第133話:フィオナ、フルスロットル
言った!
言われた!!
言われてしまってバンバンババン!? 四発も必要ありませんわ。で、ズドン? さぞやいい変顔をしているのだろう、ジョシュアに「彼女なんかじゃ……!」なんて慌てふためきながら弁明するディランが「お、お前もなんとか」なんて硬直したフィオナの顔を覗き込んだけれど、あまりの表情に軽く後ずさった。美少女の顔を見て「うぉっ!?」ってリアクションは少し傷つく。
「彼女ではないのかい? いつも仲睦まじくて良いなと思っていたんだよ」
ディランはこの紳士を見習うべきだ、これぞ王族の社交、フィオナの変顔を目の当たりにしても表情一つ変える事は無い。
そんな事よりも、クラスメイトが生存していてはクオンリィを排除する算段がご破算になってしまう、そちらの方がジョシュアにとって重要だというだけの事なのだけれど。しかしまあ、今回は元々降って沸いた瓢箪から独楽が出たような排除チャンス、計画は精巧かつ緻密であるほうが好み。
――待てよ、カノン嬢を排除してしまえば後から罪状などいくらでもでっち上げられるんじゃないか?
昏い眼差しを眼鏡の奥に隠しながら、早速とフィオナ排除からのクオンリィ排除の算段を脳内で付け始める第二王子、サイコサスペンスの始まりを予感させる薄暗い表情を浮かべる。
けれども、この世の終焉を見て来た賢者が浮かべるかのような絶望の変顔をもう一度見て、流石にこんな顔を浮かべる平民を相手にボクは何を考えている、と気を取り直すのだった。
軽く頭を振ると上品な香りが三つ編みの髪から仄かに零れた、クオンリィと同じ匂い、つまりは黒い三連星と同じフレーバーだ、鼻腔をくすぐるそれにハッと我に返るフィオナ。
ジョシュアと一瞬目が合った。
そして逸らされた。
こいつぁいけねぇ、いけねぇよフィオナちゃん……脳内で謎のオッサンが示指を立てチチチと小さく唇を鳴らしながら警告を送って来る。
誰だオマエというのはともかく、これは……ヴァネッサ様を待たずしてクオンリィが警告した「真っ先にジョシュアがキレる」というやつではないのか?
既にジョシュアが手を下す気が無いというのにフィオナが立ち上がる、そう、王族立たせてコイツ堂々と座っていたのである。
「ふっふふっふおぉ、イッ!! イイニオイデスネーーーー!! クオ……二組のノワール様ともしや同じフレーバーなのではッッ!? そう言えば殿下はノワール様のご婚約者であられるとかあぁッッ!? ももももしかすてお揃い!?!? キャー素敵ッッ!!」
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、これぞフィオナ・カノンの全力全開である。
アルファン王国で一番媚びる女は誰だ!? わたしだ!! 王都一六番街の夜の蝶達が死っとする、クラスメイトが若干|(?)ヒク程のあまぁいボイス、これが究極。
あまりの勢いに少し気圧されたジョシュアという姿を認めたフィオナの水色がギラリ輝いた。勝機だ、ここで「可愛いね」の意味を「可愛いディランの彼女」に決定づけて見せる。今こそフィオナ式抜刀術を見せるとき。技名の使用許可? あるわけない。
本人に言ったら? いやだなぁジェシカが脅迫《セーブ》させられて何度か死ぬに決まってんじゃん……ジェシカ、巻き込んですまぬ。
「でぃっらぁぁん、わたし達もお揃いのコスメが欲しいなぁ~?」
生まれて初めてだ……攻略済みに媚びるのは。
子供のそれこそ出会いたての頃は結構kawaii振り撒いていた気はするけれど、媚びた事は無い! 断じて! 無いっ!! ……たぶん、メイビー、自覚がないだけかスコーンと忘れているだけ。
