第140話:死に戻りは死に戻り
戦火に包まれる王都サードニクス、ノットイコール(≠)フィオナこと〝人形使い〟ファウナの世界……あくまでフィオナが見ている夢の世界。
左の手は示指・中指・母指の三指がそれぞれ直角になる印を結びつつ、薬指と小指の二本と母指の腹と中指の根本で器用に保持して、雷纏う愛鞘〝魔鞘・雷斬〟を腰の高さに。右の手はゆると自然な脱力で、柄にトトトンと指運のリズムを刻みつつ、歩みは自然に〝魔導人形〟の群れに対峙するクオンリィが誰に言うと無く呟く。
「なんだかわかりませんけれど、わかることはあります。そうでしょう? そうですね?」
「なにがー?」
軽快なリズムで《伽藍洞[空間転移]》を繰り返しながら相棒の呟きに応じる明るい声、対峙するは未知と言ってよい完全稼働状態の〝魔導人形〟の群れ。しかし、それが何だというのか? 主君ヴァネッサを背に置き、隣に立つのは相棒、ただし全員軍装ではなくただの改造制服ではある。だから、若干防御に不安はあるけれども、そこを補うのは己の空間魔法だ、気が引き締まると共に〝西部三惨華〟が揃い踏む戦場に気分は正直アガる。
足音無しに《伽藍洞》から《伽藍洞》に繋いである程度の高度から〝敵陣〟を俯瞰すると、間違いなく王都サードニクスは戦闘中で、特に瑪瑙城大手門に繋がる二番街周辺からは何度も爆発も火の手も上がっている、しかし……「鬨は聞こえないねぇ……」まあ実に気持ちが悪い。だから相棒に声で問う。
「何がわかるって言うのさ?」
「さっきの榴弾ですよ、覚えがありませんか? ありますね? この王都攻めの攻め手は――」
「西部って事? なんだって王都くんだりまで」
「…………理由が、あるんでしょう……ノエル、〝城前広場〟方面にヴァニィちゃんが入るのは阻止しますよ」
予想通りであれば、そこに西部方面軍騎士団が、ノワールが王国に対して叛旗を翻した理由がある。〝悪夢〟の記憶があるクオンリィにとっては其処に何があるのか大凡の見当がつく……そんな胸糞の悪い物は今の自分達には関係がないものだ、今時分はフィオナがファウナとやらと決着を見ればいい話。
そしてこの『未来/過去』を辿らないためのヒントは、少なくともそこにはない筈だ。
――もう手遅れだから、こうなったのだと、ちらりと紫の単眼をフィオナのほうへやって思う。何やら問答の場になっている様子に少し安堵を得て。
「クオン!」
相棒の声に、言葉ではなく行動で返す。魔導人形というものは古い遺跡などで稀に『出土』するタイプの魔物……魔物? 大体は半分以上壊れているのか、侵入者に対して襲い掛かる動きは緩慢で、四肢を失おうと動力を失わない限り動き続ける……動く屍の如き無機物というのが運よく遭遇して生き残った冒険者の報告で知られている。
少なくとも、ふくらはぎに備え付けられた発振器のようなものから火を噴いて、王都の石畳を滑るように高速機動する等という機敏なバケモノではない……。
まあ、だからと言って……。
――金属同士の擦過音。一つ。
多少疾かろうが、抜刀術の間合いに入るモノを斬る事はクオンリィにとってごく自然な事、軽く足を引いて体を向けた斬撃で片脚を失い、バランスを崩した魔導人形がクオンリィへの攻撃動作を中空に放ち、己の勢いで転倒して背後まで火花を散らして滑る。
「チッ……勢いを甘く見ましたね? ノエル!」
背後に行くのは〝ダメ〟だ。投げた声に「あいよー!」と相棒の声が返れば、目前に開く《伽藍洞》から背後に滑っていた筈の魔導人形が[空間転移]させられて滑り出てくる。滑る方向も先程とはほぼ直角、魔導人形が己の右側のクオンリィに赤く光る一つ目を向けた。ヒトならば、自分に何が起きたのか戸惑う場面だった。
「よぉ、〝オカエリ〟」
踊る紫電纏った刀閃、擦過音は今度は二つ。何ということは無い、抜いて、納めて、また抜いただけの事。赤い一つ目のスリットが本来のデザインよりも深く抉られて、ほぼ同時に右腕も上腕から断ち切られる。魔導人形のボディは金属だ、クオンリィの刀もまた金属だ、しかし刃は立ち、入り、人工物でありながら丸太の如き腕を断った。纏う《神雷》か、研ぎ澄ませた刀理か、その両方か。
その実りは片脚と片腕に、頭の半分ほどを喪失したガラクタと……。
「ッチィ、保たねぇか……」
