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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第四章
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第109話:良識の螺旋・2

 女子寮近くまで送ってくれたディランと別れた後、フィオナとジェシカは終始無言であった、無言のまま揃って帰寮して、無言のまま部屋の鍵を開けて室内へ。

 フィオナがランプに火を入れてテーブルに置くと、ジェシカは戸締りを担当する、椅子をがたがたとテーブルに向かい合う位置に配置すると、どちらともなく席に着いて一息……。


 静かな時間が流れる、


「アレってほんとに転生者じゃないの?」


「クオン? 違うよ……ジェシカも理解わかってると思うけれどももし転生者なら……正気だったら私と攻略対象でパーティ組ませようとする……≪封印ふういん≫に覚醒できなきゃ再来年の夏が終わったら全滅エンドだもの……」


「……えっ? 再来年の私たちの卒業式でしょう? まあ……アタシは夏までだけれど」


「……そう、だっけ?」


 何かが……何かが引っかかる、フィオナは一度立ち上がると自分の机からノートを取り出した。


「ちょっと時系列まとめよっか」

「私の戻る前の話?」

「ううん……知ってるんでしょ?シナリオ」


 回答は無言の頷きで返って来た。


「まず……クオンは来年の秋、だよね? 強かった?」


「うん……強かったよ、それからワタシはザイツと会うことはなかった……ザイツが失踪した次の大きめの事件はフェルディナンドの卒業式で北の空から一気に暗雲が広がって……」


 そこまで言って、ぎゅっと膝の上で拳を握るジェシカ、あまり告げたくはない、でも言っておかなければいけない。


「国中の……王都の"魔物"が狂暴化する、フィオナ……ごめんね、ワタシがラスクを撃った」


「――ッ!!!!」


 フィオナの頭にカッと一気に血が上る、ラスク? クオンの次の退場はラスクだと!? 信じられない、だけれど……フィオナの知ってるゲーム上のシナリオ知識と実際に経験してきたジェシカの言葉は重みが違う。両手の指を交差させて指先が白むほど強く握ると、ふうー……と落ち着かせるように長い深呼吸、口だけでは足らなくて、鼻でも大きく吸う。


「……ラスクと戦闘になるイベントなんかあった?」


「実際闘ったよ……? それでその次がレオ君のご両親で……」

「待って……ごめんね、ラスクの事……ちゃんと聞かせて……私は……そっちのわたしはっ!?」


「こっちのフィオナ……ううん、もう、絶対的に違うんだよね……フローレンス・カノン……それが私の生きた世界のあなた」


 改めて明かされたもう一人の自分の名前、どんな子だったのかももちろん気になる、けれど……今はラスクだ。ラスクについては気になることがフィオナにはある……。


 ラスク・カノンはちょっと太っちょのいぬっころである、ベーカリーカノンの看板犬であり、店内のイートインスペースなどで愛嬌を振りまきお客様のパンを頂戴して店の回転率を上げる優秀な営業担当だ。

 フローレンス嬢もラスクを飼っていたという事だけれど……引っかかったのはここである。


 ラスクは本来ならば婚約発表の場に遅れ兼ね無くなった為、王城通りを爆走していた黒い三連星を乗せたノワール家の馬車の前に飛び出して、ディランに助けられる子犬である。


 馬車の横転までは行かなかったのだけれど、乗っていたヴァネッサの怒りは紅茶を溢してしまったということで凄まじく、子犬の命か地に額を擦り付けて許しを請えと言うヴァネッサにディランは子犬の命が助かるなら……と土下座を選択する。


 八歳になったヴァネッサ様の子供用ヒールに踏みつけられるディランの頭、そして画面が暗転する……。


「クオン、そのうるさい野良を躾けなさあい」

「はっ」


 キャインという甲高い犬の鳴き声一つを最後に、キャンキャンと鳴いていた鳴き声が消えるという……。最低の胸糞イベントもあったもんである。


 ともかく……。


 そう、今もベーカリーカノンでごろごろしてるちょっと太っちょの男の子はフィオナが捨て犬の段階で事前に探し出して保護したから生存している。いや、クオンの『躾け』死んだとも限らないけれど。

