86 領主の行進
「こんにちはー。マルクとニコラです」
昼食にはまだ早い時間帯。「アイリス」の扉をノックすると、すぐにガチャリと鍵を外した音が鳴り、中からパメラが顔を覗かせ照れたように笑った。
「えっと、こんにちは……」
「こんにちはパメラ。今日はよろしくね」
「パメラちゃん、こんにちは!」
「うん。それじゃあ中に入って」
俺とニコラは昨日もお邪魔したアイリス店内へと進む。相変わらず薄暗い店内は微かにアルコールの匂いがした。昨晩の営業の残り香だろうか。何時くらいまで開店しているんだろう。
そして奥の扉から中庭に出ると備え付けられた階段を登り、屋上へと到着する。俺は屋上から景色を一望した。
「ほんとだ。ここからならよく見えそうだね」
屋上からは東門からまっすぐに伸びる大通りが見えた。領都はこの町から見て東の方角にあるからなのか、毎回領主一行は東門からやってくるらしい。
あの道を道なりに進むと町長の屋敷や町の衛兵の宿舎などがある中央区にたどり着く。領主一行の最初の目的地だ。そこで領主は町長と会談をし、必要があるようならば町の施設を見学に訪れるそうだ。
そして何故この屋上にやってきたかと言えば、もちろん領主一行の行進を見学するためである。
昨日の仕込み作業中、カミラに明日の予定を聞かれたので領主一行の行進を見学予定だと答えると、店の屋上からだとよく見えるということでこの場所を提供してもらえたのだ。確かに東の大通りに近いここからなら行進もよく見えることだろう。
『うへぇお兄ちゃん、人混みがすごいですよ。屋上を貸して貰えてよかったです』
料理の練習から逃げるように俺についてきたニコラのボヤきに頷く。屋上から望む大通りの付近にはたくさんの人に溢れ、さらにその周辺には臨時の屋台まで出店されていた。
それでも東門から中央に向かって伸びる大通り沿いには町の衛兵が並び、大通り自体には人っ子一人いなかった。さすがに町の人々も領主の不興を買いたくないということだろう。貴族怖いよね。
しばらく人混みを眺めた後、パメラに気になったことを聞いてみた。
「そういえばカミラさんは?」
「んー? お母さんは寝てるよ」
同じく人混みを眺めていたパメラが答える。そりゃそうか、夜のお仕事なら今は寝てるよな。昨日はパメラを見送るためにわざわざ起きていたんだろう。
「それじゃ昼食はいつもどうしてるの?」
「お母さんはいつもそれくらいに起きるので一緒に食べてるよ」
カミラもなかなか大変そうだ。そういえば父親はいないっぽいんだよな。まぁそこはあんまり触れないほうがいいか。
後は適当にニコラも交えて雑談をしていると、大通り方面から人々のにぎやかな歓声が聞こえた。どうやら領主一行が到着したようだ。
ニコラ、パメラと顔を見合わせ、三人で大通りをじっと見る。しばらくすると騎士たちが姿を現した。騎士たちは銀色の甲冑に身を包み、それとお揃いの銀色の馬具を装備した馬を乗りこなしながら横並びで悠然と行進している。
前世で見たパレードなんかとは違い、向こうから手を振るなどのアクションがあるわけではないが、ただ騎士たちが大通りを進行しているだけで、人々はまるで凱旋パレードのような盛り上がりである。
今回五年ぶりとなる視察だが、領主が代替わりして初めてのことらしい。その辺を上乗せしての、この盛り上がりなんだろう。領主の評判も良いみたいだし。
「あっ、馬車が見えるよ」
パメラの指差す方に視線を向けると、騎士に囲まれた馬車が大通りを進んでいるのが見えた。
以前ゴーシュと乗った馬車とは比べ物にならない豪華な馬車だ。騎士が厳重に周囲を取り囲んでいるところから察するに、あの馬車に領主が乗っているのだろう。
馬車と騎士が通り過ぎると、最後は徒歩の兵士が槍を片手に大通りを練り歩いていく。騎士に比べて規律が緩いのか、観客に応えて手を振る兵士もちらほらと見かけた。
そして最後は食料でも積んでるのだろうか、いくつもの荷車を引く兵士たちを見送ると行進がついに途切れる。どうやらこれでおしまいのようだ。
正確に数えたわけではないが、今回の領主一行は総勢百人くらいだろうか。なんだか少ないような気もするけど、視察に何千と兵士を同行させるとなると予算も大分かかるだろうし、こんなもんなのかな。
それに領主の護衛ともなれば、きっと一流で魔法も使えるのだろう。見た目以上の戦力なのかもしれない。
そうして最後の兵士が大通りから見えなくなるまで見送ると、周囲の歓声も次第に小さくなっていった。
行進を見終わり息をつく。
「いやあ、思ったよりすごかったね」
「私はちょっと怖かったかな」
「ニコラもー」
『お兄ちゃん、そんなおっさんくさい感想じゃ駄目ですよ。普通なら、すごい! 僕も騎士になる! とか大興奮するところです』
パメラに同調しながら裏でダメ出しをされた。そういえば大通り沿いで見学すると言ってたウルフ団の面々は今頃大興奮なんだろうか。
そんなことを考えてると大通りの立ち入り禁止が解かれ始め、人々は大通り周辺からまばらに移動を始める。
「ねえパメラ。行進が終わったけど、これからどうなるの?」
「これで終わりだよ?」
「この後大通りを使って何か催し物をやったりとかは無いの?」
パメラはふるふると首を振る。
「視察の間は町の衛兵さんもいつもより念入りに町の警備をするから、それ以外のお仕事をなるべく増やさないようにしてるみたいって、お母さんが言ってたよ」
「なるほどなあ」
催し物をするとなると、なんだかんだと衛兵の出番もあるだろうし、それならやらないほうがいいということらしい。しかし行進が終わったからといって、すぐに冷めるイベントではないようだ。
店の前を歩いている親子連れなんかは、子供が父親におもちゃの剣を買ってとねだっていたり、まだガラガラの大通りには木の枝を振り回しながらチャンバラごっこを始める子供たちが乱入して大人に怒られていたりと、まだ興奮冷めやらぬ様子だ。行進中は閑古鳥が鳴いていた屋台にもちらほらと行列が見えている。
「お兄ちゃん、屋台で何か買って食べよ?」
ニコラが俺の腕を引っ張りながらねだる。ギリギリまで帰宅を粘って料理の練習を回避したいらしい。もう帰ろうかなと思っていたんだけど、どうしようかな。
「パメラはどうする?」
「屋台で食べるようなら一緒に食べてきなさいって、お小遣いをもらってるよ」
こんなこともあろうかと言いたげな顔でパメラが答えた。そういうことなら屋台周辺をぶらぶらするのもいいだろう。
「分かった。それじゃあ下に降りようか」
「うん!」
返事がハモった二人が顔を見合わせて笑い合う。それを横目に見ながら階段を降りていった。せっかくだし何か変わった食べ物でも売っていないかな。




