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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第四章
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第119話:銀朱城防衛戦・2

 竜の翼とは不思議なものだなと、クオンリィはマリア・ヴァーミリオンの騎竜リントの鞍の上でぼんやりと思う。


 あれから、マリアの厚意に甘えて未だにヴァーミリオンにいる。

 流石に銀朱城に滞在すると西部にも出入りしている商人や役人とハチ合わせる羽目に陥る。なんでも西部ノワールからは「ザイツ伯爵令嬢捜索隊」が出ているらしい。


 ――……ヤベェ……こいつぁ脱走兵狩りですね。


 しかし、まさか戦争候リチャードの莫逆の友、魔龍候ギルバートが匿っているとは思わないのか城下町もさっと見ただけで捜索隊が引き上げたので未だに逃亡生活を再開させずに済んでいる。


 ……まさかクソ親父ことライゼン抜刀伯が南部候都まで出張って来るとは思わなかった。どいつが来たのかちょいと確認しに行ったら居るとか相変わらず身勝手な副団長です。身内の恥を手ずから雪ごう(そそごう)というのは迷惑をかけて申し訳ないけれど、まだ腹は切りたくない。城の抜け穴を使わせてもらって逃げました、氷蜜柑美味しいです。


 以来銀朱城を離れて近くの山中にある別邸で過ごしていた。

 新品の西部方面軍騎士団抜刀隊制式刀の替えも手に入り、モラトリアム生活を満喫している……。


 ――……いや、満喫ってなんだ……何してんですか私。


 諦めきれなくて……自分の力不足で……口先ばかりか? こんなものは甘えじゃないか、マリアおば様に仕立てていただいた茜色のドレスを脱ぎ捨て……るのは良くないので丁寧にクローゼットに仕舞っていると、付けて貰った侍女がマリアおばさまの来訪を教えてくれた。


「あらあら、どうしたのその恰好」


「あ、いえ、これは……ちょっと気分転換に運動をしようかと」


 あらあらまあまあと右の頬に手を添えて目をいっぱいに丸くするマリア。


 慌てて着るならやはりノワールの軍装が一番早い、なにせ細かい装飾なんかは違ってもヴァネッサの入団でヴァネッサ小隊が特別編成された時から基本的な作りは同じなのだから。仕上げに腰に巻いた白銀のサッシュの据わりを指で調節し、魔鞘・雷斬(ましょう・らいきり)をぐいと差し込みながらマリア夫人を迎えるクオンリィ。

 まったく日の出から日没まで早着替えと回廊一周ダッシュを延々と繰り返す謎の苦行……いいや、苦行ではない、あんなものは奇行だ。ただその奇行のおかげで三人娘の着替えは超早くなったのだからクソババア大尉殿には感謝しなくてはならない。


「気分転換? それなら丁度いいわ、今日はリントを連れて来ているの、遠乗りでもと思って……覚えているかしら、久しぶりでしょう?」


「リント……!? 久しぶりです! 元気ですか?」


 リントは今年で齢四十にもなる老飛竜である。全盛の頃は背に竜騎士マリアを乗せ南部の空を駆け回ったけれどもそれも二十年以上前の話だ……ンンッ! ……気を付けろ、逆算は命に係わる。


 リントとはつまるところクオンリィ達にとっては銀朱城にある遊具の一つだ、大人しい気性のリントはロイヤル幼馴染ズが自分の身体をよじ登ることも尻尾に抱き着かれることも拒まない優しいお兄さんだった。マリア夫人が既に槍を置いていたので、普段はのんびり堂々と侯爵夫人の騎竜らしく銀朱城を我が物顔で散歩して、日向を見つけては横になっていた。


 そしてリントと言えば「遠乗り」である。

 城でダラダラしている駄トカゲの運動不足解消にとマリア夫人が折を見て鞍を乗せているのだけれど、何しろリントは飛竜……空を飛ぶのだ、そんなもん争奪のバトルロイヤル幼馴染ズのゴングとイコールである。

 他の竜でも多少は大人しい個体もいるけれど、普通は二人乗りを大変嫌がる、最悪長い首を反して噛み付いてくる、しかしリントは仔竜の頃からマリア夫人が育てた環境のせいか大変大人しく、ロイヤル幼馴染ズを鞍に乗せてくれるのである。勿論リントが一番かわいがるのはレオナードだったわけだけれどあれは多分弟の面倒を見るお兄ちゃん気分だったのだろう。


