第13話:みんなのアイドル!
おひさしぶりっ!お待たせ!みんなのアイドル!フィオナですっ!クラス分けの結果、なんと私は一組!クラスメイトには【攻略対象】で第二王子のジョシュア・サードニクス君がいます!――知ってた。
……あと、もう一人なんかいます。――知らんがな。
……
魔法学院のクラス分けとはある意味露骨なものだ、特にこの学年は特殊と言えよう、権力を集中させてはいけない。
一組はアルファン王国第二王子ジョシュア・アルファン・サードニクス。
二組は西部方面軍閥統括"戦争侯"の令嬢にして第二王子の婚約者ヴァネッサ・アルフ・ノワール。
三組は南部方面軍閥統括"魔龍侯"の嫡男レオナード・アルフ・ヴァーミリオン。
この三人を決して同じクラスにしてはいけない、特にジョシュア殿下とヴァネッサ嬢は仲睦まじいのは結構だけれども、揃おうものなら主にヴァネッサ嬢が手に負えなくなる、実質最高権力もいいところ、不興を買えば学院内に引き籠っていればまだいいが王都にすらおちおち買い物にも行けない。
唯一対抗できるのは二年生の第一王子フェルディナンド殿下くらいだろう。
今年の一年の受け持ちは例え陛下に土下座されても嫌です!と教師陣に言わしめた最恐の布陣である。
……
三組
「ふっはっは!見よ我が権勢を、一年を統べるはこの"次期魔龍侯"ドラグ・レオナード・ヴァーミリオンなるぞ」
「レオ様、学院内では『ミドル』は省くのが習わし……しかしそうするとドラグ・ヴァーミリオンになってしまいます」
「なにィ!?アルフを省けばよいのではないのかッ!?」
早速と三組をまとめ上げ、反ヴァネッサ勢力となったレオナードだけれど、既に全クラスにヴァネッサ派閥予備軍の女子がおり、ゆるやかに侵食されている事には全く気づいていない。
……
二組
「あなたがヴァネッサ・ノワールねっ!」
「ええ……あなたの名乗りは不要でしてよ」
二組のヴァネッサの前には意外や意外、ダークホース東部の領主伯令嬢が西部候令嬢何するものぞと立ちはだかったのだけれど……。
……秒で生カットインが入り翌日には教室のスミでブツブツと懺悔を唱える事になる。
……
そして一組は……。
「クオンリィ・ザイツ、西部の出です。――ヨロシク」
今、夜露死苦って言いませんでしたかね……いかにも新人の貧乏くじを引かされた感がある若い女教師の提案で、一人づつ前に出て自己紹介と言う奴をやっているところだ。
「あ、あの、ザイツさん?他にはないかな?これから仲良く学ぶ同級生なんだから」
「ありません」
「あ、あ、あとあと!!修練棟以外で武器を持ち歩くのも先生どうかなと思うの!!」
女教師の発言に教室内に波が広がるようにどよめきが広がる。「ついに言った!」というざわめき半分、「やっぱダメだったんだ」というざわめきが半分といったところか。
大講堂でも言われそうなものだったけれども、ヴァネッサの携行キャノン対物魔法銃ちゃんのインパクトに忘れられていただけである。
言われたクオンリィはと言えば、紫の瞳を少し丸くして、意外そうにキョトンとしていた。
「心外そうにしない!――寮に帰るまで、先生が……」
「これは杖です」
「ええっ!?つ、杖!?……ご、誤魔化されません、先生も実は剣士系なんですよ!」
先生わかってるんですからね!!と、ぷんすこ腰に手を当てて指摘するけれど、大丈夫、今朝方抜かれかけたフィオナの目にも刀にしか見えない、別に剣士じゃなくてもどう見ても鞘に入った刀である。
対するクオンリィは少し困ったように視線を天井に向け、観念したように睫毛を伏せるとクラス中にも見えるように軽く体の向きを変え、顔の左半分を隠す前髪を大きくかきあげて素顔を曝した。
現れたのは左眼を覆う黒い眼帯、留め具の部分はとても繊細な作りの金の鎖で、亜麻色の髪の中に埋まってしまうとほとんど目立たない。
「……杖です、届けは出ている筈ですが?」
「…………ぇぇ……と」
大変なクラスの受け持ちを担当する事になった女教師ことミュリア・アーデは事前にクオンリィが隻眼であることも、杖を携帯する申請が出ていることも知っていたのだけれど、まさか白地の鞘に金の細工が施されたご立派な業物が出てくるとは夢にも思わなかったのだ。
教師ミュリアは自分でも言った通り一端の剣士である、ぶっちゃけ並の十五の学生ごときには男女問わず何をされようが遅れは取らない自信はある。しかし……。
『コレが抜刀伯の娘かぁ……』
剣豪と名高いザイツ抜刀伯の娘が自分の受け持ちクラスにいると気付いて、ミュリアは少しばかり剣士の性が疼いていた、しかし例え己が帯刀していても、既にこの間合いは己のものではない、抜きかかって先に振り抜かれるのはおそらく構えすらしていないクオンリィの刀だろう、抜刀術とはそういう後の先を成す術理である。
せめて杖に擬装でもしてくれていればまだ……とは思うけれども、そういうものではないというのもとても良くわかる。杖に擬装して鍔は?柄は?反りだって!杖じゃないんですっ!武器を選ばず?そういう領域の話は先生今はしてませんよ!?
