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恋は魔法で愛は呪い  作者: ATワイト
第一章
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第1話:ファースト・コンタクト

 

 後にこの顛末を問われた当事者の一人はこう言った。


 ――恋は魔法であり、愛は呪いである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 大陸のほぼ中央に位置する大国アルファンの王都では、春の陽気の中で王立魔法学院の入学式を迎えていた。


 一見学び舎とは思えぬ程に堅牢で勇壮な外壁は無数の蔦に絡まれており、その長い歴史を感じさせると共に、この巨大な正門の内側は王都であって王都でない隔絶された世界であることを見上げる者に感じさせる。

 事実、年に数日の一般公開の催事でもない限り学生や関係者以外には内部の様子を窺うことさえ不可能となっている。


 それを可能とするのが外壁に沿って展開され、外部からの移動系魔法と探知系魔法を遮断する《大結界》だ。

 衛兵が守る門を抜け、目には見えない《大結界》を超えると改めて空気が引き締まる。正門からまっすぐ伸びる広いレンガ道の左右から桜並木がそよ風に薄桃の花弁がひらひらと美しく舞わせて新入生を歓迎していた。


 国内最難関と言われる入学試験を乗り越えた少年少女たちの表情はみな晴れやかで、その付き添いをしている父兄親族もまた誰も彼も誇らしげだ。


 ……そんな祝福に満ちた世界の中、その少女は一人決意の眼差しで入学式が行われる大講堂の立派な尖塔が並ぶ屋根を見上げていた。


「……来ちゃった……マジで来ちゃった! アルファン王立魔法学院っ!!」


 舞い散る桜の色よりなお明るい桜色の髪は肩口辺りまでに切り揃えられ、春の陽光に輝く水色の柔らかな双眸、透き通るような白い肌。一目見て新入生と解る少し大きめの着られている感のある制式制服と藍色のタイは、その少女のコケティッシュさを損なうでもなくむしろ増していた。


 そんな美少女が往来で突然大声をあげるものだから、周囲の目もそちらへ向き、そして釘付けになる。

 歓喜に弾む朗らかな声、天真爛漫に歯を見せた笑みを浮かべる口元、跳び上がらんばかりに両手を広げ、靴音も高らかにくるりくるりと、少しばかり短めのスカートを翻して全身全霊の表現で正の感情を爆発させる愛らしい容姿、誰かが「桜の妖精」などと呟く声も聞こえる。


 男子新入生の中にはスカートを翻したおりに何か一瞬見えた気がしたのか、すっかり魅了され、惚けたように顔を赤くして足を止めてしまい、通行の邪魔になってしまって新入生女子に白眼視されたり父兄に小突かれている者もちらほらいる。


 実はこの少女、これを『意図的』にやっている。


 入学式を控えた大講堂の入り口で『邪魔』になる、それが目的で態々ド真ん中に陣取っているのだ――。


 《前世の記憶》によればそれで【攻略対象】と出会えるはずなのだから。


 ここは『剣と魔法の乙女ゲーム【まじっくアドベンチャーwithラブ】の世界』そしてそのメインの舞台となる『アルファン王立魔法学院』だと少女は知っている。


 彼女の名前は"桜色の美少女"ことフィオナ・カノン。

 彼女は【転生者】で【ヒロイン】だ。


 フィオナの思惑通り人々の通行は阻害された、入学早々新入生女子に白眼視される事になった新入生男子諸君にはすまないと思うけれど許してほしい。

 ちなみに余談ながら居合わせた女子と同じクラスになろうものなら最低一年間は「あいつはスケベ」のレッテルを貼られる事だろう、入学を機にクールキャラデビューを目論んだとしてもクラス内の女子ネットワークではヒソヒソ囁かれ続ける。がんばれ男子(スケベ)


 さて、フィオナはそろそろ頃合いかと貴族の馬車留めがある方向を水色の瞳を期待に輝かせて視線を向ける。今日一番のヒロインスマイルで彼を迎えて、そして始まる恋と愛の物語。


 おいでませ攻略対象者! 今日から逆ハーの始まりよ!


