80 二度目の初登校
今日は光曜日。教会学校に行って、それからカミラの店「アイリス」に行く日だ。
母さんに見送られながらニコラと共に家を出て、デリカとユーリを誘い南広場の噴水まで歩く。
するとそこには年齢不詳の美女カミラとその娘パメラが待っていた。カミラは噴水のベンチに足を組みながら腰掛け、ぴったりとその横に座るパメラは開店準備を始める屋台を興味深げに眺めていた。
噴水周辺の男どもはカミラのおみ足に目を奪われているみたいだが、一目瞭然の子連れであるカミラに声を掛ける猛者はいないようだ。
『ほほー。美人なマダムですね。先日つけていた匂いはあのマダムからですか?』
さっそくニコラから邪念波が届くが無視して二人に手を振ると、気づいたカミラが立ち上がり手を振り返す。パメラはこちらの人数に驚いたのか、カミラの後ろに隠れた。
「マルクちゃんおはよう。今日はよろしくお願いね」
そして俺の周囲に目をやると、パメラを前に押し出した。
「マルクちゃんのお友達ね。この子は私の娘のパメラよ」
「こ、こんにちは。パメラです」
ぐいぐいと前に押し出されたパメラがペコリと挨拶をすると、背後のカミラが俺のほうをじっと見た。そして俺が頷くと手を振りながらあっさりと帰って行く。どうやら娘さんをお任せされたようだ。今日はパメラのエスコートを頑張ろう。
それから簡単に自己紹介だ。まずは我らが親分が胸を張る。
「私はデリカよ。マルクから詳しい話は聞いているわ。困ったことがあったら私に相談してね。というかジャックは既にマルクが決闘で懲らしめてるんだけどね!」
パメラが驚いた顔で俺の方を見る。そういえば言ってなかった。まぁ決闘の内容的にあんまり言いたくなかったことだったけど。
「それからは大人しくなったの。だからもしも教会で会ったとしても何もないと思うわ」
決闘の後はともかく、コボルトの森に行ってからは積極的に話すことはないが、変に意識した態度を取ることはなくなった。仮に教会にいたとしても何も起こらないだろうとは思う。
次にユーリが少し緊張した面持ちで自己紹介。
「弟のユーリです。よ、よろしく」
その後はニコラ。
「マルクお兄ちゃんの双子の妹のニコラなの! お姉ちゃんよろしくね!」
相変わらずの猫被りで挨拶をして面通しが終了した。自己紹介が終わったので、これから教会学校へと向かう。
道中は女の子同士のほうがいいだろうとデリカ、ニコラ、パメラが横並びで歩き、俺とユーリがその前を歩いた。
俺とユーリは最近読んだ本の話をしながら歩いているのだが、ユーリはたまに後ろを向いて赤い顔でパメラをチラチラと見ていた。ニコラに続き、またしても惚れてしまったのかもしれないね。
俺としては以前ユーリにオススメされた『ツルペタヤシガニとモサモサゴリアテの百日戦争』の感想を交換したいところなんだが、今はそれどころではないらしく上の空だ。
後ろの三人は主にデリカが久々に親分風を吹かしながら話をしている。少しでもパメラに頼ってもらいたいという気持ちからだろう。ほんとやさしい子ですね。
そして会話の内容は俺やニコラから聞いたジャックとの決闘がメインのようだ。出来ればジャックのおぱんつを脱がした話はボカしてあげて欲しかった。ほんと容赦ない子ですね。
南広場から教会はそう遠くない。すぐに教会が見えてきた。教会前の植え込みには水が撒かれ、朝の光を受けてキラキラと輝いている。水を撒いたのはおそらくシスターリーナだ。
リーナは今なら裏庭にいるはず。先にパメラのことを話しておいたほうがいいと思い、教会の入り口でデリカ姉弟と別れ、三人で裏庭へと向かった。
するとパメラが俺に近づいてきて、俺の服の端を小さく摘んだ。登校初日でいきなり登校拒否になったくらいだし、少し不安になったのかもしれないな。
「よかったら手をつなごうか?」
そう言うと俯きがちに「うん」と答えたので手を握ってあげた。パメラの手は緊張からか少しひんやりとしていた。
『お兄ちゃんが知らない間に新たなフラグを立ててきた件について』
『そんなんじゃないからね』
ニコラを受け流しパメラの手をつなぎながら裏庭へ入ると、家庭菜園に水を撒いているリーナがいた。すぐにこちらに気づいたリーナは興味深げに俺と手をつなぐパメラを見ているが、まずはいつものように薬草と野菜をおすそ分けだ。
そしてその後にパメラを紹介した。途端にリーナは眉根を寄せ、
「まぁ、そんなことが……。私の目が行き届かなかったばかりにごめんなさい」
パメラに向かって頭を下げると、パメラは力なく首を振った。リーナに責任はない、そう考えているんだろうと思う。
教会学校に二年通って分かったんだが、急に学校に来なくなる子は結構多い。
その中の数人に偶然町で会った時に理由を尋ねてみたところ、勉強が嫌いだったり、家の仕事に回されたりと理由は様々だ。リーナとしても、さすがに理由を聞いて登校を促すところまでは手が回らないはずだ。
謝罪を続けるリーナに逆にパメラが謝ったり、それを見てリーナが更に謝ったり。そんなことをしている間に授業の始まる時間が近づいてきたので、俺たちはリーナと別れて教室へと向かった。
教室に入った途端、教室がザワついた。俺の隣にいる見慣れぬかわいい女の子がその主な要因だろう。将来性も考慮した教会学校美少女ランキングで上位を争う存在となるのは間違いない。ちなみに一位は不本意ながらニコラとなる。顔だけならね。
皆の注目を浴び、パメラがつないだ手の力を少し強めたように感じたが、俺はあえて気づかない振りをして、ユーリがいる九歳のグループがいる机に向かって歩き出す。
俺たちが九歳グループに近づくと、ユーリを含め全員の視線は下を向いていた。正確にはつないだ手に視線が向いている。変に騒ぎ立てられるのも不本意だろうし、ここまで来たらもう平気だろう。そっとパメラと手を離してパメラを紹介する。
「僕の友達のパメラだよ。今日から九歳のグループで勉強するから仲良くしてあげてね」
そう言ってパメラの肩をちょんとつつくと、
「パメラです。よろしくです」
パメラは緊張からか、それはそれは丁寧にお辞儀をした。後はわっと集まった九歳の女の子中心に自己紹介が始まり、それを遠巻きに男連中が見ている構図が出来上がった。
パメラは人見知りはするが、受け答えはしっかり出来るタイプだ。こうして慣れていけばもう大丈夫だろう。
ひとまずはうまくいきそうで、俺は静かに安堵の息を吐いた。




