第11話:アイコンタクト
壇上の端に設けられた王族の並ぶ席に座る灰の髪に黒い瞳の少年を熱の籠った視線で見つめると、それは相手にも伝わったのだろう、同じ熱の籠った視線がヴァネッサの元に返された。
そんな事がとても嬉しくて、小さく手など振ってしまう。
しまった、今のは軽率だった……壇上で手を振り返せるわけもないのに。
ジョシュアは困っているだろうと眉をハの字にしたヴァネッサの視線に、ジョシュアはにこりと微笑を一つ返して……。
「……ぁ」
ジョシュアは懐から眼鏡を取り出して鼻梁に挟み込んだ、位置を直しているのだろうその仕草は小さく手を振り返しているようで、ヴァネッサは思わず声を上げてしまいそうになり両手で口元を隠し耳まで赤く染めた。
そういう事だったのか、と嬉しくて口の端が緩んでしまうのを止められない。
少し前の事、入学式を控えたヴァネッサ達三人娘は式に参列する侯爵に先駆けて瑪瑙城へと入っていた。もちろん王都にはノワール家の屋敷も当然ある、少しでも早くジョシュアに会いたいというヴァネッサの我が儘による滞在だ。
「ジョッシュ、なんですのこれ……眼鏡?」
その時ジョシュアの部屋で眼鏡を見つけ不思議に思っていた、ジョシュアは別に目は悪くはなかったはずだ、何かと問うても内緒だと、強めに問い詰めても「ヴァニィの為だよ」、なんて言われてしまえばもうそれだけで嬉しくなってしまいあっさりと有耶無耶にされてしまった。
眼鏡をかけて見せてくれたその姿もとてもとてもかっこよくて、理性的で知的な感じがジョシュアに似合っていてなんだか理由なんかどうでもよくなってしまいすっかりはぐらかされてしまっていたのだけれども……。
こうして席が離れてしまったとき、こうする為だったのだと、ヴァネッサが手を振ってしまう事を見越して自然に手を上げ返す為に用意したのだとそう知れた。
(ああ、もう……しゅきぃ……)
きゅんきゅんとヴァネッサの乙女心にクルものがあって、目にハートマークを浮かべてはしたなくも体を少し揺らしていると隣の席のおバカちゃんから爆弾が放り込まれた。
「ヴァネッサ様、どうされましたか?もしや、もよおされましたか?」
「…………クオン、後で射撃訓練に付き合いなさい」
「ハッ!喜んで!」
――クオンは的よ。
その為にはまずは没収された愛銃達を返してもらわなければ、今日のこれからの予定をヴァネッサは思い返す。
まもなく始まるであろう入学式が終われば、新入生たちは付き添いの親族と別れて各自教室へと移動、本日は簡単なオリエンテーションを終えたら、次は男女別の寮に移動する。
このアルファン王立魔法学院は全寮制であり、学生は平民も貴族も全員が校内に建てられた寮で生活する事になる。
当然貴族にとっては使用人無しの生活を強いられるのだけれども、魔法学院への入学を考える貴族はそのつもりで使用人にあまり頼らず育つのであまりそのあたりでのトラブルは無い。
実はその辺クオンリィとノエルは勿論の事ながら【悪役令嬢】らしからぬ事にヴァネッサも自分の身の回りの事は一通りできたりする。
世話をさせないと二人ともガタガタ震えだし挙動不審になってくれるので髪を梳いたりベッドメイクしたり洗濯したり等は任せることにしている。
寮の案内を寮母や上級生から聞いたら夕食時間だ、先程のレオナードとの茶番で告知した通り西部出身の新入生を第二食堂に集めて遅ればせながらの西部派閥壮行会……。
(あら……?これでは今日中にクオンを撃てませんわ……というか、ひょっとして最悪今日は愛銃達が帰って来ませんわ……!!)
ヴァネッサはハッとして壇上のジョシュアを見る。ニコニコと笑っているけれど、あの表情はよく知っている、よーーく知っている、イタズラ大成功の顔だ。――さては。
(返 す 気 ご ざ い ま せ ん わ ね!?)
(返 す よ? 今 夜 ボ ク の お 部 屋 に 来 た ら)
一言一句違えぬアイコンタクトが婚約者同士で遣り取りされた。
女子が男子寮に訪問など様々な意味で不可能だ、やられた、ジョシュアはスナック感覚でヴァネッサが≪魔弾≫を撃つ事を知っている。
ヴァネッサの希少魔統は銃から思うが儘に魔力の弾を放つというもの、彼女の手にある銃は彼女の魔力が続く限り無限の装弾数を誇る、そして威力も銃器そのものの性能と発揚した魔力に比例する。
いかにも戦闘向きの魔統だけれどもヴァネッサにとっての≪魔弾≫とは四肢の延長に過ぎない、軽くはたくには実に都合がいいのだ。
当然ながら≪魔弾≫は侯爵家の希少魔統、その気になれば短銃でさえ石壁すら一射で容易にブチ抜く程度の事も勿論できるので間違いなく戦闘向きではあるのだけれど。
――ぶっちゃけ本人は加減するつもりでも実銃以上にとても人間に向けていいシロモノではない……。
生殺与奪がヴァネッサの気分次第という特級危険物がヴァネッサの銃である、そうでなくても結構キテる危険物だけれど、実弾は入ってないという理由とノワール家の威光で常備している。
(ふふうん、ジョッシュ、油断しましたわね?)
――想定内である!!
壇上でニコニコ笑っているジョシュアに対し、己も柔らかな笑みで応える。
妙に余裕な婚約者にハッとして顔を青くするジョシュア、手持ちは没収したし事前にクオンを誘導していくつかのとっておきは回収してある。
しかしヴァネッサは、ノエルの伽藍洞に銃器を詰めておくくらいは普通にやる。
超貴重な空間魔法を愛用のハンドバッグ程度の扱いである。
ジョシュアには誘導しきれる気がしなかったのでノエルには『入学式は銃器持ち込み禁止だよ』と釘を刺した程度。
おりしも当のノエルが空間を割って空席だったヴァネッサの左隣に帰ってきた、これは大変マズイ……流石に壇上に向かってぶっ放すことはないとは思いたいけれど、ヴァネッサのトリガーが超軽いのはジョシュアも承知している。
照れ隠しに一発、嬉しくて二発。
本気で怒った時はつま先すれすれにズドンとガチ目の一発という場合もある。
「おかえりなさい、ノエル。早速ですがあれを」
優雅な仕草でノエルに左手を差し出す。
「――えっ!?ヴァネッサ様本気ですか?コレは今夜の壮行会用ってアタシ思ってたんですけどっ!」
『あれ』で通じるあたりが流石ですわね、なんてヴァネッサも鼻高々である。
「無論です、さあ」
「わ、わかりました……でもいいのかなあ、知りませんよ?」
そう言ってノエルは空間を割って一丁の銃を取り出しヴァネッサに手渡す。
「そうそう、これぞ我らが西部方面軍が誇る最新の対物魔法銃……って!違いますわ!短銃!短銃ですわよ!?」
「え、でもジョッシュ様が銃の持ち込みは禁止って」
「対物魔法銃は!?」
「やだなぁヴァニィちゃんったら、それはもう『砲』だよ」
ノエルの身長よりゆうに大きく、口径も拳一つが入ってしまいそうだ、装甲馬車を使った賊を馬車ごと大人しくさせる西部方面軍の新兵器、魔力をバカ食いするために侯爵以外は数人がかりで撃つのがやっとのシロモノである。
いわゆる携行キャノン砲。
――流石に先生に没収されました。