第129話:幾久しく
【2020/09/22 13:00】結末部分をコピペミスして欠落したまま更新してしまった事が発覚しました。
現在修正済みです、ご覧になった方はわかりますがガラッと印象が変わってます……読者様にはご迷惑とお手数おかけし申し訳ございません。
再発防止に努めます。
レオナードは既に龍炎を龍焔に転じているのではないか? 魔王再封印の旅の中で仲間たちの誰もが思っていた事だった、銀朱城の防衛戦に参戦したという彼は実戦経験を経たからか、傲慢さや短慮の目立った態度はなりを潜めどこか影のある雰囲気を纏って……魔族相手に放つ炎が明らかに過剰な火力に成長して激しい怒りに満ちていた……無理もない、家族を皆失ったとは全員が聞いている。
「レオ……お前……」
絶望の先に掴んだ未来、それは嫌がらせのようにとても、とても悲しい結末だった、それでも……絶望だけはしなかった、胸を張りただ一振の刀となる事を誇る背中が、眩しく……愛おしい。
――幾久しく……私の名前、そういう思いで付けたってクソ親父が言ってました。
「良い名だ」
文字通りにレオナードの周囲を渦巻いた炎がやがて中空で一つの形を成す、総身魔力拵の炎の刀。そしてその柄を逆手で掴むのは――。
「幾久しく、お前を手離すものか……[久焔]」
色合いは茜一色、長い髪の先やつま先は間違いなく焔ではあるけれど、すらりと伸びた背筋、そして形の整った締まった尻。明らかにそれが異形なのは背に竜の、飛竜の立派な翼と額に角のようなものがあることか……竜人と呼ばれる魔族に近いけれど尾は無い。
「レオ……お前……」
ディランは言葉が出てこない……。
全裸だ。
コイツ、全裸の女を焔で形成しおった……。
レオナードが銀朱城の防衛を成功させたという吉報とそれに伴って喪ってしまったものの情報を当然手に入れている兄弟王子も思わず視線を逸らす、全裸だ、しかも全裸の幼馴染だ……銀朱城防衛戦で奮戦し魔王軍四天王を二柱斬る大戦果を挙げるも戦死、亡骸も残らず魔鞘・雷斬だけがヴァネッサに届けられた。「死にでもしなければ手放すわけがない」関係者のだれもがそれでザイツ令嬢が喪われたことに納得したという。
ついでのようにレオナードとそういう仲だったというのは誰も信じなかったけれど、嘘ではなかったのか……。
「この尻……クオンリィ・ザイツ……!?」
「キサマには後で聞きたいことがある……」
「へっ、何か知らねえけどこれがレオの本気ってわけだな……!」
「お前は前に回ろうとするな、たたっ斬られたくなくば引っ込んでろ」
オーギュストの名誉の為に言えば、決して生体ハードルで飛び越えられたとか風呂を覗いたとかではない、夏の臨海学校でフローレンスを探していたら偶然黒い三連星がいる女子更衣室に辿り着いてしまった事があるだけである。フローレンス嬢の目が冷たい。
あとディラン、前に回っても何もない、つるっとしている。しかし当然ぺったんではない、むしろ少し盛った感がある。
「ええい、毎度なんで裸なんだ!!」
お前の魔法だろ? 魔王軍四天王の絶望含めて全員が思う。
俗に焔の精霊とでも呼べばいいのであろうか、実際ここに辿り着くまでに戦った魔族でそういうのがいた事はある。肉体は存在せず魔力だけのある意味では純然たる魔族オブ魔族、しかし魂たる魔力の顕現という事はその性質はアンデッド、ゴーストなどに近いとも言える、最大の特徴は……魂あれど心を持たない事なのだけれど。
「…………」
久焔とそう呼んだレオナードが魔法で呼び出した焔の女体が、確かに一瞬レオナードのほうを向いた。
頷いたレオナードが拳を突き上げれば、久焔の足元から[龍拳]の焔が立ち上りセクシャルな部分に巻き付いて全裸、ではなくなる。
右手に逆手に握った焔の刀をそうするのが当たり前という動作でくるりと旋して納刀の動作、いつの間にか刀身は炎の鞘内にあるような形状に変化して左腰に差されているかのよう。その動きは普段刀身を衆目に晒す事さえ良しとしない彼女が機嫌のいい時にする余興のムーヴだ……。コレ感情搭載してないか?