 そういえばゲームのクオンリィは嫌がらせで軍用犬をけしかけてくるというシーンがあったので、あるいは本当の飼い主がクオンリィだったのかもしれない。


 話を戻そう、つまり『フローレンス嬢がうちのラスクを飼っている』筈がないのだ。


 フィオナはやおら席を立ち、自分の机の引き出しをがさがさと漁れば、一枚の念写ポートレートを取り出す。


「フィオナ……?」


「見て!!」


 バン、と勢いよくテーブルにポートレートを叩きつけるフィオナ、自分でも落ち着けとは思うけれど、あの強くて逞しくてメチャ可愛い弟分と戦う日が来るとは信じられない。


「なに? フィオナと……って何このクリーチャーは!?」


 瑪瑙城正門前で念写屋さんに撮って貰ったポートレートには今より少し幼いフィオナとほぼ今の体型に成長した貫禄あるラスクの姿、少しあおり気味で撮って貰ったので関取犬、それもヨコヅナクラスの風格すらある。

 飼い始めた当初こそ太い手足でもたもた可愛かったけれど一年二年と順調に巨大化した可愛いお姿である、ふにっふにで抱き心地も良いのは西部ノワール侯爵令嬢のお墨付きである。


 そして今のジェシカの反応で確信した、フローレンス嬢が飼っていた"ラスク"も別物だ。……そのほう、今クリーチャーと申したか? 椅子に再び座りながら大きく頷いてみせる。


「それ、うちのラスク」

「うそん」


 ジェシカはラスクのポートレートをまじまじと見てだいぶ引き気味に思い切り顔を歪ませている。きっと可愛すぎて口元が緩むのを堪えているのだ。そうであろう?


「……フローレンス嬢が飼っていた"ラスク・カノン"は存在していない、その丸いラスクは私が小さい頃ディランをトラウマから助けるために馬車イベント前日の捨て犬イベントで回収したの、つまり私の干渉の結果……本来の乙女ゲームシナリオのラスクはいないわ……どうなったのかが判らないからちょっと可哀そうだけれど」


「だから、ディラン君はザイツとガランを見ても冷静だったのね……一触即発かと思ったわ」


 あの場でジェシカが即土下座るまで慌てていたのはジェシカの知っているディランならヴァネッサの側近の二人を許さないからだろう。そういえばそうだったと今更ながらフィオナは思う。


 本来の乙女ゲームシナリオでのディランは前述の一件のほか、入学直前に幼馴染の【ヒロイン】と買い物していたところ、偶然三人に遭遇して、【ヒロイン】に贈った髪飾りをバカにされ、六年前の恨みも乗せて今こそとヴァネッサに掴みかかろうとして……クオンリィとノエルに阻止され、腕まで折られる。


 そのためディランは他の攻略対象よりは加入条件は緩いものの回復するまで課外授業班に参加できないのだけれど……。


 フィオナちゃんその為の対策は万全です、遭遇しないように街中では隠密行動を心掛け、もしもボキっといっても治せるように[回復]の魔法は磨いてきた。

 結局ヴァネッサ様一行と遭遇しなかったので事なきを得ている。


 そして重要なのはディランの攻略では黒い三連星への固執をいかにして解いていくのかがカギなのだけれど……。「入学したらハーレムルートだやほーい!」とか考えていたピンク頭は「固執が無ければ学内で他の攻略対象に使える時間が増える!」とディランに干渉しヴァネッサを恨まない未来に改変してしまっていた。シナリオスタート前改変である。


「ま、まあ、ディラン入学するまでヴァネッサ様と面識なかったし」


「は? え、ちょっと、今の時点でもう結構大幅な干渉後って事!?」


「だ、だってハーレムルート目指してたんだもの……」


 もじもじと両膝の上で親指同士をいじいじと弄びつつ、ゴミを見る目をしているジェシカに上目遣い、追い打ちに「てへっ」と小さく舌を出してばちこーんとウインク飛ばすけれど、飛んできた"はぁと"は無情にも平手で打ち払われた。

 見ればジェシカの肩はぶるぶると震えている。へいガール如何したよ?


「つまり……フィオナは……フェルを……フェルディナンドのことも狙ってるのね! この淫乱ピンク!!」


 ティンときた……。


 いきなりフェルディナンドに近づいたのは、ははぁん? さてはコイツ、前世から既に恋の虜だな?? フィオナの水色の瞳がきゃるん! と輝くのであった。

第101話:びいどろ

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