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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第一章
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第14話:クラスメイト

「彼女はボクの婚約者だ……忘れないように、ね?」


 ぞくり、眼鏡の奥の真っ黒な瞳から闇が溢れてきて教室内を包み込んでしまいそうな、そんな底冷えのする一声だった。


 ヴァネッサ様と道ならぬ恋でワンチャンなんて考えていた男子生徒も、ジョシュアにうまくお近づきになってあわよくば側室か愛妾と狙っていた女子生徒も全員がちょっと考え直そうと思うには十分だった。教室がシン……と静まり返るけれど、それをクオンリィの大仰な溜息が破った。


「はあぁ~……だから言ったでしょう。ジョッシュ、バカですか?バカですね?クラスメイト威圧していますよ?だからそういう権力ネタのイタズラはやめろと前から言っているんですよ?ヴァネッサ様も仰いましたよ?耳要らねぇのか?」


「ハハッ、愕かせてしまったかな。クオンの言う通り冗談だよ、婚約者なのは本当だけれどね。それじゃあ、あらためてこれからよろしく」


 空気を変えてへらりと穏やかな笑顔を浮かべると、教室内にほっと安堵の風が吹いてジョシュアからあふれた闇が流されていき、クオンリィに感謝の眼差しを向ける者、軽はずみに権力を翳すジョシュアの態度に不満や反感の目を向ける者、冗談だったかと能天気に席に戻る途中のジョシュアに話しかける者と様々だ。

 ジョシュアは話しかけられて気さくに対応しながら自分の席に戻っていく。


 フィオナは恐る恐るとクオンリィの方を見やるのだけれど、足を組み椅子の背凭れに体重を預けて、佩刀を抱くように腕を組んでいる彼女は、どこか憮然とした様子でただ前に顔を向けて小さく舌打ちなどしていた。

 フィオナは窓側なのでクオンリィの左に座っている為、再び亜麻色の髪が左眼を隠すように下ろされたので口元くらいしか確認できないけれど、確実に眉間に皺を寄せている筈だ、『手間ぁかけさせやがって』そんなオーラを感じる。


 それを見てフィオナは確信を得る。ジョシュアのアレは本気だったと、ヴァネッサに手を出したら王家の権力を使うと釘を刺してきた。

 ジョシュアは独占系の病みキャラ、地雷男なんてもんじゃぁないな、【攻略対象】ダメな人多いなぁなんてフィオナが思っているうちに、教師ミュリアはクラス内での歓談の時間にすることにしたようだ、一気に教室内がざわめきに包まれた。


 フィオナとしては一段落、安堵の時間を得たという事。


 クラス内の人気はおおむね二分されている、第二王子ジョシュアと同じクラスなのだから誼を持ちたい貴族階級……女子もいるけれど願わくば彼女が地雷を踏みませんように……風雲女子寮はフィオナも巻き込まれて登校できなくなる、勘弁してほしいところ。

 急に脱出ゲームが終わったらそれはそれで何らかの決着ということだ……。


 それに不可解もある、例のジョシュアルートでのラストシーン、あれは今思えば完全に病んでいた、【ヒロイン】逃げて、超逃げて。

 ではどの時点で病んだ?ヴァネッサの死を知った時?じゃあ今の時点で病んでるのはなぜ?【悪役令嬢もの】だから?

 決めつけるのは危険だ、何せジョシュア関連は【ヒロイン】の死亡フラグも盛り沢山なのだから


「……あなた、カノンさんって言うんですね」

「あっ、はい。実家は王都でパン屋やってるんで、休みの日にでもよかったら買いに来てください―」


 考え事に没頭していたフィオナだったけれど、不意に隣りから話しかけられて自然と自己紹介でも同じことを言った営業挨拶を返していた。


「さっきも聞きましたよ?全く同じセリフでしたよ?」


 クラス内の人気をジョシュアと二分するもう一人、もっともこちらは威圧感のせいで遠巻きに集まってはいるけれども誰も話しかけてはいなかった、そんな隣りの席のクオンリィから話しかけられていた。フィオナは思わず水色の瞳をカッ開き頬を引き攣らせてしまう。


 フィオナとしてはもう敵対意思はない、むしろヴァネッサを死の運命から救う事はクオンリィにとっても救いになる話だ。


 敵対意思はない、無いのだけれど出会って二秒で殺気放たれて【通常戦闘BGM】と【攻撃範囲】を表示された事は記憶に新しいというかあれから半日も経っていない。体が勝手に慄いてしまう。

 同じクラスになった事といいちょっとばかり情報量が多いので一旦お持ち帰りさせてもらって検討したい所だった。


 しかし、それにしても……とフィオナの目が濁る。小さな子供がぬいぐるみを抱いているようなポーズと言えば可愛いのだけれども、抱いているのは刀なのであまり可愛くはない。目尻の下がった紫の瞳は今はあまり剣呑とした光は宿しておらず、フィオナの自己紹介がテンプレだったことを指摘して、口元には柔らかな微笑を浮かべている。――待っておかしい、可愛い。フィオナの目が更に濁る。