「ンなぁ!? なななななんだよいきなり感じわりーな」
oh……。
神よ、時間を戻せ、入学直前にクオンリィに両腕へし折られてテンション激落ちディランになってしまえ……。
「フェリ、いや……ディラン、今のはいただけないな? 親しい間柄で照れもあるのかもしれないがレディにキモイは流石に禁句だぞ?」
王子、キモイとは言っておりません。怜悧な双眸を細め流し目に目線をディランに向けて少しきつめに忠告するジョシュア、もしこれがディランでなくフィオナだったらお濠か時計塔からの謎の転落コースは間違いナッシング。
これがヒロインvs攻略対象と攻略対象同士の差だとでも言うのか……ずるい。
「あー……すんません、ちょっと焦っちまって」
「いいんだよ、気を付けたまえ」
焦ったのはいいけれど「キモイ」を否定しなかった、後でディランはへそで投げる。決意を新たにするフィオナであった。
そして今の「いいんだよ」はジョシュアの言う事ではない……現時点でフィオナの中では第一王子フェルディナンドよりはまだまともという評価のジョシュアであるけれども、相対的に観ればヤバイ奴に変わりはない。
ではここでフィオナの中の攻略対象ランキングを発表しよう。
一位ディラン
エロ魔人だけれどやはり幼馴染、それに先日vsジェシカのピンチに駆け付けてくれたのはカッコよかった、一〇点満点で五点くらいはくれてやろう。
二位オーギュスト
クオンにお熱の肉食男子、攻略どころか接点がない。
二位でまさかの接点無しである、以下はジョシュア、レオナード、フェルディナンドの順に続くのだけれど、レオナードとジョシュアの順位入れ替えがこの時起こった。
結果最下位ワンツーが王族である……大丈夫かアルファン王国、魔王復活しなくてもこの国亡ぶんじゃ? ――そういえば……ヴァネッサ様が最終的に救われてしまうと国が亡ぶってジェシカが言っていた気がする。
――それって、わたしの《前世の記憶》が知らないエn
「本当に仲がいいのだね」
「フィオナとはまぁ、仲がいいっつうか……幼馴染ナンスよ、腐れ縁って言うか付きまとわれてるっていうか」
考え事をしていたらちょいと照れ隠しにしては聞き捨てならない言葉が飛び出した。フィオナの眉間に"ビキッ!?"と縦じわが宿る。
「何よ……ジョートーくれちゃう?」
「お前……眼帯オッパイに似てきたな……」
超絶可愛いフィオナちゃんを猛犬中尉に似てきたとは……胸か!? 胸なら許そう。 頭ならディラン・フェリは近い未来大理石っぽい床に後頭部を沈める事になる、今なら芝生だ、付きまとい扱いとかカクゴシトケヨ。
「やれやれ、ボクが惚気を当てられるなんてね……ボクも朝ヴァニィの補給をしなくちゃ……」
「デンカ? 朝バニーって何すか」
「おっとイケナイ声に出てしまったようだ。まあ、目の保養さ……見ての通り目が悪いのでね、定期的に癒しが必要なんだ」
ジョシュアは片目だけを閉じて軽く返し、眼鏡のフレームに指を軽く添える……なお、散々っぱらクオンリィに割るぞ割るぞ言われているそれが伊達眼鏡な事は一年一組で知らない者はいない。
どういうこと? とは思うけれども文字通り触らぬ神に祟りはなし。
しかしここはいみじくも王立魔法学院、国内最難関の魔法学院である、クラスの生徒の中に魔法が使えない者は一人もいない。特に男子が反応した。
目の保養、と聞いて真っ先に浮かぶのはやはり映像系魔法[念写]かその結果を[出力]したポートレートの類だろうとあたりを着ける、むしろそれが定番だ。出力せずとも念写の脳内再生も可能だが、脳内再生はネックとして現実の視覚情報をシャットアウトする必要がある。
