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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第四章
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第125話:銀朱城防衛戦・7

 戸が閉じた上にカタン、と閂でも閉めたような音まで聞こえた……何この部屋外から施錠可能? 両親の私室という事を考えると何とも言えない気分になる……室内の調度は当然のように最高級のものが揃えられており、二人掛けのソファにローテーブルに暖炉には懐かしさすら感じる。……問題は私室兼寝室で、でかい天蓋付きのベッドまであるという事と、寝るのに使っているのかシーツがめくれあがってなんだか生々しい。


 一緒に銀朱城に入ったはずのロウリィとナッシュはそういえばどこへ行った? 防衛に参戦したのか? いや、部屋に入った時は後ろにいた気がするのでどこかのタイミングで逃げた?


「……良かった」


 防衛成功にぽつりと呟いた心底安堵したようなクオンリィの優しい声色が耳に落ちる、ぎゅっとレオナードの頭を抱く腕に力が入り、肉のクッションに目元がより押し付けられて、薄目を開いたら肌色総天然色でお前ブラとかしてないのかとかこの匂いは蜜柑か? とか余計なことを考えてしまいそうなので真面目な事に思いを馳せる。


 先程の話によれば最も外周の四ノ丸の大外門の橋を内から降ろそうとした「策謀」とやらを阻止しようとしてクオンリィは戦ったという……空から見た限り既に城下町でもある四ノ丸と三ノ丸は既に門が破られ戦場と化していた。つまりは父上の介入もあってか詳細は分からないが結局阻止に失敗してしまったという事だ。おっぱい。


 父上とその後どうなったのかも大いに気がかりだけれども、そういった失敗を重ねながらもそれなりの日数この銀朱城を陥落させず防衛を指揮してきたのは、先程の魔術士隊副長が報告に現れた事からもこのおっぱいなのだという事は想像に難くない。むにむに。


 ――はて? そういえばコイツ指揮官経験あったであろうか? と考えてみる、黒い三連星で活動するときノエルちゃんは情報を集めて報告はするけれど取捨選択はほぼしない……ヴァニィちゃんはどうせめんどくさがって「やっておしまい」しか言わない……なるほど、結構慣れているのか。柔らかい。


 現状に目を向ければ、幸いなのは竜騎士が後方に回った事で、周辺領地への援軍要請なども行えているのであろう事……しかし。いいにおいするな。


 銀朱城は山城である、渓谷に囲まれた城は堅牢ではあるのだけれど一度丸ノ内に敵兵が侵入してしまえば、それは防衛隊と援軍の合流が困難であることを意味している。

 ……散発的な援軍では陽動にしかならず、合流したければ援軍は一気に大軍を投入する必要がある、避難してきた竜騎士団の話では翼の強い飛竜が援軍要請に王領にも飛んでいると聞いている、きっと王領から望ましい援軍は来てくれるはずだ。



 ――……だがそれは、一体いつだ?



 最低でも二週間、行軍となれば一カ月は見たほうがいい、その間……防衛指揮と考えれば指揮官は前線に出る事は出来ない。特に二の丸からの防衛となれば経験したことはないけれど苦しいとどの文献にも記される籠城戦の始まりだ……いいタイミングで駆けつける事が出来たのか、それともこれは最悪のタイミングなのか。


 学院で幾度も対峙したから言えるけれど、この女の実力は悔しいが本物だ。前線に出れば、出る事が出来れば、自分たちが散々苦しめられた魔統≪雷迅(らいじん)≫が魔王軍を苦しめるのだろう。しかし集団戦闘では? ……知りうる限りクオちゃんの剣は基本一対一のものだ、多数相手には……――いや、一つ斬り、二つ斬り、一騎当千のソードマスターっぷりを見せつけそうでもあるけれど……。


 でも、たった一人の戦場だ、知己もおらず、身を寄せた母上を知らぬうちに謀殺され、リントさえも自らの手にかけて、逃げ出してきた十七の女に銀朱はなんと過酷な運命をくれる事か。城を預かるヴァーミリオンの嫡子として身内が情けなくもある。


「……クオちゃん」


「……………………」


 抱き合ったままで長い沈黙を返されるとなんだか気まずい、頭を撫でるのは手持無沙汰だからだろうか、ガキ扱いしおって……とはいえ……今離れると色々まずい状態を目撃される事になるのでレオは離せない。普段はむかつく腰の位置も結構違う身長差に初めて感謝した。こいつわかっているのか? オレは男なのだぞ??


 そしてクオンリィはといえば……この十七歳の乙女は好意を真っ直ぐに向けてくるオーギュストと邂逅していない、そして「レオナードとの縁談」に前向き、というかはっきりぶっちゃければ……諦めてはいたけれど昔からレオが好きである……。


 ちっこい?

 声変わりが済んでない?


