第134話:大切なあなたに
朝食も昼食もフィオナはディランと一緒にとる、と言っても朝食の時間は実は学年でHR終わりの時間をずらすことで人数調整されており、基本的に全員が食堂で食べるスタイルなので、ギギやフレイは一緒に食べる事もある。
ちなみにジョシュアは生徒の混乱を避けるという建前で『良識の螺旋』の個室で基本は一人、黒い三連星が登校しているなら四人で食べる。
ただ、ヴァネッサ達はそもそも登校していないか寮の部屋で食べてくる、もしくは朝は食べない。
朝はちゃんと食えと叱られてしまいそうだけれど、軍人だからこそ食事の時間などの規律を最重視する王領騎士団と違い、緊急出場の多い西部方面軍騎士団では「食える時に食える分食え」と不規則が常なので叱らないでやって欲しい。
ホールの中でも良い席と悪い席というものはあるもの、これは会食における上座下座というアレの感覚で奥まった所ほど大体良い席と考えれば大体問題は無い。通路に面した席が悪い席。
「おー、いい席取れたな」
ホールの壁際の席は人気の席なのでなかなか取ることができない、まして二人掛けとなれば、ヴァネッサとジョシュア同様に既に同い年で婚約者同士の貴族様や、入学して早々に交際を始めた若いカップルで埋まってしまう。まあ……他人から見ればフィオナとディランも初々しいカップルに他ならないのだけれど。
「うん……」
気の無いフィオナの応えに、軽くばつが悪そうに口を結び、鼻息で軽く溜息を吐くディランは、購入したピカタの載った皿とスープをフィオナの前と向かいの席に配膳してから椅子を引いて腰を下ろす。
フィオナの気持ちはディランにもわからないでもない、「話したくない内緒の話くらいオレにだってある」のだから。幼馴染同士と言っても心まで全裸で密着しているわけではないのだから。……ちょっと想像したので軽く前屈みになるのも男の子なのだから仕方が無い事だろう。
「言いたくねぇなら……と言いてぇのは山々だ、でもよ……ルームメイトにいきなりクロスボウでハジかれるなんて――」
「ちょっちょっとちょっとッ! ねえ……この話また今度じゃダメ?」
誰が聞いているかわからない所でいきなり話始めるディランを慌てて制する、一般的に寮は同年の者同士がペアのルームメイトになる、課外活動での『未帰還』や、余程相容れずトラブルを繰り返さない限りはこのペアは基本的に固定の二人部屋だ。
つまり、フィオナに対して「ルームメイト」と言えばジェシカ・レイモンド、その逆も然り、少し調べれば今のディランの言葉が「ジェシカがクロスボウでフィオナを撃った」という事件を示していると察する事も容易な事だ。学院は西部じゃねーんだぞ。
「[音声遮断]かければいいじゃねぇか、ほら、エイヴェルト先生がめちゃくちゃ誉めてたやつ」
この公衆の面前で場歩れってかこの野郎とじっとりとした半眼を浮かべるフィオナ。
買って来たピカタはできたてほかほかで、鶏肉の香ばしい匂いがフィオナの鼻腔をくすぐり、きゅる、とお腹を鳴らす。ヘヘッ、悪いな、お腹の音まであざといんだ。
「……は、腹減ってんだったら先に言えよ、まぁ食おうぜ」
可愛いおなかの音に軽く鼻先を拳で擦ってからフォークを手にするディラン
「うん……」
ピカタはきっとおいしくて、スープも体の芯を温めてくれている、お父さんのバゲットがあったらもっといいななんて思うから、今度の休息日には売れ残ったバゲットをカビてしまう前にいっぱい持ってこよう。
きっとクオンもノエルさんも喜んでくれる……ヴァネッサ様はわからないけれど……、少なくともディランは喜んでくれるよね?