「クオン……さん」
残念ながらコイツの機嫌がいいという事はだいたいフローレンス嬢のテストの答案用紙が入れ替えられているだとか武技実技でボッコボコにした時。フローレンス嬢も大概剣士脳なのでテストは兎も角、抜刀伯の薫陶を受けたクソ強い武辺者を見紛う筈がない。
「ふ……ふは! 何かと思えば! 依り代にと思ったがとうとう絶望しなかった者の魂か……! 絶望しておればヴァネッサ妃一行もさぞや良い絶望を抱え案外すんなり魔王様のものとなったやも知れぬものを……!」
呆気に取られていた魔王軍四天王最後の一柱「絶望」が舌禍を蒔く、一体何を言っているのかと一笑に付すような内容ではあるけれど、魔王の妻にと見込まれたヴァネッサと、相棒の帰りを待つノエルの前に絶望に堕ちたクオンリィが現れたなら……それは大層趣味の悪い悲劇に違いない。
「なあレオ……やはり僕も戦らせてもらう……第二王子としても、ヴァニィの婚約者としても……女の子三人をむざむざ先に行かせた情けない幼馴染仲間としてもね」
「ふん、火傷しても知らんぞ……? オレの焔は狂暴でな……」
銀朱のマントをレオナードが翻すと、ああやっぱりと言うか飛竜の翼を持つ焔が中空に浮いたまま腰を低く構える、左前の抜刀だ、最近レオナードの炎にプラズマ化している事があるのももはや納得であろう……彼女の魔力が重なっていたのだ。――ふと、レオナードが構える久焔に一度振り返って、それから挑発的にギイと唇の片端を吊り上げて顎を上げ、尊大に見下す仕草。
「なあおい、絶望とか言うの……」
そして親指の先で背後の焔を指し示した。
「冥途の土産に、目ン玉カッ開いて良く焼き付けろ。 オレの女だ、お触りは禁止だからな」
負けるわけがない。
――全く、品のねぇ啖呵ですよ。
こんな悪夢、私が辿らなければ……いいんです。
ああでもそうすると、やっぱりちょっと淋しいですね? どうしましょう?
……たった一週間でも、新婚生活は悪くなかったですよ? アイツ意外と激しくて……。
「生々しいわあああああああああああああ!!!!」
レオナードがシーツを蹴って飛び起きる、朝っぱらからの大絶叫は防音を一切考慮していない男子寮に響き渡り、同室のロウリィだけでなく隣室のナッシュ達にもそれはそれは甲高く耳に突き刺さった、勿論男子寮内にいる全生徒にも突き刺さった事だろう、声変わりの済んでないレオナードの声を「すわ女子か!?」と慌てて身嗜みを整える生徒もいて騒然となる中、ロウリィだけは違った反応をレオナードに向けていた。
「何なのだこのどうしようもない悪夢は!! ヴァニィちゃんもあんな……くそ! それにクオちゃ……クオン……リィの奴、あんな……あんな……うおおおおおお! 誰かオレの記憶を殺せィ!! 悪夢で淫夢とかどうなっておるか! 辿るわけなかろう!? くそ……ン? どうしたロウリィ、ポッポが豆鉄砲喰らった様な顔をして……」
耳の先まで髪と瞳の同じ鮮やかさの朱色になるのではないかという程に染め、悶絶しながらベッドの上を転げるレオナード、一瞬もう呼ぶまいと思っている愛称まで口を滑ってこぼれそうである。ちょっと苦手な想い人の取り巻きとねんごろになる夢を随分じっくりと見せられた気がする、なんでだっけ?と思いだそうとしてもだんだん記憶が薄れゆくものだから頭を抱えてうんうん唸っても解決しそうにない。
ふとこういう時真っ先に声をかけて……九割茶化してくる第一側近が何やら呆然と此方を見ている……そして、理解る。理解ってしまう、ギギと錆びた玩具のように振り仰ぐ、中空。
全裸の女体を七分の一にスケールダウンしたような焔の精霊が其処に浮いていた。
レオナード・アルフ・ヴァーミリオン……希少魔統≪龍焔≫。
人前で使えないタイプの覚醒の仕方をしたのであった。
一方、同時刻の女子寮。
「生々しいわあああああああああああああ!!!!」
「耳元でやかましいですわ……!!」
ずどんと目覚めに魔弾が直撃する、あ、これどろっぷキックくらいの威力ありますね? 壁にめり込む勢いで三人並んで眠るベッドからまさに蹴り出される。もちろん防音設備も完璧な女子寮、この程度騒ぎになる事はない。
悪夢にリターンするかと思いきや異常に目も頭も冴えていて戻れそうもない、また初めから見る事になったらそれはそれで本当に嫌ですねと思う程度にはがっつり覚えているから良しとしようと、むっくら起き上がり襦袢の袷を軽く整えながら、勿論寝直し、既にリラックスした寝息を立てるヴァネッサ様の寝顔に申し訳ございませんでしたと頭を下げた。
「なあにー? すごい音したけどー?」
起き出してきた相棒が目をこしこしと指先で擦っているので唇に示指を立てて目配せ、とりあえず寝直す意味はないから顔でも洗おう、変な夢のおかげで……おかげで……ベッドの脇を回り、ノエルに近づくと、クオンリィの顔を見て呆けたように困惑するその浅葱色の髪を思い切り抱き寄せて首元に顔を埋める。
「クオるん? 泣いてるの? どうしたのー? ババァに叱られる夢でも見た?」
ババァと言ったらターエ大尉の事だ、流石のノエるんでもママをババァ呼ばわりすればどこから聞きつけたのか死なない程度の雷が比喩抜きで落ちてくる。にししと笑う声が聞こえる、どんな顔をしているのかなんか見えなくたって見える、レオナードより小さい手がよしよしと亜麻色を撫でる感触は優しくて、悪夢の中で一番傷つけた後悔で呼吸が荒くなる。
良かった、良かった、夢で良かった辿るものか。
嗚呼、嗚呼、冗談じゃない、辿るものか。ノエルに後を頼むなんて、バカに第一側近の業務が務まるわけがないのに!