 何の問題が? ……ヴァニィのオトコだって幼心に思って身を引いていたけれども、ジョッシュが出て来て婚約してからはちょっとあわよくばワンチャンと思っていた。ちょっと身長差があるのをレオが気にしてそうではある……。だから、懐かしい愛称で呼ぶ声が沁み入る、浸りながらレオの髪を指先で弄ぶ。


「……その、あー……大義であった」


 ところが、レオから返ってきたのはそんな言葉で、思わずと毟ってやろうかと頬がひくりと跳ねた、今いいムードでしたよね? と思えば、むすっとした声色が自然と漏れた。


「……は? ……何もできてませんよ?」


「何日守っているかはわからぬが……民を逃がしたのはクオンの采配であろう? それに、よくぞ二ノ丸までで食い止めた……次期侯爵として礼を言うぞ」


「……それは主にリントの功績です、命を懸けて民と仲間の飛竜と銀朱兵の士気を守ったんです」


 無骨な話とはいえ、直球で褒められて悪い気はしない、うまく行かない事ばかりの中で民を守れたのはリントと共に成した功績だ……仮面の奥でわずかに口角を上げる。


「と、ところで、先程からちょいちょいと縁談やら嫁やらと聞こえた気がするのだが?」


「!!」


「おわあ!?」


 不意打ちは勘弁してほしい。クオンリィは気が緩んだところで落ち着いたら話そう話そうと思っていた縁談話を持ち出されたし、レオナードはいろいろ完全密着は主に男の子の部分が反応しているので困る。ぐっと思わず一気に頭をより抱き寄せるクオンリィと、腰が密着するのは避けたいレオナードが押し返す為に背に回していた手を前に差し込むと結果引き締まったお腹に手を這わせる事になったけれど、腰を押し付けずにはすんだ。



 乳に溺れそうになるという代償を支払う事になったけれど。



「ふはあっ!? どどどどこ触ってんですかッッ!!」


「もがっ!! もがもがっ!? ンンンンン……!!」


「あっ! ちょっ……何で頭から突っ込んでくるんですかっ!?」


 腰を抱かれて胸を押されれば、わたわたっと後ろに倒れ込んでしまうクオンリィ、髪の毛掴んでぶん投げてやろうかと思った時には遅く、ガツッとヒールが家具に当たる感触と平衡が崩れる上体、ぼすっとクッションに沈む背中……。面を外して確認するまでもない、間違いない、ベッドに押し倒された。


「~~ッッッッ!!」


「ぷはっ!! ふはあっ!?」


 クオンリィが混乱しているうちに、頭に回されていた拘束が緩んで危うく窒息するところだったレオナードは水面に上がったばかりのように大きく息を吸い込み、そして現在の二人の体勢に大いに慌てた。足の間に入り込んで致命的な事態は避けたけれども……。


 今部屋に誰かが入って来たら絶対言い訳の利かない状態である。……しかし、しかしだ。


 クオちゃん……嫌がってないよね? 意を決して膝をベッドの上に昇らせると、顔の両脇に手を着けて目線の高さを合わせる。……仮面はやっぱり目の穴が開いてない……流石に趣味が悪くないか? と訝しむように眉をハの字に寄せた。マリアおばさまのチョイスである。


「……クオちゃん……」


「ひゃいっ!?」


 声を裏返らせながらクオンリィが返す声は今まで聞いた事が無いようなもので、思わず吹き出してしまいそうになりながら彼女の左手を見ると、黒鞘を握る指先が真っ白になるほど力を込めている。


 というか……さっきからごっつんごっつんと頭にぶつかっていたのはこれか……まあ腰に差したままでは今頃愛刀を尻に敷く羽目になったクオンリィにブチギレられて、たたっ斬られたかもしれないからきっと鍔らしき部分で頭をぐりぐりされたのはそっちのがましだったと思うべきだろう。


「その、母上の手紙には……嫁を選んでおいた、とあったのだが」


「……ぇぇ……」


 こくりと頷くクオンリィ。


「唐突過ぎたが、先方も嫁入りに不服は無いと書いてあったので……てっきり臣下の誰かの娘と縁談かと……」


 魔王軍もまさかでその母上が既に亡いというのもまさかなんてものではないけれど、まさか朱色のドレスでラッピングされた幼馴染がおっぱい押し付けてくるとは思わなかった。


「……ダメですか? 私じゃ」


「……そ、それは……だがオレは、その……」


 言い澱むと、押し倒されているクオンリィの気配にぞっとするものが混ざる、右の手で仮面を外すと、あからさまに不服を表情に浮かべた素顔が露になった……。


「ふん……あんな尻軽女のどこがいいンですか……」


「おま、尻軽て……!!」


「私は、ずっとレオを見てましたよ? ヴァニィと婚約するんだと思ったから身を引いて……でもジョシュアのおかげで身を引かなくても良くなって。――……それなのにレオがあんな事するから!! 学院に着てみればあっちにこっちに粉かける女に引っかかって! このスケベ!!」


