79 新しい女の匂い
パメラとは教会学校のある光曜日に南の噴水広場で待ち合わせることにした。そこまではカミラが送ってくれるようだ。
そして今はギルと一緒にカミラの店「アイリス」から自宅へと帰る途中、大通りを人の流れに逆らうように南門に向かって歩いている。ギルがカミラの店を手伝うことになった経緯を両親(主に母さん)に説明してくれるらしい。
「マルク坊、今日は本当にすまなかった。この埋め合わせは必ずするからな」
「ううん、いいよ。ギルおじさんには空き地を自由に使わせてもらったり、色々と教えてもらったりしてるし。少しは恩を返せてホッとしているくらいなんだ」
「お前は本当に子供らしくない奴だな」
ギルは俺の頭に手の平を置き、ため息をつきながら髪の毛をくしゃくしゃにした。ギルとしても子供をいいように使ってる様で複雑なんだろうな。それでも使っちゃうあたり相当カミラに惚れ込んでるっぽいよね。
ギルは行商人として色々な経験をしてきているので、会話をすると色々と為になる話が聞けるし面白い話もいくつも知っている。もう知り合って三年になるが話の種は尽きない。ギルと話をしているといつの間にか「旅路のやすらぎ亭」に戻ってきていた。
まだまだ強い日の光が店の壁を眩しく照らしている。夕食には早い時間帯だが、普段ならそろそろ家の手伝いを始める頃だ。
店の扉を開けて中に入ると、入り口のすぐ近くのテーブルを拭いていたニコラと目が合った。そしてニコラは少し鼻をヒクつかせたと思うと、
「お兄ちゃん、おかえりなさーい!」
俺の背中に抱きついた。ニコラが甘えること自体は珍しくはないが、俺に対しては珍しい。それを訝しんでいると念話が届いた。
『新しい女の匂いがしますね。おお、これはなかなか……熟成された大人の匂いです』
やだなにこいつ。俺は抱きついたまま背中に鼻をくっつけてフゴフゴとし始めたニコラをスルーしつつ、まだ空席が目立つ食堂のテーブルにギルを座らせた。
「今日はテンタクルスを食べていくんだよね?」
「ああ、頼む。それと両親を呼んできてくれるか? いや、ワシが行ったほうがいいか」
椅子をガタンと鳴らして立ち上がるギルを呼び止める。
「気にしないでいいよ、呼んでくるから」
母さんはキッチンにいるのだろう。俺は背中にニコラをくっつけたままズルズルとキッチンに向かう。いい加減離れてくれないかな。
キッチンで父さんの手伝いをしていた母さんを食堂に呼び出す。ちなみにニコラはキッチンにいたデリカによって俺の背中から引き剥がされて、キッチンの手伝いに移された。
ギルから母さんに、俺に知り合いの店を手伝って欲しいこと、夜の店だが悪質な店ではないこと、領主が来る日は夜間の手伝いになるが送り迎えは任せて欲しいといった趣旨の説明がされると、母さんはあっさり許可を出した。まあ分かっていたけどね。
『お兄ちゃんが夜の蝶と戯れると聞いて』
背後に気配を感じて後ろを向くと、キッチンにいるはずのニコラが通路から恨みがましい顔でこちらを見ていた。アレはご近所のアイドルといった顔じゃない。嫉妬と欲望に塗れた何かだ。
『お店のママさんにお願いしておいたよ。ニコラも一緒に来ていいってさ』
俺が念話でそう伝えると、パアアァァァ……と効果音がしそうなくらいに満面の笑みを浮かべ、スキップをしながらキッチンに戻っていった。それにしても俺の妹は一体どうなっちゃうんだろうね。
それからギルにオススメのテンタクルス料理をいくつか提案した。お好み焼きは時間帯的に重いと思ったので、切り身を焼いたのと揚げたものだ。
ギルはそれらとエールを注文し、食べて一言、
「若い頃に食ったはずなのに、どうして良さに気づかなかったのか」
そしてエールを一気に飲み干した後の渋い顔は、結構本気で悔しがってるように見えた。
今頃になって商機を逸したことに気づいてしまったんだろう。多分見た目のインパクトで味を気にしてる余裕がなかったんだろうな。
それなら今からでもテンタクルスで商売をすればと聞いてみたんだが、既に半隠居の身だから今更やらないとのことだ。お前がやってみたらどうだと言い残し、ギルは去っていった。
と言っても俺は販路を切り開くつもりはないんだけどな。自分が食べる分と家で使う分が確保できればそれでいいのだ。誰かがマネをして広がっていく分には好きにすればいいと思う。
ギルが帰った後、少しデリカと話をした。次の光曜日に教会学校にやってくるパメラの話だ。俺から事情を聞いたデリカはジャックの行いにプリプリと憤慨し、その日に気付けなかったことに後悔していたようだった。
そして光曜日。教会学校の登校日になった。




