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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第四章
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第101話:びいどろ

 異常に甲高い擦過音が連続して鳴ると同時にガードした態勢のまま一歩分押し込まれるディラン。

 魔統もないながら、[身体強化]の魔法だけでこの課外活動班によくついてこれるものだと感心するけれど……流石に限界ではないか。


「ディラン! 下がれ!!」


「ぃいや!! たまるものかよッ!!」


 踏み止まる踵を軸足に、反撃にと拳を放つディラン……だけれど。


「踏み込みが足りませんよッッ!!」


 間合いに劣るディランが苦し紛れに圧された位置で踏み止まって放ったそれは残念ながら"手打ち"の右拳、肘が伸び切ったところを容易に切り払われ、跳ね上げられてしまった。


 いや、跳ね上げる、で済んでよかった。


 ディランの手甲が『改造肩盾』という形状でなければ、切り払いの一閃で上腕を斬り飛ばされていたことだろう、跳ね上げられた腕に余韻と残る電光が盾にはっきりと刻まれている。


「手が跳ばされなくて助かった……とか思ってンじゃねえぞ……?」


 それは焦燥、苦悶の表情に乗って紡がれる言葉。


 切り払いから流れるように即座に引かれた刀は、鍔元までは納めずの鞘内に在り刃元を覗かせている、そして柄に添えられている抜き手は握らず、支えている型……。

 つまり即座の抜刀が可能な『鯉口を切った』状態に戻っている、これぞ抜刀術(クイックドロー)の術理、次が来た。


「ディランッッ!!」


 オーギュストの上げた警告の声すら届くには遅くて。

 寄せた左の足で右肩右足を前に送り出すと、引き真横一文字の美しくすらある刀閃が紫電を纏いディランの腹を薙いだ、届いた深さ一瞬にして死を連想させる。


「ぐがあッ!?」


 発生した衝撃に跳ばされたディランが[保護]を削られてむき出しの岩肌に転がされる……転がされるで済んだ、今回こそは、済んだ、意識もあるのかすぐに起き上がろうと自分から一度転がってから片膝を立てているけれど、ダメージはしっかり受けたのか苦悶の表情を浮かべている。


「ディラン君が復帰するまで私が前に入る! フェル! 回復をお願い!」


「わかったよ」


 即座に中衛にいたジェシカが前に出ようと駆け込んでくるのを背後に感じながらジョシュアと並んで彼女をじっと見るクオンリィの視線を遮るように立てば、紫色が二度瞬きながら二つの障害物を捉えた。


 まるでびいどろのように無機質な瞳だ。


 自分を責めて振るう剣はこちらへの憎悪すらもはや残っていない、こちらを何とも思っていない純粋な殺意、ただひとえな殺害への渇望、そこに宿るのは殺望さつぼうとでも呼ぼうか。


 斬る……きる……キル……。


 そうしなければ、なんだというのか? 問うまでもない、次は無いの言葉通り彼女の主君ヴァネッサからの叱責を受けるのだろう……あるいは命さえ奪われるのか?それは誰にもわからない。


 隻眼を隠すように髪で顔を半分覆っているけれど、戦いの中でその素顔は何度も見て来た、たかが髪なのだから顔を振れば見えるし、それ以外でも何度も言葉の一つ二つは交わしてきた。


 そうだ、彼女が動物に好かれる優しい少女であることを知っている、柔和に笑うことも知っている。


 放課後の獣舎、生徒の様々な使い魔達が学院の管理下で寝食する場所であり、主から離れた使い魔は厩務担当の職員にも懐かず、昼夜嘶きや呻きが轟く場所。

 その日傍を通りかかったオーギュストはそれが聞こえてこないことに不審を覚えて獣舎をのぞき込むと。


「……なんですか?」


 薄闇の中に、顔すら動かさずに静かな言葉が紡がれる、彼女の代わりに無数の獣の目がオーギュストに刺さった。

 どの使い魔も、まるで薄闇の中に佇む、亜麻色の長く首の後ろで一つに束ねられた髪と黒い制服に白銀のサッシュのその娘が主であるかのように、彼女の意を汲んでか激しい威圧を向けてくる。


 オーギュストは対魔物の戦闘は入学前から慣れていたつもりだったけれど、種族の違う統率の取れた『群れ』という異質に思わずたじろいでしまう。

 いや、ごめんなさいと内心に思えば威圧が和らぐのは心を見透かされているようで背に汗が浮かぶ。


「あ……いや、傷は……?」


 先日の戦闘で彼女を撤退に追いやったのは己の必殺剣≪聖剣≫[トライブレード]だから、数歩歩み寄りつつ問うた。

 一歩、一歩確実に威圧の目が戻ってくるので三歩が限界。


「余裕ですね………………次は無い」


 ゆると右手を伸ばして人間の頭などひと噛みに出来そうな大きさの犬の頬を撫でるクオンリィ、巨犬はと言えば飼い主でもない筈の彼女の手を心地良さそうに受けている。


「ふふ、優しい子ですね?――ごめんね」


 果たしてこの謝罪は今日の事だったのか、前哨戦となった統率の取れた動きを見せる軍用犬の群れを率いていたのはあの巨犬ではなかったか? 次は無いとは? そんな事より……


 生まれて初めて見る柔和で美しい笑みだった。


 思い人の桜色の髪の少女には、もう自分ではない思い人がいて、その思い人は自分の友人でもあって、もう諦めなければいけないのかなと思っていた……なら、この女性を好きになる未来があってもいいんじゃないか?


 呆けたような思い出は、友の声で引き戻された。



「ぼうっとするなオーグ!! 斬られたいのかッ!?」



 ジョシュアの叱責が届いた時、目の前に本気の彼女がいる。

 構えている。


 ああ、やはり綺麗だな。


 後方でレオナードの≪龍炎≫の発動が完了した気配がある、ジェシカもすぐ近くにいる、自分は敗退すると思うけれどもこの場は決着だ……。


 けれど。


 けれど、もし叶うのなら……。




 彼 女 に 次 を。




 叶えられるのならば……。


 ……ああ、もう防御は間に合いそうもなかった。


オーギュストは即死判定に弱い。

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