神速の抜刀と金属を〝斬る〟事に、数打ちとはいえ確かな拵えの刀身でさえ原形を保てなかった。《神雷》の抜刀術は、凡そヒトの身が成せる速度の先を実現する、すなわち電磁誘導を用いた超加速、[雷撃]である。
元々《雷迅》でも〝魔鞘・雷斬〟を用いて似たような事は可能であったが、ここまでの連続使用は《神雷》に覚醒て無ければ如何な一点物の魔道具とて保たない、調子こいて[雷撃]を使い過ぎたからこそ入学時には父の差し料を拝借していたわけだが……。
「雷斬のほうはいいんだが、今度は刃が熔けちまったぃ……おうノエル、刀ぁ!」
「えぇ!? もう!? ちょっと待って、ヴァニィちゃーん!」
クオンリィはいい加減刀の方もそれなりのモノを納めないとダメかなぁ、と思いつつ、もう動かない魔導人形を前に、赤熱化した刀身を困ったように眉根寄せて見分してから、血振りに一つ振り切れば、熔けた刃が緋華と散った。
滅多に刀をダメにしないと話したのはついさっきの事、頼られるのは嬉しいのだけれど[空間収納]は今ヴァネッサ様が使用中だから、慌ててノエルは後方へ声をかける。
「はいはーい、これでオッケーですわ」
上機嫌に弾む声といつもの胸を抱き上げる腕組で片目をパチンとノエルに向けて閉じるヴァネッサ、手ぶらだよ? 手ブラじゃなくて。手ブラのがいいって? 知らんがな。何も持っていない事に軽く戸惑うノエルだったけれど、まあ彼女がオッケーと言うならオッケーなのだ、すぐにクオンの頭上に《伽藍洞》を開いて、抜き身の刀を二本ばかり落とす。
「二本ですか? 数え間違えたか?」
持っていた刀の残骸をぽいと捨て、切先から降ってきた刀の一本を鞘の鯉口で一つ受け止めて曲芸まがいに納刀、鍔元が大きく鳴るけれどこの際だ、一つは石畳の隙間に刺さるがまま見送ると、あんましそういう刀の扱いはなぁと、あっという間に一本御釈迦にして、そこらにポイ捨てしておきながら軽く唇を尖らせて相棒に視線を流した。
「さっきのペースじゃ二本でも足らないでしょー? ヴァニィちゃんもそろそろなんか始めると思うし……フィオナちゃんは……――」
不満げな紫色にぷくっと頬を丸くして答えるノエルはといえば、未だ《伽藍洞[空間転移]》を繋いで空の中、浅葱の髪をふんわり揺らしながらフィオナの方を伺えば……。
「ねー、クオるん」
「なンだノエるん」
「フィオナちゃんって、マジで回復術士?」
「自己申告はな、もしくは馬歩ぁーだな」
「ふうん……綺麗なバックドロップ決めてるよー?」
「ああ、得意技な」
「……マジで回復術士?」
なぜ、ラスクの話からファウナの後頭部を王都の石畳に沈めているのか、なぜファウナはそこそこ攻めた大人パンツを晒す羽目になっているのか……。
――その経緯を知る為、時を少しばかり遡る。
「ラスク……どうしてそんな殺意高めの姿に……」
何ということは無い、フローレンスのラスクがフィオナのラスクと違う様に、ファウナのラスクも〝違う〟というだけの話なのだ。先程無慈悲に吹き飛ばされたマイホームには、父グラントも母マーレも犬ラスクもいなかったとは聞いている。それにしたって、それにしたってである。
ふわふわもこもこのボディはなんだかしゅっとしていて、踝に接続されているブレードが左右に伸びているし、脛もなんだか刃物みたいに鋭角だ、まぁ、フィオナにはわからない事だが、魔導義足の技術で大凡ヒトの骨格を考慮しなくていいからなのだけれど……。
上にフィオナをちょっと大人っぽくして、ボロボロになったディランの手甲肩盾を装備したファウナが乗っかっている。
「どうしてココにヴァネッサ・ノワール達がいるのかはわからないケド、ラスクの仇をとれって事なのかもしれないね……」
「まあ、そんな気はした、義足になるような事故があって……そこでファウナのラスクは一度失われた……。そしてその原因が、ヴァネッサ様にあるわけね」
だとしたって……フィオナは水色の瞳を眇めてよくよく改めて状況を整理する。ハッキリ言いきれないけれど、この状況を〝ディランの封印〟とファウナは言っていた、そしてフローレンスが先走って出て来た時には〝オーギュストの封印〟と言った。
フローレンスは少なくともファウナの事を『ディランなら彼女』と認識していた、ファウナもまた他の封印の担当者を認識しているのだろうか?