 仕組まれたボーイミーツガールが今――。




「通行の邪魔です。 記念を大事にしたいのでしたら端に除けておやりなさいな」



「――はへ!?」




 はじまらなかった。


 貴族の馬車留めがある方向から現れたその人物が桜色の少女の想定の外側から澄んだ声を射し込んだ。

 確かにその声は《前世の記憶》で憶えがある、あるのだけれども、ホワイ? その声の持ち主がなぜ? と驚きと困惑を隠せない。


 バンザイするように両手を掲げてくるくる回っていたフィオナが、ハッとして回転を止め顔を向けた、水色の瞳が映し出したのは『黒耀』――。


 長く艶やかな黒耀石を思わせる腰まで届くほど長いストレートヘアが、春の日差しを受け微かに紫色がかった静謐な輝きを返す、目尻の上がった黄金の瞳は凛としていて、そこには決して折れないであろう強い意志を感じさせた。

 そんな文句なしの綺麗系美少女がガッツリこちらを見ていた、人違い? 間違いなく目が合っております。つまり射し込まれたさっきの声はフィオナの勘違いではなく彼女が発したもので、更にはその対象が自分に向けたものと自覚して頬が引き攣る。


 怜悧な双眸で真っ直ぐにフィオナの水色を見つめ返しながら、左右に従えた共に揃いの黒い制服姿の少女と三人、フィオナにコツコツと足音も高らかに近づいてくる。


「――な、なんで……どうしてあなたが…ここに……? ――……ヴァネッサ……サマ」


 黒耀の少女もまたタイの色が『新入生』であることを示す『藍色』なので桜色の少女フィオナとは同い年の筈、けれども早くも少女から女性へと開花しつつある均整の取れた身体つきは上級生にしか見えない。

 胸の下で組んだ腕に完全に柔らかいモノが乗っかっている、持てる者、育まれし者にだけ許される特殊ムーヴだ。

 フィオナはそっと己の胸元を見る、うん、無理。


 高級感しかない上質そうな黒生地に金の刺繍が差し色としてふんだんに飾られた制服はどう考えても特注の改造制服。そして左右に引き連れている取り巻きもまた、右に侍る長身の少女が黒に白銀、左に控える小柄な少女は黒に赤銅と三人でばっちりとカラーリングを揃えており、どちらも誇らしげに胸を張っていた。


 王立魔法学院では制服の改造が認められているけれど、流石に新入生が入学式で改造制服、更に同じように改造制服の少女を引き連れているという姿は、まさに威容であり異様であった。


 そしてそんな三人の登場と接近に伴い、大講堂入り口の通行は完全に遮断されてしまった、フィオナが邪魔になっているどころの騒ぎではない。


 しかし、誰一人、その事を咎められる者はこの場にいない。


 いや、新入生らしき少年少女の中には「お前達こそ邪魔だ」と声を上げようとする者もいるにはいた、彼らとて最難関と言われる入学試験を突破してここにいる。エリートコースの階段を登りはじめたプライドがある。しかし何かを言わんとすれば付き添いの大人が慌ててそれを止めている。止めなければいけない相手なのだ。


 貴族ばかりではなく数こそ少ないが平民も通う王立魔法学院では、原則的に学院生である限り身分の差は取沙汰されない事になっている。しかし今は入学式の前、新入生達は書面上でこそ既に学院生として扱われるが『儀礼的』にはまだ王立魔法学院の学生ではない。

 王立の学院で魔法を研鑽研究するアルファン王国はまたの名を魔法王国、この国では儀礼的な要素が紙切れ一つより余程重視される。


 そうなると話は変わって身分差は絶対的な支配構造として存在する、フィオナがヴァネッサ様と呼んだ黒髪金眼の少女は見るからに貴族。平民の生徒が入学式前に礼を失して良い相手ではない。命に関わりかねない。ちなみにフィオナちゃんも平民です。