簡単に言えば目を閉じればいいのだけれど、再三言うがここは学院であるからにはHRと言えども堂々と眼を閉じていていいわけがない……二組の爆睡令嬢でさえ側近の《伽藍洞の足音[認識阻害]》が無ければマイ枕を机の上に出す事だって憚られ……る、と思う、多分。
クラスメイトの意識とチラ見が集中する中、自らの席に戻って両肘を天板に立て顔の前で手を組むジョシュア……西部の黒い華マル秘お宝ポートレートなどを引き出すような動きは無い、覗き見にワンチャンかけた男子は落胆した。
では記録した念写を脳内再生しているのか? と思えば、別に目を閉じている様子もない。しかし、確かにジョシュアの口角が上がる……もしやあの眼鏡は再生機能がついたエロ魔道具なのか。それともまさか王家の希少魔統|《闇》を使って何かしているのか。
いいえ、今日はフル妄想です。
ヴァニィちゃんと同じクラスでディランとフィオナみたいにキャッキャうふふしている自分を妄想するだけで朝メシなんかいらねぇくらいに満腹です。
今日の二組は一限からザイツ夫人こと講師エイヴェルトの授業。
己の《這闇》は完璧だという自負はある、自負はあるけれど念のため使用しない。
――……察知されるのが怖いからに決まってるだろう?
優れた魔術士は発動された魔力の痕跡を辿り術者を見つけ出す、まして講師エイヴェルトは『座標』に得手がある《雷》の希少魔統の持ち主だ、そして《這闇[ヴァニィタイム]》はその性質上、発動し続ける必要がある。
察知されたら終わる。
ヴァネッサに汚物を見る目で「キモいですわ……」と言われるのは結婚後まで我慢しようと決めた事、これはジョシュアの血の聖約だ。
《這闇[ヴァニィタイム]》がうっかり発動してしまわぬよう、魔力を鎮め、ひたすらキャッキャうふふを妄想する、ああ、可愛いよヴァニィ、妄想だからちょっと舐めてもいいよねぺろぺろ。
「……なあフィオナ」
「……うん」
「デンカって、笑うとちょいキモいな」
目は開けているが焦点は合っていない、口は逆三日月に開き目尻はだらしなく緩む。完全にキマってる人の表情だった
「ディラン、それ絶対本人に言っちゃだめよ?」
「お前じゃあるまいし言わねぇよ」
「もぅ! バカにして!」
一時はどうなる事かと思ったけれど、ジョシュアの機嫌は良いし、これは『ジョシュアが可愛いと言ったから、今日は即死記念日』のフラグは折れたと見ていいかもしれない……。
クオンリィに頼ることなく乗り越えた。彼女のことだから気にするこたねぇから頼れる時は頼れって、そういってくれる気はする。でも。
――友達だもん!
一人になりたいと言って出て行った教室の扉をちらりと見れば、鉄鞘の太刀を腰に佩いた担任ミュリア・アーデが入ってくるところであった。
「おはようございますみなさーん、HRを始めますよー、席に着いてくださーい!」
朗らかな声が教室に響くと、皆思い思いに談笑していた生徒たちは自分の席に戻っていく、けれど、クオンリィが戻ってくる気配は無い。本当に何があったのだろう、少し不安を覚えれば眉尻も下がる。
「お、ミュリアちゃん来たか、んじゃ後でな」
「うん」
一旦登校しHRが終わってから皆で朝食、というのが魔法学院の朝である、全寮制なのに寮に食堂が無い理由に関してはここでは割愛しよう、まあお察しの通りやらかすやつが多くてこうなった。国内最難関の魔法学院である。嘘じゃない。
「あーそうだ、朝メシん時、こないだレイモンドが言ってた『転生』がどーのの話聞かせろよ」
そーだった! コイツも外壁にいたじゃあああん!! どおおおおおおおしよおおおおおおおおお!!
――助けてくおーん!!!!
※いつもお読みいただきありがとうございます。