――いや、それより……《封印》はいくつに分かれている? それはきっと五つだ、ディラン、オーギュスト、ジョシュア、レオナード、フェルディナンド……〝攻略対象〟それぞれに対応した≠フィオナ、〝ヒロイン〟が存在している……。
存在している?
それはいつから?
ココには選ばれた彼女たち以外にも沢山の……無念を抱えた≠フィオナ達がいる、目の前のファウナもまた無念を得てココにいる、王都を火の海にされて国が亡ぶバッドエンドを迎え、ディランさえも失った。
無念を抱え水底に沈んだ≠フィオナ達がどんな終焉方をしたのかはわからないけれど、ファウナと彼女達の何が違う?
そしてフローレンス……彼女には他の≠達の抱えている悲哀のようなものが無かった、情緒ぶっ壊れているタイプかも知れないけれども……きっと彼女はハッピーエンドを迎えた成功者だ、そんな感じがした。
――何より……フローレンスはジェシカがいなくなった先の記憶を持っている。『フィオナにとってまだ訪れていない時間の記憶』を持って、フィオナの中にいた、ファウナもまたクオンリィが出奔し、そして命を落とした記憶がある様子だ。今は一学期の中期試験前だ、入学したてだ。
未来の記憶がある存在としてココにいる、それも《前世の記憶》のような〝知識〟ではなく、彼女たちは彼女たちの体験としての記憶がある。そしてフィオナが彼女たちの記憶を共有できていないように、彼女たちもフィオナの事はわかっていない。個別の人間、個別の存在のよう。
「ねえファウナ、少し聞きたいのだけど、フローレンスもココに来たの??」
「フローレンス……? ああ、剣の……ええ、彼女が《封印》に目覚めた時に」
そして、連続した個別の記憶を持っている。
フィオナではない『別のヒロイン』の記憶も。
あの…………ココってわたしの頭ン中ですよね?? と思えば、自分をさえ失ってしまうようで少しばかり足元がぐらつく錯覚が芽生える。……本当に錯覚だったのか、わかりはしないけれど……。
ここで一つの仮説が立つ。
フローレンスの世界からジェシカは死んで、やってきた。
異世界転生……世界を越えて別の誰かに『生まれ変わる』事。フィオナ自身もまた《前世の記憶》の通り前世がある、だとしてもなんだかJ.K.とかいう立場で、原作ゲームが大好きだったという程度の記憶しかない……。
フィオナちゃん生一五年である、もうすぐ中期試験の期間中には一六歳になる、まあそれは今は置いておこう。
ジェシカもまた、転生者だ。フィオナよりも濃い一七年をフローレンス・カノンの親友であるジェシカ・レイモンドに転生してきて、そしてヴァネッサ様に殺られた。そして《死に戻り》によって〝今のジェシカ〟になった。
世界を越えた死に戻り、ジェシカは二回異世界転生をしている?
それは本当に……? 二回目はただの《セーブ》ポイントへの復帰だったとしたら? その可能性がある。ファウナの魔導人形の事、フローレンスの記憶の連続性、そこから導かれる仮説は……。
――異世界? とんでもねぇ、地続きだよ!
「……じゃあさ、ファウナが《封印》に目覚めた時は?」
返ってきたのは、脚部の補助アーム駆動音、不意打ちの蹴りだった。
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