 じゃあ同じ貴族はといえば……むしろ平民以上に子供は勿論親までヴァネッサを畏れて一歩引いている。

 彼らは事前に知っていた、今年王立魔法学院入学する黒髪金眼の貴族令嬢の事を、そして何より印象的な『黒い制服』から連想される大貴族、その名は。


 ――ヴァネッサ・アルフ・ノワール


 それがヴァネッサのフルネーム、王国西部方面を軍事的に傘下に置く、王国内で四家しかない侯爵家の一つノワール家の長女である。

 例え正式に入学式を終えた後であっても、貴族に生まれた以上は何が何でも不興を買うわけには行かない、卒業後の人生に直結する相手であった。


 フィオナは両手を上げた姿勢で固まったまま、困惑一色の表情で震える唇の隙間から途切れ途切れに呟く。


 【攻略対象】と出会うはずなのに出会ったのは【悪役令嬢】ヴァネッサとは一体何の冗談か。

 乙女ゲームヒロインの恋路に障害はつきもの、まじっくアドベンチャーwithラブにおけるその障害はたった一人のいわゆる悪役令嬢によって全ルート成される……その人物こそ今目の前でおっぱい抱きの特殊ムーヴ決めながらフィオナを睥睨(へいげい)しているヴァネッサ・アルフ・ノワールその人であった。


 彼女について原作プレイヤーからの評価で最も多いのは、


 『トリガーが超軽い』



 ――『選択肢の中に呼び捨てが仕込まれていて、もしかして親しくなれたフラグかと思ったら翌朝ヒロインが水路に浮いていた。星一つ』

 のレビューに百を超える高評価がつき。



 ――『やらかした瞬間に入るカットインで「あ、死んだ」と思う反面その美麗な眼差しに「いつもありがとうございます!」と一つ上のステージに覚醒する自分を感じた。これぞ醍醐味(だいごみ)である。カットインまで仕込む制作に感謝を込めて。星一つ』

 のレビューに千を超える高評価がつく。



 確実にラスボスよりヒロイン撃墜数が多い原作ゲーム最恐の死神ヴァネッサ・アルフ・ノワールとのファースト・コンタクトである。ラスボスはラストだけあって実質一回しか戦わないしね。

 しかし驚いているばかりもいられない、かろうじて呼び捨てだけは避けることはできたのだけれど、あまりに意外過ぎて両手を上げて上体を捻るストレッチの様なポーズで立ち尽くす事になってしまった、これまずいんじゃない? と、ごくり喉を鳴らすフィオナ。


 そしてヴァネッサの口元が細い三日月形に歪み、細い眉の片側だけをクイと上げてうっそりと微笑んだ。


 ――カットイン、生で見ちゃった……。


 改めて間近で見るヴァネッサ様はまあ間違いなく美人である、愛らしさよりも綺麗に極振りしているタイプの彼女は色気もたっぷり、そりゃ性癖拗らせる原作プレイヤーも続出するわけだ。

 なお今のはどこがトリガーだったのかと言えば、「わたくしの忠告を受けても行動に移さない、不愉快ですわ」てなもんである。


 ところが……。


 ヴァネッサ生カットインの衝撃で正しく蛇に睨まれた蛙状態でぷるぷる震えながら慄いているフィオナちゃんとヴァネッサ様の間に、ヴァネッサの右隣に控えていた長身の少女が一歩前に出て間に入った。


 一瞬助かった、と思ったフィオナだったけれど、相手の容姿を改めて見てすぐにそれが間違いだったと思い直す。《前世の記憶》にある彼女の情報によると、コレは多分もう遅い――。


「ヴァネッサ様が()()()()と仰いましたが? ――聞こえませんでしたか?」


 ああ、銃刀法なんて無いよね、体一つで使える魔法があるんだもの……。


 黒に白銀の少女は帯刀していた。

※お読みいただきありがとうございます。

恋は魔法で愛は呪い、開幕で御座います。


※2020.11.01 改稿版と差し替えました。



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