 刀を胸の前に抱いて腕を組んでるので。π/みたいになっていて必然的に持てる者への憎悪がかき立てられる。クオンリィの斜め前の席の男子、流石に教室内は自殺行為だ、これは実戦だ、既に彼は侮蔑の視線を注がれている。


 また視線と言えばフィオナも結構浴びる事となってしまった、先程のマスク少女や、ヴァネッサ派を自称する女子生徒がクオンリィに話しかける前に、クオンリィの方からフィオナに話しかけてしまったのだ、しかも友好的に。

 恨めしそうな視線にちょっと鼻が高くなるけれど持ち帰り検討の資料がどんどん増えるだけなのでフィオナとしては代われるものなら代わりたい。


 クオンリィは軽くフィオナに向けられている視線を確認すると、組んでいた足を下ろして立ち上がる。


「ここじゃあ話もなんですね?――ちょっとツラかせ」

「……は、はぃ」


 そんな柔和な微笑で言われるとは思ってなかったフレーズが飛び出して、フィオナは自分のつま先だけをガン見して続いて立ち上がると、視界に入る黒のロングスカートと腰に巻いた白銀のサッシュが揺れるのを見ながらクオンリィについていく。


「姐さ……」

「私は、コイツに用があるンだよ。分かりましたか?……分ったな?」


 マスクをした少女が、自分もついていこうとしたのだろう、勇気を振り絞ってその背中に声をかけると、クオンリィは一旦足を止めた、その後ろを縮こまって付いて行っていたフィオナもあわてて足を止めるけれど、その一つに束ねられた亜麻色の後ろ髪に軽くぽすっと額を当ててしまった。



(やばっ謝らないと――ナニコレスッゴイイイニオイイィィ)



 鼻腔から飛び込んできたのは花の香だ、いくつかの香を混ぜているのだろうか、とんでもなくいい匂いでフィオナは惚けた顔をクオンリィの髪に向ける。

 当然である、クオンリィはヴァネッサの取り巻きとして従軍していないときはほぼ24時間ノエルと共に傍に居る、毒見も兼ねて食事も一緒に取るし、お背中を流す為お風呂も三人一緒だし、ヴァネッサが眠れないときは寝るのも三人一緒、侯爵令嬢とほぼ同じ生活をしているのだから、髪の匂いなどは多少の差はあっても実質西部三人娘は一緒なのだ。


「カノンさん?聞いていますか?行くぞ……やっぱ耳要らねぇのか?」


 いい匂いに呆けているところにかけられるのはガラついた言葉、目には柔和な微笑が、鼻から気品あふれる香りが、情報量が多すぎてフィオナは頭がどうにかなりそうだった。


「ザ、ザイツさん?まだ鐘は鳴っていないから、クラスメイトと親睦を」

()()()()()()()


 ミュリア先生が引き留めようとするのを一言でそう言い斬って捨て、教室の空気を真っ白に凍り付かせたままクオンリィは、ジョシュアだけがくすくす笑う静寂に包まれた教室をフィオナを従えて出ていく。


 再びフィオナは自分のつま先を見つめるように縮こまった姿勢で、今度は耳まで真っ赤にしていた。どこに連れていかれるのか分からないが本当にお手洗いという事は無いだろう、それにしても、それにしてもである、とんだ巻き込まれ事故なんてものではない、恥ずかしくて頭がクラクラしてきた。


「ここらでいいでしょう……カノンさん?」

「クックックォ……」

「何ですか?その変な含み笑いのなりそこないは?」


 人に聞かれる事を警戒しているのか、クオンリィがフィオナを連れてきたのは教室棟の端の方、ミュリア先生の話では授業で使う資料などが科目別に分けて収められた部屋が続く廊下の一角だ。


「まぁいいです、少し待ちなさい、今()()()()()()


 そう言ってクオンリィは左手で刀を水平に腰だめの位置に持ち上げ、指は人差し指と中指と親指を立て互いが直角になる形を作って印を結ぶ、高まる魔力にふわと静電気に亜麻色の髪が浮き、右手の指で軽く柄を爪弾くとパチッ!と一瞬大きく電気が弾けて、周囲の音がプツンと消えた。


 目にもとまらぬ速度で抜いたのかと思ったけれど、クオンリィの鞘には鯉口のところに鍔を固定する金具がついており、それが外れていない事から流石にそれは無い。

 貴族の密談などで使われる[音声遮断]魔法であった。


(はぁ!?え!?音消せるなら"連れション"は何?私は入学初日にただただ恥ずかしい思いをしただけ?同じクラスに幼馴染だっていたんだよ!?お店に来てくれる子だっていたのに!!パン屋の娘が連れションとかなんか風評被害が出たらどうしてくれる!?)


