91 マリー
鏡の前にはシックなチャイルドドレスを着用し、金髪のロングヘアで無愛想な顔をした、それなりにかわいいんじゃないか? という女の子が映っていた。――俺だ。
「やっぱりマルクちゃん、かわいくなったわね! このまま成長したらウチで十分お客さんを取れるレベルだわ」
お姉さん方はきゃいきゃいと大はしゃぎだ。そりゃあね、俺だってね、イケメン父さんと未だにナンパの絶えない母さんの子供だからね。隣の比較対象が規格外で残念にされがちだが、それなりなのだ。
『お兄ちゃん、まんざらでもなさそうでちょっと引く……』
『お前な、俺を追い込んでおきながら、それはないんじゃないか?』
パメラの服を着ておめかしをしたニコラに抗議の念話を届けた。ちなみにお姉さん方の満場一致でニコラはノーメイクである。メイクしなくても十分だし、逆に良さを壊してしまいかねないとのことだ。
ニコラと睨み合っているとパメラが心配そうな顔で、
「マルク君。女装をすると、たまに戻ってこれない男の人がいるらしいから気をつけてね? 私は男の子のマルク君の方が……、いいと思うよ」
えっ? どうしてパメラまでそんなこと言うの? 今の俺ってそんなに満足げな顔でもしてるの? いやそんなことはないはずだ。俺は大丈夫だと信じたい。見た目をチヤホヤされたって、ぜんっぜん嬉しくなんかないんだからねっ!
――内なるパトスを鎮めた後、お姉さん方に気になっていることを聞いてみた。
「ところで、部屋にいた人が少なくなってるけど、もう開店してるのかな?」
女装をさせられている間に、控え室の息苦しかったほどの人口密度がずいぶんとマシになっていたのだ。
「開店してるわよ~。後はお客さんが入ったら、私たちがどんどんお席に付く感じね」
俺の衣装担当だったお姉さんが教えてくれた。女の子になるなら見えないところにも気を配らないと! なんて言って、女の子向け下着を穿かせるために俺の下着を引き剥がそうとしたことは、しばらくトラウマになりそうです。
「それじゃあ、後はパメラちゃんにお任せすればいいのかな? あっそうだ。君はお仕事の間はマルク君じゃなくてマリーちゃんだからね?」
そういってお姉さんがバチンとウィンクした。それにしても最近しみじみと思うけど、イイ女のウィンクはどうしてこんなにサマになるんでしょうね。俺がマネしても口元が蠍座の女の人みたいになるから駄目なんですけど。
「そ、それじゃあ、その、マリーちゃん? 厨房に行こうね」
パメラが申し訳ないような顔で俺とニコラを厨房へと連れて行く。スカートを穿いているので歩くと下半身の頼りなさが半端ない。まるでパンツ一丁で歩いてるような気分になるんだが、世の女性の方々は常にこんな不安定な状態で活動してらっしゃるのか、すっごいね。
厨房では店主のカミラよりも年上と思われるお姉さんが、魔道具の保存庫から料理を取り出してテーブルに並べていた。
「あら、マルクちゃん、かわいくなっちゃったわね。それじゃあさっそくだけど、これ三番テーブルにお願いするわ」
俺は全てを諦めた表情で訂正を求めた。
「今日はマリーでお願いします」
「ふふっ、いい名前をもらったわねえ」
こちらのお姉さんの名前はエッダ。以前は別の夜の店で働いていた人らしい。年齢と共にお客さんが取れなくなってクビになったところをカミラさんに声をかけられたんだとか。本人も接客にうんざりしたところがあったので、喜んで裏方に回ったとのことだ。
ホールスタッフとは連携する必要があるので、昨日のうちに紹介されていた。
「それじゃあ最初だから三人一緒にいこ? お作法とか見て覚えてね」
パメラに従い、それぞれがトレイに飲み物とおつまみを乗せて移動を開始する。
既に営業開始している店内にはちらほらとお客さんが入り、お姉さん方が付き添いお酒とお話の相手をしている。
かわいいチビっ子三人組(俺含む)が固まりながら店内を歩く様子はお客さんの目を引いてしまうかもと思ったが、どうやらお客さんはお姉さん方に夢中のようだ。
そしてパメラはお客さんとお姉さんが楽しく語らうテーブルへと近づき、「失礼します」と言うと軽く会釈をして、音も立てず飲み物とおつまみをテーブルの上に置く。
俺たちもそれに習い、同じように静かにテーブルに乗せると会釈をしてその場を去った。
そのまま厨房に戻ると、パメラはふうっと息を吐く。
「どうだった? 大変だと思うけど、今日一日だからがんばってね」
やりとげた顔でパメラが俺たちを元気づける。
「え、あ、うん」
おそらく給仕係は今のように気配を消して、お客さんとお店の女性との会話に没入させるのが正しいのだろう。ある意味簡単すぎて肩透かしになったんだが、人見知りのパメラにはこれでもしんどいらしかった。
二度目からは殆どパメラが給仕することとなったが、トレイ一枚では運びきれないときや注文が被った時は、俺やニコラが出ることになった。
そうして一時間ほど経過しただろうか。新しいお客さんが入ってきたと同時に少し店内が騒がしくなったように感じた。どうやら団体さんが入ってきたようだ。
厨房からこっそり覗いてみると、カミラが精悍な顔つきの中年男性と話をしているのが見えた。おそらくこれが例の領都からやって来た兵士のみなさんだな。
「いらっしゃいませ。モリソンさん」
「おおっ、ずいぶんと久しぶりなのに覚えていてくれたのか」
「そりゃあ前回あれだけ派手に飲み食いしていったんですもの、そうそう忘れられるものじゃないわ」
カミラがいたずらっぽく笑う。
「いやあ、あの時はすまなかったな。それで、また迷惑をかけるかもしれないんだが、今回も部下を連れてきた。……全員入れるだろうか?」
少々申し訳なさそうな顔で尋ねるモリソン。どうやら兵士ということを笠に着て調子に乗るタイプではないようだ。好感が持てるね。
「ふふ、今回はしっかり準備してるから大丈夫よ。ただし店内じゃなくて屋上なんだけどいいかしら?」
「屋上? よく分からんがカミラママの提案なら問題ないのだろう? さっそく案内してもらおうか」
カミラは頷くと、兵士たちをぞろぞろと引き連れて店内奥の扉へと向かって歩く。それと同時に控え室から何人ものお姉さん方がついていった。
俺の頭の上から覗いていたエッダがパンッと手を叩く。
「さあ、ここから忙しくなるよ!」