佇まいから伝わってくる隙の無さ、美事。ゆっくり抜いて見せて欲しい、自分の愛刀も見て欲しい、技の見せあいっことかしたい、手合わせしたい。
『うふふ、ザイツさん……どお?』
『ああ……先生すごいです……』
新人女教師ミュリアは剣士として一流であったそれがゆえにクオンリィの帯刀を許可したくなっている王立魔法学院始まって以来のダメ教師である。
「先生……御覧の通り彼女は目が不自由でね、杖を携帯しているんだ、取り上げたら転んでしまうよ?許してやってくれないか?」
まさかの第二王子ジョシュアからの援護射撃にミュリアもはっと目を見開いて、そしてほっとした。
学院内では身分は問わないとはいえ、それでも第二王子からの鶴の一声だ「なら仕方がありませんね?その杖今度先生にもよく見せてくれませんか?」と締めようとしたのだけれど。
「――ハァ?ジョッシュ、バカにしてるんですか?転びませんよ?」
援護射撃を受けたクオンリィからの剛速球フレンドリーファイアであった。
「ハハッ、クオンは相変わらずだね」
「昨日今日で変わるんですか?バカですか?入学デビューですか?眼鏡似合ってませんよ?割れば?」
この「不敬罪なんか関係ねぇ!ロケンロー!!」と言わんばかりの不遜なタメ口、いやさ学院内では身分は問われない、問われないという事にはなっているのだけれども、流石にフィオナ含めて教室中が凍り付く。
しかしヴァネッサの幼馴染とはすなわちクオンリィとノエルももれなく幼馴染、ジョシュアにとってもクオンリィは幼馴染自由形という括りの存在だ。頭だけ分けた魔法学院教師陣、そういうとこだぞ。
「この眼鏡、似合っているだろう、ヴァニィも褒めてくれたよ?」
「お似合いです、似合わないと言う奴はセンスが死滅してますね?そうですね?」
「……は、はぃ……」
そしてフィオナ、さっそく同意を求められる係に就任した模様、別にクオンリィとしては口癖のようなもので同意がなくても構わない、知ったこっちゃないのだけれど……顔見知りが隣の席だったので何の気は無しに同意を求めてみただけである。
フィオナが窓際、一つ手前がクオンリィ、コレ【攻撃範囲】出たら壁際で逃げられないやつである。窓からワンチャン……四階である、≪飛行≫とか≪浮遊≫系の魔法を是非身につけたいところであった。
クラス内のヴァネッサ派と思われる女子にはそれが面白くないのかヴァネッサ様の右腕たるクオンリィ様にお近づきになりやがってと先程から変な視線を投げつけられている。
代わりたいなら代わるよ?とは思うけれど、紫の単眼が時々こちらを見ているのは気付いているのでフィオナとしても動きようがない。
さらに忘れがちだけれどクオンリィとて伯爵令嬢、既にマスクをしている女子が「姐さん……」などと憧憬の視線を向けている。ヴァネッサの取り巻きのクオンリィの取り巻き、ややこしいが何か他の令嬢の取り巻きとは違うものをフィオナは想像してしまう、こう……烟るスモークの中で眩しいほどの逆光を浴びているような……『私ンとこ来ないか?』とかクオンリィの声が聞こえてきそうだ……。あふー!