 多分いろいろ話さなきゃいけない事がある、いろいろ話し合わなきゃいけない事だってある筈だ、でも今そんなことはどうでもいい、

 フィオナ・カノン花も恥じらう一五歳、乙女として譲れないものはある。


「クックククククオんる、クオンリィさん!!」

「聞こえてますよ?あとクオンでいい」


「貴女って人は!これじゃ私まで連れショ……こ、こここ言葉を選んでですねえ!これ私平民でクオンさん貴族じゃないですか!ご令嬢じゃないですか!!逆でしょ普通!普通は逆でしょ!?これだから平民ははしたないとか、そういう貴族と平民の育ちの違いアピールするところじゃないんですか!?バカじゃないんですか!?侯爵令嬢の取り巻きが女ヤンキーで眼帯で帯刀でとんでもないバカですがどうしたらいいですか?とかそういうのですか!?クオンさんのバカ!デリカシーなさすぎ!!」


 怒り肩に両手をぎゅっと握って耳まで真っ赤にして全身をぷるっぷるとさせ、水色の双眸を羞恥に潤ませクオンを見上げて睨むフィオナが見せた突然の剣幕と言葉のラッシュに紫の単眼を丸くして、ややたじろぐクオン。

 周囲との音を断っているので二人の間では音がクリアに伝わっており、あまりの剣幕と大声に耳が少しキーンとなっている。


 クオンとしては、警戒対象ではあるけれども自分を助けようともしてくれたフィオナに今朝の詫びを入れるつもりだった。

 しかし流石にヴァネッサの側近としてそれをいたずらに人前で行うわけにはいかない、その為に連れ出す必要があったのだけれど……。


 なるほど然り、自分にも「便所行ってきます」を「お花摘みに行ってきます」と言っていた時期はあるのだ、男所帯の軍隊生活が長くてすっかりそういうのは忘れてしまった、


 流石に上官に「賭けてたんだ、教えろよビッグベンか?リトルジョーか?」と言われたときは奴の腕の一本といわず二本でも斬り飛ばしてくれようとしたものだったけれど、そうかフィオナの剣幕は()()かと納得を得ることができた。


 前線疲れ、ヴァネッサにそう指摘された事にもやっと得心が行ったと思えば、まだぴいちくぱあちくと薄い桜色の髪を振り乱して羞恥を訴えるフィオナの姿を晴れ晴れとした気持ちで受け止める事ができた。


「ふっ……ふはっ!ははは!あはははははははは!!」


 顔を仰け反らせる勢いで突然笑い出したクオンに、フィオナはハッと我に返る、マズイかもしれない、バカとか思い切り言っちゃった、【戦闘BGM】は聞こえ始めてないけど、[音声遮断]って≪前世の記憶≫さんも断たれちゃってるのかもしれない、恐る恐る笑うクオンを見上げる。


「や、その、言い過ぎた……カモ」

「いーや、構わねぇよ()()()()


 さっとクオンが頭を大きく振れば、バサッと髪が跳ねて隠すようにしていた眼帯があらわになる、口は左端を吊り上げた笑みを形作っており、紫の単眼はしっかりとフィオナの水色を見ていた。


 前髪で隠すのは、ヴァネッサ様の側近がキズモノと知られ恥をかかせやしないかと心配したからだ。

 前髪で隠すのはそれを見るとヴァネッサ様とノエルにあの事を思い出させて不愉快にしてしまうんじゃないかと思ってのことだ。

 ヴァネッサ様は隠したりしないで普通にしていた方が顔がよく見えてクオンは可愛いのになんて仰ってくれていた。

 なら、これでいい。

 アルファン王立魔法学院一年一組のクオンリィ・ザイツはこれでいい。


 入学デビュー"上等(ジョートー)"だ。


「王都民の平民風情がヴァネッサ様の名前を入学前から知っていたり、抜く前にギリ避けやがっただとか、レオの『魔当て』を見切ったりしやがっただので、貴女は警戒対象です。ですが、それはそれ、これはこれ、今朝は脅かして悪かったな?ごめんなさい()()()()です、レオに詰まされた時庇おうとしたな?ありがとう()()()()です、連れション仲間とは確かに随分な恥をかかせたな?ごめんなさい()()()()です。……後は、なんかいろいろだ。()()()()です」


 クオンが指折り数えれば結果右の拳が握られ、それを軽くフィオナの額にコツンと添えた。


「フィオナには()()ができました、()()()()()()()()()()()()()()()()。意味わかりますか?警戒対象、ヴァネッサ様に楯突かぬ限り。わかりますね?――()()()だ、数え間違えンなよ」


 クオンはニィと笑みを深めて右手を差し出す。



「バカ呼ばわりも貸し一つですね。これからよろしく?平民」



 【残弾数:6】

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