９５ お仕事終了
ハッとしてカミラの方を見ると、カミラはブルブルと顔を横に振る。どうやらカミラも知らなかったみたいだ。
「おっと、先に言っとくけど畏まるのは止めて欲しいな。ここでは客をみな平等に楽しませてくれるとモリソンに聞いたからこそ来たんだ。これまでは聞いた通りだった。……これからもそうだよね？」
それを聞いたカミラが動揺を隠すように胸を張りながら答える。
「え、ええ。そうね。ここでは兵士さんも領主様も全て同じお客様よ。特別扱いなんかしちゃあ夢が覚めちゃうわ」
「――それでいい。それじゃあ帰ろうか。モリソン、お勘定お願いするよ」
満足げに頷いたイケメンこと領主のトライアンは、階段に向かって数歩歩いたがすぐに立ち止まり、くるりとこちらに振り返った。
「さっきも言ったけど、気長に待っているから気が向いた時に会いにきてくれればいい。でもマリーちゃん、君の本当の名前だけは聞いておきたいな」
「マサオです」
「マサオね。それじゃあまた会おうマサオ」
トライアンは再び前を向き、階段を降りていった。モリソンに促された他の兵士たちもドヤドヤと階段を降りて行き、見送る為にカミラやお姉さん方もそれに付き従う。
しばらくして屋上には俺だけが残った。ソファーに座り込んで大きく息を吐く。とっさに偽名を使ってしまったが、まあいいだろう。何かの拍子にバレたら緊張で舌がもつれたことにしよう。
そんなことより問題は、お近づきになりたくない職種のトップ３に入ると思われる貴族の、しかも領主と知り合ってしまったことだ。そのうえ女装中に出会うことになるとは思わなかった。
しかし俺のやったことと言えば、綺麗に作った石ころを見せて、後はポテトサラダを作ったのがバレたくらいか。向こうからすればちょっと魔法の得意で、珍しいレシピを知っている子供に出会ったくらいのものだろうか。
そのわりには俺に銀色のアクセサリーを手渡したり予想以上の興味を引いたようにも見えたけど、俺が幼児愛好家の直球ど真ん中の好みだったなんてことは想像したくはないな。アクセサリーは領主を楽しませたお礼だと思っておこう。
懐に入れた銀色のアクセサリーを取り出してじっと見る。俺の手のひらより一回り小さいくらいの大きさで、何かの鳥の羽を模している。
裏面には複雑な文様が描かれていた。もしかして魔道具の一種なんだろうか？ マナは感じ取れるがそれが何なのかは俺には分からない。悪意のある代物ではないと信じたいが、今度セリーヌに見せて意見を伺おう。
このアクセサリーを見せて会いに来いなんて言ってはいたが、もちろん会いに行くつもりはない。しかし手放したら後が怖そうなので、とりあえずアイテムボックスに封印だ。
銀鷹の護符
アイテムボックスで鑑定すると、そのように表記された。
うーん、大層な名前が付いたアクセサリーだな。そういえばあの領主の一族は鷹を守護神として祀っていると聞いたような気もする。護符なら何らかのお守り効果みたいなものがあるのだろうか。
残念ながら鑑定ではそこまでは分からないようだ。矢の毒の種類は分かったのに不思議だね。何にせよアイテムボックスに押し込んでおこう。
「さてと……」
屋上の後片付けを手伝うか。そう思いソファーから腰を上げると、階段からカミラが上がってきた。
「今お客様をお見送りしてきたわ。……それにしてもびっくりしたわねえ」
カミラが頬に手を当て、ほうっと息を吐く。ちょっとお疲れのようだけど色っぽいね。
「どうやら領主様のことを知っていたのはモリソンさんだけみたい。他の兵士さんは知らない顔が一人混じったところで気にしていないみたいね」
兵士としてそれはどうかと思うが、まあ自由時間だしね、しょうがないね。
「マルクちゃん、なんだか変なことになっちゃってごめんなさいね。今の領主様になってから悪い噂は聞いたことがないし、変なことにはならないと思うけど、私に出来ることがあれば何でもするからね？」
領主にショタコンの疑いがある時点で悪い噂云々は信憑性はないのだが、それはさておきマルクちゃん呼びってことは、俺の仕事はここまでのようだ。
「さすがにあんなのはカミラさんのせいじゃないし、どうしようもないよ。それよりもうお手伝いは終わりでいいのかな？」
「ええ、お疲れ様。ギルさんが送ってくれるんでしょ？」
「そのはずだけど……。あっ、そうだ。テーブルはどうしたらいいかな。もう必要ないなら潰しておくけど」
「実はね、別のお客さんからも屋上で飲んでみたいって問い合わせがあったの。だからこれからも使わせてもらうわ」
そこまで言うとカミラは眉根を寄せて、ついでに腕を組み直して胸も寄せた。
「……そういえばそっちのお礼もまだだったわね。その上、図々しくも給仕まで手伝ってもらっちゃって……。ほんとお世話になりっぱなしね。マルクちゃん、お給料の他に何かして欲しいことはない？」
「お給料は別にいらないよ。もともとギルおじさんの手助けのつもりだし、めったに出来ない体験も出来たしね。最後に変な人に会っちゃったけど」
「うーん、マルク君がもう少し大人なら、お店で色々とサービスもしてあげられるんだけどねえ」
「それじゃあ僕が大きくなったら、その時にお願いします」
俺が改まった口調でそう言うと、カミラが口に手を当てて笑う。
「うふふ、それでいいの？ その頃にはパメラもお店で働いてるでしょうし、いつでも来ていいからね」
そんな話をしている間に、他のお姉さん方が濡れ布巾やトレイを片手に屋上へ上がってきた。これから屋上の食器類の片付けをするのだろう。
「それじゃあギルさんに言ってお仕事を上がってちょうだい。今日は本当にありがとね」
「はーい」
俺はカミラにペコリと一礼し、階段を降りていった。
