」と三人でわちゃわちゃしながらファウナを拘束している。


「めんどくさいですね? もう手足斬り飛ばしちまいますか、なぁにすぐに死にはしないですよ?」


 ……と、暴力装置(クオンリィ)が言い出した段で、これにはフィオナが伏して魔導外骨格を破壊しないことを願った。


「――どうか……ッ! その足は、彼女にとってのラスクなんです!」


「っそ。許して差し上げなさい。クオン、そのブレードだけ根元から斬り離して頂戴。ラスクさんと聞いては壊すわけには参りませんもの、また抱っこしたいですわね」


「ありがとうございます! ご都合宜しければ何モフでも!」


 クオンリィが口を開く前にヴァネッサが緩く口端を上げて言葉を紡いだ、ラスクと聞いて明らかに気分上向きだ、ラスクをモフるのはいたくお気に召したらしい。献上せよ、と言われたらどうしようなんて飼い主は不安を抱えたけれど、それはそれ。



 さて――。



「……ッッ!!!! ヴァネッサああああぁぁああぁあぁぁああぁあぁああああ!!!!」


 目覚めたファウナは、目の前でノエルの出したティーテーブルセットに優雅に腰かけ、遠くの雷鳴の如き爆音を耳に嗜みながら、実に風雅に茶を嗜む姿を見て、遠雷にも負けぬ叫びを上げる。

 即座ヴァネッサに侍るクオンリィの右手がゆると動いたけれど、ヴァネッサが軽く視線を送る事で制した。さもなくばフィオナそっくりというか生き写しというかのファウナの首はゴロリと転がっていただろう。あんまり見たいものではない。


 フィオナが一歩前に出て、告げる。


「〝ディランの封印〟ファウナ、アンタの敗けよ……ッッ!」


「――――ッッ!! フィオナァッッ!!」


 悪いけれど、決着だ。


 すっかりリラックスしているヴァネッサの姿、結局、木偶相手でもそこそこ楽しめましたわということである。

 彼女が目覚めるまでの間に、統制を失い蠢いていた魔導人形は悉く()()()の対象にされ、四肢を跳ばされ、胴を穿たれ、もはや一体たりと動けるモノは存在を許されていない。


 ――それでもファウナは、憎き憎き憎き憎き憎き憎き憎き…………ッッ。ヴァネッサ・アルフ・ノワールが優雅に佇む姿を目の当たりにして黙ってはいられない。ぎりと愛らしい容貌で奥歯を強く噛み締め、眉間に深い縦皺すら刻む。


「おかしいって! おかしいでしょ!? 大体どうしてヴァネッサ・ノワールが五体満足で()()にいるの!?」


 結局縄で雑にぐるぐる巻きにされ、フィッシュフライのような姿を晒すファウナがぎったんぎったん身を跳ねさせながら訴える内容は、言外にヴァネッサが五体満足なわけが無いとそう言っている。

 その言葉でクオンリィの眉間に〝ビキッ!?〟と皺が刻まれる、最早死に体のファウナに何ができる筈も無いのだからと、余裕のヴァネッサが軽く右手を挙げてそれは御した。


 すぐ傍らで、ファウナを見下ろしているフィオナが言う。


「どうだろうと、どう云おうと、ファウナ。この状況は覆らないよ? 答えて! 《封印》は私に宿ったの? どうやって覚醒(めざ)めるの?」


「――」


 フィオナへの(いら)えは沈黙だった、怒りの眼差しの矛先をフィオナに据えて、同じ水色をぶつけ合う。

 ナンダコノー睨みつけやがって、もっかい投げるぞ? などと思っていた所、不意に背後、ティーテーブルで寛ぐヴァネッサから声が掛かった。


「フィオナさん、貴女……」


「エッ!? アッ! ハイッ!? い、如何なさいましたかヴァネッサ様!!」


 かかった声には幾分かの戸惑いのようなものが滲んでいた、勢い良く体ごと振り返ってびしりと踵を揃えた直立不動でヴァネッサを見れば、カップを片手に持ったままどこか呆然……と少しばかり目を丸くしてフィオナを見つめていた。ちなみに挨拶はファウナが起きるまでの待ち時間に、クオンリィから仕込まれた付け焼刃である。


 側近二人もこんな呆然とした顔を見るのは、実に珍しい事だから、其々紫色と瑠璃色を丸めて主君を見つめた。


 恐る恐るクオンが「……如何(いかが)なさいましたか?」と声をかける。その声でようやくハッとして、ヴァネッサは軽く額に右の示指を添えて左右に黒髪を揺らす、それから手にしていた茶をテーブルに戻して、改めてフィオナに金色の視線を向けた。


「成程、この夢はいつ醒めるのかしらと考えて……もしやと思っておりましたけれど…………フィオナさん、貴女()わかっておりませんのね?」


「え? エッ?? な、なにを」



――続く。

※いつも読んでいただきありがとうございます。

後編は明日更新です。

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