 クオンリィとノエルは当然のようにヴァネッサに権利を譲っていたので実はあまり遠乗りに同乗した事がない。紫の瞳を輝かせる好奇を見れば既に提案だけで気分転換として満ち足りている事がマリアにも窺い知れたから、柔らかく相好を崩し、二人で別邸の前で待つリントのもとへ。


「ご無沙汰していますリント、なんだかちょっと貫禄が出ましたね!」


 侍女とお話があるというマリアよりも先に玄関を飛び出し、そこで護衛の竜騎士が連れる飛竜達よりも一回り大きく見える立派な飛竜の姿を見れば、幼い日の思い出がよみがえる、南部方面軍騎士団飛竜隊旗竜リント、南部の空の王者だ。

 クオンリィはリントの角を掴んで振り回されて遊ぶのが好きだった、ちなみにノエルは尻尾、ヴァネッサは首狙いで三位一体のコンビネーションで徹底的にウザ絡みする。亜麻の髪を跳ねさせながら喜色満面と駆け寄ると、澄ました流し目で接近する小娘を見止めたリントは長い首をもたげ――。


「リント、クオンちゃんよ? 覚えているで――わあああッッ!? リ、リントだめよ!」


 はしゃぐ小娘から少し遅れしずしずと侍女に見送られながら出て来たマリアの視界にはクオンリィを頭からばっくりと、むしろ頭をすっぽり口中に納め、背中と胸に牙を立てて軽くぶん回す愛竜の姿が飛び込んできた。護衛の竜騎士達が慌てて制止しているけれども、侯爵夫人の竜相手に強気には出られないので「リント様! おやつではありません!」だの「ぺっしてください!」だの喚くのみだ。


 夫人が慌てて駆け寄ってくると「お、ご主人、往くかね?」と首をマリアのほうにむけ振り回すのはやめたけれど、クオンリィの頭部は未だに口中、だらんと脱力した四肢にまさか他軍閥の御令嬢をイートしてしまったかと焦ったけれど、立てた牙が着物すら抜いていないことを見て少しホッとした。バクリといかれたクオンリィの笑い声がリントの口中から鼻腔に抜けてくぐもった音を発しているので、完全に甘噛みでじゃれているのだとわかる。――わかる、けれど。


「ごめんなさいねクオンちゃん! リント、離しなさい!」


 主人の命令に「なにゆえ?」と言わんばかりに目を丸くするリントだけれど、大人しくしていたクオンリィの手が自慢の角に伸びてきたのでぺいっと離す。ただでさえ最近角周りのうろこの艶がなくなって来たのだ、こんなでかい図体でぶら下がられては剥がれてしまうかもしれぬ、冗談ではない。


 低空を滑るように足から地面に投げ出されたクオンリィはといえば、そんな体勢からでもしっかりと着地時に左足のつま先をザザと地面を滑らせ勢いを殺しつつ膝を深く曲げて重心をとり、右足は遅れて接地させバランスをとるために背に流す。両手も腰のものも地をかすることすらない、超低身の抜刀姿勢のような体勢を自然ととっているのだから大したものだと同じ前衛系であるマリアは思う。

 流石に抜きはしないだろうし間合いは離れているけれど、こんな事でも黒の軍装に土を着けることを良しとしない鋼の矜持を見て、今の世代の魔法学院はこのレベルの剣士を以てして敗れ去る若者がいるのかと目を剥く。あなたのお子さんです。


 土は着けないけれども唾液はオッケーなのか、よっこら身を起こしてべっとりリントの唾液まみれになった前髪をぐいと手櫛でかき上げ、けらけらと笑っているクオンリィ、そうだそうだ、角にぶら下がって振り回されては最後バクっとやられるのだった。


「大丈夫?」


「はい、問題ありません」


 幼い頃はリントの喉まですっぽり入れた「口から頭だけ出して遊んでましたね、ねえヴァニィ様」なんて脳裏を過ったものだから、よだれまみれを解消するべく手早く印を結んだ[洗浄]と[乾燥]は乾燥のほうが制御に失敗して静電気で髪が上がってしまう。


「……失敗しました」


「最近咬傷事故(こうしょうじこ)が多いから驚いたわ、まさかリントが!? って」


「ちょっとしたディープキスですよ、ねえ?」


 子供の身体でも丸呑み、というか口を閉じる事が出来ない状態で喉に居座られるのは結構苦しかった、なんだか胡乱気な視線をじとっと同意を求めるクオンリィに返すリント、実際噛むつもりは無いのでスキンシップだけれど……。


「それよりおば様早く!」


「ふふ、はいはい」



……続く。

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