「あんなのどう考えても事故だろう!! ジョシュアと男同士で風呂入ったくらいで絶縁するほどキレるとか予想つくか!?」


「レオナちゃんじゃなくてレオだって懇切丁寧に説明して平謝りに謝ればいいでしょう!?」


「キレたヴァネッサが銃突き付けてるのに頭下げて視線を外すとか自殺行為にも程がある!! それにオレは次期侯爵だぞ!? いくら何でも謝れるか!!」


「ちっちゃいオトコですね! フラれて良かったんじゃないですか?」


「ちっちゃい言うな!! 良い事なんかあるか!」


 する、と黒鞘を手放したクオンリィがじっと紫の瞳に朱を映したまま、両の手をレオナードの頬に、耳朶に、首筋にゆっくりと這わせる。ぞくりと指先の触れた箇所から四つん這いになる尻の先まで軽く痺れる様な感覚、≪雷迅≫かとも思ったけれど、魔力の反応はない。喧々囂々と言い合っていたのがウソのように静かな室内に二人の呼吸だけが嫌に耳に届いた。


 気まずくて視線を下げればさっきまで顔面を埋めていた肉塊が仰向けになった重力に従っている、ドレスの胸元もすっかり乱れている。いけない、これはいけない、なんてけしからん。


 そしてクオンリィはマリアノートに遺された必殺技に入る、おばさまが"魔龍候"を沈めた最後の一手。


「……かわいいお嫁さんですよ? 嫌ですか……?」


「――ッッ!!」


 びくりと肩を跳ねさせながら視線を上げれば、恥じらいの中頬も耳も真っ赤にしながら精一杯に拗ねた風に唇を尖らせている幼馴染がベッドに一つ束ねの亜麻色を広げて紫の視線を甘えるように向けて来ている。


 レオナードとて十七歳の健康な男子、側近たちのどこそこの色宿が良かっただの悪かっただのの話を聞かされても、間違っても侯爵令息、それも嫡男がよもや商売処に足を運ぶわけにもいかない……自己処理か夢のお告げに任せるかしかないのだから――正直もうたまらん。


「――……ッッだとしてもお!!」


「は!?」


 押し倒した格好で首に手を回されて、そんな叫びを上げられるとは思っていなくて、紫の単眼を思い切り見開いて唖然呆然とした表情をレオに向ける。


「だとしても! こんな勢いに流されて襲うようなのは駄目だ!! クオちゃんが弱っているところに付け込むようでそんなのは最低じゃないか!!」


「ぐっは!?」


 フラれたところに付け込んで雰囲気で流そうとしたクオンリィに言葉のナイフが突き刺さる。


「第一、俺達はまだキキキキキキせ、接吻もしていないのだぞ!? 順序がおかしいであろう!!」


「ぇー……まあ、な?」


 ごろと不貞腐れたように頭を横に向けると、笄の先が頭皮をチクリと刺す。刺すのはこっちですか? 深い深いため息。


「だ、だから、今日はもうこのまま寝るぞ、い、いいな? クオン」


「……そんなんで寝付けるんですか?」


「う、うるさい……つつつ妻なら夫の要望を聞け! それくらいできよう!」


「寝かせろって? チッ……まあいい、目ェ閉じろ」


「えっ……な、何何何?? 何するつ」


「寝かせてやンよ……迸れ、≪雷迅≫」


「ちょ!? ――むぐ!!」


 手をかけた首に体重をかけてぶら下がると、体幹がしっかりしているのか思ったよりも体勢が崩れない、こんなとこだけ逞しくなりやがって……それならそれで此方が腹筋を使って上体を起こせば互いの顔の距離など一瞬に詰まる、あとは。


「――ンッ……」


 唇を甘く開き、レオナードの唇を口中に運んで……制御抜きの[雷撃]をお見舞いする。


 夫の強権振り翳すなら妻の我儘も聞くもんです、頭にダイレクトにぶち込まれる[雷撃]は意識をさっくり刈り取ろう、自分もろともににぶち込むのは久しぶりだ……添い寝ですよ、添い……寝……。



 翌日からの防衛戦、ニノ門の守護に入ったのは茜のドレスに黒い部分鎧の女剣士、この日以降魔王軍がニノ門を脅かすことができたのは五日目、女剣士が出てこなかった日だけであった。

 翌日には復帰してきた上に一皮剥けた様子の次期侯爵も並び立ち、もはや援軍到着までこの籠城は盤石だと誰もが思った……。




「しゃらくせえなあ……」




――続く。


※ お読みいただきありがとうございます。

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