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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第四章
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第112話:最低最悪の天与

 重苦しい、そうとしか言いようのない沈黙が大食堂の個室に充ち満ちる。これが[音声遮断]の魔法によるものならどれだけマシだっただろうか……。

 三人とも立っているのはフィオナが【好感度センサー】とそれを使ってレオナードの好感度を視た事を話し終えた頃、クオンリィが「ヨーシ、箸置けぇい!」と言わんばかりに――箸は無いけれど。「……立て」の一言でいそいそフィオナちゃんとジェシカちゃんがテーブルと椅子を部屋の端に避けたからです。


 鞘鳴りの音立てず、それはクオンリィの右手にごく自然に、そして瞬く間に現れた。プライベートの時間で手入れをする時以外で滅多に曝されることの無いもの、ザイツ抜刀伯令嬢の抜身の刃が照明を照り返しながら、刃を上に向けてその切先はフィオナの喉元紙一重に在る。


 唾を嚥下することで動く喉仏の薄皮一枚がふくら(・・・)に触れんやという位置にピタリ据えられ、決して短くもない刀身を片手で保持しているにも拘らず、微かな揺れもない……。


 クオンリィの刀は数打ちの一振であり、物としての価値は左手の内に在る"魔鞘・雷斬(ましょう・らいきり)"の百分の一もない。魔鞘こそが業物であり納める刀は選ばない……だとしても、西部侯爵令嬢の側近中の側近が扱う為に、ガランの娘が預かっている刀身はどれもが数打ちの中でも逸品揃い、西部から持ち込んだ中で一番の出来は先日剣聖の手でへし切られてしまったけれども今曝されている刀身も曇り一つなく、刃文の波が美しい。


 ギラギラとした押し出す美しさではなく、いっそ光を呑み込んで湛えて居るようなしっとりとした美麗な刃鋼はがねは、今や主であるクオンリィの思い三寸でフィオナの顔面を顎から鼻先にかけて刹那に割って血の華咲かせて見せるだろう。


「何(うた)ってっか、理解わかっていますね?」


 目は口程に物を言う、剣呑な眼の光とは攻撃意思、敵対意思を明確にする……フィオナの水色の瞳を真っ直ぐに射貫く紫色の単眼に今剣呑は見えない、曇りのない鏡のような水面の如き明鏡止水めいきょうしすい


 ジェシカは一歩も動くことができなかった、思えばこれまで対峙してきたクオンリィの剣には曇りがあった、執着が、怒りがあった。しかしこの一点の曇りも無い構えはまるで二年時のオーギュストさえ凌がんばかりの静謐さを感じる、動けない……間合いの外だけれど、凛と鈴を打ったような真に研ぎ澄まされた剣気を感じる。クオンリィ・ザイツという剣客がこの時点でこれだけのスペックを秘めていたのなら……もしも前世で彼女が曇り無く立ちはだかっていたなら……ジェシカをもって剣の腕だけならば先を行くフローレンスさえ新入生武術大会女子の部で優勝する事は難しかったかもしれない。


「わかってるよ、だから何度でもいう。あたしは……人の好意を視ることができる」


 対するフィオナという少女の胆力は、きっとフローレンスのような真っ直ぐと表現される強さに匹敵するのだろう、当たり前のことだ……バカで奇行が多くてちょっぴり下水と言ってもフィオナとフローレンスは対等の存在、唯一無二のヒロインなのだから。魔法など知力系に覚えがあるフィオナの精神面の強さはゴン太メンタルと言っていいのかもしれない。

 美しく澄んだ水色の大きな瞳は喉元に刀一本突きつけられて揺らぎのない明鏡止水。


「……いつからだ」


「入学前から私は『視える事』をっていた……って言ったら理解るかな?」


「魔統ですか? 聞いたことも無い魔統ですね……心を視るだなんてのは?」


 魔統は覚醒した瞬間から術者にはそれがどういうもので、何ができるのかが感覚として身に着く、自身の希少魔統≪雷迅らいじん≫もまたそういうもので……。


・抜く抜かないに関わらず刀と鞘は発動に必須。

・攻性・強化・座標・磁界に適性あり。

・[雷属性]は必ずついてくる。

・右手、左手で同じ印、左右で若干効果が違う。

・雷と刀の魔統、刀術に魔法が乗る。


 という基本情報は使えるようになった時からクオンリィには理解っていた、それをどう使うのかは未だ試行錯誤の道の中だけれど。


「ええと……魔統とも違う。ジェシカと同じだよ、私のは死に戻りじゃなく……視える事」


 首元に刃があるから下手に顔が動かせず、視線と指でジェシカのほうを示すフィオナ、いきなり話を振られてジェシカの二本のアホ毛がぴょこんと立つほどに総毛立った、どう考えても過去イチヤバイコンディションのクオンリィの鈍色の剣気がわっとジェシカにも向けられて、びくーっとなって背筋ぴーんと直立不動の姿勢、とてもではないけれどその紫色と視線を合わせることはできない。