「なんか、ふぐふが言ってて判らないけどバカって言った?」
くりくりとつむじをマッサージされる圧とぷくっと膨れた頬が耳の後ろに当たる感触。
辿るものか、辿って堪るものか、あんな悪夢、絶対に無かった事にしなくちゃいけない。
「今朝は何ですのぉ?? もー……そんなに泣かれたら寝直せませんわ?」
のそ、とベッドの上を這って来たヴァネッサの声にクオンリィの肩がびくんと跳ねる。
えいやと体幹をばねに跳ねたヴァネッサが側近二人共の頭をアルファンの至宝にどみゅんと埋めた、朝からいちゃつくなら三人でである、これ決定事項。
「ふあ、ヴァニィちゃんおも――」
「――ン? ノエるん、小型拳銃の銃口なんか咥えてどうしましたの?」
「あんれんぉあーい(なんでもなーい)」
平和な日常、フィオナとレ嬢が言っていた未来で起こる事の話を聞いたせいであんな悪夢を見たのだ、やはり狼牙だけではなく空牙に骸牙の三連携を決めてやらなければ溜飲が下がらない。
何とか乳圧から逃れてぷあと顔を上げると、ヴァネッサの指が頬の涙の跡を拭ってくれる。三人の顔が至近距離で笑い合う、この二人と共に在る、護る為なら……。
「あれ?」
――あ……。
「クオるん、雷斬の笄いつのまに換えたの?」
おかしいな、あんな悪夢……私は辿らないって、決めたのに……嗚咽が止まらないよ。
銀朱城への魔族侵攻は行われる。
マリアおばさまは策謀の手にかかり姿を奪われる。
ギルバートおじさまは初戦で飛竜の暴走で兵を失い戦死される。
リントも、ヒゲの竜騎士団長も多分そこで……。
――私が辿らなくてもだ。
私が命を引き換えにした銀朱城防衛戦は私もレオも参戦しないで無残に落ちて廃墟になる、きっと逃げ遅れた民もたくさんいるだろう。
私はそもそも銀朱でまともに戦わなかったのか、ヴァネッサ様の仇討ちの八つ当たりをするらしい、自分の事だ良くわかる……絶対やる、暴れ尽くす。
結局ヴァネッサ様もあんなお姿だ。
私が辿ってもどっちにしてもだ。
「ねえ……ヴァニィ……ノエル」
「どうしちゃったのよ……クオン、そんなに苦しそうなお顔……わたくしも泣きたくなってきましたわ」
凛凛しく強気な意思に満ちた金色の双眸を、おろおろと眉尻を下げて困惑の色を濃くして潤ませるヴァネッサ。
「ほんとうに平気? 抜刀ママに今日はお休みするって伝える? お腹すいた? バッタ食べる?」
快活でコロコロと表情を変える瑠璃の双眸は次善の行動をああでもないこうでもないとバカのくせに思いめぐらせている。バッタは食わん。
「だい……大丈夫……です!」
"上等"だヨ……!?
なんで夢をこんなに覚えてるのかわかンねえけどな……。
私は絶対諦めねェ、絶望なんざ振り切ってやンよ!!
「恋は魔法で愛は呪い」
第四章
END
――つづく。
※ いつもお読みいただきありがとうございます。
少し番外編などを挟み五章へ移ります。