どう説明したもんか……咀嚼を繰り返しながらフィオナは考える。
フローレンスというもう一人のフィオナ……いや、もう一人のヒロイン、ジェシカの前世の親友で、剣士。
彼女はオーギュストと親密だったらしい。
きっとオーギュストルートのヒロインなのだろうと予測がついた、そして同時に思うのだ……もしかして「ルートごとのヒロインで世界が違う?」と。
今のジェシカはオーギュストルートでヴァネッサに殺されてた『転生者だったジェシカ』だ、自分が死ぬまでのシナリオは実体験していて、死んだ後の分岐するシナリオも転生者だったことを思い出した瞬間に思い出したという。
転生者だったことを頭を打ったりして思い出すというのは良くある話だけれど、体半分消し飛ばされて思い出すって言うのは手遅れ感が強い……死に戻りなんて言う無茶な能力持ちだからとも考えられるけれども……戻った先が自分の知ってる世界じゃないというのはなんか少し可哀そうではある。
まあ、間違いなくそこまで考えが至っていないだけだろうから、いちいち指摘して凹ませるのも流石に心が痛むし、フローレンスの話を自然と出来るくらいには彼女の中で割り切っている事なのかもしれない。
ずっと考えている……フローレンスがオーギュストルートのヒロインなら……じゃあ「わたしはどのルートのヒロインなの?」……と。
ヴァネッサ様の「悪役令嬢もの」世界のヒロインなのか、それともただのモブなのか……それとも。
――ねえ、ディラン……ハーレムエンドを目指した私は…………。
ディランのヒロインなのかな? ディランにはもっとふさわしいヒロインがいるのかな?
ディランは入学直前に腕を折られてしばらく戦えなくなる。
ヒロインがわたしなら骨折なんざ三日で治す、そもそも折られて無いのが今だ、でも……本当はそうじゃない。
「あらぁ……いつかのワンちゃんの時の……フフフ、だっさい髪飾りねぇ? ねぇ? クオン、ノエル」
「だねー、あはは」
「ベースの色が悪いのですよ、そうでしょう? そうですね?」
「てっめえら……!! またかよ!!」
「だめ! ディラーン!!」
「ぐうううあああああああああ!!!!」
「思う所があるなら申し出なさぁい? 西部候ノワールに不敬を働いて、腕を折らせる手間をとらせてしまいましたってね? アッハハハハハハ!」
「ヴァネッサ様、ぎゃあぎゃあ煩いので斬りますか?」
「だめよクオン、王城通りが汚い血で汚れてしまいますわ、行きますわよ」
そうなる筈だった運命は、わりと容易くハーレム妄想に酔ったアホに覆された。
それが本当の運命だったのだとしたら? ディランとヒロインの本当の絆を結び付ける為のファクターだったとしたら? 守ってくれるって、約束してくれて、ジェシカの事も結局は心配で事情を聞こうとしている事くらいはフィオナだってわかっている。
大切にされている事は知っている。
幼馴染として。
「手、止まってんぞ……」
ディランに指摘されるまで、食べる手が止まってしまっていた、あんなにお腹がすいていたのに……あははなんて緩い笑いでお茶を濁して食事を再開するけれど、それで濁る程ディランの目は曇っていない。
「…………クソ、カッコわりぃな」
「ひょふひひゅうにふほいふは。はふぃが?」(食事中にクソ言うな。なにが?)
