第97話:帰っていいの?
しぶしぶといった様子でガチの脅迫をジェシカに言い捨てるクオン……はい、次はフィオナちゃんの番です……ディランに寄り添い戦々恐々生まれたてホヤホヤの子ウサギみたいにぷるっぷる震えて上目遣いでクオンの動向を伺っている。
ぶん殴りたい。
しかし沈みかけていた太陽も完全に沈んだ……、空には星が瞬いて、学舎の食堂が賑わっているであろう喧騒が風に乗ってここまで流れてくる。
ここから直接見えるのは男子寮くらいだけれど、いくつかの窓から明かりが漏れて、今は夜の時間が始まっているのだと主張していた。
右拳をぐーぱーぐーぱーさせながら、ごにょごにょと肩口にあごを乗せてるノエルと二言三言交わしてしばし……。
「おい、フェリ」
「ぅお!? オレか!?」
「他にいるんですか?」
いきなり? 話を振られびくりと肩を跳ねさせるディラン、そそそ……とその陰に移動するフィオナ、おいこら逃げんな。
「よくやった……とでも言えば良いですかね? フィオナを守ったのはテメェでしょう? やるじゃねぇかクラスメイト」
「ほめてつかわーす」
「お……おう……」
褒められるとは思っていなかった、少し気恥しいけれど、フィオナだと遠目でも分かったピンク頭が外壁の石段を昇って行き、その後から明らかに武装した白髪の人物が昇って行ったのを見た瞬間大急ぎで手甲を手に飛び出したのは間違っていなかった。
実際おそらくあそこでディランが間に合わなければフィオナは腕章だけではなくて制服のタイのほうの保護も破られていただろう。
二重に保護をかけているという事をあの時点のジェシカがどう判断したのか、そして保護が完全になくなって後がなくなったフィオナはおそらく生き残ることができなかったはずだ。時間的にクオンリィとノエルは間に合わなかった可能性が高い。
ふとクオンリィはディランがほぼ丸腰であることに気付き、訝し気に眉根を寄せるけれど、すぐにその"得物"が何であるかに気付いて破願する。
「……っは、それにしてもオマエ……面白いモノ持ってんじゃねぇか……?」
「あ?」
「拳闘士、なるほど? って話ですよ?」
「ああ」
クオンリィの言葉にディランは自分の手甲に目をやった。
剣に魔法に銃まであるアルファン王国では軍人は遠距離の訓練を中心に行うかといえばそうでもない、剣聖や抜刀伯に代表される剣士が戦場の花形である。
一口に剣士と言っても様々でひっじょーに広い意味ではノエルも剣士系に分類されたりする。要は近接武器持ってヒャッハーしてたら大体剣士で概ね間違いではない。
しかし戦場にて常に万全があるとは限らない。
先日の"瑪瑙城"での剣聖ニバス戦でクオンリィが刀を破壊されたのも然り、武器は折れるものである。[破壊防止]の付与をかけた武器だって、落としてしまえばお仕舞い。
そんな時のために軍人・騎士は大抵が素手、徒手空拳での格闘戦も訓練するのだ。
ちなみに黒い三連星で一番格闘が巧みなのはノエル、しかし強いのはなんとヴァネッサである。
二人と違い……本当はザイツ伯爵令嬢とガラン子爵令嬢なのだから違ってはいけないのだけれど、社交界でパーティに出席しているヴァネッサは『第二王子の婚約者』としてダンスのレッスンに余念がない。
ダンスは格闘技、とはよく言ったものである、その上ヴァネッサはジョシュアの修練の付き添いで剣聖の指導を受けたこともあった。
更にヴァネッサは抜刀伯の指導も受けている、そして起こりを抜く金眼がある。蹴ろうとした膝には前蹴りで止め、拳は華麗なスウェービングで届かせない。
話を戻そう、そんな格闘術だけれど、あくまで緊急事態用という趣が強い、けれど稀に徒手空拳をこそメインの武装とする戦士たちが存在する。
それが拳闘士。
防具に過ぎないと言っても手甲や足甲とて金属、剣撃を受けたりいなしたりする頑強なそれはもっとも取り回しの容易な鈍器であると言って過言ではない。
ただ、それでも素手は素手、リーチの短さがとにかく致命的であり、いかなる武器との相対であっても間合いに踏み込む必要がある。
例の闘技場の興行以外で実際にその使い手にまみえる機会は大変少ない。
「なかなかヤるみたいじゃないですか? 立ち姿にスキがない……実技系の授業が楽しみですね?」
「女殴る趣味はねぇ……が、授業ならしょうがねぇな」
「だったらこの二人を女子寮まで送れますね? 時間も時間ですから……ま、学院内でどうこうってのはないでしょうけれど」
「あれ?」
ディランにジェシカとフィオナを送って行けと、そう言っているように聞こえたから、てっきり「ちょっと連行な」とか「フィオナ置いてとっとと帰れ」とかになると思っていたフィオナが首をちょいと傾げる。
「……別に急ぎの話でもないからですよ? 後でたっぷり聞くことはあるから覚悟はしておきなさい?」
「やぶへびだった……」
盛大に肩を落とすフィオナ、ともあれ解散の空気だ。未だ土下座ったまま震えているジェシカに近づいて立てる? と声をかけ立ち上がらせ、盾も拾う。
「あれ? でも二人は? 寮に戻らないの?」
ふと気になって問いかけると、薄暗い回廊で三つの目がフィオナに向けられるけれど、その瞳に笑みが無いのを見てふるり、背筋に冷たいものが走った。やぶスネーク二匹目である。
「ナンデモナイデス」
「応」
そら行けと、追い払う様にしっしと手を二人そろって振られてしまえば、また明日―と言いながら三人で連れ立って外壁の石段へと向かっていった。
一端の落着である。
「さて……」
「うん、アタシが消すね」




