88 濁流のブルーサーペント団
『えぇー……。どんなヤツら? 俺の感知だと人が多すぎて分からない』
『ジャックと同年代くらいのが三人です。さっきからこちらを伺って近づくタイミングを伺ってます』
『ジャック世代荒れ過ぎじゃない? うーん、パメラもようやく立ち直ったようだし、絡まれて怖い思いはさせたくないんだけどなあ』
『それなら私が先にパメラを離しておきますから、さっさと片付けて合流してください』
『助かるよ。やけに協力的だね』
『私だってもっとパメラを愛でたかったんです。それを邪魔した罪は重いですよ』
『なるほど。それじゃあ、あそこの路地にでも近道だとか言って入ってくれる?』
『らじゃー』
ニコラはビシッと敬礼をすると、行動を始めた。
「ねえパメラちゃん。次は私のお家で遊ぼうよー」
真っ赤になって固まっていたパメラが再起動する。
「……ふぇっ? マルク君とニコラちゃんのお家? 行ってもいいの?」
「いいよ! 友達だもん」
「友達! ……えへへ。うん、行きたい!」
「それじゃあこっち! 近道なんだー」
ニコラとパメラが手をつなぎ路地へと駆け出す。そして俺がその後ろをついていく。……あー、たしかに三人ほどついてきてるな。ようやく俺にも感知できた。相変わらずニコラの感知能力は鋭い。
そして路地に入り、路地の中ほどにあった横道にニコラとパメラが入ったところで俺は立ち止まり振り返る。
するとすぐに三人の少年が路地にやってきた。たしかにジャックと同い年くらいでヤンチャな顔つきをしている。以前のように精巧な石壁を作ってやり過ごすヒマがなかったのは残念だ。
「おいガキ。女の子二人はどこに行った?」
リーダーらしい金髪でセンター分けの少年が威圧するように肩を揺らしながら俺に近づく。
「なにか用なの?」
「すっげーかわいかったじゃん。お前にはもったいないよ。俺たちと一緒に遊んだほうが向こうだって楽しいだろ?」
ナンパ目的とか、この世界の十二歳はすごいね。結婚年齢も下がってるから普通なのかな。
「うーん。人見知りする子だから、きっと彼女は楽しくないと思うよ」
「は!? お前の意見は聞いてないんだよ。さっさとそこをどかないと怪我するぜ?」
リーダーが凄むと、隣の少年がニヤニヤしながらそれに続く。
「おいガキ、知らないだろうから教えてやる。最近冒険者ギルドで話題になっている、子供が盗賊団を退治したって話は聞いたことがあるか? その子供ってのが、なにを隠そうこのモブロ君なのさ」
どっかで聞いたことのある話だ!
「う、うん。盗賊団の話は知ってるよ」
モブロは髪をファサッとかき分け、
「おっと俺も有名になったもんだ。それなら分かるだろ? さっさと退いてくれないか? お前だって、西地区最強と言われた『濁流のブルーサーペント団』リーダーであるこのモブロに逆らう気はないだろ?」
西地区にもそういうのがあるのか。みんな団を作るのが好きなんだな。……北地区にもあるのかな。
「うーん、君たちがそういうグループを作って遊ぶのは別に悪いことじゃないと思うよ。でもね、それを笠に着て人を脅したりするのはよくないと思うな」
口答えするとは思ってなかったのか、虚をつかれたようにポカンとしたモブロに俺は更に続ける。
「もう十二歳くらいなんでしょ? この町の子ならそろそろ働きはじめる歳じゃないか。それでもまだ遊ぶならそれは好きにすればいいけど、人に迷惑をかける遊びをしちゃだめだよ?」
「う、うるさい! 親みたいなことを言うなよ!」
モブロが声を荒げて俺に一歩迫った。
「両親がちゃんといるんだね。僕の友達には両親がいない子もいるよ。それに比べて君たちは幸せだ。それなのにこんなくだらない遊びをして両親を悲しませていいのかな?」
「へっ、黙ってたら分からねえよ。どんくさい親だからな」
「怪我したらすぐに分かるよ? 例えばホラ、こんなのが――」
――ドシュッ
土魔法で見栄え重視の大きな槍を作り出し、モブロの足元に突き刺した。
「お腹に刺さったら、両親にもきっと分かっちゃうよね」
「ヒィッ……つ、土魔法……?」
「もしこれが君のお腹に刺さったら、それを見た両親は何て言うかな? 『あーせいせいした』って言うと思う? 思わないよね。どうしてか分かるかい? それは君は両親が自分を愛しているのをちゃんと分かっているからだ。それなのに親をバカにする君はただの甘ったれなんだよ」
「な、何者なんだよ……。お前……」
「誰だっていいだろ? ……あぁ、でも蛇狼を討伐したとか吹聴して悪さをするのはやめてくれるかな? いつか巡り巡って僕が悪さをしたことにでもなったら困るからさ」
「えっ!? も、もしかしてお前が……。に、逃げろっ!」
「石壁」
俺に背を向けて走り出した三人の目前に石壁を作り逃げ道を塞ぐ。
「ヒイイィ!」
突然出来た石壁に、三人が怯えた声を上げ腰を抜かして尻から地面に座り込んだ。……あっ、突然逃げたから思わず逃げ道を塞いでしまった。そのまま逃せばよかったのに。
あー、もう仕方ない。
「君たち、こっち向いて正座」
首だけをこちらに向けて震える三人組。
「ほらっ早く。正座!」
二度目でようやく分かったらしく、震えながらその場に正座する三人。よし、これで落ち着いて話が出来るね。
「あ、あの……俺たちはどうなる……のですか……?」
モブロが震えながら声を絞り出す。俺は三人に一歩近づくとやさしく語りかけた。
「これから君たちに、人生というものはいかに大事に生きていかないといけないのか教えてあげよう。人生は意外と短かったりもするんだ。死ぬ時に後悔しないようにね――」
――――――
「……俺、もう絶対に親をバカにしたりしないし、心を入れ替えて見習いの仕事をがんばるよ!」
モブロが憑き物が落ちたような澄み切った眼差しで拳を握る。
「俺も! 帰ったら今までのことを母ちゃんに謝って肩を揉んでやるんだ」
「ほんと俺たちってまだまだ若いのに、何を諦めてたんだろうな。俺たちには無限の可能性があるというのに……!」
残りの二人にも俺の熱意が伝わったようだ。俺はウンウンと頷く。
「俺たち目が覚めたよ。今日の出来事は一生忘れない。本当にありがとう!」
路地を塞いだ石壁は既に無い。モブロたちは俺に手を振ると路地から駆け出した。明るい光の差す未来へと向かって――
俺は満足げに頷き一息つく。
「ふう……」
『――何やってるんですか』
にゅっと路地の横道からニコラが顔を出す。
『遅いと思ったら、なーにやってるんですか』
『いやあ、ついつい説教に熱が入っちゃって』
ニコラに念話で事情を説明していると、パメラが心配そうな顔で横道から出て来た。
「途中からマルク君がついて来ていないって気づいて戻ってきたんだけど、どうしたの?」
「ああ、ちょっと友達に会ったんで立ち話をしていたんだ」
「そうなの?」
パメラがキョロキョロと周囲を見渡す。
「さっき帰っちゃったよ。それじゃあ今度こそウチに行こうか」
元々はモブロたちから逃げるための口実だったが、せっかくだしこのまま家に招待しよう。
今度こそ三人で路地を進む。近道と言ってしまったからには路地を通って家に帰るしかない。ちゃんと帰れるのかな? それだけが心配だ。