「食いながら返事するお前の間抜けヅラだよ……」
大切な幼馴染の女の子の笑顔一つ守り切れていない男以上に、この学院でカッコ悪いヤツなんぞいない。
口の中に放り込んだ最後の一切れを咀嚼し、呑み込む前にスープも口に含んでもぐもぐと口中調理、なかなかにいい塩梅で、最後の一切れだったのが少し惜しい。
「わかった、もう聞かねぇ」
「え、でも……私も相談したいこと……あるから……」
少しほっとしたような顔で、でもフィオナも間違いなくディランに相談したいことはあるから、少し伏し目がちに空になった皿を見つめ、困ったように言葉尻が窄まった。
けれど――。
「それは聞く」
少しのためらいもない、力強いディランの応え。ハッキリと、キッパリとした物言いに、ハッと視線を上げれば向かいの席のディランとフィオナの視線がばっちりと合った。ああ本当に、かっこいいんだから……言葉にならない想い。
ご存じの通りフィオナは特待生で魔法学院に入学しているちょっとした才女だ、嘘ではない、マジで。アホだけれどバカじゃない。まあヒロインだから……と言ってしまえばそれまでだけれど。二年ほど前の事、一三番街に訪れていた王国の宰相が潜り込んだ隣国の凶手に襲われるという事件があった。
また西部かと思われるかもしれないが、今回は東部と隣接する国だ。アルファン王国東部は内海ではあるけれど国内で唯一海に面しており、他の三地方に比べ国境がどうしても曖昧になり、西部に次いで『賊』の多い地方でもある。そして漁業問題の政治交渉で面倒な地方で、それが事件の引き金だ。
そこに偶然居合わせたフィオナが負傷した宰相を見事回復魔法で癒して「スゴイ!」となり、後日陛下直々にお褒めの言葉をいただいて、王立魔法学院への特待生入学が決まった。
正直普通に入試を受けるつもりで勉強を頑張って来たし、魔法は勉強しながらディランの怪我を治すうちに上達した、ディランのおかげだ。おかげで普通に受験するバカの勉強にみっちり付き合う事が出来、ディランも合格できたとそう信じている……。
――攻略対象だから、合格するのが当たり前。そう思っていた時期がわたしにもありました……。
こいっつ王都民のくせに『問:瑪瑙城に面しているのは何番街?』というボーナス問題に「一番街!」と答えるレベルのバカであった、一番街に面しているのは旧王城、つまり魔法学院である。ちなみに正解は二番街。
何日も泊まり込みで勉強会、ディランはバカだけれど……。
誰よりも真剣に合格を目指していた、その理由は幼い日の約束。『一緒に魔法学院に行く』ただそれだけの約束がディラン・フェリの原動力だった。
嬉しくて、幸せで、ギギに話したら「惚気おっつー」なんて流されたけれど、別に惚気たわけではない、ディランが凄いのだと知って欲しいだけなのに。解せぬ。
「でも、ディラン……わたし、あんたに話せない事……」
「関係ねぇ」
「だって……」
「関係ねぇ。お前は俺が守る、約束したろ。相談があるならそれだけでいい、聞かせろよ」
泣きそうだった、ディランの本当のヒロインじゃないとしたって、この人を離したくないとフィオナは心から思う。こくりと喉を鳴らし、言葉を選ぶ。
彼に言うべき言葉を。
「あのね、ディラン……課外活動班、入ってくれない?」
直球――。どこまでも真っ直ぐなディランには、真っ直ぐな言葉でなければならない。上目遣いでもなく、真摯に真っ直ぐと水色の瞳を向ける。
「ン? そりゃいいぜって話だけど、お前眼帯オッパイとロリっ子と組んでるんじゃなかったのか?」
「え? ああ、えっと、あれは二人の暇つぶしに付き合わされただけで活動班というわけじゃなくて…………え? え? い、今いいって言った!?」
「言った。あの二人と組んでるなら安心だと思ったが、そうじゃねえならオレから頼む話だぞこれ……」
ため息交じりにディランが言う、言ってくれる。――嬉しい。
「じゃ、じゃあ、わたしの課外活動班に……!!!!」
「だから入るって言ってんだろ、つか……もっと真っ先にだな……」
少し恥ずかしそうに、拳で鼻先を擦るディラン。でも、フィオナと交わした視線は離さない。離すものか、この世で一番大切なものを。
ドクン――。
フィオナの水色から、ぽろり零れた一滴が、テーブルに落ちて散った。
水色から光が失せて、がしゃんと飲み残しのあるスープの器もひっくり返して、フィオナ・カノンは意識を手放した。
「おい、フィオナ……? フィオナアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
※いつもお読みいただきありがとうございます。