「レイモンド……と?」


「…………ああああ、もう……」


 だけれど、この場でこう振られてしまったのなら、女ジェシカ肉体年齢十五歳だけれど精神年齢は二歳も年上の十七歳!! ちなみにもうすぐ誕生日で十六歳です、春生まれ。実質年下に舐められてたまるか!


「転生の天与です、転生した時に……誰なんだろう、あえて言ったら神? に……授かったギフトというか、授かっていたからあたしはこうしてここにいるというか……≪セーブ≫それがあたしの天与です」


 腹を据え、転生チートについて説明する、ずるって言い方は良くないと『天与』だなんてちょっと気取ってもみた。


 すると……。


「なるほど? お前さん何回かお亡くなりになってるってハナシでしたね……?」


 フィオナの首元から切っ先が離され、血など着いていないけれども血振りに左の袖で拭う仕儀を挟んで刀身をゆっくりと鞘に納めるクオンリィ。



 ――いえ、斬ったんですけれどね!?



 クオンリィがなるほど? とか言っている間にジェシカは弾ける様に全力で部屋の隅っこまで逃げ、腰が抜けたのかへたり込んで涙目で壁に縋りついてガタガタ震えている。


「だからってここでフツーノータイムで斬る!? 校内だよ!? 何で斬れるの!? マジありえない!!」


「ちょ、クオン! 今は私の好感度センサーの話!! 今ちょうどセーブしたみたいだから一瞬だったけれどセーブしないと一日二日戻されるかもしれないんだからそんな大根切るみたいにスパスパらないで!?」


「ほう? 本当に戻ったらしいですね、そしてフィオナ……お前はそれが視える、と…………あっ」


 片眉と口の片端上げてフィオナを強者ムーヴで睥睨していたクオンリィだったけれども、はたと何かに気付いて目を丸くして声を上げた。


「……クオン? どうかした?」


「いえ、こっちの話ですよ……?」


 背筋に汗が流れる、ヴァネッサ様も巻き込まれることを失念していた、ジョシュアがちゃんと伝書鳩程度の役に立っていれば今クオンがフィオナと話をしているという事は伝わっているはず、ジェシカの話はしていないけれど少なくとも巻き戻りについて話していると思っているだろう。


 何やら先程レイモンドが≪セーブ≫とかほざいてからよし斬ろうと思うまでのタイムラグはあまりなかった……「わたくし」と言おうとしたら「わ」に戻されたみたいな感じになるのだろうか? などとクオンリィは思い返す。まずい、これはイラっと来る奴だ。


 コホンと咳払いを一つ、もう斬らんとこう。


「天与……ですか、まあ実在するようですね……ただ、信じられませんね? だいたいレオのヴァネッサ様への好意なんぞ見てりゃわかります、私だって知ってますヨ?」


「で、でもわたしは入学式前の一度しかレオ様に会ってないよ!? なのに知ってる!」


「じゃあ、今視てみせろよ?」


 私を、と顎をしゃくってフィオナに促すと、途端にフィオナの表情が曇った。


「……だ」


「ああン?」

「ヤだ! クオンのは見たくないよッ!!」


 必死ともとれる形相で、水色の瞳を潤ませながら大きく桜色を振るフィオナにクオンリィは怪訝そうな、やや呆れたような表情を浮かべて肩を竦める。


「何が嫌なんですか? 視えるんでしょう? 視て来たんでしょう?」

「――ッ! 視て来てなんかいない!!」

「じゃあ……視えるってのはフカシか?」

「違うッッ!! 本当は……誰の好感度も見たくないの! それが家族、姉弟……友達なら、尚更見たくないよ……」


 弟は犬っころですけどね、わんわん。


 対象の抱く好感度を数値化して表示する、それも前回レオナードに使用した感触では……対象の知覚する全ての老若男女への感情を丸裸にする、人の心に土足で踏み込む最低最悪の天与が【好感度センサー】だ。


 フィオナの中に残る良心が呵責に苦しむ。……あります、良心はあります。


 当然、知人に使えば自分が含まれる……むしろ、現実にゲームを持ち込む≪前世の記憶≫で考えればメインヒロインへの好感度を表示するのが一番の目的なのだからそれは必然で、もしかしたらフィオナを認知していないモグリのクソザコモブは視る事さえできないのかもしれない。


