第103話:熱い視線
小柄な少年が銀朱のマントをばっさぁと翻しながら病室に入ってくる。
「レオ様、病室であまり埃を立てるのもどうかと」
「む!? 確かに! すまぬなオーギュスト!!」
素直に謝ると、先程窘めたロウリィをはじめぞろぞろ四人の側近を率いて病室へと入ってくる、一通りの医療魔法による処置が済み寝かされていただけのオーギュストの病室は個室。……人口密度が高い。
「やあ見舞いが来てくれるとは嬉しいじゃないか、なあオーグ」
「師匠」
「むっ!? これはこれは、オーギュストのお師匠とは伺っていたがここでお会いできるとは、ご無沙汰しております」
尊大な態度をとるという事はすなわち上下関係の理解と重視する姿勢が身についているという事で、側近たちと揃い"剣聖"に丁寧に頭を下げた。
むしろ、オーギュストのほうがこれには驚いた。
「レオナード、面識があったのか?」
「当然だ、このオレは"次期魔龍侯"なるぞ?」
剣聖と面識もあるわ! ふんす! と鼻息も荒く両手を腰にやると改めてオーギュストのベッドサイドまでやってくる。
「それにしても怪我は大したことなさそうだな? 使い物になっておらぬかと心配したぞ、キサマは我が三組のトップ前衛なのだからな!」
「レオ様、それを言うなら使い物にならなくなっておらぬか、かと」
「しし知っておるわ! 言い間違っただけだ!」
「ふふ……」
「笑うな!」
「いや、すまない。レオナードはロウリィと仲がいいんだな」
そう言って怜悧な表情に笑みを浮かべる、その表情には悪意というものが無くて、ぷんすこと憤慨するレオナードも唇を尖らせるしかできない。
毒のない笑顔というのは、侯爵嫡男として育ったレオナードにとっては入学して得たはじめての物だ。
当然平民でも下心を持って近づいて来る者はいるけれど、このオーギュストは平民でありながらそういった駆け引きは苦手だ。
なにせ一目惚れして即「あの女にオレの子を産んでほしい」と思うような野蛮人である。
しかも紹介してくれと相談しておいていけそう! と思ったら即行動の単細胞でもある。フィオナちゃんの気苦労を返してほしい。
そもそも王子の兄弟子なので、侯爵令息レオナードに下心を持つ理由が特に無いというのも大きい。
とにかく、そんなこんなの理由もあってオーギュストはレオナードにとって初めての距離感と余裕をもって接してくるクラスメイトだった。
「ふっ、ロウリィは八歳の頃からオレに忠を誓った側近よ」
「はい、このロウリィ、チューを誓いました」
「…………ん?」
「オーギュスト殿、何か?」
「い、いいいやいやいやいやいや、何でもない」
何か発音がおかしくなかったか? ロウリィ以外の残る側近のほうをオーギュストは確認するように視線をぐるり巡らせるけれど。
全員がロウリィと同じ深い微笑みを湛えてレオナードを見守っている、慈愛……親愛……チュー義……。
「……師匠」
「俺にふるな、学生同士であとはごゆっくりな!」
そそくさと剣聖がベッドから離れて医務室を出ていく。
「シュタイン卿!またいずれ」
元気よく挨拶するレオナードの声にひらと肩越しに手を振って応える背中が廊下に消えると、病室内は怪我人一人ショタっ子一匹と疑惑の四人である。
正直珍しい話ではない、珍しい話ではないのだけれど、ロウリィの糸のように細い眼をオーギュストは見ることができなかった。
「……さて、と」
のそ、とベッドから降りようと半身を起こすオーギュストだけれど……おお……と感嘆の声が周囲から上がったので思わずシーツをかぶり直してしまう。なんだろう、視線が怖い。
「む? まだどこかやはり痛むのか?」
「い、いや? 治療されるとき脱がされてみたいで……着替えが、俺の着てきた服は……」
きょろきょろと室内に目を向ける、ベッドサイドに愛剣ドライツェンが立てかけられているのは確認した、あとは制服なのだけれど。
「ああ、洗濯して後でお渡ししようかと、自分達が預かっておりました」
――いつのまに……?
ロウリィが後ろに向かって合図をすると、上着、ズボン、下着の順にレオナードの側近たちがオーギュストの衣服を回収していたのかカバンから取り出した、ちょっとまて。
「いや、ちょっと待ってくれロウリィくん、下着! 下着はおかしい!! 俺は何を着て帰ればいいんだ!?」
「仕方ありませんねぇ、下着とズボンを返して差し上げろ」
「はっ」
「ちょっと待ってくれ、待ってくれ、上も返してくれないか?」
「……はぁ? 今夜は暖かいですよ?」
「違う、その回答は違う」
受け取った下着とズボンをベッドの中でもそもそと着替えるオーギュスト、これにはたまらずレオナードが笑いを上げた。
「ふははは! 恥ずかしいのか!? 女の子みたいだぞ!?」
声変わりも住んでない少年の声で煽られて俄かに頬に熱が篭る、少しでも動かしやすいようシーツを腰のあたりまで下げて上半身を露出すれば……。
熱い視線を感じて背筋が凍った。
「いやいや、オーギュストくんもなかなかの体ですね?」
「……ン、ああ、うん」
オーギュストは非常に引き締まった筋肉をしており、カットが見事な造形美を作り上げている、今は今さっきの戦いの後そこまでの重症ではないけれど[回復]処置の包帯がぐるぐると巻かれているけれどその肉体美を隠すことはできていない。
男同士の不躾な視線は別に気にならない、何しろ自警団は詰め所も狭いので男所帯で全部脱いで着替える事だって普通にある。
でもそうじゃない、そうじゃないんだ。
同性から、肉体美を褒められる事だって別に普通にある、ディランとは上半身裸で組み打ちの訓練だってする。
そうじゃない! そうじゃないんだ!
レオナードは無邪気な顔で見上げてくる、心まで少年かお前……。
ベルトを締め終えて、上着を受け取ろうと手を伸ばそうと思うけれど、視界の端でロウリィ達四人がにっこり笑っている……。
その日、オーギュストは上半身裸で男子寮まで帰る事にした。謎の威圧感に屈したのだ。
敷地内ですれ違う男子も女子も好奇の視線をオーギュストに注ぐ。
ロウリィ達は喜んでいる、これでよかったのかはわからない。ただ、翌日からオーギュストは彼らに背後を取られることを大変警戒するようになった。




