第98話:生死流転
ノエルがクオンリィにおぶさったまま足裏をぱんと合わせると[音声遮断]の魔法が発動した。
消すと言っても暗殺ではありません。
「……ノエるん、どー思うよ?」
「転生?」
「それな……転生してやり直してる最中? なんですかね? 今朝方フィオナにも聞かれましたよ……今にして思えばネタ上がってたんでしょうね?」
「前世の記憶だっけ?」
「記憶を保持したまま生まれ変わる……生々流転の埒外……生死流転ですか? あいつら前世で碌なことしなかったんでしょうね?」
「でもやり直しているとしたらフィオナちゃんあわてんぼ過ぎない?」
「おバカちゃんだから忘れてんじゃね?」
これじゃヴァネッサ様に報告できませんよ、とため息交じりにかぶりを振るクオンリィ。
左手の"魔鞘・雷斬"を腰当をずらして白銀のサッシュに差し込むとふと、瞬きを一つ。
「あー……練武場で着替えてからじゃねぇと部屋戻れませんね?」
「着替え更衣室に置きっぱなし? だから預かるよって言ったのに」
アタシは持ってきてるよーと[空間収納]からマイおパンツを取り出すノエるん。クオンリィは袴履き、ノエルも忍び袴なので二人とも今は穿いてない。
そして持って歩くとかそんな芸当ができるのは≪伽藍洞の足音≫の魔統だからだ、≪雷迅≫のクオンリィにできるはずもない。
「やですよ? ノエるんスカートだけ返しておパンツ返さないとかやるでしょう?」
「やらないよー?」
「言い方……やりますって言ってるようにしか聞こえねぇよ……」
やれやれとクオンリィが気だるげに回廊を外周側に歩き始めたところで、具足にカツリと当たるものがある。ジェシカの撃ったボルトだ。
「……チッ、ゴミ忘れて行きましたね」
「未来に干渉できるならゴミを忘れなかったことにしてくれればいいのにねー」
「そのままはまずいです、ノエル」
「ほいほい」
再びおぶさったまま足裏をぱんと合わせるとぱりぱりっと空間に亀裂が入り、ノエルがそこに手を突っ込むと散乱している六発のボルトの上ににゅっとノエルの手が現れて次々と回収していく。
別にジェシカが生徒指導に呼び出されるのは構わないけれどそこから芋づるでフィオナ、そしてヴァネッサ様へと累が及ぶのは避けたかった。
「転生しようと今は今……ですか…………」
ゆっくりと外周沿いに立ち、縁に手を添えて軽く寄りかかる、眼下の濠は真っ黒い夜を湛えて市街のほうから漏れた明かりにゆらと揺れていた。
「人の世は泡沫の夢が如し、でしたっけ?」
「そーいうのクオるんがわからないのにアタシがわかるわけないじゃん」
「水泡と帰したものを、記憶をもとに流れに戻す…………違うな、そうですか、記憶、現在地、今は今ってのはそういうことですね?」
「そういうことって?」
「泡沫です、諸行無常ですよ? ……転生しようが記憶があろうが世の中あいつらだけで完結してるわけがありません……因果、因縁……フィオナが『違う』ってのもそういう事でしょう?」
解釈がまとまってきた、しかしクオンリィはトントンと指先で石縁を叩きながら悩まし気に眉根を寄せる。
「そうすっとわッかンねえのはレイモンドの未来に干渉する、戻るってのは何ですか? ショート転生ですか?」
「セーブとか言ってたっけ……」
「応、今日も戻ったみたいなこと言ってましたね……戻ったか?」
「んや、わかんにゃい」
クオンリィの肩を掴み、ぐいーっと上体を反らしながらノエルが答える。わからない、戻るなんて事があったのか?
「ところがフィオナはそれを共通認識しているらしいですね……同じ魔統で相互干渉しましたか? 未来に干渉だけに?」
「同じ魔統はありえないよ、レイモンド家とカノン家に血の繋がりがない」
「その辺は本人に確認ですねぇ……」
とりあえずの現時点、クオンリィなりの仮定は以下になる。
・二人は前世の記憶を持った転生者。
・世界は流転しているので記憶が役に立たない。
・短期間転生もできる?
・二人には戻った事が分かる?
・干渉はできるけれどその結果はわからない。
転生者ではない身で、途中からしか聞いていないくせにほぼこの場の状況の正鵠を射ているのは、黒い三連星イチキレてる女の面目躍如といったところか。
ふむ、と軽く唇をすぼめるとノエルが抓んできたので軽く首を振って拒否しておく。
「報告はこんなもんですかね……メシにしますか」
「ヴァニィちゃんジョッシュともう食べちゃってるよね、多分」
「でしょうね? 購買でなんか買って帰りますか」
そして報告した結果、ヴァネッサも戻った事が分かる上に干渉もできたと聞いてますますわけがわからないとクオンリィは首を傾げることになるのだった。
多分本人たちより現状を正確にみています。