こんな展開は当然【ゲーム】には無かった、【悪役令嬢もの】としてヴァネッサにスポットライトが当たった結果、その取り巻きのクオンリィもフィーチャーされているのだろうか。
■◇■
思えば彼女も特に例のルートでは非業の剣客だ、磨いた剣は【ヒロイン】に遂に届かず、敬愛するヴァネッサからの信を失ったと誤解したまま出奔した先で彼女が先を逝ってしまった事を知る。
以後文字通り剣鬼に取り憑かれたかのようにヴァネッサの死に関わった人を斬って斬って斬って斬って、辿り着いたのは仇討ちですらないとどのつまりは八つ当たり。
「八つ当たりィ?無意味ィ?そんな事ァな!百も千も、那由他の果てまで承知なんですよォッ!!」
そして流石にラスボスを撃破済みのヒロインパーティには力及ばず……主にレオナードの火力の前に倒れる。
全体魔法が使えるのでどこにノエルが跳ぼうと関係なし、クオンリィはパーティメンバーがいてはまともに近付く事すらできず、この戦闘には既に喪われていて不在だったけれど、いたとしてもヴァネッサ様の≪魔弾≫も魔力障壁で大幅に軽減はできる、なんだかんだ言ってレオ様はちっこくて可愛い担当なのに戦闘面では本当に黒い三連星の天敵であった。
「――……ああ……曇ったか?……真っ暗……西部に……めずらし……雲……です――ねぇ?ヴァニィ……ノエル……これでやっとまた三人……一緒――――」
誰より何より、本当に斬って捨ててしまいたかったのは己だったのだと、悲しい満足を得て散って逝く。
■◇■
殺っちゃってますね、これ。修羅道地雷は乙女ゲームヒロインに行き付くところに行かせてませんか?戦闘後あっさり暗転からの結婚式エンディングで済ませた制作まじおかしい。
これは絶対踏まんようにしよう、決意も新たにフィオナは同じクラスの【攻略対象】に目をやる……ジョシュア・アルファン・サードニクス第二王子。
彼こそが例のルートの主、私とヴァネッサ様の【死亡フラグ】の権化。
ジョシュアが「可愛いね君は」と【ヒロイン】に言えば翌日からの女子寮は脱出ゲームさながらに変貌する、随所に仕掛けられた罠や謎解きをかいくぐる登校風景が顕現するのだ。建物の構造まで変えてくる、階段が滑り台になったり、置物の騎士鎧が素振りをしてたりとそのバリエーションは様々。
勿論全部即死罠だ。
登校成功で好感度が上昇したのは何か、このメガネ罠が仕掛けられるの知ってたんじゃないかと今更ながら勘繰ってしまう……。
そして彼の『ボクの帰るところを守っていてくれ、愛しているよヴァネッサ』という言葉がクオンリィを失言で失いノエルも離れていったヴァネッサ様を一人で死地に赴かせる結果を招き【ヒロイン】との【HAPPY END】ルートを確定する。
これ、HAPPYなんだろうか……婚約者の死を乗り越えて明日に踏み出した系だけど……誰一人祝福してない、ジョシュアの幼馴染ヴァネッサ様含めて三人も死んでるし。何ならクオンリィとノエルは自分で手を下すし。
ジョシュア様は眼鏡クール枠の【攻略対象】でありながら超甘いセリフが魅力だったけれど……ひょっとして……アナタ心が死んでませんか?
ラストシーンの『ボクも……幸せにならなきゃね』ってモノローグが危険なものをゆんゆん放ってると今だからわかる。画面越しにプレイしているときは「そだねー」くらいに鼻ほじって聞き流していたけれど……。
【悪役令嬢もの】なら【メインヒーロー】は彼だろう……。
「と、とりあえず!つ、つつ……杖なら仕方がありませんね!?その杖今度先生にもよく見せてくれませんか?は、はーい席に戻ってぇ~」
表情はにこやかながら軽く火花が散るクオンリィとジョシュアのやりとりは収拾が着きそうもないと判断したミュリアは、まさかのフレンドリーファイアで空気が凍り付く前に思い描いていたセリフを挟み込んで、さっさと帯刀許可を出してしまおうと考えた。
ここに一年一組のヒエラルキーが組み上がっていく、頂点は第二王子ジョシュア、次がクオンリィ、女教師ミュリアはその下だ……。何をやっていると先輩教師は言うだろう、ならばこう言うまでだ『じゃあお前がやってみろ』と。
「それじゃあ最後はでん……いえ、サードニクスくん」
一瞬殿下と呼びそうになってしまったミュリアの声に応え、にこやかに席を立ち拍手の中教壇に立つジョシュア。軽く右手を胸の前に掲げると拍手が静まっていく。
「はじめまして、と言っても王都の人は式典とかで知っているよね、ボクの名前はジョシュア・サードニクス、校内は身分関係ないというけれどいきなりは難しいと思うし好きに接してくれると嬉しい、親しい友達はジョッシュって呼ぶよ」
実際いきなり明日から王子にタメ口きけと言われてもなかなか難しい、ジョシュアなりの気遣いが汲み取れる挨拶である。フィオナの隣でクオンリィが「けっ」とかやってるのは親しい友達呼びされた照れ隠しなんだろうか。
「――あと、二組に黒耀の髪に金色の目をしたヴァニィ、ヴァネッサ・ノワールっていうとてもとってもかわいい女の子がいるんだけれど――」
声のトーンが一段上がり、おもむろにヴァネッサの事を話しだす。
フィオナはハッと確信した。ははぁん、こいつぁ魔法が闇属性なのも納得だ。
ぐんと下がった声のトーン、眼鏡の奥の真っ黒な瞳は光彩が消えているようにも見える。
「彼 女 は ボ ク の 婚 約 者 だ……忘れないように、ね?」
【メインヒーロー】ジョシュアは独占系の病みだ。