94 イケメン
「よ、よろしくおねがいシマス」
「はい、よろしく。マリーちゃんはこの町の子なの?」
「ハイ、ソウデス」
「うーん、まだ固いね。大丈夫だよ、取って食べたりしないから。安心して欲しいな?」
イケメンが爽やかに笑いかけた。サマになってはいるが、その笑顔が俺に向けられているかと思うと鳥肌が立ちそうだ。
「おっと食べると言えばさっきの食べ物、ポテトサラダって言ったかな? これを食べさせてもらおうか」
そう言って俺に向けて口を開く。
は? 俺にあーんしろってこと? カミラを見るとカミラは申し訳なさげにコクリと頷いた。勘弁してほしい。
「ん? 恥ずかしいのかな? でも接客をするようになったら、きっと求められると思うよ。今から練習だと思ってやってごらん」
恥ずかしがってるわけではなく単純に嫌なだけだが、店主からのゴーサインが出たなら仕方ない。ひと思いに終わらせよう。ポテトサラダをサクっとスプーンにすくい、口に入れてやった。
するとイケメンはよく出来ましたとばかりに俺の方を見て微笑み、次にポテトサラダを味わう。
「ふむ……。素朴な味わいだがまろやかな口触りだね……。これは……、練り込まれているソースの影響かな? ジャガイモのサラダと聞いてどういうことかと思ってはいたが、確かにこれはサラダというべきものだな。うん、すごく美味しいね。気に入ったよ」
どうやら合格点を頂いたようだ。マヨネーズの方は特に手間が掛かっているし、褒められるのは嬉しいね。この状況はともかく。
「カミラさん、これはどこで?」
「これは旅の行商人から仕入れたもので詳しくは……。でも美味しいのは間違いないから、皆さんにとっておきをお出ししたの」
しれっと答えるカミラ。もちろん事前に相談済である。
「そうか。レシピを知りたかったんだけど残念だ。まあこの味はそう簡単に教えてもらえるものでもなさそうだけどね」
言うほど残念そうには見えないが、肩をすくめるイケメン。酒を一口飲んでから再び俺の方へ顔を向けた。
「ところでマリーちゃん。私にも君と同じ年頃の娘がいるんだけど、娘へのお土産で何か良い物はないかな?」
おっと、おそらく俺を席に呼んだ理由はこれだな。よかった……、幼女趣味の変態じゃなかったんだ……!
「お土産ですか。うーん」
ひとまずホッとしたが、これはこれで難しい。参考になりそうな仲の良い女の子と言えば、デリカはちょっと年上だし、パメラはまだ知り合って間もないからそういうのはよく分からない。ニコラはもっと分からない。
「難しいかな? それじゃあマリーちゃんが最近手に入れて嬉しかったものは?」
「えっと、それならテンタクルスです」
即答である。
「テンタクルスって言うと……」
イケメンはモリソンに顔を向ける。
「湖に棲息する魔物です。珍味であると、ごく一部では好まれているようですね」
モリソンが答えた。ん? 敬語で話しているけどモリソンが一番上じゃなかったのかな?
「さすがにお土産に魔物肉はちょっと味気ないね。それじゃあ近所の友達の間で流行っているものなんかはどうかな?」
そうだなあ、アレくらいなら見せてもいいか。大してマナを込めてない代物だし、変に興味を引くことにはならないだろう。
俺は懐から出したように装いながら、アイテムボックスから土魔法で作った石玉をいくつか取り出してイケメンに見せた。
「教会学校で私より年下の子は、これを机や床に転がして当てっこで遊んでます」
「ほう、ひとつ借りても?」
イケメンは石玉を手に取り、手のひらで転がす。
「これはどこかで売っているのかな?」
「いえ、私が作りました」
「へえ、土魔法が使えるんだね。良かったら見せてもらえるかな」
おねだり上手なイケメンだ。俺が土魔法を披露するのが大好きで良かったね。
俺はイケメンに見せるように手のひらを向けると、土魔法で石玉を作り上げた。よし、きれいに丸まってるな。最近の練習の賜物だ。
イケメンは俺の手のひらから石玉を摘み取ると、色んな角度からそれを確かめる。
「モリソン、出来るかい?」
問われたモリソンが人差し指と親指の間に隙間を作りながら土魔法を発動させた。
三十秒ほどで不格好なサイコロの様な石ころが出来上がった。時間もかかりすぎてるし、あんまり土魔法が得意じゃないみたいだな。
「マリーちゃんは土魔法が得意なんだね」
「あー、そうですね。ハイ」
モリソンの手前ドヤりにくい。俺は曖昧に答える。
「これは貰ってもいいかな?」
「どうぞ」
俺が了承するとイケメンは石玉を懐に入れながら、
「私は君に興味が湧いてきたよ。……元々はどうして女装してるのかな? 程度だったんだけどね」
ニヤっと笑った。
「えっ!?」
知ってたのかよ。なんだよもう! カミラの方を見ると額に手を添えて項垂れている。いや、ガックリしたいのは俺の方だからね! ところでコレは謝ったほうがいいの? 出来ることなら今すぐ逃げ出したい。
俺がどうしていいか分からずイケメンの方を見ると、イケメンは俺の肩にそっと手を添え、
「大丈夫だよ。私はそういうのにも理解がある方だから。……と言うかむしろそっちの方が、ね?」
イケメンの流し目を受けると、ゾワゾワと全身に悪寒が駆け巡った。アカン、この人マジモンですわ。
俺が恐怖に慄いていると、イケメンは俺の肩からそっと手を離した。
「まあ今日のところは君の性別はどうでもいいんだ。それよりも色々とお話をしようか?」
イケメンの提案に俺は頷く、女装バレもしてしまったし、こうなったらヤケだ。せっかくだし俺も領都の話とか聞いてやる。
こうしてしばらくの間、イケメンと様々な話をした。領都の流行、教育制度、近くに棲んでいる魔物、他の領主が治める周辺の領地の噂。なんだか悔しいけれどなかなか面白い話をする人だな。兵士というより学校の先生みたいだ。
一通りの話が終わったところで、モリソンがイケメンに「そろそろ……」と呟く。
「そうだね、そろそろ帰ろうか。今日は楽しかったよ。……そうだ、マリーちゃん、君には石玉のお礼にこれをあげよう」
イケメンは懐から何かを取り出すと、それを俺の手に持たせた。羽をモチーフにした銀色のアクセサリーだ。
「気長に待ってるから、一度くらいは領都の方に顔を見せて欲しいな。その時にはポテトサラダの作り方も教えてもらおうかな?」
突然のキラーパスに俺がビクッと反応してしまうと、イケメンは「やっぱり」と口を緩ませる。ああクソ、カマをかけられた!
「城でそれを見せてトライアンに会いに来たって言えば、門番が通してくれると思うよ」
城? トライアン? ……ちょっと待って欲しい。トライアンって言えば、今この町に来ている領主の名前じゃね?




