第139話:実家爆砕
クラリッサとクオンリィ母娘の、いわゆる二つ名と魔統の名前について、まっすぐ伸ばした示指を唇に添えて少しだけ唇を尖らせるヴァネッサ、「もうめんどくさいから〝猛犬中尉〟か〝わんわんスタイル大好きっ娘〟に固定」でいいんじゃないかなんて氷山の一角程には思うけれども思うけれどぱちぱちと長い睫毛を二度瞬かせて、それからゆると右手を前に差し伸べる――。
「――じぇにふぁー」
愛銃を呼ぶ声に、慌ててノエルが《伽藍洞[空間収納]》を開くけれど、肝心のヴァネッサの愛銃単装長銃が見つからない。
「えっ!? あれっ……? 夢の中だから!?」
慌てるけれど他のヴァニィコレクションは《伽藍洞[空間収納]》の中にある。
「ふふっ……ノエるん、これなぁーんだ?」
愉快そうに金色を細めてノエルに視線を流すヴァネッサ、その右手には黒の銃身を金の彫金細工で装飾した美しい単装長銃が握られている。
「ぇえええぇぇえッッ?? ナンデ! じぇにふぁーちゃんナンデ!? ヴァニィちゃんにお渡しするアタシのお仕事がああぁぁぁぁぁああああぁああぁぁ!!」
ぴえんである。主君ヴァネッサが銃を要求したら素早く供給する、それが第二側近で従姉妹のノエルのアイデンティティだったのだ、じぇにふぁーちゃんまさかの裏切りであった。
しょんぼりぴえんの涙目ノエルに軽く額を掻いて嘆息する相方が声をかける。
「安心しろノエル、私は刀喚べねぇから、おまえの荷物持ちの仕事は無くなってねェから……な?」
「そんなこと言ったってクオるん刀滅多に折らないじゃん!」
「まあな?」
そらそうだ、折れる様な使い方は余程でなければ滅多にしない、剣聖のオッサンは例外。
「はいはーい、銃を差し出すだけがノエルのお仕事じゃないですわよ? わたくしを守る最後の砦、そして――」
無造作にドンと天に向けて単装長銃をぶっ放すヴァネッサ、素早く反応してノエルがその射線上に《伽藍洞》でクオンの足元に[接続]する。
「矛ですわ」
音もなく転移させられた銃弾に思わず跳び退くクオン、いつもの幼馴染組手では迂闊なバクステを拾われるやつだ。
「うううおああっぶねええええ!! てめえもいつのまにか足音無し伽藍洞に限定解除されてるじゃないですか!! ってか[魔導人形]の方に飛ばしなさい! ヴァニィちゃんもフレンドリーファイアでドヤるのはやめてください!」
そう、《伽藍洞の足音》なら『音を発生させる』工程が必要になる。
今ノエルは指運でそれを生したのだ、それはつまりヴァネッサと交わした限定契約が解除されているという事……少しだけ《伽藍洞の足音》というクソ長い魔統の名前は、ヴァネッサとの絆でもあるから羨ましいなんて思っていたものだから、解除されている事に残念を得る――。
が、フレンドリーファイアで台無しだ。ノエルは起きたらブッ飛ばす。
足元に着弾したのは《魔銃[ヴァニィちゃん鉄拳ストレート]》だ……ん? 魔銃?
「これは……ヴァニィ様も……?」
「そうよ、これはわたくしの《銃》の頂、すなわち神、おわかり? クオるんはわたくしの雷。クラリッサおば様と紛らわしいから今日から〝迅雷〟転じて《神雷》と名乗るといいわ」
「はっ! 《神雷》。このクオン心に刻みました!」
希少魔統とは、血に刻まれたものである。
その名称は、継承者が使用できるようになると自然と浮かぶもので、普通は後から名前が変わることは無い。しかし一方で魔統は魔法である、強い意志があれば変えられえる。
――変えろと言うのです、このヴァネッサ・アルフ・ノワールが。
否やあろうか、主君からの下賜である。――まあ、夢から醒めたら忘れそう、二人共に思い、顔を見合わせ小さく笑みを交わした。
さてと……。
「……あら? お仕事残ってましたわよ、ノエル」
「! はい!」
さてじぇにふぁーをしまおうかと思ったところ、どうやら魔銃は銃を呼び出せてもノエルの伽藍洞にしまうのは無理みたいだ。ほいと中空に放れば[銃士隊]の効果で浮いて付き従うとは思うけれども、単装長銃一丁をふよふよさせてもちょっとシマらないから、ノエルを呼べば瑠璃の双眸をきゅるんと輝かせ察してくれた。
眼前に開く《伽藍洞[収納空間]》に単装長銃を仕舞いながらふとヴァネッサは思いつく。
「ノエル、ちょっとこのままにしてくださいな」
そう言って両手を突っ込み何やらごそごそ始めた、改めて言うが戦闘中である。
「三人揃って……何遊んでるのよ! 王都をこんなにしておいて! ――行けッ私の人形たち!!」
ファウナが号令を発すると、[魔導人形]達が自律意思で以て動いているように各々が構えを取り、襲い掛かって来た。
それでもヴァネッサはマイペース、我儘に[空間収納]を前に何やらやっている
「クオン、ノエル、ちょっとの間お願い。……ああ、わたくしの分も残しなさいね?」
「「はい!」」
その返事を合図にしたようなタイミングで飛来した砲弾が燃えるベーカリー・カノンを直撃して爆砕した。「あああああああ!!!! わたしのおうちィィィィィ!!」フィオナの悲痛な叫びが開戦のゴングになるのだった。
「パパ! ママ! ラスク!!」
両親と愛犬が今ので吹き飛んでいないか不安を抱くフィオナ、救助は……いや、これだけの戦火に包まれた王都にも拘らず、他の人はいない。ただクオンとノエルのvs[魔導人形]の激しい戦闘音は【戦闘BGM】と共に聞こえる。
今この場に存在する生きている人間はフィオナ、クオン、ノエル、ヴァネッサの四人だけなのだ。フィオナの中にある希少魔統|《封印》の…………たぶん……記憶。
――それに。
「パパとママはいないけれど……ラスクならここにいるよ」
桜色の髪を揺らして彼女が笑う。
「ラスクの気配、感じてたでしょ? これは魔導外骨格『ラスク』、わたしの脚」
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