 そして。


 めちゃくちゃ脳と目を酷使する……。ずらああああああっと視界に文字列がガンガン流れてガンガン情報が頭に入ってくる、何ならどうでもいい雑な記憶がちゅるるんと心太ところてんみたいに押し流されるかのごとき勢いで前回は強制終了させた。

 レオナードは軽い引きこもり時代があったはずである、侯爵家嫡男としてそこそこの社交はしているみたいだけれどあの性格は挨拶した人間を認知する脳みそは持っていない、バカだとフィオナは踏んでいる。


 そこへ来てこの殺人バーカーサーはどうだ、バーサーカーではない、バーカーサーで十分だ、だけれど社交はそこそここなすらしい、そして軍隊で結構な数のご同僚がいる筈で……しかもコイツ意外と物覚えが悪くない……認知している人間は相当数。


 するとどうなる?


 知らんのか? フィオナちゃんの脳みそが溶ける。


 以上二つの理由からクオンリィの好感度は視たくないのだ。


 後者に関しては無駄情報を省く「grep」……「g/re/p global regular expression print」の略で「全体から/正規表現に一致する行を/表示」という方法があることは≪前世の記憶≫から理解できたしどちらかと言えばフィオナはその使い方に困っているわけではない。

 要は検索条件、好感度センサーの場合「フィオナちゃん関係のみ」としたらちょろっとしか出ないだろうし……実は! みたいな意外な好感度を探ることができないのが引っかかっているのだ。


 最低のセンサーだけれどどうせ使うなら最高の効果を得たいと考えるのがフィオナズスタイルであった。

 直近二か月以内とかでも絞れるのだけれど……意外と二か月くらいだと白目剥いてあがー!と叫ぶことになる位の人数には会っていそうで怖い。


「情なんざラスクにでも喰わせてちゃちゃっと視ろってんですよ? めんっどくせぇな……」


 下水一号も負けてはいない、西部エクストリームルール育ちは情緒を理解はするけれど考慮はしない、自分の事じゃねぇから。……どうやら視られたら他人事から自分事になることは気づいていない模様。

 ふと部屋の隅で未だ腰を抜かしている白いのを思い出してぐりん! 肩越しを振り返るのに体の向きではなく顎を上げて背を大きく逸らせた紫紺がジェシカに向けられた。


「――ッヒ!? な、なんですか??」


「フィオナ……やれ」

「らじゃ、ちょっと変な様子になると思うけれどあまり長く固まってたら殴って起こして」

「応、二十数えてぶん殴る」


 ジェシカなら呵責などない。さんざ引っ掻き回してくれて奇襲かけてくれたのだ、好感度すぽぽんになるがよい。

 別に魔力は消費しないのだけれど、静かに発揚して馬歩ばふにて全身に行き渡らせる、我が心明鏡止水――されどこの目は下水の如く。直近二か月以内でお願いします≪前世の記憶≫さん。


「え、何ちょっとフィオナ!?」

()ッ!!」


 水色の両眼が妖しく魔力光を湛えてカッ開かれた、発揚による無駄演出である。

 馬歩の構えのまま微動だにしないフィオナが全く焦点の合っていない双眸でジェシカを射抜いていた。


「こわっ! 目! こわっ!! 何? 私を視てるの!? いやああああ!!」

「おとなしくしなぁ! 今更嫌もスイカも無いんですよテメェにゃあ!」

「やめて! 嫌ッ!! 視ないでえ!!」

「ノワールにハジキ向けるっつーのはこーいう事だって! 心の芯まで理解するんですねえ!!」

「やめてええええええ!!!!」


 [音声遮断]が無ければ生活指導室どころか下手すれば産地直送(たいがく)になるような煽りでクオンリィが遊んでいる、ジェシカは本気だけれど。


「――……ッッはあ!!」


「お、戻ったか?」


 馬歩を解いたのに気づいてそちらに顔をやるクオンリィ。

 フィオナは呼吸を落ち着けながら、ゆっくり目を閉じようとして、クオンリィにニヘラと笑い返す。


「二十」

「ちょまげふン!?」


 ズゴンといつもの如き垂直落下式のゲンコツがフィオナの脳天に落っこちた。ちょっとまってクオンと言おうとしたのか変な鳴き声を上げてぶん殴られ、ぅぉぉぉ……! と頭を抱えて蹲るフィオナであった。


「二十数えてぶん殴るって言ったろ?」


 長く固まったら、というのは理解できなかったらしい。

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